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閑話 絶対に助けて見せる 前編  <side透也>

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杉山大智。
俺が大学生の頃から名前だけだったが彼の存在は知っていた。
祖父が溺愛している、俺より三歳年上の再従兄弟の敦己の就職先を探していたときに、話の中に出てきたのが彼だった。

大手の営業部といえば、大柄で威勢のいい体育会系の男性社員が多い中で、ベルンシュトルフ ホールディングスの営業部の中で一番の営業成績をあげている。
その辺の芸能人なら裸足で逃げてしまうほど顔が良く、それでいて物腰も柔らかく部下からの信頼も厚い。

祖父一押しの彼がいるならと敦己の就職先に問題ないだろうと、満場一致で決まったらしい。

当の敦己は親族のコネでベルンシュトルフのような大手に入社することを多少嫌がっていたが、コネなんかなくても敦己にはそれ相応の力があった。
実際に彼の下で働くようになると、よほど彼のやり方が敦己には合っていたのだろう。
この会社に入社できて良かったと会うたびに言っていた。
敦己もまた営業成績は鰻登りで、同期の中でもかなりの出世頭になっているようだった。

俺はそんな彼が気になって、俺も敦己に続くようにベルンシュトルフへの就職を希望したが、次期社長として傘下企業を見ておいた方がいいという祖父と父の判断により、敦己から遅れること三年、一番問題の多い笹川コーポレーションへの就職が決まった。
まぁ、同じ傘下にいるのだから、いつかは彼に会えるだろうと気楽に考えていたのかもしれない。
それがまさか、自分の運命の相手だとは思いもしなかったけれど……。



笹川コーポレーションの社長である笹川社長のみが、俺がベルンシュトルフ ホールディングスの会長の孫で、次期社長候補の日下部透也だということを知っていたが、あくまでも一社員として入社し、会社では母親の旧姓である田辺透也と名乗った。

笹川コーポレーションにとって重要な取引先である会社だけをいくつか任せてもらいながら、そのほかの時間は会社の内部事情を調査するのに使っていた。

笹川は老舗だけあって格式はあるが会社の体制が甘く、上から下へのつながりも悪い。
笹川社長は悪い人ではないが、どうも統制力に欠けるところがあった。
だから、社長というポジションについてはいたものの、会社の実権は娘婿の正徳まさのりが握っているように俺には見えた。

正徳は入婿になってすぐに、定職にも就かずにフラフラしていた弟の清徳きよのりを入社させた。
そして大して実力もないのに、名ばかりの肩書きをつけ、有能な営業事務の高遠さんを清徳の専属にした。

高遠さんの作る書類は非の打ちどころの無い完璧なもので彼の力があれば、誰も何もせずとも契約が取れる。
そう言われるくらい高遠さんは有能な営業事務だったのだ。
それをいいことに清徳は次から次に書類だけをひたすらに作らせて、手柄だけを全て奪い取っていた。

高遠さんがそんな日常を過ごしていたことを、入社してすぐに俺は知り、高遠さんをベルンシュトルフにヘッドハンティングしようと決めた。

実は高遠さんと俺は入社する前からの知り合いだった。
兄・祥也と高遠さんは男同士だが恋人で、二人のことを応援していたのだ。

二人の出会いは高遠さんが大学時代にアルバイトをしていた店が、兄が料理人になるために修行を積んでいた店だったこと。
その頃からお互いに好意を持っていて、高遠さんが就職活動のためにアルバイトを辞めることになったのをきっかけに付き合いだしたと聞いている。

そのころは兄がベルンシュトルフ ホールディングスの会長の孫だとも知らずに付き合っていたのだけど、高遠さんが笹川コーポレーションへの就職が決まってから打ち明けたらしい。

高遠さんはかなり驚いていたようだけど、料理人の兄が好きだと言ってくれたようで兄は喜んでいた。

元々生粋のゲイで日本よりも自由に過ごしやすいアメリカで仕事をしたいと思っていた高遠さんは、笹川コーポレーションに入社する際、L.A支社での配属を希望していて、その予定で入社したのだが、高遠さんのあまりの有能さに手放せなくなり本社のまま数年働かされていたようだ。

兄は高遠さんの様子が気になっていたものの、高遠さんがとりあえずもうしばらくは頑張りたいというから静観することにしていたらしい。
だけど、今回俺が入社して、高遠さんが酷い働かされ方をしているという実態を知ったことで高遠さんをベルンシュトルフ ホールディングスにヘッドハンティングして、そのままL.A支社に配属させたのだ。

兄も同時期にL.Aに自分の店を出し、二人で幸せに過ごしていて、一つ不安材料が減ったと喜んでいたのだが、そのつけが回ったのが、俺と同期入社の北原きたはらだった。

先輩事務員たちが唸るほどの書類を作成し、高遠さんのいなくなった穴を一人で必死に埋めていった。
根が真面目なせいか、自分が無理してでも会社のためにと頑張るやつだ。
それが長所でもあり、短所でもあった。

北原は男の俺が見ても可愛らしいと思うような顔をしていた。
俺はゲイではなかったが、多分北原はそっちだと思う。
体育会系の俺と違って小動物のような見た目と仕草をする北原が正直可愛いと思った。
北原も俺に少なからず憧れめいたものを持っていたと思う。

そこには恋愛感情は一切存在しなかったが、男として北原を守ろうという気にはさせられた。

一番の要注意人物は安田清徳。
いつも女の話をしているから、ゲイではなさそうだが、もしかしたらどっちもイケる口なのかもしれない。
そう思ってしまうほど、清徳は北原を見る目が怪しかった。
だから清徳の担当には北原を絶対に回さないように配慮をしていたんだ。

だが、数ヶ月前笹川の実権を握っていた娘婿の正徳が事故に遭い、長期入院を課せられた。
正徳がいくはずだったL.A支社への三ヶ月の出張に俺が代わりに行くことになり、心配と不安を抱えたまま日本を離れることになった。

だが、今思えばこれも全て清徳の策略だったのかもしれない。
俺ともあろうものが、こんな手に引っかかって日本を離れてしまったせいで、会社内でやりたい放題していた清徳は社内だけでは飽き足らず、以前から目をつけていた取引先の娘さんに手を出したのだ。

しかも絶対に許せないやり方で。

まさかその被害者が愛しい大智の双子の妹とは思いもしなかった。

双子の妹・千鶴さんからの悲痛な叫び。
大智のあの悔しそうな声。

そのどちらも耳から離れない。

絶対に俺が助けて見せる。

俺は日本に向かう飛行機の中で、笹川の顧問弁護士である安慶名弁護士に力を貸して欲しいとメッセージを送った。
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