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第三章
温かく見守っていこう
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「恐れながら陛下……」
興奮状態の陛下にそう声をかけられたのは公爵夫人のアリーシャさま。
「どうした? ああ、宴についてアリーシャ殿も希望があるか? なんでも好きなものを用意しよう。何が良い? ああ、それよりもアズールの好物を揃えた方が良いか? アズールは何が好きなのだ?」
「申し訳ございませんが、宴は無理でございます」
「何? どういうことだ? アズールに子ができたということは、国を挙げての祝い事なのだぞ。それを無理とはどういうことなのだ?」
アリーシャさまの冷静なお言葉に陛下の興奮が少し冷めてきたようだ。
というよりも、せっかくの喜びに水を差されたようで少し怒ってさえおられるようだ。
けれど、アリーシャさまは怯むこともなさらずに言葉を続けられた。
「陛下がお祝いをしてくださるお気持ちは大変ありがたいのですが、アズールはあの小さな身体に数人の子を身籠り、食事もままならず医師より絶対安静を告げられております」
「な――っ、それは、まことか?」
「はい。ですから、しばらくは私どもの家で静養をさせたいと思っております」
「――っ、それでは、アズールはこちらには戻ってこぬのか?」
「今はアズールと子どもの命を優先させなければいけない時期でございます。数十分の馬車でさえも、アズールとお腹の子どもたちには負担が大きすぎます。ベッドから離れられない状態のアズールにそのような無理はさせられません。それは陛下もご理解くださることでしょう」
「う、む……。それは、その通りだ」
「ルーディー王子もアズールのために騎士団をお休みくださって、ずっとそばでお世話をしてくださると仰っておられますので、アズールと共にルーディー王子も我が家で過ごしていただくことをお許しいただきたく、こうして参った次第にございます」
「アズールだけでなく、ルーディーも戻ってこぬのか……。でもルーディーのことだ。アズールが大丈夫だと言っても絶対に離れぬだろうな。わかった。宴は家族だけでそちらの家でやるというのはどうだろう? それならアズールの負担もなかろう?」
良い考えとばかりに陛下は目を輝かせて仰っているが、それも無理だろうなと思っていると、アリーシャさまは言葉を濁すことなくはっきりと告げられた。
「申し訳ございませんが、どこであってもアズールに負担がかかります。宴は無事に子どもたちが生まれてきてからにいたしましょう」
「生まれてから? 確か、ウサギ族の妊娠期間は……」
「半年から七ヶ月ほどだと言われております。ただし、出産してすぐはアズールも今よりさらに動ける状態にはございません。子どもたちも生まれてすぐは外には出せません。ですから、早くても1年くらいは後になるかと存じます」
「一年? まさか、その間ずっとアズールたちに会えないのではないだろうな?」
「それはアズールの体調にもよりますので、今の時点ではお話できません。ですが、アズールが健やかに落ち着いた環境で子どもを育むことができるように陛下にも優しく見守っていただきたいのです」
「陛下……どうかアズールと生まれてくる子どもたちのためによろしくお願いいたします」
アリーシャさまとヴォルフ公爵さまに揃って頭を下げられて、陛下はようやく理解なさったようだ。
「わかった。ルーディーからアズールに会いにきても良いという許可が出るまでは静かに待っておくとしよう」
「――っ!!! 陛下ならご理解いただけると思っておりました。ありがとうございます!!!」
アリーシャさまの嬉しそうなお声に、アズールさまを本気で心配なさっていることが窺えた。
「そのかわり、アズールが欲しいと望んだものがあれば、すぐに伝えてくれ。どんなことをしてでも私が用意しよう。それが私にできる唯一のことだろうからな」
「陛下……。陛下のお優しいお気持ちとお言葉をアズールにしっかりと伝えておきます」
「ああ、そうしてくれ」
「それでは私たちは、アズールが心配ですのでここで失礼いたします」
よほど、ご心配なのだろう。
アリーシャさまはヴォルフ公爵さまの手を取って、急いで帰られた。
その姿を見送る陛下は少し寂しそうに見えた。
「陛下……」
「いや、心配はいらない。少し妻のことを思い出しただけだ」
ルーディーさまのお母上は、ルーディーさまをご出産なさってすぐにその短い生涯を終えられた。
「私があの時無理をさせていなければ、今でも元気でいたのかもしれないなと思ったのだよ」
「陛下のせいではございませんよ。医師もあの時そう言っておられたでしょう?」
「だが、私は仕事を選び、急変した妻の最期には立ち会えなかった。もし、ルーディーのように体調の悪い妻を支え、一緒に過ごす道を選んでいれば、また違った未来があったかもしれん」
「陛下……」
「私は妻が見られなかったルーディーの子どもを温かく見守る使命がある。そのことにようやく気づいたのだ。これからはアズールを外から支えるとしよう。フィデリオ、手伝ってくれるか?」
「はい。喜んで」
