婚約者に裏切られたのに幸せすぎて怖いんですけど……

波木真帆

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裏切り女の末路 <中編>

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「お前は一体なんてことをしでかしたんだ!!!」

ジンジンと痛む頬を押さえながら床に蹲る私の頭上に怒鳴り声が響き渡る。

口の中に鉄っぽい味を感じながら、恐る恐る顔を上げると般若のような顔をして私を睨みつけている父さんとその後ろでハンカチで涙を拭っている母さんの姿が見えた。

「と、父さん――っ、な、んでここに?」

「なんでここに、だと? お前まだふざけてるのか!!」

「本当にわからないの! みんなして、一体なんなの?」

殴られた理由だってわからない。
なんで私だけがこんな目に遭ってるの?!

痛む頬を押さえながら必死に叫ぶと、父さんは母さんから大きな封筒を受け取り、それを私に向かって思いっきり投げつけた。

「――っ! いたっ!」

大きな封筒がバサっと頭にあたり、中身が散乱する。

「それを見てもまだなにもわからないと言い張るのか? この大馬鹿者がっ!!」

怒鳴り声を浴びながら散らばったものに目をやると、そこには信じられないような写真が数え切れないほど写っていた。

「な――っ、何よ、これっ!」

ケンちゃんとラブホから出てくる写真。
路上でキスしてる写真。
一緒にマンションに入っていく写真。
ケンちゃんとセックスしてる写真まであった。
しかも、言い逃れできないほど鮮明に、思いっきり私の中にケンちゃんのが入ってる写真だ。

うそ……っ、なんでこんな写真を父さんたちが……。

ケンちゃんは散らばった写真をみて、唖然としたまま身動き一つ取れずにいる。

「こ、こんな写真……一体、どこから?」

「どこだっていい! お前は敦己くんを裏切って、彼のマンションでその男と同棲してたんだろう!」

「やっ――、ちがっ! こ、こんなの合成よ!! 父さん、私、嵌められてるだけなの!! そんなの信じないでよ!!」

「お前はどこまで嘘をつくんだ?! これのどこが合成なんだ! その写真は敦己くんと暮らすはずのマンションだろう!
お前以外誰も入ったことがない寝室の写真を誰がどうやって合成できるんだ! 言ってみろっ!」

「――っ!! そ、それは……っ」

「言えないだろう! それが何よりの証拠だろうがっ!! 敦己くんを裏切りやがって!! このろくでなしが!!!!」

「ひぃーーっ、や、やめ……っ、と、うさん……!」

「父さんなんて呼ぶな、穢らわしい!! お前みたいなふしだらな女が本当に気持ち悪いんだよ!」

胸ぐらをギュッと掴まれて、身体を揺さぶられる。
苦しいっ! 息ができないっ!

「まぁまぁ、お父さん。少し落ち着いてください」

「すみません、カッとなってつい……っ」

「ごほっ、ごほっ」

父さんの手が緩められて、ようやく新鮮な空気が入ってくる。

「伊山くん、いい加減正直に認めたらどうだ? これ以上、ご両親を失望させるな」

社長の声が幾分優しげに聞こえる。
社長さえ、味方につけられたらまだなんとか切り抜けられるかも。
そのためには認めるしかないか……。

「あ、あの裏切るつもりは全くなかったんです!」

「はぁ?」

「た、確かに浮気しました。でも、それは婚約した途端、彼が海外に行ってしまったせいで、それで寂しくて……。そしたら、ケンちゃ……新島さんが誘ってきてそれでつい流されてしまって……っ、断ろうと思ったけど、新島さん上司だし、断りにくくてついズルズルと……」

「はぁ? 由依、お前、まじふざけんなっ! お前だけ逃げる気かよ!」

ケンちゃんが叫んでいるけど、今の私にはどうでもいい。
とりあえず、この場をなんとかしなきゃいけないんだから!

「うるさい! 黙っててよ! あの、もうしない! もうしないって約束するから彼にだけは言わないでください! お願いします!」

床に散乱した写真をかき集めて胸に抱きながら、必死に床に頭を擦り付けて懇願したけれど父さんは冷ややかな目で私を一瞥した。

「黙るのはお前だ! この恥晒しがっ! さっきお前に投げつけた書類をちゃんと見なかったのか? 敦己くんはとっくにお前の不貞を知ってるよ! 敦己くんからの内容証明が入ってただろうが!! お前のところにも内容証明が届いているはずだぞ!」

「えっ! 内容、証明?」

何それ、知らない。
私、何にも知らない。

あっ!

――伊山さま。重要なお手紙が――


もしかして、朝、コンシェルジュがいいかけてた手紙って……。

まさか、あれが……?

