年下イケメンに甘やかされすぎて困ってます

波木真帆

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閑話  妻の暴走  <後編>

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ーそっちは良いじゃん。婚約したばっかなんでしょ?

ーまぁね。かなり良いところに勤めててねだればなんでも買ってくれるし、超最高のATM! 本当いいの捕まえたよ。

ーでも、なんだっけ? ケンちゃんはどうしたの? 流石に婚約したから別れたんでしょ?

ーばかね。別れるわけないじゃん。今彼はATMって言ったでしょ? 私の本命はいつだってケンちゃんなんだって、愛理だって知ってるくせに。

ーキャハハっ。だと思った。結構長いよね。ケンちゃんと。

ーまぁね。身体の相性がバッチリだから離れられないんだよね。今彼はその点では全然イケてないし。

ーだから、お金と身体で恋人二人ってわけ?

ーそれが最高でしょ! あんただって、ドストライクな人来たって言ってたじゃん。落とせたら今の旦那捨てるんでしょ? あの人とはどうなったの?

ーそう! それがさ、聞いてよっ!! あいつ、ゲイなんだってさ。キモいでしょ?

ーはぁ? マジで?

ーマジ、マジ。こっちきてすぐに恋人見つけたらしくてさぁ。多分、最初からそれ狙いでこっちに来たんじゃない? ほんと、キモっ!

ーああ。そうかもね。そっちの方が割とオープンにしてるじゃん。

ーどうりで私のアプローチに全然乗ってこないと思ったんだよね。せっかくお弁当とか作って持って行ってやったのに、秒で断られたし。まぁ、ゲイに私の手料理なんて勿体無かったからあげなくてよかったんだけどぉ。あんなのが上司とか、本当最悪よ。生理的に受け付けないんだよねぇ。はぁー、ほんとナイわぁ。

ーいやー、わかるわ。ってか、上に立つ人がそんなんでいいわけ? 本社に苦情とか入れたら代えてくれるんじゃない? ゲイと一緒なんて気持ち悪くて働けませんってさ。

ーそう! 私もそう思って、女性社員で集まって抗議しようって提案してるところなんだよ。大体、支社のトップがゲイとかありえなくない?

ーそれな! なら、私も一緒に苦情入れてやろっか? たくさん来てる方が信憑性あるんじゃない?

ーああ、それいいね!


今、話してるのが愛理なのか?
支社長落としたら俺捨てるって……。

ってか、支社長がゲイだから辞めさせるって……本気で言ってるのか?
そんなことしたら、俺のクビもマジでやばいんだけど。

ベルンシュトルフ ホールディングスは日本企業の中でも率先してパートナーシップを導入した会社で、特に会長がLGBTQに理解がある人として知られている。

そんな会社で働く愛理が、支社長がゲイであることを理由に大騒ぎしたらどうなるか……考えるだけでも恐ろしい。
それだけは絶対にやめさせないと!

「おい! 愛理っ!」

「きゃぁーっ! びっくりした! えっ? ど、どうしたの? こんなに早いなんて」

「いいから、早くその電話切ってくれないか?」

「えっ、あ、うん。ごめん、由依。またね」

慌てて電話を切り、俺の元に駆け寄ってくる愛理は、

「何? どうしたの? 会社で何か嫌なことでもあった?」

と必死に取り繕ってくるが、今更遅い。

「さっき、電話で話してたこと、本当なのか?」

「えっ? 何、勝手に聞いてたの?」

「それは悪いと思ってるよ。でもそれより先に答えてくれないか? 支社長にアプローチしてたって本当なのか?」

「――っ、ちが――っ、それは誤解だよ。こっちにきたばかりで慣れないだろうからって思っただけで、別に特別な意味はないって」

「そういうふうには聞こえなかったけど。落としたら俺のこと捨てるって言ってたじゃないか」

「だから違うって! あなたは知らないかもしれないけど、女同士の会話って多少盛って話すものなの。だから、お互い嘘ばっかりなんだってば。あ、でも支社長がゲイなのは本当よ。他の社員も話してたし。正直幻滅でしょう? あんな大手企業の上に立つ人がゲイなんて……だから、私が――」
「黙れっ!」

もうこれ以上聞いていられなくて、大声を張り上げると愛理は俺の初めての大声に身体を固まらせていた。

「ね、ねぇ……ちょっと、何、怒ってるの?」

「今日上司に呼び出されたんだ。お前が支社長に色目使ってるからやめさせてくれって」

「えっ、誰がそんな……っ、嘘だよ。そんなことしてないっ!」

「でも、お弁当作って持って行ってたんだろ? 俺には弁当なんて作ったこともないのにさ」

「いや、だからそれは……っ」

「それに、由依さん、だっけ。婚約者をATM呼ばわりして堂々と二股を宣言する親友がいる人の言葉なんて信じられないんだけど……」

「――っ!! そこまで聞いてたの?」

「あんなスピーカーで大声で話してたら嫌でも聞こえるだろ! 悪いけど、支社長がゲイだってわかったからって、嫌悪感露わにするような人を妻だなんて思いたくないんだけど……」

