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優しさに包まれながら
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久しぶりの自分の部屋。
逸る気持ちを我慢しきれず、いそいそと鍵を取り出してバタバタと中に入った。
数日間窓を開けていないから少し澱んだ空気を感じるけれど、そんな微々たることは気にしない。
鍵も、持ってきたキャリーケースも玄関先にほったらかしにして、ジャケットを脱ぎ捨てた。
ああーっ、やっと帰って来れた……。
この部屋で一番気に入っているソファーの定位置にどさっと勢いよく座った。
上田からの緊急招集がかかっての日本行きだったから、片付けもできずぐちゃぐちゃのまま出発したんだよな。
周りを見ると、あの時のバタバタを思い出して笑ってしまう。
片付ける余裕もなかったもんな。
でも、やっぱり自分の部屋は寛ぐ。
ソファーの上に置いていた、アメリカまで持ってきていたお気に入りのイルカのビーズクッションを胸に抱き、
「ひとりで寂しかったか?」
と声をかけるけれど、当然イルカは何も答えてはくれない。
元々、独り言は多かったけれどアメリカにきてからは余計増えた気がするな。
頭の下にイルカを敷いてソファーに寝そべって目を瞑ると、あの豪華なファーストクラスの旅ではなく、なぜか誉さんの部屋を思い出す。
なんでだろうと思ったけれど、あんなことがあった後だから印象に残っていたんだろう。
あーあ、誉さんの作ってくれた朝食……美味しかったな。
ファーストクラスで食べた食事ももちろん美味しかったけれど、あの時食べた味噌汁と銀鱈は最高だった。
――いいよ。宇佐美くんのためならいつだって作るよ。
そう言ってくれた誉さんの笑顔を思い出す。
いやいや、社交辞令を真に受けちゃダメだ。
あっ、でもそういえば帰国したらしばらく誉さんの家に厄介になるんだっけ。
だったらあの朝食も食べさせてもらえるかも……。
ああ、日本に帰る日が待ち遠しくなってきた。
これも全部誉さんのおかげだな。
しばらくソファーでイルカと戯れながらのんびり過ごした僕は、起き上がりキャリーケースの片付けと部屋の片付けを始めた。
洗濯機を回している時に、
「あっ!」
大切なことを思い出して、バタバタとキッチンに向かい冷蔵庫を開けた。
案の定水以外、何も入っていない。
「やっぱりな……。買い物行く前だったもんな」
上田から電話をもらわなければ翌日買いだめに行こうと思っていたんだ。
はぁーっ。
がっくりしてしまう。
これから外に出るのめんどいな。
今日はのんびり過ごしたかったのに。
でも何も食べないわけにはいかないし……今日もデリバリーのピザでも頼もうか。
誉さんの自宅と機内とで、美味しい食事を立て続けに食べた後だからあのボリュームたっぷりなアメリカ食はかなり重いけれど、仕方がない。
ため息を吐きつつ、注文しようとスマホを手に取った瞬間、ピロンとメッセージが届いた。
あっ! 誉さんだ! えっ……まだ電話には早い時間だよね?
と心の中で焦りながら慌ててメッセージを開いて驚いた。
<家について寛いでいるかな? 今日は何も動きたくないだろうと思って、食事を手配しておいたからもうすぐ届くと思うよ。料金も支払い済みだから電話の時間まで食事を楽しんでくれ>
「えっ……食事の手配って、わざわざ日本から?」
一人暮らしの息子とかに親が注文してやる的な話は聞いたことあったけど、まさか海を超えてそんなことをしてくれるなんて……。
料理が苦手でいつもハンバーガーとかピザばっかりなんて話したから心配してくれたんだろうな。
しかも料金まで払ってくれるなんて……本当に誉さんっていい人だ。
僕みたいな短期出張でL.A支社に来た人たちのために会社が用意してくれている社宅はセキュリティも万全で、こういった配達も全て入り口でチェックが入るから有難い。
ピンポンとチャイムがなると、配達人ではなくここの管理人さんが部屋まで運んできてくれる。
今日の管理人さんは日系アメリカ人のジャック。
歳は僕の父親のほうが近いくらい。
だけど、柔道黒帯の有段者だ。
他の二人の管理人さんも何かしらの武術に長けているらしい。
だから、安心してここに住めるんだよな。
『Mr.ウサミ。食事が届きましたよ』
『ありがとう、ジャック』
『さっき日本から帰られたばかりだから今日もデリバリーだと思いましたが、今日のチョイスは最高ですよ。栄養を考えたらここが一番です』
『えっ? そんなにいいところだった?」
『ええ。いつもハンバーガーやピザばかり頼むのでマイケルとも心配だと話をしていたところだったんですよ。ゆっくり召し上がってください』
『あ、ああ。ありがとう』
この社宅ではチップはいらないことになっている。
それを含めた給料が支払われているからだ。
僕はジャックにお礼を言って家に入った。
確かにいつもの袋とは全然違う。
ドキドキしながら、袋を開けるとどこかの日本料理店からやってきたような美味しそうな会席弁当が現れた。
「――っ、何これっ! こんなすごいの……日本でも食べたことないんだけど……」
和牛のローストビーフに、美味しそうな鮑の蒸し物。
エビの天ぷらに、だし巻き卵。
蓮根や人参の煮物に、牛しぐれ煮。
そして、存在感あふれるカニの炊き込みご飯。
どれもこれも美味しそうだ。
まさかこんなにすごいのをこっちで食べられるなんて……。
後でちゃんと誉さんにお礼を言っておかないと!