サーっと一気に血の気が引いていくのを感じながら、胸に抱きしめた書類の中から内容証明郵便を探し出した。

弁護士事務所からの、手紙……。
これだ……。

手に力が入らない。
震える手で必死に封筒から中身を取り出すと、そこには敦己がすでに私の不貞の事実を知っていること、それに伴う精神的苦痛による慰謝料請求と婚約破棄により発生する費用の弁済を求める事柄が記載されていた。

「う、そ……っ、いっせ、ん、ひゃく、まん……」

見たこともない桁に身体の力が抜けてしまう。

「うそよね? ねぇ? うそでしょ? こんなのただの脅しでしょ?」

「脅しなわけがないだろう! これはお前が責任持って敦己くんに払うんだ! 私たちは一切協力しないからな!」

「そ、そんな――っ、1100万なんてっ! 私一人で払えるわけないじゃない! それにあのマンションまで買取なんて!! たかが浮気で酷すぎでしょ!!」

「たかが、だと? ふざけるな! 誰が他の男と住んでた家に帰ってきたいものか! 敦己くんが怒るのも無理ないだろう!」

「違う! たった一度の過ちだけでそんな酷いこと、敦己がいうわけない! こんな内容証明なんて、全部出鱈目よ!」

あいつはいつだって私の言いなりだったのに!
私がどんなにわがまま言ったって可愛く謝りさえすればいつだって許してくれてたのに!
あいつがそんな酷いこと言い出すわけない!

「ああ? 一度の過ち、だと?」

「そ、そうよ! なのに、婚約破棄なんて! そもそも、敦己が私を置いて海外出張に行くから悪いんじゃない!! 私は何も悪くない! 全部敦己が悪いのよ! 私を一人にしたあいつが悪いんだから!!!」

わざと大袈裟に泣いて見せた。
所詮、女の涙には男は勝てないんだからこれで終わり。
みんな私の味方して許してくれるに決まってる。

心の中でほくそ笑んでいると、突然、

「君の言い訳はそれで全部かな?」

という声が響き渡った。

「な――っ、言い訳って! 誰よ!!」

声のした方に振り向きながら感情のままに叫ぶと、そこにはビシッとスーツを着こなした長身の男性が立っていた。


その男は私の問いかけを無視して、一直線に社長の元に歩いていく。
一体この男、なんなの?

「おおっ、上田先生。来てくださったのですか」

「はい。違う案件で遅くなりまして申し訳ありません」

「いえいえ、こちらがご無理を申し上げたのですからどうぞお気になさらず」

「それで、話はどこまで進みましたか? 先ほどの感じではあまり進んでいないように見受けられましたが……」

「申し訳ありません。こちらの不徳の致すところでございまして。あの者がなかなか自分の非を認めようとしないのです」

「では、私にお任せいただけますか?」

「はい。上田先生にお願いできるのであれば、こちらとしてもありがたいです」

社長がなんでこんなに低姿勢なの?
先生って……本当になんなの?

突然現れた不思議な男が、私の味方になってくれるのかなんなのかわからない状態で、少し緊張しながらその男を見つめていると、彼はスタスタと私の前に歩み寄ってきた。

「伊山由依さん、そして新島賢哉さん。私はあなた方の不貞行為により傷つけられた宇佐美敦己さんの担当弁護士の上田と申します」

流れるような動作で私とケンちゃんに名刺を渡す。

上田法律事務所所長と書かれた名刺には目の前にいる男の写真が載っている。
あいつが私が浮気をしていたことを知っていたばかりか、もう弁護士にまで話をつけていたことが事実だと分かって目の前が真っ暗になる。

それでも自分に非がないようにしなければ。
1100万なんてふざけた金額払えるはずがない。
いくら浮気したからといって、吹っかけすぎ。
こんなの払うわけないんだから。

「先ほどあなたは、浮気はたった一度で、しかもそれは自分を置いて海外に長期間行ってしまった宇佐美さんのせいだとおっしゃってましたが、その気持ちに変わりはないですか?」

「え、ええ。そうよ。婚約したてで愛しい恋人を放って海外に行ったりする? それこそ、あいつだってあっちで浮気してるかもしれないのに、なんで私だけが責められなきゃいけないの?」

「なるほど。その質問にお答えする前に、この映像をご覧いただきましょうか」

「映像? 何よ、そんなんではぐらかそうだなんて思わないでよね」

「まぁまぁ、ひとまずご覧いただきましょうか。証人として、ご両親と一之瀬いちのせ社長にもご覧いただきましょう。社長、スクリーンの用意をお願いします」

その言葉に社長はまるでこの弁護士のアシスタントのように動き、あっという間に大きなスクリーンが現れた。
電気を消し、映画館のような暗闇の中映像が再生された。
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