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大切な存在
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「さぁ、どうぞあがってください」
「お邪魔します」
人の家に入るのって、まだ慣れないから緊張する。
あっちにいた頃は、自分の家以外で入っていた家は栗原先生の家くらいだった。
あの会社に入ってからは、藤乃くんを家に送り届けるのに入ったくらいで、誰かに招かれることなんてなかった。
それがこの島に来てからは、八尋さんの家、名嘉村さんの家、そして、砂川さんの家といろんな家にお邪魔してる。
こうも環境が変わるなんて、人生何があるかわからないな。
「すぐに準備しますから、ソファーに座っていてください」
「あ、はい」
座り心地の良さそうなソファーに腰を下ろすと、目の前に大きな窓が見える。
もう外は暗くなってきているから、あまり景色は見えないけれど、建物の類は見えない。
「砂川さん、この窓の外って……」
「ああ、そこは庭なんですよ。昼間はその先に海が見えるんですけど、暗いとわからないですね」
「わぁ、海ですか。すごい!」
家から海が見えるなんて頭になかったな。
「ふふっ。今度は昼間に遊びにきてください。ビーチにも下りられるので楽しいですよ」
「それって、プライベートビーチって事ですか?」
「ここは観光客の方も入れない場所なので、一応そうなりますね。でも、あまり泳ぎはしないですけど」
「えー、もったいないですよ」
「ふふっ。そんな言葉を聞くと、やっぱり平松くんも本土の人なんだなと思いますね」
「えっ? それってどういう意味ですか?」
「多くの沖縄の人にとっては、海は入るものではなく見るものなんですよ。近くにありすぎて特別なものだという感覚はないかもしれないですね」
「近くにありすぎて……?」
「ええ。だからこそ、離れてみてようやく大事だと気づくこともあるんですよ」
砂川さんが何か俺に訴えかけているような気がしたけれど、その時の俺にはまだ砂川さんの言葉の本当に意味がわかっていなかった。
「さぁ、料理もタッパーに入れましたし、平松くんの家に戻りましょうか」
「すごくいい匂いですね。これ、なんですか?」
「これはラフテー。ああ、豚の角煮って言った方がわかりやすいですね」
「えっ、豚の角煮って自宅で普通に作れるものなんですか? お店じゃないと難しいんだと思ってました」
あんなトロトロなお肉を家で作れるなんて、凄すぎる。
本当に砂川さんって料理が上手なんだ。
「ふふっ。八尋さんのお店で召し上がったんですね。もちろん、あれほどのクオリティは難しいですが、時間をかければ自宅でも作れるんですよ。これは私の母から教わったレシピで、母も祖母から教えてもらったそうなので砂川家の味ですね」
「砂川家の味……いいですね。これ、砂川さんの好物だったりするんですか?」
「私ももちろん好きですが、弟が本当に大好きで……これを覚えたのも、東京の大学に進学した弟のためなんですよ。時々仕事で東京に行った時に作ってあげようと思って」
「砂川さん、弟さんがいるんですね」
「ええ。平松くんと同じ年ですよ。今も東京で暮らしてますが、結構頻繁に会っています」
いいなぁ。砂川さんがお兄さんか……。
優しくて、料理上手で、いつも褒めてくれて……こんなお兄さんなら憧れる。
「砂川さんのような方がお兄さんだなんて……弟さんが羨ましいです。きっと弟さんにとっては自慢のお兄さんでしょうね」
「ふふっ。平松くんにそんな褒められると照れますね。お世辞でも嬉しいですよ」
「そんな、お世辞なんか……っ。俺は一人っ子なので、兄弟がいるのは本当に羨ましいです」
両親が亡くなった時も、毎日辛い日々を過ごしていた時も、誰かそばにいてくれたら……。
一人じゃないよ、頑張ってるよ……そう言ってもらえたら……俺はもう少し自分が好きになれたかもしれない。
「確かに兄弟の縁は一生ものですし離れることはないですが、今の平松くんには兄弟よりも大切な存在がいるんじゃないですか?」
「えっ……大切な存在……」
その言葉を聞いて一瞬で頭に浮かんだのは……八尋さん、ただ一人。
もしかしたら、砂川さんには俺の気持ちがバレてる?
「あ、あの……」
「ああ、平松くんに渡すものがあったのを忘れていました」
「えっ……」
砂川さんは話の途中で突然その場からいなくなり、何かを持って戻ってきた。
「これ、平松くんに頼まれていたものですよ」
そう言いながら俺に手渡したのは、見慣れたシャンプーとボディーソープのボトル。
「あ、これ……八尋さんのところのものと同じものですか?」
「ええ。そうです。平松くん、これ……見えますか?」
「えっ?」
砂川さんの細い指がさし示した先にあったのは、
<無香性>
と書かれた文字。
「えっ? あっ、これ……? どういう、意味ですか?」
無香性って、匂いがしないってこと?
えっ? でも、確かに八尋さんの家で使ったのは、いい匂いがしたのに……。
一体どういうことなんだ?
