年下イケメンに甘やかされすぎて困ってます

波木真帆

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番外編

宏樹の後悔  <後編>

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ここからなら銀座を抜けて行った方が近道だな。

銀座はいつ来ても人が多くて嫌になる。
と言っても、人が少なく歩きやすい通りもある。
その通りは高級店の立ち並ぶ銀座でも選ばれた超高級店しか出店できないエリア。

茉莉花まりかにしょっちゅう連れていかれるせいで銀座のブランドショップにはよく行くようになっても、そっちのゾーンはまだ足を踏み入れたことがない。

だが、俺だっていつかあそこでスーツの一着でも……。
そんなことを思いながらそのエリアを見ていると、ちょうど俺がほしいと思っていたスーツの店から二人客が出てきた。

黒服のスーツの男に頭を下げて見送られ、いかにもセレブだと言わんばかりの人種。
俺たちに見せびらかしているつもりかよ。

むかついてそいつらの顔を見てやると、

「あ――っ!! お前っ!」

思わず大きな声を上げてしまった。

俺の声に気づいたそいつらがこっちを向くと、一人は明らかに動揺して青褪めていた。

それは家にまで出向いてやったあいつの姿だった。

なんだよ、海外とか嘘ばっかりじゃねぇか。

「お前、ふざけんなよ。着信拒否にしやがって! 家まで行ってやったのにこんなところで何やってんだよ!」

声を荒らげながらあいつらのいる通りまで駆け出していくと、奴と俺の間にスッと男が割り込んできた。

「誰だよ、テメェ。邪魔すんなよ」

「人に物を尋ねるなら先に名乗るべきだと思いますが」

「ああっ? ふざけんな。俺はついこの間までこいつと付き合ってやってたんだよ。まぁ遊びだったけどな」

「そうですか。その割には彼に執着しているようですが」

「ペットがわりにもう一度遊んでやろうとしただけだ。どうせ誰も相手なんかいないだろうからな」

「それならご心配なく。彼は私の大切な恋人です。あなたの相手なんてしませんよ」

「はぁ? お前が恋人だ? ふざけんな、若造のくせに!」

「年齢は関係ないでしょう。それにあなたには婚約者がいるのではないんですか? それなのに彼に執着して恥ずかしくないんですか?」

「くっ――!」

なんだ、若造のくせにこの威圧感。
あいつ、いつの間にこんな相手作りやがったんだ。

「話が終わりならさっさと消えてください」

「なんだと!」

「まだ何か言いたいことがありますか?」

威圧感たっぷりのその表情に、これ以上相手にしてはダメだと頭の中の俺が警鐘を鳴らしている。
だが、おめおめとそこから立ち去るのもムカついた。

「はっ! そんなやつ、お前にくれてやるよ! 痛がってばかりで何にも良くないし、口でもやらせても何もできないつまらない男なんだからな」

俺の言葉に若造の後ろに隠れている奴がサーッと青褪めていくのがわかった。
ふっ。俺を怒らせるからこうなるんだ。

ニヤリと笑ってやると、若造は俺の前に近づいてきて

「あなた、こんな場所でそんなことを言っていいんですか? 注目浴びてますよ」

と冷ややかな目を向ける。

「そ、そんなことどうでも良いんだよ。俺は真実を話しているんだからな」

「そうですか。それなら私は構いませんよ。でも忠告しましたからね」

「俺を脅しているつもりか? そんなことでビビるような俺じゃないぞ」

そう言いながらも、この若造に睨まれて足が震えるのを必死に隠すことしかできない。

「大智、行きましょう」

俺の目に触れないようにあいつを抱き寄せて歩き出すのを見送りながら、

「せいぜい捨てられないように少しはサービスしてやるんだな」

とあいつに向かって大声をかけてやると、若造はその場にあいつを置いたまま、俺のそばに近づいてきた。

「お前、このままで済むと思うなよ。死ぬほど後悔させてやるからな」

小声でそう言われた瞬間、タマが縮み上がるような恐怖を感じた。

「それにな、大智ほど感じやすい人はいないんだよ。まぁお前の小さなモノで大智を気持ちよくさせるなんて一生無理だろうけどな。せいぜい婚約者さんには捨てられないようにするんだな」

「ぐぅ――!!」

特大な捨て台詞を吐かれて茫然としている間に、奴らは店の前に置かれた高級外車に乗って立ち去ってしまった。

俺は周りの注目を一身に浴びていることに気づき、慌ててその場を離れた。

そのまま行きつけのBARでさっきの出来事を愚痴りながら、しこたま酒を飲んで気づいたら自宅に帰ってきていた。

リビングの床で寝ていたせいで身体中が痛い。

どうやって帰ってきたのか、全く覚えてもいないがちゃんと自宅まで帰ってきているくらいだから大丈夫だったんだろう。
一応財布やスマホを調べたが盗られたものもなく、問題もない。

スマホに夥しい数の着信とメッセージがある以外は。

くそ、なんだよ。
この着信。

開いてみれば、全て常務からの着信。

あれ?
そういえば茉莉花はどうしたんだ?
部屋の中に俺以外の気配がない。
昨日は実家に戻ってたのか?

頭がガンガンして電話する気にもならないが、放っておくわけにもいかない。
茉莉花のことも気になるし、かけておくか。

―あの……

―君は一体何をやってるんだ!!!

ワンコールで電話がかかったかと思ったら、俺が話し出す前にとんでもない怒鳴り声が飛び込んできた。
うるせぇ。
ただでさえ、ガンガンしてんのに。

―常務、何かあったんですか?

―何かあったか、だと? ふざけるな!! お前のせいで会社がどうなっているかわかってるのか!!

