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巧みな話術
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「あ、洗面所そっちだから」
「あ、はい」
外から帰ってきて洗いたいと思っていたから、その前に教えてもらって助かる。
けれど、
「そうだ、そのままお風呂に入っておいで。お湯すぐに張るから」
洗面所に入ろうとした俺に後ろから声がかかって驚いた。
でも、考えてみたら山道とかいっぱい歩いたし、手だけじゃなく、知らない間に服とか汚れてるかも……。
入れるなら、さっぱりしたいけど流石に初めて来た家でお風呂まで借りるのは気が引ける。
「えっ、でも……着替えもないですし……」
「大丈夫、大丈夫。店をやってると不測の事態に備えて、いろいろ用意しているものなんだよ。下着は新品があるし、服は私の服を着たらいい」
「でも……」
「その方がさっぱりしてご飯食べられるよ。ほら、行っておいで。お風呂はそっちの扉だから」
そういうと、八尋さんは壁についていたボタンを押してしまった。
「お湯のスイッチ入れたから、すぐに溜まるよ。着替え用意してくるね」
と、にこやかに言いながら奥の部屋に入ってしまった。
やっぱりトップ営業マンだった八尋さんには勝てそうにない。
まぁ、でも上の服は八尋さんに借りたままになってたから返さないといけなかったし。それにこのままじゃ、夕食も食べられないしな。
そう自分に言い聞かせて、教えられたお風呂場に入った。
少し広い脱衣所の前には大きな鏡が置かれていて、自分の姿がよく見える。
逞しい八尋さんの身体と違って、背は高いけどひょろっとしている印象だ。
八尋さんから借りたパーカーにダボっと着せられている感じが否めない。
身長はともかく、もう少し鍛えないとな……。
その前にもう少し肉をつけた方がいいか?
ここに来るまで食べ物には無頓着だったから、お腹を満たせればいいと思ってたな。
鏡を見ながら、パーカーを脱ぐとポケットからころっと何かがこぼれ落ちた。
「あっ、これ……」
コーヒー屋さんで貰ったおまけだ。
食べるの忘れちゃってたな。
食後にでも八尋さんと食べようかなと思いながら、Tシャツを脱ぎ捨て半裸になったところで、扉をノックする音がした。
「いいかな?」
「あっ、はい」
どうぞ、と言いながら扉を開けると、
「――っ」
八尋さんの動きが一瞬止まって見えた。
「あの……?」
「ああ、着替えの途中にごめんね。着替え、持ってきたからこれ使って。脱いだ服は全部洗濯機に入れてくれていいから。すぐに洗濯するからね」
洗濯まで申し訳ない……。
でも正直言って助かる。
汚れた下着とかそのまま置いておくのも嫌だし、ここは素直に甘えておこう。
「ありがとうございます」
「あれ? それは?」
「それ、さっきのコーヒー屋さんでおまけで貰ったやつです。食べるの忘れててすみません」
「いいよ、じゃああっちに持っていっておくよ」
そう言われて、お菓子を八尋さんに渡すと、
「じゃ、ゆっくり入っておいで」
とにこやかな笑顔を見せて、扉を閉めていった。
俺は渡された着替えを棚に置き、あんまり待たせるわけにはいかないと急いで全ての服を脱ぎ、浴室への扉を開いた。
「わっ! 広いっ!」
想像以上のゆったりとした浴室に思わず声が出た。
湯船とか大人三人くらい余裕で入れそう。
足も伸ばせそうだし……と考えて、八尋さんが湯船に浸かっている光景が目に浮かぶ。
あの長い足を伸ばして……って、何考えてるんだ!
バカな想像を頭から消し去るように勢いよくシャワーを浴びて、髪と身体をこれでもかっていうほど綺麗に洗った。
そして、ついつい、
「お邪魔します」
と言ってしまいながら、湯船に身体を沈み込ませた。
社宅のあの家の湯船も開放感があってすっごく気持ちよかったけど、ここも最高だな。
俺って、お風呂好きだったんだ……知らなかったな。
あんまり待たせないようにしようとか思ってたのに、身体の芯までぽっかぽかになる程、湯船に浸かって気持ちよくなって出てきてしまった。
ふわっふわのバスタオルで身体を包み、貸してもらった着替えを着る。
シンプルな黒のボクサーパンツは新品で、サイズもピッタリ。
砂川さんが社宅に用意してくれていた下着の着心地とよく似ている。
もしかして同じところで買ってたり……?
小さい島だから、そんなこともあるだろう。
今度店を教えてもらおう。
なんて思いながら、着替えに手を通すと、ほのかに八尋さんの匂いがすることに気づく。
間違うわけない。
今日のパーカーについていたのと同じ匂いだし、今日もずっと隣にいてくれた時、この匂いがしていたんだから。
そうか……これって、柔軟剤の香りだったのかな?
でもすっごく落ち着く匂いだ。
うちのもこれにしようかな。
後で教えてもらおう。
なんだかすごく嬉しい気持ちになって、お風呂場を出るとものすごくいい匂いが漂ってきて、
「グゥーーー」
と大きなお腹の音が鳴ってしまった。
恥ずかしい……。
聞こえてないよね?
ドキドキしながら、八尋さんのいる方に足を向け、
「お風呂、いただきました」
と声をかけると、料理を作ってくれていた八尋さんが、
「着替え、どう――っ!!!」
振り向きながら俺の姿を見て、言葉が止まってしまった。
何か俺、着方間違ってる?
