婚約者に裏切られたのに幸せすぎて怖いんですけど……

波木真帆

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番外編

食事会  <後編>

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誉さんの前に小田切先生が、そして僕の向かいの席に恋人さんが座り、飲み物を注文することになった。
料理はすでに誉さんがここのおすすめをいろいろと頼んでくれているから楽しみだ。

「小田切くん、何にする?」

「暁には軽いスパークリングワインを、私は先生と同じものでお願いします」

「わかった、敦己も彼と同じものにしようか?」

僕が頷くと、すぐに誉さんが部屋に置いてあるタブレットから注文をしてくれる。

すぐに飲み物と一緒に料理が運ばれてくる。
ああ、すごく美味しそう。

目の前にいる彼も目を輝かせている。
ふふっ。彼もここの料理が楽しみで仕方がないみたいだ。


「じゃあ、まずは乾杯をして食事をしながらお互いの話でもしようか」

誉さんたちはワインを手に、僕と恋人さんはスパークリングワインを手に乾杯をすると、彼はニコッと僕に笑いかけてくれた。
その穏やかな笑顔に安心しながら、一口飲むと桃の甘い香りと味が口の中に広がった。

「わっ、すごい。桃を食べてるみたいで美味しいっ」

「本当ですね、軽くて飲みやすいです」

どうやら彼も僕と同じくお酒はあまり強くはないみたいだ。
でも小田切さんは誉さんと同じくらい強そうだな。

こういうところも共通点ということかな。

「あの、名前とか聞いても?」

彼と少し話がしたくなって直接尋ねてみると、彼は小田切さんに伺いを立てるように見上げた。

小田切さんが頷くのを確認して、僕に視線を向けた。

「僕、北原暁といいます。あの、僕の方が3つ年下だって伺っていて……僕、25歳です」

「25歳! わぁ、若いっ! 僕は宇佐美敦己、28歳です」

「ふふっ。私から見れば、敦己も十分若いよ」

「誉さんは貫禄もあって、年相応に見えるからいいんですよ。僕はそれこそ北原くんと同じ歳くらいに見られることもあるんですよ」

「ははっ。敦己は童顔だからな。だが、私は敦己のその顔も含めて全部愛してるんだぞ」

そう言ってギュッと優しく抱きしめてくれる。
人前で抱きしめられるのはまだ恥ずかしさもあるけれど、目の前にいる彼らも恋人同士なのだと思うと、恥ずかしさも半減する気がする。

「ふふっ。仲良しですね。智さん、あの、そろそろ僕も……抱きしめて欲しいです」

「ああ、離れて座っていたから私も寂しいと思っていたところだ」

小田切さんはそういうと、軽々と北原くんを膝に乗せた。
あまりにも自然な様子に

「あの、いつも膝に乗せてもらっているの?」

と尋ねると、

「はい。そうなんです、恋人になったらそうするのが普通だって。食事も食べさせてもらうのが普通だって教えてもらったんです。あの、宇佐美さんもそうやってご飯食べてるんですよね?」

と尋ね返されてしまった。

「えっ…、えっと……」

なんと答えていいのかと戸惑っていると、

「ああ、そうなんだよ。だが、今日は北原くんと初対面だから敦己が恥ずかしがっていてね。君たちがいつもの姿を見せてくれるのなら、私たちもそうしようか」

と誉さんに笑顔を向けられた。

きっと小田切さんに配慮したんだろう。
ここで僕たちがそんなことしないと言ってしまったら、きっと彼らの間がギクシャクしてしまうかもしれない。
ここは年上である僕たちが話を合わせてあげないと!

