91 / 114
何も怖くない
しおりを挟む
美味しいアフォガードを食べ終わり、大満足だ。
「平松くん、帰ろうか」
「あっ、八尋さん。ここの支払いは俺が……」
「ああ、気にしないでいいよ。もう支払いは済ませたから」
「えっ? いつの間に?」
そう尋ねたけれど、八尋さんはにこやかな笑顔を浮かべるだけで何も言わなかった。
そういえば、前にランチでここに来た時も支払いが終わっていたんだった。
八尋さんって一体いつ支払いをしているんだろう?
「あの、次に一緒にご飯を食べに行った時は、俺にご馳走させてください」
「ふふっ。私の方が年上だし、支払いのことは気にしなくていいんだよ。年下に食事をご馳走するのは大人としてのマナーだから」
「えっ? そう、なんですか?」
「ああ、知らなかった?」
「その、あんまり誰かと一緒にご飯を食べた経験がなくて……」
あ、でもそういえば、あの時……砂川さんと社長と食事をした時は、全部社長が支払いをしてくれた。
あの時は社長だからご馳走してくれたんだと思っていたけど、確かに社長が一番年上だ。
「そうか、なら仕方がないかな。これからは気にしなくていいよ。平松くんは美味しく食べてくれるのを見せてくれるだけでいいから」
「そんな……っ、それはちょっと恥ずかしいです」
「どうして?」
「なんだか、食いしん坊みたいなんで……」
「ははっ。食いしん坊か。大丈夫、そんなことは思わないよ。喜んでくれるのが見たいだけだよ。さぁ、そろそろ行こうか」
「はい」
喜んでくれるのが見たい……。
俺の人生でこんなことを言われる日が来るなんて思っても見なかったな……。
本当に八尋さんって優しい。
「もうお帰りですか?」
料理を運んでくれていた店員さんに声をかけられて立ち止まると、奥からシェフの格好をした人もやってきた。
ああ、この人が山入端さんのお兄さんっていう人なのかもしれない。
顔も似ているし、雰囲気もそっくりだ。
「ええ。ご馳走さま。今日のは特に美味しいステーキでしたよ。ねぇ、平松くん」
「はい。溶けてなくなるくらいすっごく柔らかくて美味しかったです」
「ふふっ。そんなに仰っていただけると嬉しいです。ぜひまたお越しください」
「ありがとう。弟さんと宗方くんにもよろしく伝えてください」
八尋さんがそう言って、俺たちはレストランを出た。
もう外は真っ暗。
「わぁ、昼間に来た時とは全然印象が違いますね」
「ああ、このレストラン以外は明かりもないからね。危ないから手を離さないようにね」
「はい」
暗くて危ないから。
ハブが出てくるかもしれないから。
そんな理由があるからだろう。
それでも八尋さんから手を繋いでくれることが嬉しかった。
先に俺を助手席に座らせてくれて、八尋さんは颯爽と運転席に乗り込んだ。
車を走らせながら、
「そういえば、倉橋くんと藤乃くんが戻ってくる日、いつか知ってる?」
と尋ねられた。
「えっ? そういえば今週中ってことで詳しい日にちは聞いてなかったかも……」
「三日後だそうだよ、二人が戻ってくるのは」
「そう、なんですか? 予想より少し早くてびっくりしました」
「倉橋くんが藤乃くんを連れていきたい場所があるみたいでね。それまでにいろいろとこなしたい仕事もあるから、予定を少し早めたみたいだよ」
「連れていきたい場所? 観光ですか?」
「倉橋くんが持っている無人島なんだよ。そこにすごい湖があるんだ」
「へぇ……八尋さんも見たことがあるんですか?」
「ああ。前に一度連れて行ってもらったことがある。彼の島だから彼の案内じゃないと入れないんだ。藤乃くんが案内してもらったら、今度は平松くんも連れて行ってもらえるように頼んでみるよ」
「あ、その時は八尋さんも一緒がいいです」
「――っ、ああ、そうだね。そのように頼んでみるよ」
社長も俺と二人は嫌だろうし、かといって藤乃くんと三人で行くのもおかしい。
砂川さんや名嘉村さんと一緒なら楽しいかもしれないけど、無人島で何かがあったら怖そうだし、八尋さんなら何かあっても大丈夫そう……なんて思ってしまったことは内緒にしておこう。
「西表に戻ってくるときはいつも社長から八尋さんに連絡が来るんですか?」
「いや、違うよ。砂川さんから頼まれたんだ。彼らが戻ってきた日に食事に誘う予定だから店を貸切にして欲しいって」
「えっ? 砂川さんから? 貸切?」
「ああ。きっと、平松くんが藤乃くんとゆっくり話ができる時間を作ってあげたいと思ったんじゃないかな」
「砂川さんが……俺と藤乃くんのために……」
「せっかくの機会だから思ったことを素直にぶつけたらいいよ」
「はい。そうします」
藤乃くんにはちゃんと謝罪して、ここにきて幸せだって伝えよう。
もう何も怖くない。
「平松くん、帰ろうか」
「あっ、八尋さん。ここの支払いは俺が……」
「ああ、気にしないでいいよ。もう支払いは済ませたから」
「えっ? いつの間に?」
そう尋ねたけれど、八尋さんはにこやかな笑顔を浮かべるだけで何も言わなかった。
そういえば、前にランチでここに来た時も支払いが終わっていたんだった。
八尋さんって一体いつ支払いをしているんだろう?