陛下もこれからは孫のことを考える優しいおじいさんになれそうだ。
それもこれもはっきり言ってくださったアリーシャさまのおかげだな。
興奮状態の陛下にそう声をかけられたのは公爵夫人のアリーシャさま。
「どうした? ああ、宴についてアリーシャ殿も希望があるか? なんでも好きなものを用意しよう。何が良い? ああ、それよりもアズールの好物を揃えた方が良いか? アズールは何が好きなのだ?」
「申し訳ございませんが、宴は無理でございます」
「何? どういうことだ? アズールに子ができたということは、国を挙げての祝い事なのだぞ。それを無理とはどういうことなのだ?」
アリーシャさまの冷静なお言葉に陛下の興奮が少し冷めてきたようだ。
というよりも、せっかくの喜びに水を差されたようで少し怒ってさえおられるようだ。
けれど、アリーシャさまは怯むこともなさらずに言葉を続けられた。
「陛下がお祝いをしてくださるお気持ちは大変ありがたいのですが、アズールはあの小さな身体に数人の子を身籠り、食事もままならず医師より絶対安静を告げられております」
「な――っ、それは、まことか?」
「はい。ですから、しばらくは私どもの家で静養をさせたいと思っております」
「――っ、それでは、アズールはこちらには戻ってこぬのか?」
「今はアズールと子どもの命を優先させなければいけない時期でございます。数十分の馬車でさえも、アズールとお腹の子どもたちには負担が大きすぎます。ベッドから離れられない状態のアズールにそのような無理はさせられません。それは陛下もご理解くださることでしょう」
「う、む……。それは、その通りだ」
「ルーディー王子もアズールのために騎士団をお休みくださって、ずっとそばでお世話をしてくださると仰っておられますので、アズールと共にルーディー王子も我が家で過ごしていただくことをお許しいただきたく、こうして参った次第にございます」
「アズールだけでなく、ルーディーも戻ってこぬのか……。でもルーディーのことだ。アズールが大丈夫だと言っても絶対に離れぬだろうな。わかった。宴は家族だけでそちらの家でやるというのはどうだろう? それならアズールの負担もなかろう?」
良い考えとばかりに陛下は目を輝かせて仰っているが、それも無理だろうなと思っていると、アリーシャさまは言葉を濁すことなくはっきりと告げられた。
「申し訳ございませんが、どこであってもアズールに負担がかかります。宴は無事に子どもたちが生まれてきてからにいたしましょう」
「生まれてから? 確か、ウサギ族の妊娠期間は……」
「半年から七ヶ月ほどだと言われております。ただし、出産してすぐはアズールも今よりさらに動ける状態にはございません。子どもたちも生まれてすぐは外には出せません。ですから、早くても1年くらいは後になるかと存じます」
「一年? まさか、その間ずっとアズールたちに会えないのではないだろうな?」
「それはアズールの体調にもよりますので、今の時点ではお話できません。ですが、アズールが健やかに落ち着いた環境で子どもを育むことができるように陛下にも優しく見守っていただきたいのです」
「陛下……どうかアズールと生まれてくる子どもたちのためによろしくお願いいたします」
アリーシャさまとヴォルフ公爵さまに揃って頭を下げられて、陛下はようやく理解なさったようだ。
「わかった。ルーディーからアズールに会いにきても良いという許可が出るまでは静かに待っておくとしよう」
「――っ!!! 陛下ならご理解いただけると思っておりました。ありがとうございます!!!」
アリーシャさまの嬉しそうなお声に、アズールさまを本気で心配なさっていることが窺えた。
「そのかわり、アズールが欲しいと望んだものがあれば、すぐに伝えてくれ。どんなことをしてでも私が用意しよう。それが私にできる唯一のことだろうからな」
「陛下……。陛下のお優しいお気持ちとお言葉をアズールにしっかりと伝えておきます」
「ああ、そうしてくれ」
「それでは私たちは、アズールが心配ですのでここで失礼いたします」
よほど、ご心配なのだろう。
アリーシャさまはヴォルフ公爵さまの手を取って、急いで帰られた。
その姿を見送る陛下は少し寂しそうに見えた。
「陛下……」
「いや、心配はいらない。少し妻のことを思い出しただけだ」
ルーディーさまのお母上は、ルーディーさまをご出産なさってすぐにその短い生涯を終えられた。
「私があの時無理をさせていなければ、今でも元気でいたのかもしれないなと思ったのだよ」
「陛下のせいではございませんよ。医師もあの時そう言っておられたでしょう?」
「だが、私は仕事を選び、急変した妻の最期には立ち会えなかった。もし、ルーディーのように体調の悪い妻を支え、一緒に過ごす道を選んでいれば、また違った未来があったかもしれん」
「陛下……」
「私は妻が見られなかったルーディーの子どもを温かく見守る使命がある。そのことにようやく気づいたのだ。これからはアズールを外から支えるとしよう。フィデリオ、手伝ってくれるか?」
「はい。喜んで」
陛下もこれからは孫のことを考える優しいおじいさんになれそうだ。
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