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第三章

頭から足先まで

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<sideヴェルナー>

「あっ、ルーが帰ってきた!」

「えっ? 本当ですか?」

「うん。だって、ルーの匂いがするもん」

団長の匂い……。
部屋に入った時に感じたあの甘い匂いはきっと団長のソレだったのだろう。
けれど、この部屋に入ってからしばらく過ごしたからか、もう今はその甘い匂いすらわからなくなってしまっている私には、帰ってきたらしい団長の匂いは全くわからない。

こんな離れた場所にいて本当にわかるのかが不思議なくらいだ。

でもやはり団長とアズールさまは運命の番。
しかも今は妊娠中で匂いには敏感になっておられるのだ。
きっとそうに違いない。

しかも、

「きっとマックスも一緒だよ。だって、ルーと違う匂いがするもん」

とまで教えてくれた。
でも、マクシミリアンの匂い……?
鼻を利かせてみてもまだ私には感じられない。

「ねぇ、ヴェル。見てきて!」

「はい。アズールさまはこちらでお待ちくださいね」

「うん。大丈夫。ルーと部屋から出ないって約束してるから」

団長の言葉はしっかりとお聞きになっているようで安心だ。

部屋を出てすぐに気づいた。

「本当だ! マクシミリアンがいる」

きっと訓練の後、そのまま来たのだろう。
いつもより濃い汗の匂いがここまで漂ってくる。

アズールさまがマクシミリアンのことまで当ててしまわれたことに驚き、思わず声を上げながら玄関へと急いだ。

近くまで行って声をかけようかと急いで階段を駆け降りていると、

「ヴェルナー!」

と声がしてマクシミリアンが駆け上がってくる。
その嬉しそうな表情に釣られるように私も笑顔で迎え入れようとした瞬間、

「マクシミリアンさまっ、お待ちください!!」

ベン殿がそう叫ぶ声が聞こえたと思ったら、私の目の前で

「ぐあぁ――っ!!」

と今までに聞いたこともないような唸り声をあげて、マクシミリアンがその場に蹲った。

「ど、どうした? 何があった?」

蹲ったマクシミリアンの前にしゃがみ込んで顔を覗き込もうとすると、

「ぐぅっ、ぐぅっ」

と苦しげな声を上げながら、ギラギラとした目で私を見つめる。

「一体どうし――わぁっ!!!」
「ルーディーさまっ! 申し訳ありませんがお風呂をお借りします!」

私を抱きかかえたままそう叫ぶと、団長の返事も聞かずに風呂場へと駆け込んでいく。

一体何が起こっているのか何もわからないし、マクシミリアンのその態度も訳がわからない。
だが、それを聞くことすらできない状況に為す術なく、私はマクシミリアンに風呂場に連れ込まれた。

「マクシミリ――」
「静かに!」

なんとか説明が欲しくて声をかけようとしたが、それすらも受け入れられることなく気づけば全ての服を脱がされてしまっていて、マクシミリアンも裸になっていた。
訓練後の濃い汗の匂いがさらに強く感じられて興奮してしまう。

少し反応してしまったのにそれを恥ずかしがる間もなく浴室に連れて行かれた。

「わっぷ! ちょ――っ!」

顔に水がかかるのが苦手な私のためにいつもは優しくシャワーをかけてくれるのに、今日は頭からダイレクトにシャワーをかけられて顔にビシャビシャとお湯がかかる。

けれどそれすらも文句が言えないような雰囲気が漂っている。
こうなったらとりあえずはマクシミリアンの気が済むようにするしかない。

抵抗をやめ、されるがままにしていると頭から身体まで泡だらけにされてシャワーで流される。
ようやく終わりかと思ったらその作業を三度も繰り返されて、皮膚の脂まで全て流されてしまったのか、カサカサとしてしまっている気がする。
こんなにまで洗われるなんて初めてだ。

そんなにまでなってようやくマクシミリアンからギラギラとした目が消えた。

「マクシミリアン……」

ドキドキしながら声をかけると、やっとマクシミリアンの大きな身体に包まれた。

「ああ、よかった……」

「一体、何があったんだ?」

安堵の声を漏らす意味がわからなくて声をかけると、

「気づいてなかったんですか? ヴェルナーの全身からルーディーさまの強い威嚇フェロモンの匂いが漂っていて近づけなかったんです」

「えっ? 団長の、匂い?」

確かに部屋に入った時に感じたけれど、近づけないなんて状態になる程強いとは思わなかった。

「はい。私はおそらく敵とみなされたのでしょう。私もルーディーさまも同じ立場ですからね」

「同じ立場……ああ、そういうことか」

私にアズールさまを襲うことはできない。
だから、私には威嚇フェロモンはそこまで効かなかったのだ。

なるほど。
だからベン殿は

――お帰りになる際はお風呂をご用意致しますので、あちらのお風呂に入られてからお帰りくださいますように。

と言ったのか。

マクシミリアンのためにと言っていたからな。

「あっ、じゃああの服にも団長の匂いが?」

「はい。ですが、今頃ベン殿が私たちの服を洗濯してくれているはずですから。それを着たらすぐに帰りましょう。匂いを落とすためにヴェルナーの身体を洗いすぎましたから、今日はあの蜂蜜オイルでたっぷりとマッサージをしましょうね」

「えっ、それは……」

「マッサージ、しましょうね」

「は、はい……」

笑顔で強く念を押されてしまったら、もう反対などできるはずもない。
ああ、今日は寝られそうにないな。
それも仕方ないか。

この熊には結局私は勝てないのだから。
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