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第三章
この上ない幸せ
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<sideルーディー>
スウスウとアズールの寝息だけが聞こえる寝室で、まだ青白い顔をしたアズールを腕の中に優しく抱きしめて寝顔を見つめる。
さっきまでは不安でたまらなかったが、アズールの体調不良の原因を知れば幸せが込み上げてくる。
この小さなアズールの腹に、私とアズールの子がいるのだ。
まだまだ二人の時間を楽しみたいなどと思っていたが、子ができたとわかればこれ以上幸せなことはない。
ただ子どもができても、私にとって何よりも大事な存在はアズール。
決して子どもを蔑ろにするわけではないが、そこははっきりと小さなうちから示しておかねばな。
以前、義母上から聞いたところによれば、ウサギ族の妊娠期間は七ヶ月ほど。
小さく産んで大きく育てるということらしい。
ということはこれから半年以上の間、アズールは日々の体調の変化と闘い続けることになるのだろう。
だが決して一人で苦しませたりしない。
私がずっとそばで世話をしよう。
その間、ヴェルナーはアズールの専属護衛の任を解き、マクシミリアンと共に騎士団を守っていてもらうのがいいだろう。
それならば、私が騎士団を休んでいても十分な働きができるはずだ。
「んっ……」
腕の中のアズールが身動ぎ、ゆっくりと目をあけていく。
さっきほどではないが、まだ表情に赤みは戻っていない。
「何か欲しいものはあるか?」
「み、ず……」
「ああ、わかった」
いつの間にかベッド脇に置かれていた水はきっと義母上がアズールのために用意してくれたものだろう。
それに私の長い舌をつけアズールの口につけると、小さな口を開け美味しそうに吸い付いてくる。
これから寝ながらでも少しずつ飲むことができる上に、アズールにとって体力を回復させる私の唾液も摂取できるから効率がいい。
それを何度か繰り返すと、ようやく頬に赤みが戻ってきた。
「ありがと……るー」
「もう水は大丈夫か?」
「うん。気分も良くなってきた」
「そうか、ならよかった」
「ティオは……?」
「ティオなら心配はいらない。アズールが元気になったと知れば安心するはずだ」
そういうと、アズールがわかりやすく安堵の表情を見せた。
きっと申し訳ないと思っていたのだろう。
せっかく買ってきてくれたのに、と。
「ねぇ、ルー。僕、死んじゃったり、しないよね?」
「――っ!! 何を言っているんだ?」
「ごめんね。でも、蒼央の時……ああやって食べられなくなって、そのまま弱ってしまったから……」
「そうだったか。だが、アズールは違うぞ。心配しなくていい。むしろ逆だ」
「逆? どういうこと?」
水分を摂れたおかげか、少し元気になってきたアズールが可愛らしく私を見上げてくる。
ふふっ。本当に可愛らしい。
この可愛らしいアズールが母として子を産むのか。
なんとも不思議な気分だな。
アズールの小さな腹を私の大きな手で優しく触れながら、
「ここに、私とアズールの、可愛い子ができたのだよ」
と教えてやると、アズールは大きな目を丸くして、身体を震わせた。
「そ、それって……赤ちゃん?」
「ああ、そうだ。私たちの可愛い赤ちゃんだ」
はっきりとそう言ってやると、アズールは何も答えなかったがあっという間に大きな目を涙でいっぱいにして、
「う、れしぃ……っ」
と声を振り絞るように告げながら、涙をぽろぽろ溢して私に抱きついてきた。
アズールの心から嬉しそうな様子に、私も涙が込み上げてくる。
「アズール、私も嬉しいよ。本当にありがとう」
「ルー、僕……がんばるね」
「ああ、だが一人で頑張るのではないぞ。私も生まれるまでアズールから片時も離れずにそばにいるつもりだし、それに義父上や義母上もいらっしゃる。決して一人で悩んだりしてはいけないぞ。みんなで守って育てて行くのだからな」
そういうとアズールは涙を流しながら、嬉しそうに笑った。
それからしばらく私に抱きついていたアズールだったが、思い出したように口を開いた。
「あの……もしかして、あのお菓子を食べられなかったのって……」
「ああ、医師の話によれば子を身籠ったことが原因らしい。妊娠中はこれまで好きだったものが食べられなくなったり、反対に苦手だったものが好きになったりするようだ。それは全て腹の子が望んでいることだから、気にせずに思うがままに食べたり飲んだりしたほうがいいと言っていたぞ。だから、あの菓子のように食べられないものは無理して食べる必要はないし、食べられるものは好きなだけ食べてくれ」
「そっか……そうだったんだ。じゃあ、甘いものは食べられないのかな?」
「それはまだなんとも言えないが、特定のものだけを好むこともあるようだぞ。ほら、最近アズールが私と同じような肉を食べたいと言っていただろう? もしかしたらそれも腹の子が食べたいと望んでいたものだったのかも知れないな」
「――っ!! そうかも! じゃあ、もしかしたら、お腹の赤ちゃんはルーに似てるかもね。ふふっ。楽しみだな」
アズールの言葉に、子どもとアズールを取り合っている様子が浮かんできた。
