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これが本当に僕?
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「わぁ、すごい!」
この部屋の中のものはうちとは管轄外ということで中に入ってもいなかったけれど、広い個室のはずなのに半分は衣装が並べられているというのだから凄すぎる。
「千里さん、和泉さん。お着替え仲間を連れてきたわ。着てみたい衣装は決まったかしら?」
新郎のお母さま……貴船さんが声をかけると、ドレスの中から天沢さんと和菓子職人の小石川さんが出てきた。
「もう一人ってやっぱり日南さんでしたね」
「えっ? やっぱりって?」
「先ほど、貴船さんが伊月さんとこの部屋に入られるのをみて、女装は楽しそうだって日南さんと話をしていたんですよ」
「ちょ――っ、天沢さんっ! そんなこと……っ」
そんなことを言ったら僕がお着替えしたくてたまらなかったみたいだ。
現に貴船さんは嬉しそうに僕をみている。
「それなら誘ってよかったわ。日南くん……お名前は瀬理さんだったかしら? 確か志摩くんからそう伺ったのだけど」
「は、はい。日南瀬里です」
「じゃあ、瀬里さんと呼ばせていただくわね。瀬里さんはドレスとお着物、どちらがいいかしら?」
そう尋ねられて、僕は部屋の中の綺麗なドレスを見た。
華やかで上品なドレスがたくさん並んでいるけれど、パッと麻生さんの顔が浮かんだ時に、麻生さんなら着物が好きそうと思ってしまった。
別に麻生さんの好みに合わせないといけないわけではないけれど、僕が着替えたのを見たいと言ってくれたから。
その思いが頭から離れなくて、気づけば、
「あの、僕は……その、お着物がいいです……」
と言ってしまっていた。
その言葉に、貴船さんは僕を襖を隔てた隣の部屋に連れて行ってくれた。
どうやらここが着物部屋らしい。
ドレスのように着物が吊り下がっているわけではなく、着物専用の棚の一段一段にたとう紙に包まれたものが置かれている。
ここから見えるだけでも十以上は余裕でありそうだ。
あのドレスの数もすごかったし、あれだけ大掛かりな搬入があったのも頷ける。
「好きな色とかあるかしら?」
そう尋ねられたけれど、正直あまりわからない。
基本的にシンプルな色味のものしか着たことはないし、仕事柄スーツは黒やグレー、明るくても紺くらいしかない。
そもそも女性用の着物を自分が着ることになるなんて思ってもなかったから選びようがない。
ただ真っ赤とかの原色は似合わない気がするとだけ伝えておいた。
すると、A4サイズのファイルを取り出し、広げて見せてくれた。
そこにはここに置いてある着物の写真が綺麗に綴られていて見ているだけで楽しい。
貴船さんはそれをパラパラとめくりながら、数枚目で手を止めた。
「これはどうかしら?」
そう言って見せてくれたのは、淡い空色の着物。
今までも仕事で訪問着を着ていた女性を何人も見かけたけれど、この着物は群を抜いて綺麗に見える。
だからつい、
「わぁ、綺麗ですね」
と心の声が漏れ出てしまった。
僕の言葉に貴船さんはスッと立ち上がり、そのファイルに書かれていた番号が振られた和服を取り出した。
丁寧にたとう紙を開くと、さっきの写真以上に綺麗な着物が出てきてうっとりしてしまう。
すると、このままヘアメイクをと言われて驚いてしまったけれど、考えてみれば当然のことだ。
着物だけ女性用を着たってあの人たちのように綺麗になれるわけがない。
ただでさえ、元が普通な僕なんだからここは腹を括ってやってもらうしかない!
