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お礼が言いたい
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「おはよう。そんなところで何してるの?」
ぼーっと八尋さんが帰っていった後を見ていたら、突然声をかけられて驚いてしまった。
「えっ? あっ、名嘉村さん。おはようございます」
「ふふっ。早いね。新人さんだからって気を遣わなくていいんだよ」
「は、はい」
「中に入ろうか」
優しく誘導されながら、会社の中に入っていく途中で、
「そういえば、昨日の観光はどうだった?」
と尋ねられた。
「はい! あんな自然たっぷりな場所初めてでしたし、それにあの滝は最高でした!!」
「ああ、あそこいったんだ! あれはうちの観光ツアーの中でも好評なスポットだからね。でも、歩きのルートは大変じゃなかった?」
「確かに獣道みたいなところもありましたけど、八尋さんがずっと手を繋いでてくれたんで大丈夫でした」
「へぇ。八尋さんが……そうなんだ。それなら安心だったね」
「はい。やっぱり八尋さんはすごいですよ、砂川さんがガイドに頼んでくださったのがよくわかりました」
「ふふっ。それならよかった。写真も撮れた?」
「はい、それも八尋さんが撮ってくれてUSBに整理して入れてくれたので、後でパソコンで見てみますね」
なんて話をしながら、自分の席につき早速写真を見てみると、
「うわっ、すごいっ!!」
ものすごく見やすく綺麗に整理されているのがわかる。
「へぇ、八尋さん。さすがだね」
横から覗き込んできた名嘉村さんが感嘆の声を上げる。
「これ、このまま大人用のパンフレットでも使えそうな感じだよ」
「本当に綺麗ですね」
あの時、俺が景色に見惚れている間にこんなに素敵な写真を撮ってくれていたんだ……。
「ふふっ。これなら、平松くんのイラストも期待できるね」
「こんな素敵な写真と比較されるのは恥ずかしいですけど……でも、頑張ります!」
「うん、その調子だよ!」
ポンと肩を叩かれて、笑顔を向けられる。
その仕草に八尋さんの姿がパッと浮かんでくる。
向こうではあまりされたことがなかったから、八尋さんにされたときはちょっとドキドキしたけど、ここでは普通のことなんだな……。
なぜか少しがっかりする自分がいる。
なんで特別なことだと思っていたんだろう。
余計なこと考えないようにしないと!
俺はパンパンと両手で頬を叩いて、気合を入れながら、八尋さんが整理してくれた写真を見つめた。
その写真から、おおまかなイラストのイメージを頭の中で思い描き、紙に下書きを始めた。
昨日のあの光景があまりにも素敵すぎて、描く手が止まらない。
これが仕事だなんて信じられないくらい楽しいな。
そうして一心不乱に描き続けていると、
「平松くん、ちょっと休憩しましょうか」
と声をかけられた。
「えっ? あっ、砂川さん……おはようございます」
「ふふっ。おはようございます。ものすごい集中力でしたね。私が出勤してきた時から、もう二時間以上も体勢も変わらず描き続けてたので驚きましたよ」
「えっ? 二時間?」
慌てて時計を見れば、本当だ。
もう10時を過ぎてる。
楽し過ぎてこんなに時間が経ってるなんて思いもしなかった。
「すみません、私…‥つい夢中になってしまって……」
絵を描いてるだけでこんなに時間使ってしまって注意されるのかと思ってびくついていたら
「沖縄では午前十時と午後三時にお茶を飲んで休憩する『十時茶』と『三時茶』という時間があるんですよ。だから、少し休憩しましょう」
と笑顔を向けられて、拍子抜けしてしまった。
「えっ、は、はい。休憩……?」
「ふふっ。これ、どうぞ。糖分を摂るとすっきりしますよ」
デスクに置かれた小さなトレイには茶色い小さなお饅頭とあったかい緑茶が二つずつ置かれていた。
まさか上司にこんなことをしてもらえる日が来るとは……。
そもそも仕事中に休憩を勧められるなんて思いもしなかった。
