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第三章
<閑話> マティアス工房最大の危機 <前編>
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ルーディーの雄叫びが気になるところですが、可愛いロルフとルル、そしてルーディーとアズールの衣装を作ってくれたマティアスの奮闘ぶりをみてみたい!というリクエストをいただき、ちょっと間に差し込んでみました。
簡潔に終わらす予定がいつものように序章部分が長くなり前後編に分けます。
懐かしい名前が出てきますので、楽しんでいただければ嬉しいです♡
* * *
<sideマティアス>
「師匠! 師匠!」
「騒がしいな、一体何事だ?」
「師匠! お城より早馬が参りました!」
「何? 早馬が?」
工房の奥で作業中の私の元に、弟子のパウルが焦った様子で飛び込んできた。
お城からの呼び出しとは一体何があったのだろう?
「はい。すぐに登城されたしとのことでございます」
「それだけか? 理由は?」
「いえ、それだけでした」
理由も告げぬままの呼び出しとは……一体、何が起こっているのか……。
「パウル、とりあえず私はすぐに陛下の元に参る。悪いが、私が今していた作業を続けていてくれないか?」
「はい。承知しました」
「では、頼むぞ」
私はパウルに見送られ、取るものも取り敢えず急いでお城に向かった。
私はマティアス・シュナイダー。
このヴンダーシューン王国で仕立て屋として生計を立てているが、そんじょそこらの仕立て屋ではない。
なんせ私の仕立てた服はこの国の誰も真似できない素晴らしい衣装だと言われているのだ。
これは決して自画自賛などではない。
その証拠に、『神の御意志』であるルーディー王子殿下の一歳のお披露目という大事な節目の衣装も私にお仕立てを任せていただいた。
そして、ルーディー王子殿下の大切な番でいらっしゃる、ヴォルフ公爵家ご次男・アズールさまの一歳のお披露目の御衣装も私にお仕立てを任せていただいた。
その後もルーディー王子殿下の成人の折にも私の御衣装をお召しいただいたのだ。
もう王家専属の仕立て屋と言っても過言ではないだろう。
私の仕事は全て手作業、デザインから全てを一人でこなしてきた。
生涯一人を貫き通すと自分に誓いを立て、仕立て屋の道に進んだのだが、今の私には弟子がいる。
本当は弟子など持つ予定ではなかった。
だが、パウルと出会い、私が守ってあげなければと何故か思ってしまったのだ。
パウルとの出会いは、アズールさまの一歳のお披露目の時まで遡る。
あの日、アズールさまの一歳のお祝いと同時に、ルーディー王子殿下との婚約を発表なさることになっていて、私もこっそりアズールさまが私の作った衣装をお召しになったところを拝見しに行ったのだが、その時事件が起こった。
ルーディー王子殿下とアズールさまのご婚約に異議を唱えた者がいたのだ。
それが当時、7歳のパウルだった。
当然場内は騒然となり、異議を唱えたパウル、そしてその父親が騎士たちに捕まえられて大広間の外に連れ出されてしまったのだ。
その後、どうなったのか私にはわかる術も無かったけれど、それからしばらく経って所用がありお城に伺ったところ、執事のフィデリオさまとお会いした。
あの子どもと、父親がどうなったのが気になって尋ねると、父親は全ての責任をとって侯爵の地位を隣国で留学中の長男に譲り、隣国との境界にある田舎で隠居生活を余儀なくされ、戻ってきた長男が侯爵の跡を継いだようだ。
そして、騒動の首謀者となったパウルは侯爵家を離れ、陛下のご指示でフィデリオさまの後継候補として城内で勉強させることになったのだそうだ。
けれど、
――実は、ルーディーさまがそれをお許しにならないのです。
とフィデリオさまは困惑の表情を浮かべてお教えくださった。
聞けば、アズールさまと再会する可能性が0でない以上、パウルを城内に居させることはしたくないとおっしゃっているのだそう。
ルーディーさまにとってパウルはご自分からアズールさまを奪おうとした相手。
確かに憎しみの心を持ち、拒絶してもおかしくない。
けれど、あの時のパウルの表情を思い出せば、きっと心から反省しているはずだ。
もう二度とルーディーさまからアズールさまを奪おうなどとは思いもしないだろう。
パウルは本当は素直でいい子なのだ。
それを私が証明してやりたい。
そう思ったら、つい言葉が溢れてしまっていた。
――パウルを私に預けてはいただけないか、と。
最初こそ驚いていらっしゃったフィデリオさまだったが、私の後継として仕込みたいと告げると、それはいい考えだと仰ってくださった。
それからすぐに陛下にお話ししてくださり、あれよあれよという間にパウルを私の弟子として工房に連れ帰っていた。
パウルは最初こそ戸惑っている様子だったが、初めて洋服作りの手伝いをさせてから何か才能が開花したように、熱心に取り組むようになった。
あれから18年。
もうすっかり一人前の職人となったパウルは、もうどこに出しても恥ずかしくない。
そろそろ店をパウルに任せて隠居生活でもしようかと思っていたところに、先ほどのお城からの呼び出し。
何事かはわからないが、とりあえず急がなければ!
