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第三章
父 〜それぞれの想い
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<sideヴィルヘルム(ヴォルフ公爵)>
「公爵さまっ! アリーシャさまっ!」
明け方にはまだ早い時間に突然部屋の扉を激しく叩く音が聞こえて、この屋敷内で何か異常事態が起こったことを知る。
このタイミングで異常事態といえば、もしや……。
いや、違うことであってくれ。
そう願いながらも、慌てて扉を開ければ血相を変えたヴェルナーが立っていた。
「どうした? 何があった?」
「アズールさまが発情されました」
「――っ!!! そ、それは間違い無いのか?」
「はい。今、王子がアズールさまの部屋の中にお入りになりました」
「ああーーっ……」
とうとう……とうとう、この日がやってきてしまったのだな。
誕生日まではなんとか持ち堪えてくれたらと願っていたのだが、想定よりも早いこの時期の発情期の到来に身体の力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちてしまった。
「公爵さまっ!」
ヴェルナーが慌てて抱き起こそうとしてくれるが、今は無理だ。
「悪い。しばらくそっとしておいてほしい。アズールのことはお前とベンに頼む」
「はっ。承知しました。王子からは部屋から離れているようにと指示を受けておりますので、申し訳ありませんが公爵さま方も王子とアズールさまのお部屋には近づかれないようにお願いいたします。部屋からベルで知らせがありましたら、ご報告しに参ります」
「ああ、分かった……」
「ヴェルナー、あなたがいてくれて助かるわ」
「いいえ。滅相もございません。夜明け前に失礼いたしました」
ヴェルナーはそう告げるとアリーシャと私に頭を下げ、部屋から立ち去っていった。
何も考えることもできないまま、茫然とそれを見送っていると、
「さぁ、あなた。まだ早いわ。中に入りましょう」
とアリーシャが優しく声をかけてくれる。
ああ、アリーシャはこんなにも強いと言うのに、男親というものはどうしてこんなに脆いのだろう。
「アズールの成長を素直に喜べぬ私を愚かだと思ってはいないか?」
「ふふっ。何を仰っているのです。あなたがこんなにもお辛いと感じるのはアズールに愛情をかけて育んできた証ではありませんか。私は嬉しいのですよ。きっとアズールもそして『あお』もあなたの愛情を感じているはずです」
「アリーシャ……」
「ほら。中で今までのアズールとの思い出を振り返ってみませんか? きっとより幸せを感じられるはずです」
今までの、アズールとの思い出……。
生まれてすぐに頬にキスをしたら、嬉しそうに笑ってくれた。
私とクレイの耳に触れて気持ちよさそうに笑っていた。
初めて『ぱっぱ』と私のことを呼んでくれたあの日、嬉しくて喜んでいたら、アズールも嬉しそうに何度も言ってくれた。
中庭を家族みんなで散歩をしたこともあったな。
アズールを抱っこしたクレイを二人纏めて腕に抱いたんだ。
あの時もどの時も、私の思い出の中のアズールはいつも溢れんばかりの笑顔を向けてくれた。
「アズールがいてくれることだけで、私たちは幸せになっていたのだな」
「ふふっ。そうですわね。そんなアズールが今、ようやく大好きな相手と一つになっているのです。今度は私たちがアズールのしあわせを願う番ですわ」
「そうだな、その通りだ。アズールが幸せになっているというのに、落ち込んでなどいられないな」
「さすが私の愛するヴィルだわ」
「アリーシャ……」
ああ、私はなんて良い妻を娶ったのだろうな。
本当に私は幸せ者だ。
<sideクローヴィス(ヴンダーシューン王国の国王でルーディーの父)>
「陛下っ! 陛下っ!」
「フィデリオか、このような時間にどうした?」
「先ごろヴォルフ公爵家から早馬が参りまして、アズールさまが無事に発情期を迎えられたとのことです」
「なんとっ! それでルーディーはどうしたのだ?」
「それが、虫の知らせを感じられたのか、ルーディーさまが公爵家に向かわれている最中に早馬と遭遇なさったそうで、もうすでにアズールさまの元に向かわれているかと存じます」
さすが獣人とでもいうのか。
本能で番の発情を知ったのだろうな。
「ならば、数日は出て来ぬだろう? 公爵家に薬を届けておくんだ」
「承知しました。すぐにその通りにいたします」
私の場合は確か二日だったか……。
それでもその時は時間の感覚すらもわからずに、ひたすら愛し合っていた気がする。
だが、ルーディーの場合はもう少し長いだろうな。
なんと言っても獣人。
性欲も尋常ではない。
それを18年耐え続けてきたのだからたった二日で満足できるとは到底思えない。
しかも相手は、あのウサギ族。
詳しいことはわからないが、獣人の有り余る性欲さえも受け止められる存在だと伝承されているのだからそれに間違いはないだろう。
ただ、心配なのはアズールに結局性教育を施さなかったということだけだが、ルーディーに獣人としての本能が目覚めたように、アズールにもウサギ族としての本能が目覚めるかもしれない。
あのアズールが?
本能でルーディーを誘い、受け止める?
