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お弁当のお礼は

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店の前まで本当に名嘉村なかむらさんが送ってくれて、

「じゃあ、また明日ね」

と帰っていくのを見送ってから、

「こんにちはー」

と声をかけながら店の引き戸を開けた。

あっ、こんばんはだったかなと思いつつも、南国のこの離島はまだ18時でも十分明るくて、ついこんにちはと言ってしまった。
考えてみれば、こんな時間に仕事を終えるなんて初めてで、浮かれている自分がいる。

夕食にはまだ早いこの時間だからか、店にはまだお客さんの姿は見えない。

俺の声に奥のキッチンから八尋さんが出てきてくれた。

「あっ、いらっしゃい。本当に来てくれたんだね。さぁさぁ、中に入って」

「はい。お邪魔します」

お店なのにお邪魔しますは違ったかなと思いつつ、案内されるままに進んでいく。

「今日は予約も入ってないから、ここに座って」

案内されたのはカウンターの奥の席。
と言っても端に追いやられているというわけではなく、居心地の良さそうな席だ。

もしかしたら名嘉村さんが一人で来たときに、八尋さんと話をしながら食べているって言ってた席かもしれない。
なぜか嬉しくなりながら、俺は手に持っていた荷物を思い出して八尋さんに差し出した。

「あ、あの、お弁当……ありがとうございました。すっごく美味しかったです」

「ふふっ。口にあって良かったよ。これからもお弁当差し入れしたいんだけど、もらってくれるかな?」

「えっ、そんな……っ、申し訳なさすぎます」

「いいんだよ、店の残り物を詰めてるだけながらもらってくれると助かるんだ」

「でも……」

「人助けだと思ってもらってよ。ねっ」

「はい。じゃあ、材料費払わせてください」

「そんなのいいのに……」

そう言ってくれたけれど、流石にもらいっぱなしでいるわけにはいかない。

「あっ、じゃあ、うちに来た時に試作品の味見をしてくれないかな?」

「えっ? 試作品の、味見ですか?」

「ああ、近々新メニューを出そうと思っていてね。試行錯誤しているんだが、自分だけでやっているといつも同じような感じになってしまって……お客さんたちに飽きられたら困るなと思っていたんだ。平松くんはまだ沖縄料理に慣れていないだろう? 率直な意見を聞かせてもらったら助かるよ」

「でも、そんなことでお弁当の代わりには……」

「いや、新商品ができるとかなり売り上げも変わってくるからね。お弁当とは比べ物にならないくらい、うちに還元されるよ」

「そういうもの、ですか……」

「だから、お弁当はそのお礼だと思ってくれたらいいよ」

パチンとウインクされてドキッとする。
八尋さんがここまで言ってくれるなら、ここは甘えたほうがいいのかな。

「じゃあ……お願いします」

「ふふっ。オッケー。じゃあ、ちょっと待ってて。食事用意するよ」

そう言って、しばらくお店の中で一人で座っていたのだけど、すぐに八尋さんは大きなトレイを持って戻ってきた。

「わっ、これ……」

「うちのメニューがどんなのか知っておいて欲しいから、昨日食べてなかったメニューから平松くんが好きそうなものを選んで用意したんだ」

トレイには小鉢にいろんな料理が所狭しと置かれていて、野菜も肉も魚も、もちろん米も全ての栄養が網羅されてそう。
そして、昨日もらって美味しかった黒糖ゼリーまで置かれていて、思わず

「あっ、これすごく美味しかったです!」

と声をあげてしまった。

「ふふっ。平松くんは甘いものが好き?」

「はい。でもここ数年はあまり食べる機会もなくて飢えてました。だから昨日食べた時すっごく美味しくて感動しましたよ」

「そうなのか、喜んでもらえて嬉しいよ。じゃあ、スイーツ作りも考えてみようかな。ここは酒飲みの人が多いから、あまりスイーツの類は置いてないんだけど、平松くんみたいに喜んでくれるなら出してみてもいいかもしれないね」

「はい。そしたら俺、毎日食べます」

「ふふっ。もうお客さん見つかったな。さぁ、食べて」

「はい。いただきます」

八尋さんに説明してもらいながら、食事を進めていく。
豚の耳とか頭の皮なんて、みたこともない食材に驚いたりしながらも食べてみるとすごく美味しくて笑ってしまったり、真っ黒なイカ墨汁にドキドキしながら口をつけて、あまりの美味しさにお代わりしてしまったり。
昨日の名嘉村さんとの食事もすごく楽しかったけれど、今日はさらに楽しかった。

「ふぅ、お腹いっぱいです」

「ふふっ。いっぱい食べてくれて嬉しいよ」

「本当に八尋さんの料理ってどれも美味しくて、お客さんが集まってくるのわかりますね」

「ありがとう。あっ、そういえば明日のことだけど……」

そう言われて、八尋さんにガイドをお願いしたことを思い出した。

「すみません、ガイドを引き受けてくださったお礼をまず言おうと思ってたんですけど、すっかり忘れてしまって……」

ああー、もう何やってんだよ。
俺ってば、そこは最初にお礼言わなきゃいけないところだったのに!

「ふふっ。気にしないでいいよ。ちょうど明日は食材を採りに行こうと思っていたから、声をかけてもらえて良かったんだ。一人で行くより相棒がいてくれたほうが楽しいからね」

「相棒……」

八尋さんから言われると特別感が増す気がする。
なんか嬉しい。

「それでどの辺に行ってみたいとか希望はある?」

「いえ。俺……西表島のことは本当に何も知らなくて……」

「そうか、なら一日で虜になるだろうな。それくらい幸せで楽しい島だよ。私がここに初めてきた時と同じ感動を味わってもらえたら嬉しいよ」

「はい。楽しみにしてます」

そういうと、八尋さんは嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
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