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涙が抑えられない

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「あ、あの……僕、似合ってないですか?」

「えっ? いえ、そんなことはっ、絶対にないです! ものすごく綺麗で、見惚れてしまって……すみませんっ!! 本当にお綺麗です!!」

僕だけでなく、社長も、そして天沢さんも彼を見たまま、微動だにせず、言葉も発しないなら彼を不安にさせるのも無理はない。

決して似合ってないなんてことはなく、逆に綺麗すぎて声が出なかったんだと必死に訴えると、不安げな表情が安堵の表情に変わった。
その表情がまるで天使のように美しく、そして可愛らしい。

「よかった……」

「一花、不安にならなくていい。私の愛する一花はこの世の誰よりも美しいよ。そう言っただろう?」

「はい」

僕たちと話していた時とは全然違う、優しくて甘い蕩けるような声。
僕が好きな人にこんな声で耳元で囁かれたらもう一気に崩れ落ちてしまいそう。
それくらい甘い声にドキドキが止まらない。

「あ、あの、それではあと15分ほどでお式が始まります。こちらのスタッフの方にお声掛け頂きますので、それを合図に庭にお越しください」

それだけ言って、僕と社長は二人の控室を出た。

庭にセッティングした挙式会場に戻りながらも頭の中を占めるのは先ほどの美しい二人の姿。
本当にお似合いの二人だった。

男同士ですよ、と言っていた数時間前の自分を殴りたいくらいだ。

「ご子息、お綺麗でしたね」

「ああ、あれはびっくりしたな」

「ご子息は、今日の挙式にご家族やご友人が来られていることは知らないんですよね?」

「ああ、それがサプライズだからな。お前は邪魔しないように進行と裏方に徹してればいいからな」

そう言われて、全ての流れをもう一度確認しながら、新郎新夫がやってくるのを待った。

会場には全ての招待客がもうすでに席について待っている。
その招待客の顔ぶれを見ると、驚きしかない。
仕事関係の付き合いで招待されたのではなく、全て友人や懇意にしている人たちだけだというのに、手元にある資料を見ると、弁護士、医者、大学教授、経営者、ホテルオーナーなどものすごい顔ぶれだとわかる。
さすが世界に名高い貴船コンツェルン会長と櫻葉グループ会長のご子息との結婚式だ。

しかも席に着いている女性のほとんどが新夫である一花さんと同じく女装をしている男性だなんて信じられない。
本物の女性が何人いるのかもわからないくらいの美人集団に本当にただただ驚きしかない。

僕にとってはこれがもうサプライズでしかないくらいだけど、ここはプロとして驚いてばかりはいられない。
必死に感情を抑えながら、新郎新夫がやってくるのを待っていると、会長秘書の志摩さんが、

「今から、お二人がこちらに来られます。一花さんには目を瞑っていただいた状態でこちらに来られますので、皆さま、お声はお出しにならないようにご注意ください。貴船の合図で一花さんが目を開けられましたら、<結婚おめでとう!>とお声掛けをお願い致します」

と招待客に声をかける。

一瞬で静まり返った中で、花嫁である一花さんが貴船会長に抱きかかえられて現れた。

息を呑む音さえ聞こえてしまうんじゃないかという緊張感の中、二人は正面に到着し、

「一花、目を開けてもいいよ」

という貴船会長の優しい声に、一花さんがゆっくりと目を開けた。

そして一花さんの目が招待客の皆さんの姿を捉えた瞬間、あちらこちらから一斉に<結婚おめでとう>の声が掛かる。
その呼びかけに一花さんは大粒の涙を流して喜びを表した。

一花さんの涙を見て、新郎新夫のご家族はもちろん、招待客の皆さんも涙を流していて、僕もあまりの感動に涙が止まらない。

プロとして泣いてちゃダメだと思うのに、ちっとも涙が抑えられない。

ポケットからハンカチを取り出そうとするけれど、こんな時に限って家に忘れてきている。

ああ、もう僕ったら何やってるんだ。
自分で自分が嫌になる。

仕方がない。袖で拭うしか……と思っていると、さっと僕の前に綺麗な白いハンカチが差し出された。

「えっ?」

「どうぞ」

優しい声に目を向けるとそこには麻生さんの姿があった。

「あっ、麻生さん。あの、でも……」

「いいんですよ、使ってください」

そう言って優しくハンカチで涙を拭ってくれる。

「ありがとうございます。あの、ちゃんと洗ってお返ししますね」

「そんなこと気にしなくていいですよ」

幸せな二人を見ているからか、優しくされるとドキドキしてしまう。

そのまま麻生さんは結婚式の間中、ずっと隣にいてくれて僕が涙を流すたびにそっとハンカチで拭ってくれた。
申し訳ないし、恥ずかしいしで一生懸命涙を流さないようにと思っているのに、可愛くてお利口さんなワンちゃんとウサギさんがリングベアラーとしてお二人に指輪を運んだり、歩けないと聞いていたはずのご子息が白無垢姿で立ち上がり、新郎の元に歩いて行かれて、あまりの感動に涙を止めることができなかった。
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