馳せ参じると、陛下からのお話はなんとも嬉しいことであった。
なんと、あのアズールさまがルーディーさまとの御子、しかも双子のお子さまをご出産されたとのこと。
そのお祝いのお品を私に任せたいとのことだった。
「マティアス、アズールの一歳の祝いを覚えているか?」
「はい。もちろんでございます。あの時の天使のように麗しいアズールさまのお姿は今でも目に焼きついております」
「ああ、そうだったな。それでだ、あのときのアズールのような可愛らしいウサギの服を作ってもらいたいのだ」
「えっ? ウサギの服、でございますか?」
「ああ。ルーディーとアズールの子は男女の双子でな、どちらも狼族だったのだ。そんな二人がアズールのようなウサギの衣装を身に纏ったら可愛いと思わぬか?」
「な――っ、何と可愛いらしいっ!!! それは素晴らしいお考えでございます」
「そうだろう! そうだろう! ならば、そのような服を作るのだ!」
「承知いたしました。このマティアスにお任せください!」
次が私の最後の仕事だと思っていたが、まさかこんなにも素晴らしい衣装を作れるとは……。
幸せなことだ。
「それから、もう一つ頼みたいものがある」
陛下のお言葉にフィデリオさまがさっと箱をお渡しになる。
「これをアズールのサイズに作り変えてもらいたい」
「拝見いたします。あっ、これは……」
「そうだ。其方に一番最初に作ってもらった私の愛しい伴侶・リアナの衣装だ。一度も袖を通さぬまま大切に保管しておったが、これをアズールに着てもらいたいと思っている」
ルーディーさまの一歳のお披露目の時にお召しになるようにとお作りになった御衣装。
結局袖を通さぬまま、王妃さまはお亡くなりになったのだ。
あれからどうなったかと思っていたが、こんなにも大切に保管してくださっていたのだな。
「どうだ? できるか?」
「はい。もちろんでございます! しかとお受け致しました」
「ああ、やはりマティアスに頼んで正解だったな」
そう仰る陛下のお顔がとても幸せそうでいらっしゃったから、私はその顔を曇らせたくないと思ってしまった。
出来上がりは通常なら二週間は欲しいところだが、アズールさまにすぐにお会いになるかもしれない。
きっとその時にこの衣装をお持ちになりたいと仰るはずだ。
それならば、すぐに取り掛からなければ!