もしかしたら、現実になる日が来るかもしれないな……。
スウスウとアズールの寝息だけが聞こえる寝室で、まだ青白い顔をしたアズールを腕の中に優しく抱きしめて寝顔を見つめる。
さっきまでは不安でたまらなかったが、アズールの体調不良の原因を知れば幸せが込み上げてくる。
この小さなアズールの腹に、私とアズールの子がいるのだ。
まだまだ二人の時間を楽しみたいなどと思っていたが、子ができたとわかればこれ以上幸せなことはない。
ただ子どもができても、私にとって何よりも大事な存在はアズール。
決して子どもを蔑ろにするわけではないが、そこははっきりと小さなうちから示しておかねばな。
以前、義母上から聞いたところによれば、ウサギ族の妊娠期間は七ヶ月ほど。
小さく産んで大きく育てるということらしい。
ということはこれから半年以上の間、アズールは日々の体調の変化と闘い続けることになるのだろう。
だが決して一人で苦しませたりしない。
私がずっとそばで世話をしよう。
その間、ヴェルナーはアズールの専属護衛の任を解き、マクシミリアンと共に騎士団を守っていてもらうのがいいだろう。
それならば、私が騎士団を休んでいても十分な働きができるはずだ。
「んっ……」
腕の中のアズールが身動ぎ、ゆっくりと目をあけていく。
さっきほどではないが、まだ表情に赤みは戻っていない。
「何か欲しいものはあるか?」
「み、ず……」
「ああ、わかった」
いつの間にかベッド脇に置かれていた水はきっと義母上がアズールのために用意してくれたものだろう。
それに私の長い舌をつけアズールの口につけると、小さな口を開け美味しそうに吸い付いてくる。
これから寝ながらでも少しずつ飲むことができる上に、アズールにとって体力を回復させる私の唾液も摂取できるから効率がいい。
それを何度か繰り返すと、ようやく頬に赤みが戻ってきた。
「ありがと……るー」
「もう水は大丈夫か?」
「うん。気分も良くなってきた」
「そうか、ならよかった」
「ティオは……?」
「ティオなら心配はいらない。アズールが元気になったと知れば安心するはずだ」
そういうと、アズールがわかりやすく安堵の表情を見せた。
きっと申し訳ないと思っていたのだろう。
せっかく買ってきてくれたのに、と。
「ねぇ、ルー。僕、死んじゃったり、しないよね?」
「――っ!! 何を言っているんだ?」
「ごめんね。でも、蒼央の時……ああやって食べられなくなって、そのまま弱ってしまったから……」
「そうだったか。だが、アズールは違うぞ。心配しなくていい。むしろ逆だ」
「逆? どういうこと?」
水分を摂れたおかげか、少し元気になってきたアズールが可愛らしく私を見上げてくる。
ふふっ。本当に可愛らしい。
この可愛らしいアズールが母として子を産むのか。
なんとも不思議な気分だな。
アズールの小さな腹を私の大きな手で優しく触れながら、
「ここに、私とアズールの、可愛い子ができたのだよ」
と教えてやると、アズールは大きな目を丸くして、身体を震わせた。
「そ、それって……赤ちゃん?」
「ああ、そうだ。私たちの可愛い赤ちゃんだ」
はっきりとそう言ってやると、アズールは何も答えなかったがあっという間に大きな目を涙でいっぱいにして、
「う、れしぃ……っ」
と声を振り絞るように告げながら、涙をぽろぽろ溢して私に抱きついてきた。
アズールの心から嬉しそうな様子に、私も涙が込み上げてくる。
「アズール、私も嬉しいよ。本当にありがとう」
「ルー、僕……がんばるね」
「ああ、だが一人で頑張るのではないぞ。私も生まれるまでアズールから片時も離れずにそばにいるつもりだし、それに義父上や義母上もいらっしゃる。決して一人で悩んだりしてはいけないぞ。みんなで守って育てて行くのだからな」
そういうとアズールは涙を流しながら、嬉しそうに笑った。
それからしばらく私に抱きついていたアズールだったが、思い出したように口を開いた。
「あの……もしかして、あのお菓子を食べられなかったのって……」
「ああ、医師の話によれば子を身籠ったことが原因らしい。妊娠中はこれまで好きだったものが食べられなくなったり、反対に苦手だったものが好きになったりするようだ。それは全て腹の子が望んでいることだから、気にせずに思うがままに食べたり飲んだりしたほうがいいと言っていたぞ。だから、あの菓子のように食べられないものは無理して食べる必要はないし、食べられるものは好きなだけ食べてくれ」
「そっか……そうだったんだ。じゃあ、甘いものは食べられないのかな?」
「それはまだなんとも言えないが、特定のものだけを好むこともあるようだぞ。ほら、最近アズールが私と同じような肉を食べたいと言っていただろう? もしかしたらそれも腹の子が食べたいと望んでいたものだったのかも知れないな」
「――っ!! そうかも! じゃあ、もしかしたら、お腹の赤ちゃんはルーに似てるかもね。ふふっ。楽しみだな」
アズールの言葉に、子どもとアズールを取り合っている様子が浮かんできた。
もしかしたら、現実になる日が来るかもしれないな……。
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