毎日毎日怒鳴られて、罰金に怯え、少しの余裕もなく過ごしてきたあの五年間がなんだったんだろうと思うくらい、ここの会社はみんな穏やかで心地良い。
砂川さんはどこからともなく椅子を持ってきて、俺の隣に座り、小さなお饅頭を手に取った。
「ここの黒糖饅頭は絶品ですよ。皮がもちもちであんこがぎっしり詰まってて一つ食べたら病みつきになりますから。ほら」
そう言って、お饅頭を半分に割ってみせた。
「わぁ、美味しそうですね」
「ふふっ。平松くんもどうぞ」
俺も早速お饅頭を手に取り、半分に割ってぎっしりと詰まったあんこを眺めてから、パクッと口に入れると、薄いけれどもちもちの皮と甘みを抑えたあんこが絶妙でものすごく美味しかった。
「んんっ!!」
「ふふっ。でしょう?」
声に出さなくても、俺の表情で美味しさは伝わったらしい。
小さなお饅頭は二口で俺のお腹におさまり、美味しいお茶も飲み干して大満足だ。
砂川さんは湯呑みを両手で握りながら、一口お茶を飲み、机の上に置いていた俺の下書きの絵に視線を向けた。
「絵の感じが変わりましたね」
「えっ? そう、ですか?」
「ええ、先日見せてもらった絵とは明らかに違いますよ。きっと実際に見て感情が入ったんでしょうね。この絵には魂がこもっている気がします」
「――っ」
「やっぱり観光してきてもらって正解でしたね。完成を期待していますよ」
「は、はい。ありがとうございます。頑張ります」
砂川さんは俺の言葉に笑顔を向けると、持ってきたトレイを持って給湯室に戻って行った。
こんなによくしてもらって、褒められて……。
こんな幸せで良いのかなって思うくらい、恵まれてる。
倉橋社長に、誘ってもらえてよかったな……。
正直、まだ会うのは怖いけれど、会ったらお礼が言いたい。
こんなに安心して仕事ができることのお礼を、言わずにはいられないよ。
ぼーっと八尋さんが帰っていった後を見ていたら、突然声をかけられて驚いてしまった。
「えっ? あっ、名嘉村さん。おはようございます」
「ふふっ。早いね。新人さんだからって気を遣わなくていいんだよ」
「は、はい」
「中に入ろうか」
優しく誘導されながら、会社の中に入っていく途中で、
「そういえば、昨日の観光はどうだった?」
と尋ねられた。
「はい! あんな自然たっぷりな場所初めてでしたし、それにあの滝は最高でした!!」
「ああ、あそこいったんだ! あれはうちの観光ツアーの中でも好評なスポットだからね。でも、歩きのルートは大変じゃなかった?」
「確かに獣道みたいなところもありましたけど、八尋さんがずっと手を繋いでてくれたんで大丈夫でした」
「へぇ。八尋さんが……そうなんだ。それなら安心だったね」
「はい。やっぱり八尋さんはすごいですよ、砂川さんがガイドに頼んでくださったのがよくわかりました」
「ふふっ。それならよかった。写真も撮れた?」
「はい、それも八尋さんが撮ってくれてUSBに整理して入れてくれたので、後でパソコンで見てみますね」
なんて話をしながら、自分の席につき早速写真を見てみると、
「うわっ、すごいっ!!」
ものすごく見やすく綺麗に整理されているのがわかる。
「へぇ、八尋さん。さすがだね」
横から覗き込んできた名嘉村さんが感嘆の声を上げる。
「これ、このまま大人用のパンフレットでも使えそうな感じだよ」
「本当に綺麗ですね」
あの時、俺が景色に見惚れている間にこんなに素敵な写真を撮ってくれていたんだ……。
「ふふっ。これなら、平松くんのイラストも期待できるね」
「こんな素敵な写真と比較されるのは恥ずかしいですけど……でも、頑張ります!」
「うん、その調子だよ!」
ポンと肩を叩かれて、笑顔を向けられる。
その仕草に八尋さんの姿がパッと浮かんでくる。
向こうではあまりされたことがなかったから、八尋さんにされたときはちょっとドキドキしたけど、ここでは普通のことなんだな……。
なぜか少しがっかりする自分がいる。
なんで特別なことだと思っていたんだろう。
余計なこと考えないようにしないと!