誉さんの優しさに包まれながら、僕は早速お弁当を食べることにした。
逸る気持ちを我慢しきれず、いそいそと鍵を取り出してバタバタと中に入った。
数日間窓を開けていないから少し澱んだ空気を感じるけれど、そんな微々たることは気にしない。
鍵も、持ってきたキャリーケースも玄関先にほったらかしにして、ジャケットを脱ぎ捨てた。
ああーっ、やっと帰って来れた……。
この部屋で一番気に入っているソファーの定位置にどさっと勢いよく座った。
上田からの緊急招集がかかっての日本行きだったから、片付けもできずぐちゃぐちゃのまま出発したんだよな。
周りを見ると、あの時のバタバタを思い出して笑ってしまう。
片付ける余裕もなかったもんな。
でも、やっぱり自分の部屋は寛ぐ。
ソファーの上に置いていた、アメリカまで持ってきていたお気に入りのイルカのビーズクッションを胸に抱き、
「ひとりで寂しかったか?」
と声をかけるけれど、当然イルカは何も答えてはくれない。
元々、独り言は多かったけれどアメリカにきてからは余計増えた気がするな。
頭の下にイルカを敷いてソファーに寝そべって目を瞑ると、あの豪華なファーストクラスの旅ではなく、なぜか誉さんの部屋を思い出す。
なんでだろうと思ったけれど、あんなことがあった後だから印象に残っていたんだろう。
あーあ、誉さんの作ってくれた朝食……美味しかったな。
ファーストクラスで食べた食事ももちろん美味しかったけれど、あの時食べた味噌汁と銀鱈は最高だった。
――いいよ。宇佐美くんのためならいつだって作るよ。
そう言ってくれた誉さんの笑顔を思い出す。
いやいや、社交辞令を真に受けちゃダメだ。
あっ、でもそういえば帰国したらしばらく誉さんの家に厄介になるんだっけ。
だったらあの朝食も食べさせてもらえるかも……。
ああ、日本に帰る日が待ち遠しくなってきた。
これも全部誉さんのおかげだな。
しばらくソファーでイルカと戯れながらのんびり過ごした僕は、起き上がりキャリーケースの片付けと部屋の片付けを始めた。
洗濯機を回している時に、
「あっ!」
大切なことを思い出して、バタバタとキッチンに向かい冷蔵庫を開けた。
案の定水以外、何も入っていない。
「やっぱりな……。買い物行く前だったもんな」
上田から電話をもらわなければ翌日買いだめに行こうと思っていたんだ。
はぁーっ。
がっくりしてしまう。
これから外に出るのめんどいな。
今日はのんびり過ごしたかったのに。
でも何も食べないわけにはいかないし……今日もデリバリーのピザでも頼もうか。
誉さんの自宅と機内とで、美味しい食事を立て続けに食べた後だからあのボリュームたっぷりなアメリカ食はかなり重いけれど、仕方がない。
ため息を吐きつつ、注文しようとスマホを手に取った瞬間、ピロンとメッセージが届いた。
あっ! 誉さんだ! えっ……まだ電話には早い時間だよね?
と心の中で焦りながら慌ててメッセージを開いて驚いた。
<家について寛いでいるかな? 今日は何も動きたくないだろうと思って、食事を手配しておいたからもうすぐ届くと思うよ。料金も支払い済みだから電話の時間まで食事を楽しんでくれ>
「えっ……食事の手配って、わざわざ日本から?」
一人暮らしの息子とかに親が注文してやる的な話は聞いたことあったけど、まさか海を超えてそんなことをしてくれるなんて……。
料理が苦手でいつもハンバーガーとかピザばっかりなんて話したから心配してくれたんだろうな。
しかも料金まで払ってくれるなんて……本当に誉さんっていい人だ。
僕みたいな短期出張でL.A支社に来た人たちのために会社が用意してくれている社宅はセキュリティも万全で、こういった配達も全て入り口でチェックが入るから有難い。
ピンポンとチャイムがなると、配達人ではなくここの管理人さんが部屋まで運んできてくれる。
今日の管理人さんは日系アメリカ人のジャック。
歳は僕の父親のほうが近いくらい。
だけど、柔道黒帯の有段者だ。
他の二人の管理人さんも何かしらの武術に長けているらしい。
だから、安心してここに住めるんだよな。
『Mr.ウサミ。食事が届きましたよ』
『ありがとう、ジャック』
『さっき日本から帰られたばかりだから今日もデリバリーだと思いましたが、今日のチョイスは最高ですよ。栄養を考えたらここが一番です』
『えっ? そんなにいいところだった?」
『ええ。いつもハンバーガーやピザばかり頼むのでマイケルとも心配だと話をしていたところだったんですよ。ゆっくり召し上がってください』
『あ、ああ。ありがとう』
この社宅ではチップはいらないことになっている。
それを含めた給料が支払われているからだ。
僕はジャックにお礼を言って家に入った。
確かにいつもの袋とは全然違う。
ドキドキしながら、袋を開けるとどこかの日本料理店からやってきたような美味しそうな会席弁当が現れた。
「――っ、何これっ! こんなすごいの……日本でも食べたことないんだけど……」
和牛のローストビーフに、美味しそうな鮑の蒸し物。
エビの天ぷらに、だし巻き卵。
蓮根や人参の煮物に、牛しぐれ煮。
そして、存在感あふれるカニの炊き込みご飯。
どれもこれも美味しそうだ。
まさかこんなにすごいのをこっちで食べられるなんて……。
後でちゃんと誉さんにお礼を言っておかないと!
誉さんの優しさに包まれながら、僕は早速お弁当を食べることにした。
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