―会社って、今日は休みですよ。休みの日に何があったって言うんですか?

―お前、まだふざけてるのか!!! ベルンシュトルフ ホールディングスとその傘下企業全てからの取引停止の通達がきたんだぞ。

―はっ? ベルンシュトルフ……って、どうしてですか? そことの取引がなくなったらうちは……

―どうしてって、全部お前のせいだろうが!

―私は何も、つい先日だって担当の山上やまがみさんと次回の発注の話が……

―昨日、ベルンシュトルフ ホールディングスの次期社長に喧嘩を売ったそうだな。しかも銀座のど真ん中で次期社長の婚約者に罵詈雑言を浴びせたそうじゃないか。知らないとは言わせないぞ。証拠の動画も音声データも残ってるんだ。

―えっ? 次期社長……銀座って、まさか……あいつが?

―身に覚えがあるようだな。彼らはお前を名誉毀損で訴えると仰ってる。うちからもベルンシュトルフ ホールディングスとその他企業との取引停止になった損害賠償も請求する予定だから、覚悟しておけ。

―そんなっ、損害賠償なんて払えません。茉莉花だって苦しい生活をすることになりますよ。

―ふざけたことを言うな。こんな奴に大事な娘を渡せるわけがないだろうが! 婚約は破棄させてもらう。その家からもすぐに荷物をまとめて出て行ってくれ。

―ここから出ていけって、そうしたら私はどこに行ったらいいんですか?

―そんなこと知るか! さっさと出ていけ! 行っておくが会社も解雇だからな。

―そんな――っ!

―うちの会社にとんでもない損害をもたらしたんだ。当然だろう! いいか、すぐに出ていけよ! 少しでも留まろうとするなら弁護士を向かわせるぞ。その分婚約破棄の慰謝料が増えるからな。すぐに出て行った方が身のためだぞ。

常務は言いたいことを言うと電話を切りやがった。

今でも何が何だかわかっていない。

昨日のあいつ、あの若造がベルンシュトルフ ホールディングスの次期社長だって言うのかよ。

――お前、このままで済むと思うなよ。死ぬほど後悔させてやるからな

その言葉が頭の中を駆け巡る。

くそっ! なんでこんなことに!

俺はリビングで茫然と立ち尽くしていた。

しかも少しもしないうちに、業者がやってきて次々と荷物を運び出していく。
あっという間に俺の細々とした荷物だけを残して去って行った。

電化製品も家具もこの新居に向けて常務が買ってくれたもの。
そのために俺の家にあったものも全て捨ててきたのだから、俺は洋服くらいしか残っていない。

こんな荷物でどうしろって言うんだよ。

せめてもう少し居座ってやろうかと思ったけれど、引越し業者と入れ替わるようにやってきた弁護士に外に追い出され、鍵も全て奪われた。

小さなキャリーケースだけを持って、俺は高層マンションを追い出されてしまった。

こうなったのも全てあいつのせいだ!

俺は怒りのままにベルンシュトルフ ホールディングス本社に乗り込んだ。

「おい! 次期社長を出せよ!」

「はっ? お、お約束はございますか?」

「そんなものあるわけないだろ! あいつのせいで会社をクビになったんだからな。いいから、さっさと奴を呼べよ!!」

「キャァーッ!」

済ました顔の受付の女の腕を掴んでやろうとした瞬間、

「――ったた!! やめ――っ!!」

後ろから突然腕を捻りあげられてあまりの痛さにその場に崩れ落ちた。

「何しやがるんだ! 離せよ!」

「我が社の大事な受付に手をあげようとなさったので、止めたまでです」

ようやく離された腕をさすりながら立ち上がると、目の前にいたのは次期社長だという昨日の若造だった。

「あっ! お前! お前のせいで――!! 俺は会社をクビになったんだぞ! どうしてくれるんだ!」

「どうもしませんよ。私の大事な人を傷つけた罪を償ってもらうだけです」

「はっ。大事な人って! 男同士で気持ち悪い! 次期社長ともあろうものがあんなのと付き合ってるなんてこんな公の場でバレていいのかよ! 皆さーん、ここの社長は男と付き合ってるキモ野郎ですよー! ゲイの社長の下で働くなんてやめた方がいいですよー!!」

これでこいつも、そしてあいつも終わりだ!
一緒に道連れにしてやる!

「ははっ。お前は本当にバカなんだな」

「なんだと?!」

いきなり笑い出しておかしくなったのか?
なんでそんなに余裕たっぷりなんだよ!

「彼とのことはもう全てカミングアウト済みですよ」

「な――っ、嘘だろ?」

「そんなこと嘘ついてどうするんですか? もう全社員が知っている事実をそんなに大声で、しかも誹謗中傷するなんてまた罪が重くなりますね」

その貼り付けたような笑顔に身体が震える。
こいつ、敵に回したらヤバいやつだ!

慌てて走って出て行こうとした瞬間、

「――ったた! て、手を離せよ!」

腕を掴まれて逃げられない。

「逃すわけないだろ! お前はこのまま警察行きなんだよ」

「なんだと!」

「ほら、迎えが来た。これから後悔させてやるからな、お前を死ぬまで苦しめてやる」

耳元で威圧感たっぷりな声でそう告げられて、恐怖のあまり漏らしそうになった。

結局俺はそのままやってきた警察官にパトカーに乗せられて警察署に連れて行かれた。

あいつのことなんか思い出さなければよかった……。
そう思っても遅い。
俺は一生後悔し続けるんだ。



  *   *   *

次回、透也sideのお話が続きます。
どうぞお楽しみに♡
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