美容室さながらの大きな鏡の前に置かれた豪華なスタイリングチェアに腰を下ろすと、飯野さんと呼ばれる女性がやってきた。
僕を見て綺麗だとか言ってくれるけれど、これが社交辞令なのはわかっている。
それでも彼女の手にかかると普通の平凡な僕が女性のように見えてくるから不思議だ。
あっという間にヘアメイクが終わり、飯野さんは隣の部屋に呼ばれて行った。
僕は貴船さんから和装用の下着を渡されて、カーテンで囲われた中に入り、なんとか着替え終わって出てくると、とうとう着付けが始まった。
綺麗な空色の着物を羽織り、されるがままになっているうちに今度は綺麗な帯を締められる。
「この帯、とっても素敵ですね」
「ええ、このお着物によく合うと思うわ」
なんだか着物を着るのが楽しくなってきたと思い始めたその時、
「さぁ、お着替え終わったわ。瀬里さん、とってもよく似合うわ」
と鏡の方を向けられる。
その瞬間、鏡に映った自分の姿を見て、それが自分だと一瞬わからないくらいに綺麗な女性が立っていた。
「えっ……? これ、本当に僕、ですか?」
「ええ、正真正銘瀬里さんよ。ね、言ったでしょう? あなた、絶対に似合うと思ったのよね」
貴船さんの嬉しそうな声が耳に入ってくるけれど、僕はまだ自分だと信じられずにいた。
この部屋の中のものはうちとは管轄外ということで中に入ってもいなかったけれど、広い個室のはずなのに半分は衣装が並べられているというのだから凄すぎる。
「千里さん、和泉さん。お着替え仲間を連れてきたわ。着てみたい衣装は決まったかしら?」
新郎のお母さま……貴船さんが声をかけると、ドレスの中から天沢さんと和菓子職人の小石川さんが出てきた。
「もう一人ってやっぱり日南さんでしたね」
「えっ? やっぱりって?」
「先ほど、貴船さんが伊月さんとこの部屋に入られるのをみて、女装は楽しそうだって日南さんと話をしていたんですよ」
「ちょ――っ、天沢さんっ! そんなこと……っ」
そんなことを言ったら僕がお着替えしたくてたまらなかったみたいだ。
現に貴船さんは嬉しそうに僕をみている。
「それなら誘ってよかったわ。日南くん……お名前は瀬理さんだったかしら? 確か志摩くんからそう伺ったのだけど」
「は、はい。日南瀬里です」
「じゃあ、瀬里さんと呼ばせていただくわね。瀬里さんはドレスとお着物、どちらがいいかしら?」
そう尋ねられて、僕は部屋の中の綺麗なドレスを見た。
華やかで上品なドレスがたくさん並んでいるけれど、パッと麻生さんの顔が浮かんだ時に、麻生さんなら着物が好きそうと思ってしまった。
別に麻生さんの好みに合わせないといけないわけではないけれど、僕が着替えたのを見たいと言ってくれたから。
その思いが頭から離れなくて、気づけば、
「あの、僕は……その、お着物がいいです……」
と言ってしまっていた。
その言葉に、貴船さんは僕を襖を隔てた隣の部屋に連れて行ってくれた。
どうやらここが着物部屋らしい。
ドレスのように着物が吊り下がっているわけではなく、着物専用の棚の一段一段にたとう紙に包まれたものが置かれている。
ここから見えるだけでも十以上は余裕でありそうだ。
あのドレスの数もすごかったし、あれだけ大掛かりな搬入があったのも頷ける。
「好きな色とかあるかしら?」
そう尋ねられたけれど、正直あまりわからない。
基本的にシンプルな色味のものしか着たことはないし、仕事柄スーツは黒やグレー、明るくても紺くらいしかない。
そもそも女性用の着物を自分が着ることになるなんて思ってもなかったから選びようがない。
ただ真っ赤とかの原色は似合わない気がするとだけ伝えておいた。
すると、A4サイズのファイルを取り出し、広げて見せてくれた。
そこにはここに置いてある着物の写真が綺麗に綴られていて見ているだけで楽しい。
貴船さんはそれをパラパラとめくりながら、数枚目で手を止めた。
「これはどうかしら?」
そう言って見せてくれたのは、淡い空色の着物。
今までも仕事で訪問着を着ていた女性を何人も見かけたけれど、この着物は群を抜いて綺麗に見える。
だからつい、
「わぁ、綺麗ですね」
と心の声が漏れ出てしまった。
僕の言葉に貴船さんはスッと立ち上がり、そのファイルに書かれていた番号が振られた和服を取り出した。
丁寧にたとう紙を開くと、さっきの写真以上に綺麗な着物が出てきてうっとりしてしまう。
すると、このままヘアメイクをと言われて驚いてしまったけれど、考えてみれば当然のことだ。
着物だけ女性用を着たってあの人たちのように綺麗になれるわけがない。
ただでさえ、元が普通な僕なんだからここは腹を括ってやってもらうしかない!
美容室さながらの大きな鏡の前に置かれた豪華なスタイリングチェアに腰を下ろすと、飯野さんと呼ばれる女性がやってきた。
僕を見て綺麗だとか言ってくれるけれど、これが社交辞令なのはわかっている。
それでも彼女の手にかかると普通の平凡な僕が女性のように見えてくるから不思議だ。
あっという間にヘアメイクが終わり、飯野さんは隣の部屋に呼ばれて行った。
僕は貴船さんから和装用の下着を渡されて、カーテンで囲われた中に入り、なんとか着替え終わって出てくると、とうとう着付けが始まった。
綺麗な空色の着物を羽織り、されるがままになっているうちに今度は綺麗な帯を締められる。
「この帯、とっても素敵ですね」
「ええ、このお着物によく合うと思うわ」
なんだか着物を着るのが楽しくなってきたと思い始めたその時、
「さぁ、お着替え終わったわ。瀬里さん、とってもよく似合うわ」
と鏡の方を向けられる。
その瞬間、鏡に映った自分の姿を見て、それが自分だと一瞬わからないくらいに綺麗な女性が立っていた。
「えっ……? これ、本当に僕、ですか?」
「ええ、正真正銘瀬里さんよ。ね、言ったでしょう? あなた、絶対に似合うと思ったのよね」
貴船さんの嬉しそうな声が耳に入ってくるけれど、僕はまだ自分だと信じられずにいた。
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