「あの、次に一緒にご飯を食べに行った時は、俺にご馳走させてください」
「ふふっ。私の方が年上だし、支払いのことは気にしなくていいんだよ。年下に食事をご馳走するのは大人としてのマナーだから」
「えっ? そう、なんですか?」
「ああ、知らなかった?」
「その、あんまり誰かと一緒にご飯を食べた経験がなくて……」
あ、でもそういえば、あの時……砂川さんと社長と食事をした時は、全部社長が支払いをしてくれた。
あの時は社長だからご馳走してくれたんだと思っていたけど、確かに社長が一番年上だ。
「そうか、なら仕方がないかな。これからは気にしなくていいよ。平松くんは美味しく食べてくれるのを見せてくれるだけでいいから」
「そんな……っ、それはちょっと恥ずかしいです」
「どうして?」
「なんだか、食いしん坊みたいなんで……」
「ははっ。食いしん坊か。大丈夫、そんなことは思わないよ。喜んでくれるのが見たいだけだよ。さぁ、そろそろ行こうか」
「はい」
喜んでくれるのが見たい……。
俺の人生でこんなことを言われる日が来るなんて思っても見なかったな……。
本当に八尋さんって優しい。
「もうお帰りですか?」
料理を運んでくれていた店員さんに声をかけられて立ち止まると、奥からシェフの格好をした人もやってきた。
ああ、この人が山入端さんのお兄さんっていう人なのかもしれない。
顔も似ているし、雰囲気もそっくりだ。
「ええ。ご馳走さま。今日のは特に美味しいステーキでしたよ。ねぇ、平松くん」
「はい。溶けてなくなるくらいすっごく柔らかくて美味しかったです」
「ふふっ。そんなに仰っていただけると嬉しいです。ぜひまたお越しください」
「ありがとう。弟さんと宗方くんにもよろしく伝えてください」
八尋さんがそう言って、俺たちはレストランを出た。
もう外は真っ暗。
「わぁ、昼間に来た時とは全然印象が違いますね」
「ああ、このレストラン以外は明かりもないからね。危ないから手を離さないようにね」
「はい」
暗くて危ないから。
ハブが出てくるかもしれないから。
そんな理由があるからだろう。
それでも八尋さんから手を繋いでくれることが嬉しかった。
先に俺を助手席に座らせてくれて、八尋さんは颯爽と運転席に乗り込んだ。
車を走らせながら、
「そういえば、倉橋くんと藤乃くんが戻ってくる日、いつか知ってる?」
と尋ねられた。
「えっ? そういえば今週中ってことで詳しい日にちは聞いてなかったかも……」
「三日後だそうだよ、二人が戻ってくるのは」
「そう、なんですか? 予想より少し早くてびっくりしました」
「倉橋くんが藤乃くんを連れていきたい場所があるみたいでね。それまでにいろいろとこなしたい仕事もあるから、予定を少し早めたみたいだよ」
「連れていきたい場所? 観光ですか?」
「倉橋くんが持っている無人島なんだよ。そこにすごい湖があるんだ」
「へぇ……八尋さんも見たことがあるんですか?」
「ああ。前に一度連れて行ってもらったことがある。彼の島だから彼の案内じゃないと入れないんだ。藤乃くんが案内してもらったら、今度は平松くんも連れて行ってもらえるように頼んでみるよ」
「あ、その時は八尋さんも一緒がいいです」
「――っ、ああ、そうだね。そのように頼んでみるよ」
社長も俺と二人は嫌だろうし、かといって藤乃くんと三人で行くのもおかしい。
砂川さんや名嘉村さんと一緒なら楽しいかもしれないけど、無人島で何かがあったら怖そうだし、八尋さんなら何かあっても大丈夫そう……なんて思ってしまったことは内緒にしておこう。
「西表に戻ってくるときはいつも社長から八尋さんに連絡が来るんですか?」
「いや、違うよ。砂川さんから頼まれたんだ。彼らが戻ってきた日に食事に誘う予定だから店を貸切にして欲しいって」
「えっ? 砂川さんから? 貸切?」
「ああ。きっと、平松くんが藤乃くんとゆっくり話ができる時間を作ってあげたいと思ったんじゃないかな」
「砂川さんが……俺と藤乃くんのために……」
「せっかくの機会だから思ったことを素直にぶつけたらいいよ」
「はい。そうします」
藤乃くんにはちゃんと謝罪して、ここにきて幸せだって伝えよう。
もう何も怖くない。
1,001
お気に入りに追加
1,211
あなたにおすすめの小説
【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます
猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」
「いや、するわけないだろ!」
相川優也(25)
主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。
碧スバル(21)
指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。
「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」
「スバル、お前なにいってんの……?」
冗談? 本気? 二人の結末は?
美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
可愛くない僕は愛されない…はず
おがこは
BL
Ωらしくない見た目がコンプレックスな自己肯定感低めなΩ。痴漢から助けた女子高生をきっかけにその子の兄(α)に絆され愛されていく話。
押しが強いスパダリα ✕ 逃げるツンツンデレΩ
ハッピーエンドです!
病んでる受けが好みです。
闇描写大好きです(*´`)
※まだアルファポリスに慣れてないため、同じ話を何回か更新するかもしれません。頑張って慣れていきます!感想もお待ちしております!
また、当方最近忙しく、投稿頻度が不安定です。気長に待って頂けると嬉しいです(*^^*)
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる