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何も怖くない

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美味しいアフォガードを食べ終わり、大満足だ。

「平松くん、帰ろうか」

「あっ、八尋さん。ここの支払いは俺が……」

「ああ、気にしないでいいよ。もう支払いは済ませたから」

「えっ? いつの間に?」

そう尋ねたけれど、八尋さんはにこやかな笑顔を浮かべるだけで何も言わなかった。
そういえば、前にランチでここに来た時も支払いが終わっていたんだった。

八尋さんって一体いつ支払いをしているんだろう?

「あの、次に一緒にご飯を食べに行った時は、俺にご馳走させてください」

「ふふっ。私の方が年上だし、支払いのことは気にしなくていいんだよ。年下に食事をご馳走するのは大人としてのマナーだから」

「えっ? そう、なんですか?」

「ああ、知らなかった?」

「その、あんまり誰かと一緒にご飯を食べた経験がなくて……」

あ、でもそういえば、あの時……砂川さんと社長と食事をした時は、全部社長が支払いをしてくれた。
あの時は社長だからご馳走してくれたんだと思っていたけど、確かに社長が一番年上だ。

「そうか、なら仕方がないかな。これからは気にしなくていいよ。平松くんは美味しく食べてくれるのを見せてくれるだけでいいから」

「そんな……っ、それはちょっと恥ずかしいです」

「どうして?」

「なんだか、食いしん坊みたいなんで……」

「ははっ。食いしん坊か。大丈夫、そんなことは思わないよ。喜んでくれるのが見たいだけだよ。さぁ、そろそろ行こうか」

「はい」

喜んでくれるのが見たい……。
俺の人生でこんなことを言われる日が来るなんて思っても見なかったな……。

本当に八尋さんって優しい。

「もうお帰りですか?」

料理を運んでくれていた店員さんに声をかけられて立ち止まると、奥からシェフの格好をした人もやってきた。
ああ、この人が山入端さんのお兄さんっていう人なのかもしれない。
顔も似ているし、雰囲気もそっくりだ。

「ええ。ご馳走さま。今日のは特に美味しいステーキでしたよ。ねぇ、平松くん」

「はい。溶けてなくなるくらいすっごく柔らかくて美味しかったです」

「ふふっ。そんなに仰っていただけると嬉しいです。ぜひまたお越しください」

「ありがとう。弟さんと宗方くんにもよろしく伝えてください」

八尋さんがそう言って、俺たちはレストランを出た。

もう外は真っ暗。

「わぁ、昼間に来た時とは全然印象が違いますね」

「ああ、このレストラン以外は明かりもないからね。危ないから手を離さないようにね」

「はい」

暗くて危ないから。
ハブが出てくるかもしれないから。

そんな理由があるからだろう。
それでも八尋さんから手を繋いでくれることが嬉しかった。

先に俺を助手席に座らせてくれて、八尋さんは颯爽と運転席に乗り込んだ。

車を走らせながら、

「そういえば、倉橋くんと藤乃くんが戻ってくる日、いつか知ってる?」

と尋ねられた。

「えっ? そういえば今週中ってことで詳しい日にちは聞いてなかったかも……」

「三日後だそうだよ、二人が戻ってくるのは」

「そう、なんですか? 予想より少し早くてびっくりしました」

「倉橋くんが藤乃くんを連れていきたい場所があるみたいでね。それまでにいろいろとこなしたい仕事もあるから、予定を少し早めたみたいだよ」

「連れていきたい場所? 観光ですか?」

「倉橋くんが持っている無人島なんだよ。そこにすごい湖があるんだ」

「へぇ……八尋さんも見たことがあるんですか?」

「ああ。前に一度連れて行ってもらったことがある。彼の島だから彼の案内じゃないと入れないんだ。藤乃くんが案内してもらったら、今度は平松くんも連れて行ってもらえるように頼んでみるよ」

「あ、その時は八尋さんも一緒がいいです」

「――っ、ああ、そうだね。そのように頼んでみるよ」

社長も俺と二人は嫌だろうし、かといって藤乃くんと三人で行くのもおかしい。
砂川さんや名嘉村さんと一緒なら楽しいかもしれないけど、無人島で何かがあったら怖そうだし、八尋さんなら何かあっても大丈夫そう……なんて思ってしまったことは内緒にしておこう。

「西表に戻ってくるときはいつも社長から八尋さんに連絡が来るんですか?」

「いや、違うよ。砂川さんから頼まれたんだ。彼らが戻ってきた日に食事に誘う予定だから店を貸切にして欲しいって」

「えっ? 砂川さんから? 貸切?」

「ああ。きっと、平松くんが藤乃くんとゆっくり話ができる時間を作ってあげたいと思ったんじゃないかな」

「砂川さんが……俺と藤乃くんのために……」

「せっかくの機会だから思ったことを素直にぶつけたらいいよ」

「はい。そうします」

藤乃くんにはちゃんと謝罪して、ここにきて幸せだって伝えよう。
もう何も怖くない。
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