想像もつかないが、なんとか無事に発情期を終えられるといい。
その時の私はまさか、それから一週間も籠ったままになるとは思ってもみなかった。
「公爵さまっ! アリーシャさまっ!」
明け方にはまだ早い時間に突然部屋の扉を激しく叩く音が聞こえて、この屋敷内で何か異常事態が起こったことを知る。
このタイミングで異常事態といえば、もしや……。
いや、違うことであってくれ。
そう願いながらも、慌てて扉を開ければ血相を変えたヴェルナーが立っていた。
「どうした? 何があった?」
「アズールさまが発情されました」
「――っ!!! そ、それは間違い無いのか?」
「はい。今、王子がアズールさまの部屋の中にお入りになりました」
「ああーーっ……」
とうとう……とうとう、この日がやってきてしまったのだな。
誕生日まではなんとか持ち堪えてくれたらと願っていたのだが、想定よりも早いこの時期の発情期の到来に身体の力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちてしまった。
「公爵さまっ!」
ヴェルナーが慌てて抱き起こそうとしてくれるが、今は無理だ。
「悪い。しばらくそっとしておいてほしい。アズールのことはお前とベンに頼む」
「はっ。承知しました。王子からは部屋から離れているようにと指示を受けておりますので、申し訳ありませんが公爵さま方も王子とアズールさまのお部屋には近づかれないようにお願いいたします。部屋からベルで知らせがありましたら、ご報告しに参ります」
「ああ、分かった……」
「ヴェルナー、あなたがいてくれて助かるわ」
「いいえ。滅相もございません。夜明け前に失礼いたしました」
ヴェルナーはそう告げるとアリーシャと私に頭を下げ、部屋から立ち去っていった。
何も考えることもできないまま、茫然とそれを見送っていると、
「さぁ、あなた。まだ早いわ。中に入りましょう」
とアリーシャが優しく声をかけてくれる。
ああ、アリーシャはこんなにも強いと言うのに、男親というものはどうしてこんなに脆いのだろう。
「アズールの成長を素直に喜べぬ私を愚かだと思ってはいないか?」
「ふふっ。何を仰っているのです。あなたがこんなにもお辛いと感じるのはアズールに愛情をかけて育んできた証ではありませんか。私は嬉しいのですよ。きっとアズールもそして『あお』もあなたの愛情を感じているはずです」
「アリーシャ……」
「ほら。中で今までのアズールとの思い出を振り返ってみませんか? きっとより幸せを感じられるはずです」
今までの、アズールとの思い出……。
生まれてすぐに頬にキスをしたら、嬉しそうに笑ってくれた。
私とクレイの耳に触れて気持ちよさそうに笑っていた。
初めて『ぱっぱ』と私のことを呼んでくれたあの日、嬉しくて喜んでいたら、アズールも嬉しそうに何度も言ってくれた。
中庭を家族みんなで散歩をしたこともあったな。
アズールを抱っこしたクレイを二人纏めて腕に抱いたんだ。
あの時もどの時も、私の思い出の中のアズールはいつも溢れんばかりの笑顔を向けてくれた。
「アズールがいてくれることだけで、私たちは幸せになっていたのだな」
「ふふっ。そうですわね。そんなアズールが今、ようやく大好きな相手と一つになっているのです。今度は私たちがアズールのしあわせを願う番ですわ」
「そうだな、その通りだ。アズールが幸せになっているというのに、落ち込んでなどいられないな」
「さすが私の愛するヴィルだわ」
「アリーシャ……」
ああ、私はなんて良い妻を娶ったのだろうな。
本当に私は幸せ者だ。
<sideクローヴィス(ヴンダーシューン王国の国王でルーディーの父)>
「陛下っ! 陛下っ!」
「フィデリオか、このような時間にどうした?」
「先ごろヴォルフ公爵家から早馬が参りまして、アズールさまが無事に発情期を迎えられたとのことです」
「なんとっ! それでルーディーはどうしたのだ?」
「それが、虫の知らせを感じられたのか、ルーディーさまが公爵家に向かわれている最中に早馬と遭遇なさったそうで、もうすでにアズールさまの元に向かわれているかと存じます」
さすが獣人とでもいうのか。
本能で番の発情を知ったのだろうな。
「ならば、数日は出て来ぬだろう? 公爵家に薬を届けておくんだ」
「承知しました。すぐにその通りにいたします」
私の場合は確か二日だったか……。
それでもその時は時間の感覚すらもわからずに、ひたすら愛し合っていた気がする。
だが、ルーディーの場合はもう少し長いだろうな。
なんと言っても獣人。
性欲も尋常ではない。
それを18年耐え続けてきたのだからたった二日で満足できるとは到底思えない。
しかも相手は、あのウサギ族。
詳しいことはわからないが、獣人の有り余る性欲さえも受け止められる存在だと伝承されているのだからそれに間違いはないだろう。
ただ、心配なのはアズールに結局性教育を施さなかったということだけだが、ルーディーに獣人としての本能が目覚めたように、アズールにもウサギ族としての本能が目覚めるかもしれない。
あのアズールが?
本能でルーディーを誘い、受け止める?
想像もつかないが、なんとか無事に発情期を終えられるといい。
その時の私はまさか、それから一週間も籠ったままになるとは思ってもみなかった。
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