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兄の願い
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「杉山さん、高遠さんと敦己に北原の案内を任せて、少し小田切先生と話をしましょう」
「あ、はい。そうだね。じゃあ、高遠くんと宇佐美くん。お願いしてもいいかな?」
透也の声かけに賛同して二人にお願いすると
「はい。わかりました。じゃあ、北原くん。こっちだよ」
と三人で仲良く部屋を出て行った。
良かった。
あの三人気が合いそうだな。
三人が部屋を出て行くのを見送ってから、俺たちは小田切先生と鍵のかかる応接室に向かった。
ここは大事な話をしても大丈夫なように防音設備が整っているから、どんな話をしても問題ない。
「改めまして、小田切先生。その節は本当にありがとうございました」
「いえ、本当に先ほども申し上げましたが、率先して動いていらっしゃったのは田辺さんと笹川コーポレーションの顧問弁護士をなさっていた安慶名弁護士なんですよ。安慶名先生のおかげでお互いに情報を共有できて、こんなに早く解決できたんです。それに千鶴さんが勇気を出してくださったことも早期解決につながったんですよ。私はそれにほんの少しお手伝いをしただけですから」
透也と同じことを言ってくれる。
千鶴と、そして彼が勇気を出したからだと。
本当にいい先生に出会えてよかったな。
「ありがとうございます」
何度お礼を言っても足りないけれど、何度も言ってしまう。
先生はそれを笑顔で受け止めてくれた。
「それで、小田切先生は北原くんがこっちにいる間はずっとこちらにいらっしゃるんですか?」
「ええ、そのつもりです。急ぎの案件は全て終わらせてきましたし、あとはパソコンがあればこちらで仕事もできますから。今の彼の状態では一人でいかせる方が心配だったんですよ」
「あの……彼にはトラウマのようなものはありませんか?」
「うーん、今のところは常に私がそばにいるので、取り立ててトラウマめいたものはなさそうですが、やはり少しでも一人にすると不安が出てくるようですね」
「そうなんですね。実は千鶴も不安があるようで……昨日祖母から連絡があったんですよ」
実家から小一時間ほど離れた祖母の家で静養をしている千鶴だけど、外に出るのはまだ不安なようで部屋からほとんど出てくることがないそうだ。
祖母には詳しい話はしていないものの、辛い目に遭ったとだけは話をしているから、無理に外に出すようなことはしないけれど、無理に笑顔を作ろうとしている様子の千鶴のことが気になって仕方がないらしい。
「こればっかりは時間が解決してくれるのを待つしかないんでしょうけど……千鶴にも小田切先生のように寄り添ってくれる方がそばにいてくれたらなと思ったりしています」
「そうでしたか。確かに私も今までいろいろな被害者の方と接してきましたが、加害者が捕まって罪を償えばそれで終わりというわけにはいかないんですよね。被害者の方の傷ついた心はそんな簡単には癒えることはないでしょう」
「やはりそうですよね……。ここに呼んでみようかとも思っていたんですが、部屋からも出られない状態なら難しいかもと思ったりもして……」
「なるほど。そうでしたか。あの、もしよければ一度暁と一緒に千鶴さんのところに行ってみましょうか? 杉山さんからのお土産を持って話をしに行ってみたら、少しは気も晴れるかもしれません」
「でも、千鶴と話をしたら北原くんまで嫌なことを思い出してしまうんじゃないでしょうか? そうなったら申し訳なくて……」
「大丈夫です。暁には私がついていますから、あんなこと全て払拭させてやりますよ」
そうキッパリと言い切った小田切先生をすごく格好いいと思った。
きっと心も身体も傷つけられた北原くんと同じくらい、小田切先生も苦しんだはずだ。
でも北原くんのあの信頼しきった姿を見ていると、小田切先生の強い思いは彼に伝わったんだろうなと思う。
千鶴にもこんな無償の愛で全てを受け止めてくれるような相手が現れてくれたら……。
そう願わずにはいられない。
「お手数をおかけして申し訳ありませんが、それでは千鶴のこと……よろしくお願いします」
「お任せください、なんて私ごときが言えることではありませんが、千鶴さんは勇気のある強い人です。きっと杉山さんの彼女を思う気持ちはちゃんと伝わると思いますよ」
「ありがとうございます」
俺も千鶴も本当にいい人に恵まれたな。
本当によかった。
「今日はこのあと、食事でも行きませんか? あ、でも日本から来たばかりで疲れてますか?」
「いえ、大丈夫です。機内でしっかり眠ってきましたから。暁もきっと杉山さんたちといろいろ話をしたいでしょうし。私も田辺さんとはいろいろとお話もしたいのでぜひご一緒させてください」
「そう仰ってくださると思って、すでにお店を予約しているんですよ」
「それは楽しみですね」
「実はそのお店、彼のお兄さんがやっているお店なんですよ」
「えっ? 料理人さんなんですか?」
冷静な小田切先生も流石に驚いたみたいだ。
「ええ。料理人になるから後継にはならないと言って和食の名店に修行に行ったんですよ。それで数年前にこの近くに店を開いたんです。実は、今北原を案内してくれている高遠さんは、その兄の恋人なんですよ」
「えっ? 本当に? それはすごいですね」
料理人さんをやっていると聞いた以上の衝撃があったらしい。
まぁ考えてみたら、俺も含めて4人も同性の恋人がいる職場なんて確かにすごいかも。
でもそのおかげで絶対に知られちゃいけないなんて思わずに済んで、心は楽になったかもしれないな。
* * *
いつも読んでいただきありがとうございます。
近況ボードにも書いていますが、夏季休暇のため明日から21日朝更新分までお休みさせていただきます。
