真っ白ウサギの公爵令息はイケメン狼王子の溺愛する許嫁です

波木真帆

文字の大きさ
上 下
193 / 289
第三章

温かく見守っていこう

しおりを挟む
「恐れながら陛下……」

興奮状態の陛下にそう声をかけられたのは公爵夫人のアリーシャさま。

「どうした? ああ、宴についてアリーシャ殿も希望があるか? なんでも好きなものを用意しよう。何が良い? ああ、それよりもアズールの好物を揃えた方が良いか? アズールは何が好きなのだ?」

「申し訳ございませんが、宴は無理でございます」

「何? どういうことだ? アズールに子ができたということは、国を挙げての祝い事なのだぞ。それを無理とはどういうことなのだ?」

アリーシャさまの冷静なお言葉に陛下の興奮が少し冷めてきたようだ。
というよりも、せっかくの喜びに水を差されたようで少し怒ってさえおられるようだ。

けれど、アリーシャさまは怯むこともなさらずに言葉を続けられた。

「陛下がお祝いをしてくださるお気持ちは大変ありがたいのですが、アズールはあの小さな身体に数人の子を身籠り、食事もままならず医師より絶対安静を告げられております」

「な――っ、それは、まことか?」

「はい。ですから、しばらくは私どもの家で静養をさせたいと思っております」

「――っ、それでは、アズールはこちらには戻ってこぬのか?」

「今はアズールと子どもの命を優先させなければいけない時期でございます。数十分の馬車でさえも、アズールとお腹の子どもたちには負担が大きすぎます。ベッドから離れられない状態のアズールにそのような無理はさせられません。それは陛下もご理解くださることでしょう」

「う、む……。それは、その通りだ」

「ルーディー王子もアズールのために騎士団をお休みくださって、ずっとそばでお世話をしてくださると仰っておられますので、アズールと共にルーディー王子も我が家で過ごしていただくことをお許しいただきたく、こうして参った次第にございます」

「アズールだけでなく、ルーディーも戻ってこぬのか……。でもルーディーのことだ。アズールが大丈夫だと言っても絶対に離れぬだろうな。わかった。宴は家族だけでそちらの家でやるというのはどうだろう? それならアズールの負担もなかろう?」

良い考えとばかりに陛下は目を輝かせて仰っているが、それも無理だろうなと思っていると、アリーシャさまは言葉を濁すことなくはっきりと告げられた。

「申し訳ございませんが、どこであってもアズールに負担がかかります。宴は無事に子どもたちが生まれてきてからにいたしましょう」

「生まれてから? 確か、ウサギ族の妊娠期間は……」

「半年から七ヶ月ほどだと言われております。ただし、出産してすぐはアズールも今よりさらに動ける状態にはございません。子どもたちも生まれてすぐは外には出せません。ですから、早くても1年くらいは後になるかと存じます」

「一年? まさか、その間ずっとアズールたちに会えないのではないだろうな?」

「それはアズールの体調にもよりますので、今の時点ではお話できません。ですが、アズールが健やかに落ち着いた環境で子どもを育むことができるように陛下にも優しく見守っていただきたいのです」

「陛下……どうかアズールと生まれてくる子どもたちのためによろしくお願いいたします」

アリーシャさまとヴォルフ公爵さまに揃って頭を下げられて、陛下はようやく理解なさったようだ。

「わかった。ルーディーからアズールに会いにきても良いという許可が出るまでは静かに待っておくとしよう」

「――っ!!! 陛下ならご理解いただけると思っておりました。ありがとうございます!!!」

アリーシャさまの嬉しそうなお声に、アズールさまを本気で心配なさっていることが窺えた。

「そのかわり、アズールが欲しいと望んだものがあれば、すぐに伝えてくれ。どんなことをしてでも私が用意しよう。それが私にできる唯一のことだろうからな」

「陛下……。陛下のお優しいお気持ちとお言葉をアズールにしっかりと伝えておきます」

「ああ、そうしてくれ」

「それでは私たちは、アズールが心配ですのでここで失礼いたします」

よほど、ご心配なのだろう。

アリーシャさまはヴォルフ公爵さまの手を取って、急いで帰られた。

その姿を見送る陛下は少し寂しそうに見えた。

「陛下……」

「いや、心配はいらない。少し妻のことを思い出しただけだ」

ルーディーさまのお母上は、ルーディーさまをご出産なさってすぐにその短い生涯を終えられた。

「私があの時無理をさせていなければ、今でも元気でいたのかもしれないなと思ったのだよ」

「陛下のせいではございませんよ。医師もあの時そう言っておられたでしょう?」

「だが、私は仕事を選び、急変した妻の最期には立ち会えなかった。もし、ルーディーのように体調の悪い妻を支え、一緒に過ごす道を選んでいれば、また違った未来があったかもしれん」

「陛下……」

「私は妻が見られなかったルーディーの子どもを温かく見守る使命がある。そのことにようやく気づいたのだ。これからはアズールを外から支えるとしよう。フィデリオ、手伝ってくれるか?」

「はい。喜んで」

陛下もこれからは孫のことを考える優しいおじいさんになれそうだ。
それもこれもはっきり言ってくださったアリーシャさまのおかげだな。


しおりを挟む
感想 549

あなたにおすすめの小説

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

処理中です...