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突然の贈り物

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「今日はちょうどこのあと空いているし、どうだろう?」

「えっ、でも……」

「せっかくここまで勇気を出してきたのに帰ってしまうのは勿体無いだろう? 今日デザインを決められないにしても、生地や形だけでも自分の好みを知って選んでおくだけでも、次回お父上と来店した時にも役に立つんじゃないかな?」

確かに。
そう言われればそうかも。

それくらいなら僕でも選べそうだし。

「本当にご迷惑ではないですか?」

「ああ、もちろんだ。迷惑だと思っているなら最初から誘ったりしないよ」

彼の優しい言葉に心がジワリと温かくなる。

「あの、じゃあ……ぜひお願いします」

「ああ、任せてくれ。杉下くん、私たちはあっちで座っているから準備を頼むよ」

「はい。準備が整いましたらお声掛けいたします」

杉下さんが頭をさげ奥へと去っていくのを見送ってから、僕は彼に連れられてソファーに腰を下ろした。

「あ、あの……桐島、さんとお呼びしても?」

「ふふっ。苗字で呼ばれると少し堅苦しいな。せっかくこうやって知り合えたのだから、名前で呼んでもらおうかな。私は桐島きりしま欧介おうすけと言うんだ」

「お、欧介さん……」

「そう、それでいい。君は渚くんでいいのかな?」

「はい。天都渚と言います」

「可愛らしい名前だね、君によく似合ってる」

「えっ……あ、ありがとうございます」

可愛らしい、似合ってる……なんて言われて、ドキッとしてしまった。
なんだろう……この気持ち。
欧介さんと話しているとドキドキが止まらない。

「今回、スーツを仕立てる目的を聞いてもいいかな? それによって選ぶ生地も形も変わるからね」

「はい。僕、来月で20歳を迎えるんです。それで父が成人祝いにスーツを仕立ててくれることになって……」

「20歳? そ、そうなのか……それはおめでとう」

欧介さんがにっこり笑いながらもすごく驚いていたのは、きっと僕がもうすぐ20歳だとは見えなかったからだろう。
童顔でお母さまに似た顔立ちをしていると言われるし、きっと高校生くらいに見られていたかもしれない。

「ふふっ。やっぱり見えないですよね、僕……いつも幼く見られてしまって……」

「あっ、いや……悪い。驚いてしまったりして……君を傷つけてしまったかな?」

「いえ、大丈夫です。いつものことなので……あの、それよりも今日欧介さんはどうしてこのお店に?」

「あ、ああ。私は出来上がったスーツを受け取りに来たんだ。そうだ、良かったら参考までに見てみるかい?」

「えっ? いいんですか? ぜひ見たいです!!」

「ふふっ。じゃあ、杉下くんが来たら出してもらうようにしよう」

「わぁっ、楽しみです」

僕みたいな童顔にスーツが似合わないのはわかっているけれど、スーツ姿を見るのはすごく好きなんだ。
欧介さんも今着ているスーツもすごくよく似合っているし、今回仕立てたばかりのスーツを見られるなんてすごく嬉しい。


「お待たせいたしました」

杉下さんは僕にいろんなタイプのスーツを見せてくれようと思ったようでラックにたくさんのスーツをかけて持ってきてくれた。

「ああ、杉下くん。悪いが、私のスーツもここに持ってきてもらえないか? 渚くんに見せたいんだ」

「承知いたしました」

さっきのラックに欧介さんの完成したばかりのスーツを一緒に並べると、それはその中で一際輝いて見えた。

「わぁっ!! 欧介さんのスーツ、すっごくかっこいいですっ!!」

「ふふっ。気に入ってくれて嬉しいよ。渚くん、いろんなスーツを触ってみて生地の質感を感じるといい」

そう言われて、僕は欧介さんと一緒にラックに並べられているスーツを見て、触れて回った。

「生地はウールかシルクが定番かな。でも、成人祝いで着用するならカシミヤもおすすめだよ」

そう言われていくつか触れてみると、どれがウールか、シルクか、カシミヤかはよくわからないけれど、でもどれも手触りに違いがあるのはわかった。

「この中なら、このスーツの手触りが一番好きです。でも、欧介さんのスーツはそれよりも抜群に気持ちいい、です。こういうの……着てみたいなって憧れます」

柔らかくて軽くて、でも暖かそうで……ずっと触っていたくなる。
本当に気持ちがいい。

「――っ、そうか。着てみたいか! なら、成人祝いのスーツは渚くんの気に入ったその生地で作って、別に私のスーツと揃いのものを作ろう」

「えっ、でも……父に頼めるのは一着だけなので……」

「ふふっ。気にしないでいい。私のスーツと揃いのものは私がプレゼントするよ。どうだろう? もらってくれないか?」

「そんなっ! プレゼントだなんてっ!」

「私が君に揃いのスーツを着て欲しいんだ。20歳で出会えたのも何かの縁だろう?」

20歳……。
ああ、誕生日プレゼントっていうこと?
僕がもうすぐ誕生日だなんて話をしたばかりに気を遣わせてしまったんだろうな。

「でも……こんな高価なもの、もらえません」

「ふふっ。そんなこと気にしないでいいんだよ。プレゼントした服を着て君が私とパーティーに付き合ってくれたらそれだけで……」

「えっ? パーティー、ですか?」

「ああ、来月友人主催のパーティーがあるんだが、同伴者必須でね。見つからなくて困っていたんだ。君が揃いのスーツを着て一緒に来てくれると嬉しいんだが……」

そんなの……欧介さんが声をかければ誰でも一緒に行きたがるだろうに。
でも本当に困っているなら助けになりたい。

「僕でよければ、その、喜んで……」

「そうか! 受けてくれるか! じゃあ、決まりだ。杉下くん、私のこのスーツと雰囲気を似せて渚くんに合うように仕立ててくれ」

「ふふっ。承知いたしました。もう一着のデザインはいかがいたしましょう?」

「そうだな。とりあえず、生地は渚くんが気に入ったそれで決定だな。デザインはそうだな……渚くん、今日でもう決めても大丈夫かな? それともお父上と一緒に選んだ方がいい?」

「あの、できたら欧介さんに……選んで、欲しいです」

「ふふっ。そうか。なら、何着か試着して決めようか。あれと……あれ、それからこっちのもいいな」

杉下さんは、欧介さんが指差したものを素早くラックから取ると、

「それでは渚さま。こちらでご試着をどうぞ」

とソファー席からよく見える大きな試着室のカーテンをシャーっと開け、案内してくれた。

「は、はい」

慌てて僕が試着室に入ると、さっき取った数着のスーツをラックにかけ

「ごゆっくりご試着ください」

とカーテンを閉められた。

なんか有無を言わさず試着の流れになっちゃったけど……。
恥ずかしいな。
本当は僕、スーツ似合わないんだよね……。

大学の入学式の時は、お兄さまのお気に入りだというブランドに連れて行ってくれてスーツを選んでくれたけれど、どうもスーツに着られている感じが否めなくて、僕には似合わないと思っちゃった。

それでもお父さまが気に入っているオーダーメイドスーツなら、きっと僕にも似合うスーツを作ってもらえるかと思ったんだ。
多分、これが似合わなかったらきっと僕に似合うスーツはどこにもないと思う……。
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