誉さんに軽々と抱き上げられ、膝に乗せられる。
顔がさっきよりも近くに見えてドキドキするけど、やっぱり嬉しい。

「食事もしながら、話を楽しむとしよう。敦己、どれから食べる?」

「あっ、僕……このお魚の、食べたいです」

「ああ、これは私も好きな料理だよ。ほら、あ~ん」

差し出された料理をパクリと頬張ると、なんだかいつもより美味しい気がする。

「わっ、すっごく美味しいです!!」

「そうだろう、敦己は帰国したばかりだからな。美味しい日本食に飢えてただろう。食べたいものがあれば、なんでも頼むから好きに食べていいんだぞ」

「ふふっ。嬉しいです」

こうやって膝に乗せてもらって食事するの、誉さんの顔が近くて表情も良く見えるし、食べさせてもらうのも楽だし、楽しいな。
話を合わせた方がいいかと思って始まった食べ方だけど、なんだかいいことを教えてもらった気がする。

僕がそう思っている向かいの席では、小田切さんと北原くんが慣れた様子で食事をしている。
本当に北原くんは箸も持っていない。
小田切さんは楽しそうに北原くんの口に料理をせっせと運び入れてる。

まるで雛鳥が餌をもらっているみたいだな。
でもすごく幸せそう。

「あの二人、ラブラブだろう? この前、3人で食事に来た時もあんな感じでイチャイチャしながら食べていたから、私一人で少し居た堪れなかったんだ。今日は敦己が一緒にいてくれて嬉しいよ」

僕の耳元で囁く誉さんの声がホッとしているのがわかる。
確かにこのラブラブな二人との食事でひとりぼっちはちょっと寂しいかも……。

「今日は僕が一緒だからよかったですね! でも、僕を膝に乗せて重くないですか?」

「ふふっ。敦己は羽のように軽いから大丈夫だよ」

こうやって二人っきりの話もしやすいし、意外とこうやって膝に乗せてもらうのも理にかなっているのかもしれないな。


しばらく食事を楽しんだところで、

「あの、北原くんはどんな仕事をしているの? 営業とか?」

「えっと、僕は営業事務です。営業さんの使いやすいように資料を作成したり、見積書を作ったりしてます」

「ああ、そうなんだ! 僕は営業なんだけど、営業事務さんがいないと本当やっていけないから営業事務さんを尊敬しているよ」

「――っ!! そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいですっ!!」

営業事務は縁の下の力持ち。
契約をとってきた営業ばかりがもてはやされるけど、その契約だって事務員さんの詳細な資料に助けられて勝ち取ってるんだ。
うちの会社では営業担当と一緒に専属の事務員さんもつけてて、大口の契約が取れたりした時は一緒に表彰なんかもしているけれど、他の会社はまだまだ営業だけにスポットライトが当たるところも多いからな。