「ちょっと待ってよ! なんでそんなことで文句言われないといけないの? 生理的に受け付けないんだからしょうがないじゃない!」

「ああ、お前が何を思おうと自由だ。だけど、お前が声を上げることで傷つく人がいるって考えないのか? 大体支社長がゲイだったとして、お前に何の迷惑かけたっていうんだ? 散々仕事ができるだの、かっこいいだの言いまくってたくせに、ゲイだって分かったら急に態度変えるのかよ! 人として最低だな、お前」

「そこまでいうことないじゃない!」

「支社長がお前に靡かなかったからって、傷つけていいわけじゃないんだぞ。それとも何か? 世界中の男がお前に簡単に落ちるとでも思ってるのか? それこそ、自意識過剰だな。支社長はゲイじゃなくても、お前のそんな性格見抜いて相手にしなかったと思うぞ」

「くっーー!」

俺の言葉に愛理はようやく口を噤んだ。

俺に散々言われたことで愛理は自室に引っ込んだまま、朝まで出てこなかった。
もう正直、あいつの顔を見たくない。

それよりも、今回の件がうちの会社にはもちろん、支社長の耳に入らないようにしないと!
そのことしか頭になかった。
朝一で何か対策を考えないとな。

そう思っていたけれど、翌朝出勤前にかかってきた一本の電話で俺の人生は変わってしまった。


ーああ、Mr.カナザワ。今、いいか?

ーはい。もうすぐ家を出るところでしたが、何か急用ですか?

ー最悪なことになったよ。

ーえっ?

ー君の奥さんの件、ベルンシュトルフ ホールディングスから正式に抗議があった。君の奥さんが支社長を中傷したんだ。実際にその音声もこちらに届いている。言い逃れはできないよ。

ーあ、あの……その音声を聞かせてもらうことはできますか? 妻の声か確認したいんです。

ーまぁ、いいだろう。

<えっ、じゃあ……支社長の恋人って男? じゃあ、支社長がゲイってこと? マジで? 最悪じゃん。そんなのが支社のトップとか許されるわけ? ねぇ、みんなで抗議して支社長やめさせようよ! あんな人の下で働くとかキモいじゃない!>

聞いているだけで吐き気が出る。
こんなことを人前で堂々と話してたなんて……っ。

ーも、もういいです。わかりました。

ー信じたくないだろうがな。私も残念だよ。

ーあの、俺はこれからどうなるんですか?

ー本社とすぐに協議して、君はひとまず日本に帰国してもらうことになった。支社長と君の奥さんを早く離れさせたいそうだよ。これはベルンシュトルフ側からの要望でもあるんだ。だから、すぐに帰国の準備に入ってくれ。君の奥さんも昨日付で解雇になってるそうだから。君がこれからもうちで働きたいなら、帰国したらまず冷静な判断を下すことだな。

ーそれは……

ー言わなくてもわかるだろう?

ーはい。しっかりと考えます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

ーいや、君は悪くないよ。ただ運が悪かっただけだ。また君と働けるのを待っているよ。

ーはい。ありがとうございます。


その後、泣き叫ぶ愛理をなんとか日本まで連れ帰り、俺は速攻で離婚した。
愛理は最後まで自分は悪くないから別れたくないと言っていたが、会社から紹介してもらった弁護士に味方になってもらったら、すぐに別れることができた。
本当にありがたい。


俺はその後日本で数年働き、上司からの紹介で家庭的で料理上手な女性と結婚し必死に実績を重ね、あの事件から5年後、ようやくアメリカに舞い戻った。


愛理は日本で再就職を探し求めたが、なぜかベルンシュトルフでの話が広範囲に広まっているようで、どこの業種でも書類選考で落とされ続け、マッチングアプリで出会った、小さな会社を経営している20も年上の太った中年親父と結婚したらしい。
社長夫人になれるからと言われて結婚したと言っていたが、ただ同然に会社で働かされている上、家事と育児に追い詰められて、年よりも随分と老けて見えたよと共通の友人から聞いた。

ちなみにあの時電話で話していた友人・由依はあれからしばらくして婚約者に二股がバレて、とんでもない慰謝料を請求され貧乏暮らしを余儀なくされているようだ。

親友同士、どちらも幸せにはなれなかったようだな。

俺は今、アメリカの空の下、愛しい妻と可愛い娘と穏やかな日を過ごしている。
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