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突然の上司命令

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「平松くん? どうかした?」

「あ、いえ。ご飯! 嬉しいです」

「ふふっ。こっちに座って」

案内された席に座ると、キラキラと輝く炊き立てのご飯と美味しそうな味噌汁を目の前に置いてくれた。

「うわー、美味しそう!!」

「おかずもたくさんあるから食べて」

「この卵焼き、中に何か入ってます!」

「これ、明太子入れて巻いたんだ。ご飯が進むから食べてみて!」

卵焼きに明太子?
そんなの美味しいに決まってる!

昔、父さんが仕事で九州に行った時、お土産で買ってきてくれたことがある。
初めてご飯に乗せた時は食べられるか心配だったけど一口食べてあまりの美味しさにびっくりしたな。
もしかしたらあの時以来かも。

ドキドキしながら、卵焼きを一切れご飯の上に乗せた。
いっぺんに食べるのが勿体無くて三分の一くらいに切り分けてご飯と一緒に食べたらあまりの美味しさにほっぺたが落ちるかと思った。

思い出の中よりもずっとずっと美味しく感じる。

「ものすごく美味しいです!!」

「ふふっ。よかった。こっちの魚も食べてみて。銀鱈のみりん漬けっていうんだ。明太子もお魚も博多のお店から取り寄せててお気に入りのお店なんだよ」

銀鱈のみりん漬けって有名なのかな。
初めて聞いた。
塩焼きとか煮付けとかとは違うものなんだろうな。

でもさっきのがすごく美味しかったから、こっちも期待してしまう。
箸を入れるとすぐにほろっと身がとれる。

ふわふわの身を口に入れると脂の乗った魚の甘辛い味に、これまたご飯がすすむ。

「すっごく美味しいです!! 名嘉村さんってこんなに美味しいお店をどこで知るんですか?」

「これは、社長から紹介してもらったんだよ。前にこのお魚をお裾分けでもらって美味しかったからどこで売ってるか聞いたら、お店を教えてくれて一般販売はしてないそうなんだけど、社長の名前で買えるようにしてくれたんだ」

「本当にすごいんですね、社長って……」

もう何を聞いても驚かなくなってきた。
だって、話を聞くたびにどんどん業種が増えていくんだから。
八尋さんが前に、社長が手を出してない業種なんてないんじゃないかって言ってた時、さすがに冗談だよねと思っていたけど、あながちそうでもないのかも。

「まぁ、社長は異次元だからね。そんな社長とついていけてる藤乃くんの方が正直言ってすごいと思うよ」

それは……確かにそうかもしれない。
あの・・倉橋社長と公私共にずっと一緒だなんて……。

俺は特に最初に敵意を向けられたから余計に怖がっている部分はあるけれど、それがなくてもものすごいカリスマ性のある人だし、緊張しすぎてそばにはいられないかもな。

「社長って、藤乃くんと出会う前と出会った後で変わりましたか?」

「変わったなんてもんじゃないよ! もう別人!!」

「そんなに?」

「うん。その時の社長を平松くんに見せてあげたいくらい。あ、でもまだ藤乃くんと一緒にいる時の社長も見たことないんだよね?」

「そうなんです」

「じゃあ、社長一人の時の印象とは全然違うよ。来週社長が藤乃くんと一緒に西表にくるって砂川さん言ってたし、楽しみだね」

名嘉村さんはものすごく嬉しそうに笑いながら、そういうと続けて、

「あっ、印象違うっていえば、八尋さんも全然違うよ」

と突然そんなことを言い出した。

「えっ? 八尋さん、ですか?」

「うん。ここ最近の八尋さん、すっごく柔らかい印象になったんだよ」

「ここ最近……」

もしかして……八尋さんも藤乃くんを……?
いやいや、そんなことないよね。

じゃあ、それって……俺……とか?

いやいや、それこそ絶対違うに決まってる。

でも、じゃあ一体?

そう聞きたかったけれど、

「あっ、そろそろ準備した方がいいかも。サッと片付けるからちょっとだけ待ってて」

と言われて、聞ける雰囲気ではなくなってしまった。

それから、スーツに着替えた名嘉村さんと一緒に俺の家に戻り、スーツに着替えてからそのまま会社に向かった。
さっきのことを聞きたかったけれど、具体的な名前を聞くのが怖くて聞けなかった。

悶々としたまま、午前中絵を描き続けて、そろそろ昼休憩かも……と思った途端、

「平松くん、お客さんだよ。今日はもう早退していいから」

と名嘉村さんに声をかけられた。

「えっ? 俺にお客さんなんて……それに早退って……」

「いいから。これは上司命令。しっかり休んで明日また働いてくれたらいいから」

そう言われて、俺が茫然としている間にあっという間に机の上が片付けられて、名嘉村さんに背中を押されるように入口に連れて行かれる。

「あ、あの……えっ!!!」

名嘉村さんに声をかけようと思ったら、視界に飛び込んできたのは、ずっと会いたかった人の姿だった。

「八尋さん……っ!」

「平松くん、ただいま」

「――っ!! 八尋さんっ!!」

笑顔の八尋さんが見えて、思わず駆け寄ってしまった。
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