俺はパンパンと両手で頬を叩いて、気合を入れながら、八尋さんが整理してくれた写真を見つめた。
その写真から、おおまかなイラストのイメージを頭の中で思い描き、紙に下書きを始めた。
昨日のあの光景があまりにも素敵すぎて、描く手が止まらない。
これが仕事だなんて信じられないくらい楽しいな。
そうして一心不乱に描き続けていると、
「平松くん、ちょっと休憩しましょうか」
と声をかけられた。
「えっ? あっ、砂川さん……おはようございます」
「ふふっ。おはようございます。ものすごい集中力でしたね。私が出勤してきた時から、もう二時間以上も体勢も変わらず描き続けてたので驚きましたよ」
「えっ? 二時間?」
慌てて時計を見れば、本当だ。
もう10時を過ぎてる。
楽し過ぎてこんなに時間が経ってるなんて思いもしなかった。
「すみません、私…‥つい夢中になってしまって……」
絵を描いてるだけでこんなに時間使ってしまって注意されるのかと思ってびくついていたら
「沖縄では午前十時と午後三時にお茶を飲んで休憩する『十時茶』と『三時茶』という時間があるんですよ。だから、少し休憩しましょう」
と笑顔を向けられて、拍子抜けしてしまった。
「えっ、は、はい。休憩……?」
「ふふっ。これ、どうぞ。糖分を摂るとすっきりしますよ」
デスクに置かれた小さなトレイには茶色い小さなお饅頭とあったかい緑茶が二つずつ置かれていた。
まさか上司にこんなことをしてもらえる日が来るとは……。
そもそも仕事中に休憩を勧められるなんて思いもしなかった。
毎日毎日怒鳴られて、罰金に怯え、少しの余裕もなく過ごしてきたあの五年間がなんだったんだろうと思うくらい、ここの会社はみんな穏やかで心地良い。
砂川さんはどこからともなく椅子を持ってきて、俺の隣に座り、小さなお饅頭を手に取った。
「ここの黒糖饅頭は絶品ですよ。皮がもちもちであんこがぎっしり詰まってて一つ食べたら病みつきになりますから。ほら」
そう言って、お饅頭を半分に割ってみせた。
「わぁ、美味しそうですね」
「ふふっ。平松くんもどうぞ」
俺も早速お饅頭を手に取り、半分に割ってぎっしりと詰まったあんこを眺めてから、パクッと口に入れると、薄いけれどもちもちの皮と甘みを抑えたあんこが絶妙でものすごく美味しかった。
「んんっ!!」
「ふふっ。でしょう?」
声に出さなくても、俺の表情で美味しさは伝わったらしい。
小さなお饅頭は二口で俺のお腹におさまり、美味しいお茶も飲み干して大満足だ。
砂川さんは湯呑みを両手で握りながら、一口お茶を飲み、机の上に置いていた俺の下書きの絵に視線を向けた。
「絵の感じが変わりましたね」
「えっ? そう、ですか?」
「ええ、先日見せてもらった絵とは明らかに違いますよ。きっと実際に見て感情が入ったんでしょうね。この絵には魂がこもっている気がします」
「――っ」
「やっぱり観光してきてもらって正解でしたね。完成を期待していますよ」
「は、はい。ありがとうございます。頑張ります」
砂川さんは俺の言葉に笑顔を向けると、持ってきたトレイを持って給湯室に戻って行った。
こんなによくしてもらって、褒められて……。
こんな幸せで良いのかなって思うくらい、恵まれてる。
倉橋社長に、誘ってもらえてよかったな……。
正直、まだ会うのは怖いけれど、会ったらお礼が言いたい。
こんなに安心して仕事ができることのお礼を、言わずにはいられないよ。
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