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彼との出会い
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「ここが、お父さまの仰っていたテーラー……」
ある晴れた日の午後、銀座にある老舗テーラーの店先で、僕はあまりにも敷居の高そうなお店の佇まいに尻込みしてしまっていた。
僕は天都渚。もうすぐ20歳の大学生。
お父さまは日本でもかなり有名な会社を経営していて、お父さまに見た目も性格もそっくりな5つ上のお兄さまはすでにお父さまの下で経営の勉強をしている。
お母さまは僕が5歳の時に病気で亡くなった。
元々病弱だったらしく、僕の記憶の中のお母さまはいつもベッドにいたけれど、いつも笑顔で優しく抱きしめてくれて僕はお母さまが大好きだったんだ。
お父さまもお兄さまも、亡くなったお母さまにそっくりな僕を大学生になった今でも可愛がってくれていて、無理に就職しなくても好きなことをして過ごしたらいいと優しく言ってくれている。
流石にそういうわけにはいかないよねと思いつつも、卒業後に何をしようかはまだ考え中。
卒業まではあと2年もあるし、それまでに何かやりたいことができるかも……そんなことを思っていたある日、お父さまが20歳のお祝いにオーダーメイドスーツを仕立ててくれると言ってくれた。
お兄さまが20歳になった時も同じようにオーダーメイドスーツを仕立ててもらっていて、それがすごくかっこよかったから20歳になったら僕も! とせがんでいたのをお父さまは覚えててくれたみたいだ。
スーツはもちろんだけど、いつも忙しいお父さまと二人で出かけられるのも嬉しかったから、連れて行ってもらえる日を毎日楽しみにしていた。
けれど当日、そろそろ行こうかと出かける準備をしていたその時、お父さまに大事なお客さまが家に来られることになった。
お断りすることもできず、でもテーラーさんにも予約を入れているので当日キャンセルするのも申し訳なくて、とりあえず今日は一人でテーラーさんと顔合わせして、どんなスーツを作りたいのかという打ち合わせと採寸まで終わらせることになってしまったんだ。
「渚、悪い。次は絶対に一緒に行けるようにするから、今日は先に話を進めておいてくれ。わからないことがあれば杉下くんに相談するといいよ」
「はい。わかりました」
一人で行くなんて人見知りの僕にはかなりのハードルだったけれど、僕との約束をキャンセルしてしまって本当に申し訳なさそうな顔をしているお父さまに心配はかけたくなかった。
「ああ、渚。一人だと危ないから車で行きなさい。高崎を呼んでやるから」
「大丈夫です、近いから電車で行けます」
「だが……」
「お父さま、本当に僕は大丈夫ですから。ほら、早く準備しないとお客さまがきちゃいますよ。ねっ」
お父さまは心配していたけれど、僕は笑顔で行ってきますと手を振って一人で駅へと向かった。
大丈夫、大丈夫……自分に言い聞かせていたものの、到着したお店のあまりの荘厳な佇まいに僕は気後れしてしまったんだ。
どうしよう……やっぱり一人では入りにくい。
お父さまと一緒じゃないと、こんなとこ大学生の僕がおいそれと入れるような場所じゃないよ。
でも約束してるし……ああっ、どうしよう……。
そう悩んでいる間にも約束の時間は近づいてくる。
絶対に遅刻なんてしちゃダメだと思いつつも、足が動かない。
ゔぅ……どうしよう……。
やっぱりお父さまにお願いして、違う日にしてもらおうか……なんてもはや現実的ではないことまで考えてしまっていると、
「君もここに入るのかな?」
「わっ!」
突然後ろから声をかけられ、思わず大きな声をあげてしまった。
「悪い、急に声をかけて驚かせてしまったな」
優しい声にそっと振り向くとお兄さまより少し年上のスーツの似合う長身の男性が立っていた。