パウルにも手伝いを頼むとしよう。
急いで工房へ戻ろうとした私に、
「マティアス殿」
と声をかけて来られたのは、フィデリオさま。
「実はもう一つ、陛下には内緒でお願いしたいものがあるのです……」
それはフィデリオさまからアズールさまへの追加の贈り物。
しかもなんとも可愛らしい御衣装に思わず顔が綻んだ。
「できますかな?」
「はい。お任せください!」
これでますます出来上がりまで大変なことになったが、ここで断るなど職人としての沽券に関わる。
表情では必死に冷静を装いながら、私はこれからのとてつもない日々を想像しつつ急いで工房へ戻ったのだった。
簡潔に終わらす予定がいつものように序章部分が長くなり前後編に分けます。
懐かしい名前が出てきますので、楽しんでいただければ嬉しいです♡
* * *
<sideマティアス>
「師匠! 師匠!」
「騒がしいな、一体何事だ?」
「師匠! お城より早馬が参りました!」
「何? 早馬が?」
工房の奥で作業中の私の元に、弟子のパウルが焦った様子で飛び込んできた。
お城からの呼び出しとは一体何があったのだろう?
「はい。すぐに登城されたしとのことでございます」
「それだけか? 理由は?」
「いえ、それだけでした」
理由も告げぬままの呼び出しとは……一体、何が起こっているのか……。
「パウル、とりあえず私はすぐに陛下の元に参る。悪いが、私が今していた作業を続けていてくれないか?」
「はい。承知しました」
「では、頼むぞ」
私はパウルに見送られ、取るものも取り敢えず急いでお城に向かった。
私はマティアス・シュナイダー。
このヴンダーシューン王国で仕立て屋として生計を立てているが、そんじょそこらの仕立て屋ではない。
なんせ私の仕立てた服はこの国の誰も真似できない素晴らしい衣装だと言われているのだ。
これは決して自画自賛などではない。
その証拠に、『神の御意志』であるルーディー王子殿下の一歳のお披露目という大事な節目の衣装も私にお仕立てを任せていただいた。
そして、ルーディー王子殿下の大切な番でいらっしゃる、ヴォルフ公爵家ご次男・アズールさまの一歳のお披露目の御衣装も私にお仕立てを任せていただいた。
その後もルーディー王子殿下の成人の折にも私の御衣装をお召しいただいたのだ。
もう王家専属の仕立て屋と言っても過言ではないだろう。
私の仕事は全て手作業、デザインから全てを一人でこなしてきた。
生涯一人を貫き通すと自分に誓いを立て、仕立て屋の道に進んだのだが、今の私には弟子がいる。
本当は弟子など持つ予定ではなかった。
だが、パウルと出会い、私が守ってあげなければと何故か思ってしまったのだ。
パウルとの出会いは、アズールさまの一歳のお披露目の時まで遡る。
あの日、アズールさまの一歳のお祝いと同時に、ルーディー王子殿下との婚約を発表なさることになっていて、私もこっそりアズールさまが私の作った衣装をお召しになったところを拝見しに行ったのだが、その時事件が起こった。
ルーディー王子殿下とアズールさまのご婚約に異議を唱えた者がいたのだ。
それが当時、7歳のパウルだった。
当然場内は騒然となり、異議を唱えたパウル、そしてその父親が騎士たちに捕まえられて大広間の外に連れ出されてしまったのだ。
その後、どうなったのか私にはわかる術も無かったけれど、それからしばらく経って所用がありお城に伺ったところ、執事のフィデリオさまとお会いした。
あの子どもと、父親がどうなったのが気になって尋ねると、父親は全ての責任をとって侯爵の地位を隣国で留学中の長男に譲り、隣国との境界にある田舎で隠居生活を余儀なくされ、戻ってきた長男が侯爵の跡を継いだようだ。
そして、騒動の首謀者となったパウルは侯爵家を離れ、陛下のご指示でフィデリオさまの後継候補として城内で勉強させることになったのだそうだ。
けれど、
――実は、ルーディーさまがそれをお許しにならないのです。
とフィデリオさまは困惑の表情を浮かべてお教えくださった。
聞けば、アズールさまと再会する可能性が0でない以上、パウルを城内に居させることはしたくないとおっしゃっているのだそう。
ルーディーさまにとってパウルはご自分からアズールさまを奪おうとした相手。
確かに憎しみの心を持ち、拒絶してもおかしくない。
けれど、あの時のパウルの表情を思い出せば、きっと心から反省しているはずだ。
もう二度とルーディーさまからアズールさまを奪おうなどとは思いもしないだろう。
パウルは本当は素直でいい子なのだ。
それを私が証明してやりたい。
そう思ったら、つい言葉が溢れてしまっていた。
――パウルを私に預けてはいただけないか、と。
最初こそ驚いていらっしゃったフィデリオさまだったが、私の後継として仕込みたいと告げると、それはいい考えだと仰ってくださった。
それからすぐに陛下にお話ししてくださり、あれよあれよという間にパウルを私の弟子として工房に連れ帰っていた。
パウルは最初こそ戸惑っている様子だったが、初めて洋服作りの手伝いをさせてから何か才能が開花したように、熱心に取り組むようになった。
あれから18年。
もうすっかり一人前の職人となったパウルは、もうどこに出しても恥ずかしくない。
そろそろ店をパウルに任せて隠居生活でもしようかと思っていたところに、先ほどのお城からの呼び出し。
何事かはわからないが、とりあえず急がなければ!