北原くんが僕の言葉で喜んだように、きっと口に出してお礼を伝えてもらうだけでも違うんだろうけどな。

「敦己、そういえば北原くんの会社、『笹川コーポレーション』なんだそうだよ」

「えっ! そうなんですか?」

「えっ、あの……うちの会社をご存知なんですか?」

「僕、『ベルンシュトルフ ホールディングス』に勤めてるんです」

「え――っ!!! そうなんですか!!」

笹川コーポレーションはうちの傘下に入っている企業だ。
うちの傘下に入っている企業は多いから、流石にわからなかったな。

「こうやって知り合ったのも何かも縁を感じるな」

「はい。そうですね。北原くん……よかったら、暁くんと呼んでもいいかな?」

「えっ、はい。もちろんです!!」

「ふふっ。よかった。僕のことは敦己でいいよ」

「あ、敦己さん……」

「これからもよろしくね」

「はいっ!! 嬉しいです!!」

屈託のない笑顔で僕を見てくれる暁くん。
ああ、なんだかすごく仲良しになれそうな気がする。

「誉さん、ここってデザートもありますか?」

「ああ、あるよ。注文しようか?」

「暁くん、甘いもの好き?」

「はい。大好物です!!」

「ふふっ。じゃあ、誉さん。美味しそうなデザート二つお願いします」

そういうと誉さんはすぐに注文してくれた。

すぐにやってきたデザートは、濃厚そうな抹茶パフェ。

「うわぁーっ!! 美味しそうっ!!」

「敦己、私は少し小田切くんと話があるから、二人でゆっくり食べるといい」

「はーい」

こんなデザートに飢えていた僕は、暁くんと少し離れた席に移動して食べることにした。

「この前までアメリカに住んでいたから、抹茶とかかなり久しぶりだよ」

「やっぱりアメリカだと抹茶味とか探すのも大変なんでしょうね」

「デザートだけじゃなくて、食事も大変だったよ。仕事が忙しくてずっとデリバリーばっかりだったけど、いつもピザとかハンバーガーとかばかり食べてたら胃もたれして食べる気もあんまり起きなくなってきてね……だから心配されてたのかな。上司と部下の子が持ってきていた和食のお弁当を分けてもらって食べさせてもらってたよ。あれがなかったら、とっくに体調を崩していたかもしれないな」

「うわーっ、それは大変ですね。僕も忙しいとすぐに食事を疎かにしてしまって……。智さんと一緒に暮らすようになってからは、朝も夜も手料理食べさせてもらって、しかもお弁当も持たせてくれるので体調良くなりましたよ」

「あっ、お弁当作ってもらってるんだ! いいね。僕もお願いしようかな、なんて……」

「上田先生もお料理上手なんですね、敦己さんが頼んだらすぐに作ってくれそうですよ」

「ふふっ、そうかな。あっ、これっ! 美味しいっ!!」

濃厚な抹茶パフェがなんともいえない美味しさでびっくりしてしまう。

「わっ、本当に濃厚で美味しいですね」

「暁くん、甘いのが好きなら今度一緒にスイーツビュッフェとか行こうよ!」

「わぁ! 僕、一度でいいから行ってみたかったんですよ。男のくせに甘いものって言われるかと思って誘えなくて、一人で行く勇気もなかったので……」

「ふふっ。そっか。周りとか気にしないで今度行こう!」

「はい! 敦己さん、僕……嬉しいです。あの、僕……小学生の頃から気になる子はずっと同性で、それが変だって言われると思って……ずっと自分の気持ちに蓋をして生きてきたんです。でも、智さんと出会って初めて本気で人を好きになれて……しかも、こうやって、同じ同性の恋人を持ってる人とお近づきにもなれて……今、僕人生のピークかもしれないなんて思ってます。周りとか気にしないで自然なままでいられるって幸せですね」

「暁くん……」

この子は自分で自覚があった分、今まで辛いこともあったんだろうな。
僕は自分がどんな人を好きかもわからないまま過ごしてきたから、遠回りしたけど誉さんと恋人になれた。
今でも自分なんかが誉さんの恋人でいいんだろうかと思っちゃうこともあるけれど、周りを気にしないで自然でいられるって本当に幸せなことなんだな。

「僕たち同じ立場だからこれからお互い、何か不安なことがあっても一人で悩まないで相談し合おう」

「はい。敦己さん、お兄さんみたいですね」

それから僕たちはメッセージアプリのIDを交換して、近いうちにスイーツビュッフェに行く約束を取り付けた。
僕にとって、暁くんは本当の意味での友人になったのかもしれないな。



「敦己、そろそろ出ようか」

「はい。あっ、車はどうするんですか?」

「ああ、今日はすぐ近くのホテルに泊まる予定だから。荷物も持ってきているから心配はいらないよ」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ、ちなみに小田切くんたちも同じホテルに泊まりだぞ」

「わっ、じゃあ朝食は一緒に食べられますね」

「うーん、それはどうかな?」

「えっ?」

なんで? と聞き返そうとしたけれど、誉さんはにっこりと笑ったまま僕の手を引いてお店を出た。

そのまま一緒にホテルに向かったけれど、エレベーターから別々で結局翌日は会うことはなかった。

なぜかって……恥ずかしいからそれは言わないけれど、多分、暁くんのところも同じだと思いたい。
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