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突然のお客さま
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昨夜は八尋さんが帰ってくるという喜びのニュースに嬉しくなって、その気持ちのまま眠りについたおかげか、一度も目を覚ますことなく、朝を迎えることができた。
すっきりした朝の目覚めにふと、海が見てみたい。
そんな衝動に駆られた。
26歳になった今の今まで一度もそんな衝動に駆られたことなんてないのに、どうしてだろう。
そう考えた時に、幾つもの理由を自分に聞かせた。
単純に海が見てみたかったから。
朝の海に惹かれたから。
こんなに近いのに、全然みてないことに気づいたから。
でも、一番しっくりきたのは、この海の向こうに八尋さんがいるから、だろう。
離れ離れになってまだ数日なのに。
電話で顔を見ながら話しもできているのに。
恋しくて仕方がない。
今日はまだ帰ってこられないとわかっているのに、少しでも八尋さんの姿を想像したくて海を見に行きたいなんて無謀なことを思いついたんだろう。
だけど、昨夜砂川さんたちから一人で外を出歩いてはいけないと忠告されたばかりだ。
あんなにはっきりと一人では出歩かないと宣言しておきながら、その約束をいとも簡単に破って何かあれば、もう俺は砂川さんたちの前に顔を出すこともできない。
やっぱり、ダメだよな……。
諦めるしかない。
そう思って、着替えを済ませ冷蔵庫を開けようとしたところでインターフォンが鳴った。
こんな朝から誰だろう?
仕事に行くにはまだ早い時間だけど、うちに顔を出してくれるのは名嘉村さんか、砂川さんしかいない。
ドキドキしながら、
「はい。どちらさまですか?」
と声をかけると、
「伊織です。朝早くにすみません」
と爽やかな声が聞こえた。
えっ?
伊織って……あの、伊織さん?
なんでここに?
砂川さんも一緒?
いろんなことがよぎったけれど、とりあえず開けないと!
慌てて扉を開けると、そこには安慶名さんが一人で立っていた。
茫然と立ち尽くす俺に安慶名さんは
「おはようございます。もしかしてまだ寝ていましたか?」
と問いかけてきた。
どうやら寝起きでぼーっとしていると思ったようだ。
「あっ、いえ。早くから起きてました。今はただ驚いただけで……すみません」
「いえ、こちらこそ。朝から驚かせてしまってすみません。昨夜、これを渡すのを忘れていたので届けにきたんです。どうぞ」
「えっ? これは……?」
「朝食用のパンです。一人だとご飯を炊くのも大変でしょうからお持ちしました。イリゼホテルの朝食で出しているパンなので美味しいですよ」
「わぁっ! パン! いただいていいんですか?」
それなら俺でも簡単に朝食の準備ができる。
「ええ。一緒に入れているマンゴージャムをつけると美味しいですよ」
「マンゴージャム、それってもしかして砂川さん家の?」
「ええ、ご存知なんですね」
「前にマンゴーのスパークリングワインを八尋さんにいただいたんです」
「ああ、松川さんが持ってきたワインですね。あれも美味しかったでしょう?」
「すっごく美味しかったです!」
果物そのものを食べたことはないけれど、ワインでも感じられるほど濃厚な香りでものすごく美味しかったのはよく覚えている。
「ええ、悠真の家のマンゴーは最高なんです」
そう言って得意げに笑う安慶名さんがなんだか少し可愛く見えた。
「わざわざ持ってきてくださってありがとうございます。最高のマンゴージャム、美味しくいただきます」
俺の言葉に安慶名さんは笑みを浮かべながらゆっくりと口を開いた。
「早起きされたと仰ってましたが、眠れなかったわけではなさそうで安心しました」
「はい。ぐっすりと眠れました。あまりにもすっきりした目覚めだったので、一人で海でも見に行こうかと思ったんですけど……」
「えっ? それは……っ」
「あっ、大丈夫です。昨日砂川さんに忠告いただいたので、外には一人で出ません」
「ああ、そうですか。それなら安心しました。でも……そうですね。朝の海は綺麗なので見ないのは勿体無いかもしれませんね」
「やっぱりそうですよね!!」
安慶名さんもそう言ってくれるなら、やっぱり見に行くべきかと思ったけれど、
「ええ。八尋さんが帰ってきたら連れて行ってもらうといいですよ。彼なら、いい場所を知っているはずですから」
と言われてしまった。
やっぱり一人で行くのはダメだな。
諦めよう。
「朝の海を見たら昼の海と夕方の海も見てみるといいですよ。あまりにも違う姿に驚きますから」
同じ海なのに、そうも違うものだろうか?