馳せ参じると、陛下からのお話はなんとも嬉しいことであった。
なんと、あのアズールさまがルーディーさまとの御子、しかも双子のお子さまをご出産されたとのこと。
そのお祝いのお品を私に任せたいとのことだった。
「マティアス、アズールの一歳の祝いを覚えているか?」
「はい。もちろんでございます。あの時の天使のように麗しいアズールさまのお姿は今でも目に焼きついております」
「ああ、そうだったな。それでだ、あのときのアズールのような可愛らしいウサギの服を作ってもらいたいのだ」
「えっ? ウサギの服、でございますか?」
「ああ。ルーディーとアズールの子は男女の双子でな、どちらも狼族だったのだ。そんな二人がアズールのようなウサギの衣装を身に纏ったら可愛いと思わぬか?」
「な――っ、何と可愛いらしいっ!!! それは素晴らしいお考えでございます」
「そうだろう! そうだろう! ならば、そのような服を作るのだ!」
「承知いたしました。このマティアスにお任せください!」
次が私の最後の仕事だと思っていたが、まさかこんなにも素晴らしい衣装を作れるとは……。
幸せなことだ。
「それから、もう一つ頼みたいものがある」
陛下のお言葉にフィデリオさまがさっと箱をお渡しになる。
「これをアズールのサイズに作り変えてもらいたい」
「拝見いたします。あっ、これは……」
「そうだ。其方に一番最初に作ってもらった私の愛しい伴侶・リアナの衣装だ。一度も袖を通さぬまま大切に保管しておったが、これをアズールに着てもらいたいと思っている」
ルーディーさまの一歳のお披露目の時にお召しになるようにとお作りになった御衣装。
結局袖を通さぬまま、王妃さまはお亡くなりになったのだ。
あれからどうなったかと思っていたが、こんなにも大切に保管してくださっていたのだな。
「どうだ? できるか?」
「はい。もちろんでございます! しかとお受け致しました」
「ああ、やはりマティアスに頼んで正解だったな」
そう仰る陛下のお顔がとても幸せそうでいらっしゃったから、私はその顔を曇らせたくないと思ってしまった。
出来上がりは通常なら二週間は欲しいところだが、アズールさまにすぐにお会いになるかもしれない。
きっとその時にこの衣装をお持ちになりたいと仰るはずだ。
それならば、すぐに取り掛からなければ!
パウルにも手伝いを頼むとしよう。
急いで工房へ戻ろうとした私に、
「マティアス殿」
と声をかけて来られたのは、フィデリオさま。
「実はもう一つ、陛下には内緒でお願いしたいものがあるのです……」
それはフィデリオさまからアズールさまへの追加の贈り物。
しかもなんとも可愛らしい御衣装に思わず顔が綻んだ。
「できますかな?」
「はい。お任せください!」
これでますます出来上がりまで大変なことになったが、ここで断るなど職人としての沽券に関わる。
表情では必死に冷静を装いながら、私はこれからのとてつもない日々を想像しつつ急いで工房へ戻ったのだった。
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