「あ、はい」
外から帰ってきて洗いたいと思っていたから、その前に教えてもらって助かる。
けれど、
「そうだ、そのままお風呂に入っておいで。お湯すぐに張るから」
洗面所に入ろうとした俺に後ろから声がかかって驚いた。
でも、考えてみたら山道とかいっぱい歩いたし、手だけじゃなく、知らない間に服とか汚れてるかも……。
入れるなら、さっぱりしたいけど流石に初めて来た家でお風呂まで借りるのは気が引ける。
「えっ、でも……着替えもないですし……」
「大丈夫、大丈夫。店をやってると不測の事態に備えて、いろいろ用意しているものなんだよ。下着は新品があるし、服は私の服を着たらいい」
「でも……」
「その方がさっぱりしてご飯食べられるよ。ほら、行っておいで。お風呂はそっちの扉だから」
そういうと、八尋さんは壁についていたボタンを押してしまった。
「お湯のスイッチ入れたから、すぐに溜まるよ。着替え用意してくるね」
と、にこやかに言いながら奥の部屋に入ってしまった。
やっぱりトップ営業マンだった八尋さんには勝てそうにない。
まぁ、でも上の服は八尋さんに借りたままになってたから返さないといけなかったし。それにこのままじゃ、夕食も食べられないしな。
そう自分に言い聞かせて、教えられたお風呂場に入った。
少し広い脱衣所の前には大きな鏡が置かれていて、自分の姿がよく見える。
逞しい八尋さんの身体と違って、背は高いけどひょろっとしている印象だ。
八尋さんから借りたパーカーにダボっと着せられている感じが否めない。
身長はともかく、もう少し鍛えないとな……。
その前にもう少し肉をつけた方がいいか?
ここに来るまで食べ物には無頓着だったから、お腹を満たせればいいと思ってたな。
鏡を見ながら、パーカーを脱ぐとポケットからころっと何かがこぼれ落ちた。
「あっ、これ……」
コーヒー屋さんで貰ったおまけだ。
食べるの忘れちゃってたな。
食後にでも八尋さんと食べようかなと思いながら、Tシャツを脱ぎ捨て半裸になったところで、扉をノックする音がした。
「いいかな?」
「あっ、はい」
どうぞ、と言いながら扉を開けると、
「――っ」
八尋さんの動きが一瞬止まって見えた。
「あの……?」
「ああ、着替えの途中にごめんね。着替え、持ってきたからこれ使って。脱いだ服は全部洗濯機に入れてくれていいから。すぐに洗濯するからね」
洗濯まで申し訳ない……。
でも正直言って助かる。
汚れた下着とかそのまま置いておくのも嫌だし、ここは素直に甘えておこう。
「ありがとうございます」
「あれ? それは?」
「それ、さっきのコーヒー屋さんでおまけで貰ったやつです。食べるの忘れててすみません」
「いいよ、じゃああっちに持っていっておくよ」
そう言われて、お菓子を八尋さんに渡すと、
「じゃ、ゆっくり入っておいで」
とにこやかな笑顔を見せて、扉を閉めていった。
俺は渡された着替えを棚に置き、あんまり待たせるわけにはいかないと急いで全ての服を脱ぎ、浴室への扉を開いた。
「わっ! 広いっ!」
想像以上のゆったりとした浴室に思わず声が出た。
湯船とか大人三人くらい余裕で入れそう。
足も伸ばせそうだし……と考えて、八尋さんが湯船に浸かっている光景が目に浮かぶ。
あの長い足を伸ばして……って、何考えてるんだ!
バカな想像を頭から消し去るように勢いよくシャワーを浴びて、髪と身体をこれでもかっていうほど綺麗に洗った。
そして、ついつい、
「お邪魔します」
と言ってしまいながら、湯船に身体を沈み込ませた。
社宅のあの家の湯船も開放感があってすっごく気持ちよかったけど、ここも最高だな。
俺って、お風呂好きだったんだ……知らなかったな。
あんまり待たせないようにしようとか思ってたのに、身体の芯までぽっかぽかになる程、湯船に浸かって気持ちよくなって出てきてしまった。
ふわっふわのバスタオルで身体を包み、貸してもらった着替えを着る。
シンプルな黒のボクサーパンツは新品で、サイズもピッタリ。
砂川さんが社宅に用意してくれていた下着の着心地とよく似ている。
もしかして同じところで買ってたり……?
小さい島だから、そんなこともあるだろう。
今度店を教えてもらおう。
なんて思いながら、着替えに手を通すと、ほのかに八尋さんの匂いがすることに気づく。
間違うわけない。
今日のパーカーについていたのと同じ匂いだし、今日もずっと隣にいてくれた時、この匂いがしていたんだから。
そうか……これって、柔軟剤の香りだったのかな?
でもすっごく落ち着く匂いだ。
うちのもこれにしようかな。
後で教えてもらおう。
なんだかすごく嬉しい気持ちになって、お風呂場を出るとものすごくいい匂いが漂ってきて、
「グゥーーー」
と大きなお腹の音が鳴ってしまった。
恥ずかしい……。
聞こえてないよね?
ドキドキしながら、八尋さんのいる方に足を向け、
「お風呂、いただきました」
と声をかけると、料理を作ってくれていた八尋さんが、
「着替え、どう――っ!!!」
振り向きながら俺の姿を見て、言葉が止まってしまった。
何か俺、着方間違ってる?
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