でも安慶名さんが揶揄うような人には見えない。
「はい。じゃあ、八尋さんが帰ってきたら頼んでみます」
「ふふっ。今日からしばらく悠真がここから離れますが無理せずに、何かあればいつでも悠真に連絡して構いませんからね」
「ありがとうございます。あの、砂川さんにもパンとジャムのお礼を伝えておいてください」
「わかりました。それでは失礼しますね」
そういうと爽やかな笑顔を見せて安慶名さんは帰って行った。
出発前に砂川さんに会えないのは寂しいけれど、きっと旅の支度でもしているんだろう。
俺はもらったパンを取り出し、コーヒーを入れて早速朝ごはんを食べることにした。
ふわふわと柔らかいパンにマンゴージャムをつけると、ワインの時よりもさらに強い香りが鼻腔をくすぐる。
一口サイズにちぎったものを口に入れると、濃厚な香りと甘さに驚いてしまう。
「何、これっ。すごく美味しい!」
ジャムの入った瓶を見ると、砂糖の類は一切入っていないことがわかる。
すごいなぁ、何もしないでこの甘さか……。
これは食欲が進むな。
すっきりした朝の目覚めにふと、海が見てみたい。
そんな衝動に駆られた。
26歳になった今の今まで一度もそんな衝動に駆られたことなんてないのに、どうしてだろう。
そう考えた時に、幾つもの理由を自分に聞かせた。
単純に海が見てみたかったから。
朝の海に惹かれたから。
こんなに近いのに、全然みてないことに気づいたから。
でも、一番しっくりきたのは、この海の向こうに八尋さんがいるから、だろう。
離れ離れになってまだ数日なのに。
電話で顔を見ながら話しもできているのに。
恋しくて仕方がない。
今日はまだ帰ってこられないとわかっているのに、少しでも八尋さんの姿を想像したくて海を見に行きたいなんて無謀なことを思いついたんだろう。
だけど、昨夜砂川さんたちから一人で外を出歩いてはいけないと忠告されたばかりだ。
あんなにはっきりと一人では出歩かないと宣言しておきながら、その約束をいとも簡単に破って何かあれば、もう俺は砂川さんたちの前に顔を出すこともできない。
やっぱり、ダメだよな……。
諦めるしかない。
そう思って、着替えを済ませ冷蔵庫を開けようとしたところでインターフォンが鳴った。
こんな朝から誰だろう?
仕事に行くにはまだ早い時間だけど、うちに顔を出してくれるのは名嘉村さんか、砂川さんしかいない。
ドキドキしながら、
「はい。どちらさまですか?」
と声をかけると、
「伊織です。朝早くにすみません」
と爽やかな声が聞こえた。
えっ?
伊織って……あの、伊織さん?
なんでここに?
砂川さんも一緒?
いろんなことがよぎったけれど、とりあえず開けないと!
慌てて扉を開けると、そこには安慶名さんが一人で立っていた。
茫然と立ち尽くす俺に安慶名さんは
「おはようございます。もしかしてまだ寝ていましたか?」
と問いかけてきた。
どうやら寝起きでぼーっとしていると思ったようだ。
「あっ、いえ。早くから起きてました。今はただ驚いただけで……すみません」
「いえ、こちらこそ。朝から驚かせてしまってすみません。昨夜、これを渡すのを忘れていたので届けにきたんです。どうぞ」
「えっ? これは……?」
「朝食用のパンです。一人だとご飯を炊くのも大変でしょうからお持ちしました。イリゼホテルの朝食で出しているパンなので美味しいですよ」
「わぁっ! パン! いただいていいんですか?」
それなら俺でも簡単に朝食の準備ができる。
「ええ。一緒に入れているマンゴージャムをつけると美味しいですよ」
「マンゴージャム、それってもしかして砂川さん家の?」
「ええ、ご存知なんですね」
「前にマンゴーのスパークリングワインを八尋さんにいただいたんです」
「ああ、松川さんが持ってきたワインですね。あれも美味しかったでしょう?」
「すっごく美味しかったです!」
果物そのものを食べたことはないけれど、ワインでも感じられるほど濃厚な香りでものすごく美味しかったのはよく覚えている。
「ええ、悠真の家のマンゴーは最高なんです」
そう言って得意げに笑う安慶名さんがなんだか少し可愛く見えた。
「わざわざ持ってきてくださってありがとうございます。最高のマンゴージャム、美味しくいただきます」
俺の言葉に安慶名さんは笑みを浮かべながらゆっくりと口を開いた。
「早起きされたと仰ってましたが、眠れなかったわけではなさそうで安心しました」
「はい。ぐっすりと眠れました。あまりにもすっきりした目覚めだったので、一人で海でも見に行こうかと思ったんですけど……」
「えっ? それは……っ」
「あっ、大丈夫です。昨日砂川さんに忠告いただいたので、外には一人で出ません」
「ああ、そうですか。それなら安心しました。でも……そうですね。朝の海は綺麗なので見ないのは勿体無いかもしれませんね」
「やっぱりそうですよね!!」
安慶名さんもそう言ってくれるなら、やっぱり見に行くべきかと思ったけれど、
「ええ。八尋さんが帰ってきたら連れて行ってもらうといいですよ。彼なら、いい場所を知っているはずですから」
と言われてしまった。
やっぱり一人で行くのはダメだな。
諦めよう。
「朝の海を見たら昼の海と夕方の海も見てみるといいですよ。あまりにも違う姿に驚きますから」
同じ海なのに、そうも違うものだろうか?
でも安慶名さんが揶揄うような人には見えない。
「はい。じゃあ、八尋さんが帰ってきたら頼んでみます」
「ふふっ。今日からしばらく悠真がここから離れますが無理せずに、何かあればいつでも悠真に連絡して構いませんからね」
「ありがとうございます。あの、砂川さんにもパンとジャムのお礼を伝えておいてください」
「わかりました。それでは失礼しますね」
そういうと爽やかな笑顔を見せて安慶名さんは帰って行った。
出発前に砂川さんに会えないのは寂しいけれど、きっと旅の支度でもしているんだろう。
俺はもらったパンを取り出し、コーヒーを入れて早速朝ごはんを食べることにした。
ふわふわと柔らかいパンにマンゴージャムをつけると、ワインの時よりもさらに強い香りが鼻腔をくすぐる。
一口サイズにちぎったものを口に入れると、濃厚な香りと甘さに驚いてしまう。
「何、これっ。すごく美味しい!」
ジャムの入った瓶を見ると、砂糖の類は一切入っていないことがわかる。
すごいなぁ、何もしないでこの甘さか……。
これは食欲が進むな。
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