「い、いえ。あの……僕こそすみません、邪魔をしてしまって……」
「いや、気にしないでいい。それよりも君も中に入るんじゃないのか?」
「は、はい。そうなんですけど……一人で入るのにちょっと気後れしてしまって……」
「ふふっ。ああ、そういうことか。確かにここの雰囲気は初めて入るには緊張するかもしれないな」
そう言ってにっこりと笑いかけてくれる彼の優しい笑顔に、僕は緊張が少しおさまっていく気がした。
「私もここで約束があるんだ。もし、よかったら一緒に入らないか?」
「えっ? い、いいんですか?」
「ああ、もちろんだよ。さぁ、中に入ろう」
大きな手で背中を優しく支えられ、中に入るとチリンと可愛らしいドアベルの音が聞こえた。
「いらっしゃいませ。桐島さま。お待ちしておりました」
「ああ、杉下くん。店の前にいた可愛いお客さんを連れてきたよ」
「もしや、渚さまでいらっしゃいますか?」
「は、はい。すみません。今日は、父と一緒に伺う予定だったのですが、あいにく仕事が入ってしまいまして……僕一人で参りました」
「はい。先ほど天都さまからお電話いただきその旨、お伺いしております。今回は渚さまのスーツをお仕立てさせていただくことになっておりますが、ご希望などございましたら何なりとお申し付けくださいませ」
にっこりと穏やかな笑顔を浮かべた杉下さんには悪いけれど、僕は何を聞かれてもうまくは返せないと思うんだよね。
結局お父さまと一緒に来た時でないと選べないかもしれない。
忙しい杉下さんには無駄な時間をかけさせたくないな……。
「あの、僕……実はスーツを着ることもほとんどなくて……だから、希望も何もわからないのでご面倒かけてしまうかもしれません。やっぱり父と一緒に来た時にした方がいいのかも……」
今日の打ち合わせは約束していたからとりあえず挨拶のためにもと思って来たけれど、やっぱり日にちを変更したほうがいいのかもしれない。
そう思っていたのだけど、
「もし、良かったら私が相談に乗ろう」
「えっ?」
と隣にいる彼から思いがけない声がかかった。
ある晴れた日の午後、銀座にある老舗テーラーの店先で、僕はあまりにも敷居の高そうなお店の佇まいに尻込みしてしまっていた。
僕は天都渚。もうすぐ20歳の大学生。
お父さまは日本でもかなり有名な会社を経営していて、お父さまに見た目も性格もそっくりな5つ上のお兄さまはすでにお父さまの下で経営の勉強をしている。
お母さまは僕が5歳の時に病気で亡くなった。
元々病弱だったらしく、僕の記憶の中のお母さまはいつもベッドにいたけれど、いつも笑顔で優しく抱きしめてくれて僕はお母さまが大好きだったんだ。
お父さまもお兄さまも、亡くなったお母さまにそっくりな僕を大学生になった今でも可愛がってくれていて、無理に就職しなくても好きなことをして過ごしたらいいと優しく言ってくれている。
流石にそういうわけにはいかないよねと思いつつも、卒業後に何をしようかはまだ考え中。
卒業まではあと2年もあるし、それまでに何かやりたいことができるかも……そんなことを思っていたある日、お父さまが20歳のお祝いにオーダーメイドスーツを仕立ててくれると言ってくれた。
お兄さまが20歳になった時も同じようにオーダーメイドスーツを仕立ててもらっていて、それがすごくかっこよかったから20歳になったら僕も! とせがんでいたのをお父さまは覚えててくれたみたいだ。
スーツはもちろんだけど、いつも忙しいお父さまと二人で出かけられるのも嬉しかったから、連れて行ってもらえる日を毎日楽しみにしていた。
けれど当日、そろそろ行こうかと出かける準備をしていたその時、お父さまに大事なお客さまが家に来られることになった。
お断りすることもできず、でもテーラーさんにも予約を入れているので当日キャンセルするのも申し訳なくて、とりあえず今日は一人でテーラーさんと顔合わせして、どんなスーツを作りたいのかという打ち合わせと採寸まで終わらせることになってしまったんだ。
