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第三章

アズールが望むなら

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<sideクレイ>

アズールに発情期が訪れてすでに一週間が経っている。
唯一アズールとの部屋のつながりを持っているベンとヴェルナーにどうなったかと尋ねても、どうしようもない。
なんせ、部屋から何の音沙汰もないのだから。

アズールの部屋のことは気にせずに普段の生活を続けるようにと父上と母上に言われてはいるが、気になってどうしようもない。

だからだろう。
次々と父上が書類仕事を渡してくるが、緊急を要するものは何もない。
私に何かをさせていないとアズールの部屋に乗り込むのではないかと心配するが故の行動だろうが、流石に獣人である王子と可愛い弟の情事を邪魔するほどの度胸はない。

ただ元気な姿を早く見せてほしいと願うだけだ。

緊張の糸が張り詰めたままの屋敷内が突然バタバタと騒がしくなった。
もしや……。

急いで部屋を出ると大きな荷物を持ち階段を駆け下りようとしているベンを見つけ、声をかけようとしたのだが

「今は私に近づいてはなりません!」

と今まで見たこともないような表情で注意をした後、そのまま地下へ駆け降りて行った。
狼である私が、思わず後退りしてしまうほどの迫力に恐れ慄いているとヴェルナーがやってきた。

「クレイさま。大丈夫でございますか?」

「あ、ああ。問題ない。少し驚いただけだ。それにしてもベンのあの様子がなんだったんだ?」

「先ごろ、王子とアズールさまのお部屋のベルが鳴り、寝室のシーツを交換した直後だったのです」

「あっ、ならばあの荷物は?」

「はい。お使いになっておられたシーツでございます。匂いを遮断する袋に入れておりましたので、お屋敷の中に充満してしまうことは避けられたのですが、クレイさまが誤って嗅いでしまわれますと大惨事になりかねませんでしたので、あのように遠ざけたのかと存じます」

狼族のトップである王子の蜜と匂いがたっぷり染み込んだシーツ。
しかもアズールの蜜と匂いもついていたとしたら、それは途轍もない威嚇のマーキングがされていただろう。
それを私が嗅いでしまったとしたら……ああ、考えるだけでも恐ろしい。
本当に大惨事になっていただろう。

「私はベンに助けられたわけだな。あとで礼を言っておかねばな」

「はい。クレイさまがお分かりいただけて嬉しゅうございます」

「それよりもアズールはどうだった? ベンから何か聞いたか?」

「いいえ。シーツを交換しただけですので、お姿は拝見していないそうです」

そう言われればそうか。
情事後の姿をそう易々と見せるわけがない。

「だが、シーツを交換したのだから、もうそろそろ出てくる頃ではないか?」

「その可能性は高いと思われますが、王子次第といったところでしょうか」

「王子次第? どういうことだ?」

「アズールさまを人の目に晒してもいいと思われるまでは出てこられないかと……」

「なるほど。そういうことか……。だが、長くても明日には出てくるだろう。終わりが見えたような気がするな」

「はい。それはそうでございますね」

「ヴェルナーもつきっきりで大変だったろう」

「いいえ。私はそれが役目でございますから」

アズールに発情の兆候が現れてから、ずっと我が家に泊まり込んでいたヴェルナー。
アズールたちが部屋に入ってからもいつ出てくるかわからないと言って、ずっと待機し続けてくれている。
マクシミリアンがヴェルナーを心配して毎日のように顔を出しにくるが、二人もずっと離れ離れで辛いことだろう。
アズールたちが出てきたらお役御免となるように率先して働きかけてやることにしよう。


それから半日ほど過ぎてようやくアズールたちが出てきたと父上と母上がわざわざ報告に来てくださった。

「クレイ。ずっと心配していたでしょう? アズールは元気よ。もちろん、王子も。二人とも幸せそうだったわ」

「そう、ですか……。覚悟はしていましたので今はすっきりしています。アズールも王子も幸せなら、私にはおめでたいという言葉以外何もありません」

「ふふっ。クレイ、さすがアズールの大好きな『にぃに』ね」

「ははっ。『にぃに』とはまた懐かしい呼び名ですね。アズールが初めて私を呼んでくれたときの……」

初めて私を呼んでくれたあの日。
キラキラと輝く目で私を見ながら、小さな手で私の耳に触れてくれた。
そう。生まれて初めて私を見た時と同じように。

あのときの小さなアズールが大人になったのだな……。

いろんな感情が駆け巡るが、何よりも嬉しさが勝る。
大人になったアズールをこれから見守るとしよう。

「数日はまだここにいるのでしょう? 王子も含めて家族の時間を――」
「いや、今日アズールを連れてお城に帰られるようだ」

「えっ? 今日? そんなに早く?」

もう夕方に近い。
せめて明日でもという思いが込み上げるが、これはどうやらアズールの意見なのだという。
アズールが望むならば、それを受け入れるしかないが……。
あまりにも唐突な終わりで寂しくなる。

「最後に食事をすることになったから、アズールを笑顔で送り出してあげてちょうだい」

「はい。わかりました。アズールの笑顔が見られるように精一杯笑顔で送ります」

「クレイ……ありがとう。さすが、私たちの息子だわ」

「ああ、本当にお前は私の誇りだ」

久しぶりに父上に抱きしめられて、私より身長が低いことに気づき、自分が大人になったことを改めて感じたのだった。
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