「お邪魔します」
人の家に入るのって、まだ慣れないから緊張する。
あっちにいた頃は、自分の家以外で入っていた家は栗原先生の家くらいだった。
あの会社に入ってからは、藤乃くんを家に送り届けるのに入ったくらいで、誰かに招かれることなんてなかった。
それがこの島に来てからは、八尋さんの家、名嘉村さんの家、そして、砂川さんの家といろんな家にお邪魔してる。
こうも環境が変わるなんて、人生何があるかわからないな。
「すぐに準備しますから、ソファーに座っていてください」
「あ、はい」
座り心地の良さそうなソファーに腰を下ろすと、目の前に大きな窓が見える。
もう外は暗くなってきているから、あまり景色は見えないけれど、建物の類は見えない。
「砂川さん、この窓の外って……」
「ああ、そこは庭なんですよ。昼間はその先に海が見えるんですけど、暗いとわからないですね」
「わぁ、海ですか。すごい!」
家から海が見えるなんて頭になかったな。
「ふふっ。今度は昼間に遊びにきてください。ビーチにも下りられるので楽しいですよ」
「それって、プライベートビーチって事ですか?」
「ここは観光客の方も入れない場所なので、一応そうなりますね。でも、あまり泳ぎはしないですけど」
「えー、もったいないですよ」
「ふふっ。そんな言葉を聞くと、やっぱり平松くんも本土の人なんだなと思いますね」
「えっ? それってどういう意味ですか?」
「多くの沖縄の人にとっては、海は入るものではなく見るものなんですよ。近くにありすぎて特別なものだという感覚はないかもしれないですね」
「近くにありすぎて……?」
「ええ。だからこそ、離れてみてようやく大事だと気づくこともあるんですよ」
砂川さんが何か俺に訴えかけているような気がしたけれど、その時の俺にはまだ砂川さんの言葉の本当に意味がわかっていなかった。
「さぁ、料理もタッパーに入れましたし、平松くんの家に戻りましょうか」
「すごくいい匂いですね。これ、なんですか?」
「これはラフテー。ああ、豚の角煮って言った方がわかりやすいですね」
「えっ、豚の角煮って自宅で普通に作れるものなんですか? お店じゃないと難しいんだと思ってました」
あんなトロトロなお肉を家で作れるなんて、凄すぎる。
本当に砂川さんって料理が上手なんだ。
「ふふっ。八尋さんのお店で召し上がったんですね。もちろん、あれほどのクオリティは難しいですが、時間をかければ自宅でも作れるんですよ。これは私の母から教わったレシピで、母も祖母から教えてもらったそうなので砂川家の味ですね」
「砂川家の味……いいですね。これ、砂川さんの好物だったりするんですか?」
「私ももちろん好きですが、弟が本当に大好きで……これを覚えたのも、東京の大学に進学した弟のためなんですよ。時々仕事で東京に行った時に作ってあげようと思って」
「砂川さん、弟さんがいるんですね」
「ええ。平松くんと同じ年ですよ。今も東京で暮らしてますが、結構頻繁に会っています」
いいなぁ。砂川さんがお兄さんか……。
優しくて、料理上手で、いつも褒めてくれて……こんなお兄さんなら憧れる。
「砂川さんのような方がお兄さんだなんて……弟さんが羨ましいです。きっと弟さんにとっては自慢のお兄さんでしょうね」
「ふふっ。平松くんにそんな褒められると照れますね。お世辞でも嬉しいですよ」
「そんな、お世辞なんか……っ。俺は一人っ子なので、兄弟がいるのは本当に羨ましいです」
両親が亡くなった時も、毎日辛い日々を過ごしていた時も、誰かそばにいてくれたら……。
一人じゃないよ、頑張ってるよ……そう言ってもらえたら……俺はもう少し自分が好きになれたかもしれない。
「確かに兄弟の縁は一生ものですし離れることはないですが、今の平松くんには兄弟よりも大切な存在がいるんじゃないですか?」
「えっ……大切な存在……」
その言葉を聞いて一瞬で頭に浮かんだのは……八尋さん、ただ一人。
もしかしたら、砂川さんには俺の気持ちがバレてる?
「あ、あの……」
「ああ、平松くんに渡すものがあったのを忘れていました」
「えっ……」
砂川さんは話の途中で突然その場からいなくなり、何かを持って戻ってきた。
「これ、平松くんに頼まれていたものですよ」
そう言いながら俺に手渡したのは、見慣れたシャンプーとボディーソープのボトル。
「あ、これ……八尋さんのところのものと同じものですか?」
「ええ。そうです。平松くん、これ……見えますか?」
「えっ?」
砂川さんの細い指がさし示した先にあったのは、
<無香性>
と書かれた文字。
「えっ? あっ、これ……? どういう、意味ですか?」
無香性って、匂いがしないってこと?
えっ? でも、確かに八尋さんの家で使ったのは、いい匂いがしたのに……。
一体どういうことなんだ?
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