こちらのお話は22日から連載を再開する予定ですのでどうぞご了承くださいませ。
「あ、はい。そうだね。じゃあ、高遠くんと宇佐美くん。お願いしてもいいかな?」
透也の声かけに賛同して二人にお願いすると
「はい。わかりました。じゃあ、北原くん。こっちだよ」
と三人で仲良く部屋を出て行った。
良かった。
あの三人気が合いそうだな。
三人が部屋を出て行くのを見送ってから、俺たちは小田切先生と鍵のかかる応接室に向かった。
ここは大事な話をしても大丈夫なように防音設備が整っているから、どんな話をしても問題ない。
「改めまして、小田切先生。その節は本当にありがとうございました」
「いえ、本当に先ほども申し上げましたが、率先して動いていらっしゃったのは田辺さんと笹川コーポレーションの顧問弁護士をなさっていた安慶名弁護士なんですよ。安慶名先生のおかげでお互いに情報を共有できて、こんなに早く解決できたんです。それに千鶴さんが勇気を出してくださったことも早期解決につながったんですよ。私はそれにほんの少しお手伝いをしただけですから」
透也と同じことを言ってくれる。
千鶴と、そして彼が勇気を出したからだと。
本当にいい先生に出会えてよかったな。
「ありがとうございます」
何度お礼を言っても足りないけれど、何度も言ってしまう。
先生はそれを笑顔で受け止めてくれた。
「それで、小田切先生は北原くんがこっちにいる間はずっとこちらにいらっしゃるんですか?」
「ええ、そのつもりです。急ぎの案件は全て終わらせてきましたし、あとはパソコンがあればこちらで仕事もできますから。今の彼の状態では一人でいかせる方が心配だったんですよ」
「あの……彼にはトラウマのようなものはありませんか?」
「うーん、今のところは常に私がそばにいるので、取り立ててトラウマめいたものはなさそうですが、やはり少しでも一人にすると不安が出てくるようですね」
「そうなんですね。実は千鶴も不安があるようで……昨日祖母から連絡があったんですよ」
実家から小一時間ほど離れた祖母の家で静養をしている千鶴だけど、外に出るのはまだ不安なようで部屋からほとんど出てくることがないそうだ。
祖母には詳しい話はしていないものの、辛い目に遭ったとだけは話をしているから、無理に外に出すようなことはしないけれど、無理に笑顔を作ろうとしている様子の千鶴のことが気になって仕方がないらしい。
「こればっかりは時間が解決してくれるのを待つしかないんでしょうけど……千鶴にも小田切先生のように寄り添ってくれる方がそばにいてくれたらなと思ったりしています」
「そうでしたか。確かに私も今までいろいろな被害者の方と接してきましたが、加害者が捕まって罪を償えばそれで終わりというわけにはいかないんですよね。被害者の方の傷ついた心はそんな簡単には癒えることはないでしょう」
「やはりそうですよね……。ここに呼んでみようかとも思っていたんですが、部屋からも出られない状態なら難しいかもと思ったりもして……」
「なるほど。そうでしたか。あの、もしよければ一度暁と一緒に千鶴さんのところに行ってみましょうか? 杉山さんからのお土産を持って話をしに行ってみたら、少しは気も晴れるかもしれません」
「でも、千鶴と話をしたら北原くんまで嫌なことを思い出してしまうんじゃないでしょうか? そうなったら申し訳なくて……」
「大丈夫です。暁には私がついていますから、あんなこと全て払拭させてやりますよ」
そうキッパリと言い切った小田切先生をすごく格好いいと思った。
きっと心も身体も傷つけられた北原くんと同じくらい、小田切先生も苦しんだはずだ。
でも北原くんのあの信頼しきった姿を見ていると、小田切先生の強い思いは彼に伝わったんだろうなと思う。
千鶴にもこんな無償の愛で全てを受け止めてくれるような相手が現れてくれたら……。
そう願わずにはいられない。
「お手数をおかけして申し訳ありませんが、それでは千鶴のこと……よろしくお願いします」
「お任せください、なんて私ごときが言えることではありませんが、千鶴さんは勇気のある強い人です。きっと杉山さんの彼女を思う気持ちはちゃんと伝わると思いますよ」
「ありがとうございます」
俺も千鶴も本当にいい人に恵まれたな。
本当によかった。
「今日はこのあと、食事でも行きませんか? あ、でも日本から来たばかりで疲れてますか?」
「いえ、大丈夫です。機内でしっかり眠ってきましたから。暁もきっと杉山さんたちといろいろ話をしたいでしょうし。私も田辺さんとはいろいろとお話もしたいのでぜひご一緒させてください」
「そう仰ってくださると思って、すでにお店を予約しているんですよ」
「それは楽しみですね」
「実はそのお店、彼のお兄さんがやっているお店なんですよ」
「えっ? 料理人さんなんですか?」
冷静な小田切先生も流石に驚いたみたいだ。
「ええ。料理人になるから後継にはならないと言って和食の名店に修行に行ったんですよ。それで数年前にこの近くに店を開いたんです。実は、今北原を案内してくれている高遠さんは、その兄の恋人なんですよ」
「えっ? 本当に? それはすごいですね」
料理人さんをやっていると聞いた以上の衝撃があったらしい。
まぁ考えてみたら、俺も含めて4人も同性の恋人がいる職場なんて確かにすごいかも。
でもそのおかげで絶対に知られちゃいけないなんて思わずに済んで、心は楽になったかもしれないな。
* * *
いつも読んでいただきありがとうございます。
近況ボードにも書いていますが、夏季休暇のため明日から21日朝更新分までお休みさせていただきます。
こちらのお話は22日から連載を再開する予定ですのでどうぞご了承くださいませ。
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