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夢じゃない?※

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「あの、西表での仕事は慣れましたか?」

ほとんど西表で生活していないらしい藤乃くんから見れば、そこは気になるところかも知れない。
正直いうと、俺自身、社長から西表の会社に誘われた時、あまりピンときていなかった。
西表島が沖縄にあるということくらいはわかっていたけれど、そこがどういう場所で、周りにどんなものがあるかさえもわからない。
全くの事前情報なしで乗り込んだから、到着してみて、東京からこんなに離れていることも知ったし、周りにコンビニも何もないことを知った。

でも、東京にいた頃よりものすごく楽に呼吸ができた。
高校生の時に両親を失って一人になってからも、Barに就職した後も、藤乃くんを守るために東京に出た時も、いつも無我夢中で景色すらも見えてなかったから、ここにきて初めて周りに目を向けることができた。
その時、コンビニも何も俺には必要ないってわかった。

そう。俺には八尋さんとこの会社の人たちがいてくれたら何もいらないって思えたんだ。

「最初は思ってた以上に何もなくて大丈夫かな? って心配したんだけど、都会にいるよりこっちの方が合ってるみたいだ。今のところ、ここを出る気にはならないかな」

正直に思いを伝えながら、ここを出る気にならない大きな理由を言いたくなってしまった。
それはきっと社長に愛される藤乃くんをみてしまったからだろう。

「それに……俺にも好きな人ができたんだ……相手、男だけど……」

ドキドキしながら告げると、藤乃くんは突然大きな声を上げた。
その声があまりにも大きくて八尋さんに聞かれてしまったかと思って、焦ってしまったけれど、八尋さんには聞こえていなかったらしい。

ふぅ、よかった。

さすがに驚くのも無理はないか。
急にこんなこと聞かされたら大声を出してしまうのも当然かもしれない。

「ごめんなさい。びっくりしちゃって……。あの、それって……会社の人ですか?」

聞いていいのかわからないけど……といった様子で尋ねてくるけど、どうしようか。

普段なら名前は隠しただろう。
でも会社の人じゃないから名前を言ってもいいかと思ってしまったのは、ずっと悩んでいた藤乃くんと仲良くなれたことと、お酒の勢いもあったのかもしれない。

藤乃くんにならいいかと前置きをして、

「あのさ、耳貸して。今度は大声出すなよ」

と注意した上で、そっと耳に近づいた。

あまり近づきすぎると社長に怒られるような気がして、距離をとりながら、俺がずっとひた隠しにしていた名前を告げた。

「この店の店主の八尋さんなんだ。俺の好きな人」

自分でしっかりと口にしてしまった。
もう後戻りはできないな。

「あ、あの本当に……店主、さんなんですか?」

大きな目をさらに大きくして、問いかけてくる藤乃くんに信じられない? と聞き返すと、

「それで、店主さんは何て?」

とさらに、聞き返された。
そんなこと聞けるわけないし、聞きたくもない。

告白して、フラれでもしたらこの島に俺の居場所は無くなってしまうんだから。
今の奇跡のような関係を失いたくない。
だから、何も言えないんだ。

告白する勇気はない、だからこのままで……そう言いかけると、

「えっ? どうしてですか?」

と無邪気に尋ねられる。
社長に溺愛されている藤乃くんにはわからないだろう。
受け入れてもらえないとき、どれだけ苦しくなるかなんて。

「だって、フラれたらこの店に来にくいだろう? 俺、ずっと西表にいたいから、居場所を失いたくないんだ」

藤乃くんを羨ましく思いながら、正直に気持ちを告げた途端

「私はフる気なんかサラサラないけどね」

という声が入口から聞こえた。

その声には聞き覚えがある。
というか毎日聞いてるから間違うわけがない。

慌てて振り向くと、そこにはトレイに料理を乗せた八尋さんの姿があった。

まさか、今の聞かれて……。

そうじゃなければいいという願いも虚しく、全てを聞かれてしまっていたらしい。
八尋さんの悲しげな表情に胸が痛くなる。

ああ、最悪だ……。

そう思っていたけれど、

「勝手に聞いたことについては謝るけど、私の気持ちが伝わってなかったのはショックだな」

と言われてしまった。

えっ? 何? どういうこと?
八尋さんの気持ち?

混乱しまくりの俺をよそに八尋さんは言葉を続ける。

「なんとも思ってない子と休日にわざわざ一緒に出かけたり、なんだかんだ理由をつけて家にあげて食事を振る舞ったりするはずないだろう? それでも反応してくれなかったからてっきり脈がないと思って落ち込んでたんだけどな……」

うそ……っ。
これって、現実の話?
本当に八尋さんが言ってる?

何も言えずに戸惑っていると、八尋さんはトレイをテーブルに置き、真剣な表情で俺をじっと見つめて、

「ちゃんとはっきり言った方がいいかな? 私は平松くんが……いや、友貴也が好きだ。恋人として付き合ってほしい」

と言ってくれた。

八尋さんが、俺のことが、好き……?
本当に?
夢じゃない?

ああ、夢でもいい。
八尋さんに言われたのなら。

それなら少しの間でも幸せを感じていたい。

「あ、あの……俺も八尋さんのこと……好きです」

震えながら、そういうと八尋さんがさっと近づいてきて俺を抱きしめてくれた。

「平松くん、好きだと言ってくれて嬉しいよ。ありがとう」

「あの、八尋さん……さっきみたいに、友貴也って呼んで欲しいです」

「――っ、友貴也!」

「嬉しいっ!!」

夢の中でも名前で呼ばれて、好きだと言われて、俺……このままどうなっていいいな。

「友貴也、聞いてる?」

「えっ?」

「自宅に戻るよ」

「あっ、でも砂川さんたち……」

「もうとっくに帰ったよ」

「えっ? うそっ! あの、もしかして、これ……夢じゃない?」

「当たり前だよ。現実だってわからせてあげようか?」

「えっ――んんっ!!」

突然、八尋さんの顔が近づいたと思ったら、唇が重なっていた。

これって、キス……?

知らなかった、唇を重ねるってこんな幸せなことだったんだ……。
でも、これ……どうやって息をすればいい?

離れたくない。
ずっとキスをしていたい。
でも、苦しくて息が、つづかな……

「んんっ……っん!!!」

慣れないキスが苦しくて、重なった唇を必死に開けると、開いた唇の隙間に何かが入り込んできた。
柔らかな何かが俺の口内を動き回る。
何が何だかわからなかったけれど、俺の舌に絡みついてきて、ようやくそれが八尋さんの舌だとわかった。

激しく絡められて、もうおかしくなりそうなほど気持ちがいい。
今まで感じたことのない刺激に立っていられないほどだ。
と同時にどんどん苦しくなっていくのに耐えられなくて、八尋さんの胸を叩いたら唇が離れていった。

新鮮な空気を吸った瞬間、力が抜けてその場に崩れ落ちそうになったのを八尋さんが抱きかかえてくれた。

「あっ……」

「私のせいで腰が抜けたんだろう? 抱いて自宅まで連れていくよ。大人しくしてて」

「ひゃっ!」

耳元で甘く囁かれて、そのまま自宅に連れて行かれた。

「あの……」

「いいから、私に任せて」

蕩けそうになるほど甘い声で言われて、ドキドキが止まらないまま、連れて行かれたのは、いつも二人で眠っている寝室だった。
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