「渚、悪い。次は絶対に一緒に行けるようにするから、今日は先に話を進めておいてくれ。わからないことがあれば杉下くんに相談するといいよ」
「はい。わかりました」
一人で行くなんて人見知りの僕にはかなりのハードルだったけれど、僕との約束をキャンセルしてしまって本当に申し訳なさそうな顔をしているお父さまに心配はかけたくなかった。
「ああ、渚。一人だと危ないから車で行きなさい。高崎を呼んでやるから」
「大丈夫です、近いから電車で行けます」
「だが……」
「お父さま、本当に僕は大丈夫ですから。ほら、早く準備しないとお客さまがきちゃいますよ。ねっ」
お父さまは心配していたけれど、僕は笑顔で行ってきますと手を振って一人で駅へと向かった。
大丈夫、大丈夫……自分に言い聞かせていたものの、到着したお店のあまりの荘厳な佇まいに僕は気後れしてしまったんだ。
どうしよう……やっぱり一人では入りにくい。
お父さまと一緒じゃないと、こんなとこ大学生の僕がおいそれと入れるような場所じゃないよ。
でも約束してるし……ああっ、どうしよう……。
そう悩んでいる間にも約束の時間は近づいてくる。
絶対に遅刻なんてしちゃダメだと思いつつも、足が動かない。
ゔぅ……どうしよう……。
やっぱりお父さまにお願いして、違う日にしてもらおうか……なんてもはや現実的ではないことまで考えてしまっていると、
「君もここに入るのかな?」
「わっ!」
突然後ろから声をかけられ、思わず大きな声をあげてしまった。
「悪い、急に声をかけて驚かせてしまったな」
優しい声にそっと振り向くとお兄さまより少し年上のスーツの似合う長身の男性が立っていた。
「い、いえ。あの……僕こそすみません、邪魔をしてしまって……」
「いや、気にしないでいい。それよりも君も中に入るんじゃないのか?」
「は、はい。そうなんですけど……一人で入るのにちょっと気後れしてしまって……」
「ふふっ。ああ、そういうことか。確かにここの雰囲気は初めて入るには緊張するかもしれないな」
そう言ってにっこりと笑いかけてくれる彼の優しい笑顔に、僕は緊張が少しおさまっていく気がした。
「私もここで約束があるんだ。もし、よかったら一緒に入らないか?」
「えっ? い、いいんですか?」
「ああ、もちろんだよ。さぁ、中に入ろう」
大きな手で背中を優しく支えられ、中に入るとチリンと可愛らしいドアベルの音が聞こえた。
「いらっしゃいませ。桐島さま。お待ちしておりました」
「ああ、杉下くん。店の前にいた可愛いお客さんを連れてきたよ」
「もしや、渚さまでいらっしゃいますか?」
「は、はい。すみません。今日は、父と一緒に伺う予定だったのですが、あいにく仕事が入ってしまいまして……僕一人で参りました」
「はい。先ほど天都さまからお電話いただきその旨、お伺いしております。今回は渚さまのスーツをお仕立てさせていただくことになっておりますが、ご希望などございましたら何なりとお申し付けくださいませ」
にっこりと穏やかな笑顔を浮かべた杉下さんには悪いけれど、僕は何を聞かれてもうまくは返せないと思うんだよね。
結局お父さまと一緒に来た時でないと選べないかもしれない。
忙しい杉下さんには無駄な時間をかけさせたくないな……。
「あの、僕……実はスーツを着ることもほとんどなくて……だから、希望も何もわからないのでご面倒かけてしまうかもしれません。やっぱり父と一緒に来た時にした方がいいのかも……」
今日の打ち合わせは約束していたからとりあえず挨拶のためにもと思って来たけれど、やっぱり日にちを変更したほうがいいのかもしれない。
そう思っていたのだけど、
「もし、良かったら私が相談に乗ろう」
「えっ?」
と隣にいる彼から思いがけない声がかかった。
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