上 下
129 / 287
第二章

王子からの大事な話

しおりを挟む
執務室の扉を叩き、

「視察のご報告に参りました」

と声をかけると、

「ああ、クレイか。入れ」

と少しがっかりしたようななんともいえない声がかかった。

「失礼します」

「思っていたよりも早い帰宅だったな。それで視察はどうだった?」

「はい。それはつつがなく。これが資料と視察のご報告をまとめたものです」

「おお、もうまとめたのか。さすがだな。今回はお前が行ってくれて助かったよ」

そういうと父上は今渡したばかりの視察の資料を自分の机に置き、私の前にやってきた。

「それで、アリーシャに何か聞いたか?」

父上のその勢いに押されながらも

「い、いえ。王子が来られて話をなさるということだけ伺いましたが何か?」

と告げると、

「そうか……」

父上は大きなため息を吐きながら、ソファーに力なく座った。

「アズールについて話にこられるということはアリーシャから聞いているのだが、どんな話だか分からなくてさっきから嫌な想像ばかりしてしまっているのだ」

「嫌な想像、というと?」

「アズールをこの家から出して、城の王子の部屋に住まわせるとか言い出すのではないかと思ってな」

「――っ、いやいや、そんなことあるはずがないでしょう。アズールはまだ12歳。成人までにはまだ6年もありますよ」

「そうなのだが……実は、お前は知らない話だが、昨夜アズールは王子の部屋に泊まったのだよ」

「えっ――!!!」

私がいない間にそんなことが起こっていたとは……。
ああ、なんということだろう。

「王子の部屋に泊まったって……風呂はどうしたのですか?」

「それは王子がしっかりと対策を施してくれてなんとかことなきを得たのだが……。この後のことはお前に話すべきか悩むところだが……」

「なんですか? アズールに何かあったのですか? 隠さずに教えてください!」

「いや、その王子の部屋に泊まったことでアズールの身体に変化が起こったのか、その……アズールのモノが反応したようでな」

「えっ? あ、アズールの、モノが、反応とは? えっ? まさか、そういうことですか?」

私の言葉に父上は力なく頷いた。

「そんなことが……っ」

「いや、そのことについてはアズールももう12歳だから、いつあってもおかしくはないと覚悟はしている」

確かに私もいつかはと覚悟していたが、ただ、如何せん、あの可愛らしい顔立ちと小さな身体をしているだけにもしかしたらそんな反応など一生しない清らかな身体なのかと思っていた。
それくらい、アズールとそのような生理現象とはかけ離れた存在だと思っていたのだ。

「そうですね……もう12歳ですからね……」

改めて考えてみれば、あと数年でアズールが王子のものになってしまうのだな。

「アズールにそろそろ性教育をしなければと話をしていた時に、アリーシャにウサギ族の生態を聞いて、そのことを王子に話さなければならないと考えていたところだ」

「父上、ウサギ族の生態とはなんですか?」

尋ねると、父上は最初は少し渋っていたものの最後には全てを話してくれた。

「――というわけで、アズールの身体のことについて王子に話す覚悟をしていたのだ」

「アズールが、王子の子を産む……」

運命の番として生まれてきたのだから、それも当然だと言われればそうなのだが、アズールに限ってはそんなことはないと思い込んでいた。
本当に私の中ではアズールはあまりにも清らかでそう言った類のものとはかけ離れた存在だったんだ。

「王子が来られたらその話をしようと思っていたのだが、もしかしたら精通を迎える前にアズールを部屋に連れて行こうと思っているのではないかと心配になってな……」

「いや、流石に王子もそれはないでしょう。たとえ精通を迎えたとしても、成人に満たない間は何もできないのですよ。それなのにアズールと一緒にいてもただの拷問ではありませんか。いくら一緒に生活を共にしたくとも自らそのような罰を課すようなことはなさらないでしょう」

「――っ、そうか、それもそうだな。ではアズールを連れて行くのはないな?」

「はい。それはおそらくないと思います」

私の言葉に父上は安堵の表情を漏らした。

「だが、そうだとしたら大事な話とはなんだろうな?」

そう父上が発したと同時に、

「ルーディー王太子殿下がお越しになりました」

とベンの声が聞こえた。

「クレイ! 行くぞ!」

父上は飛び出すように応接室へ駆けて行った。


「突然のことで慌てさせたな」

「い、いえ。滅相もございません」

父上はもう話の内容が気になって仕方がないようだ。

「クレイも帰宅早々、悪いな。疲れてはいないか?」

「ご心配いただき恐れ入ります。お気遣いありがとうございます」

頭を下げると王子は優しげな笑顔を浮かべた。
この表情からはいい話かどうかまだわからないな。
大事な話とは一体なんだろう。

しばらくの沈黙の後、痺れを切らしたのか父上が口を開いた。

「あの、それで大事なお話があると伺ったのでございますが……」

「ああ、そうだ。この話はアズールを愛する者たちで共有したいと思ってな、話すことにしたのだ。だから、ヴォルフ公爵とクレイにも聞いてもらうことにした」

「それほど重要な話なのですね」

「ああ、しっかりと聞いていてほしい。実はアズールには、前世の『あお』という人物の記憶がある」

「えっ……」

思いもかけない話に驚きつつも、王子の口から紡がれる言葉を真剣に聞いていると、『あお』のあまりの不憫な一生に涙が出そうになる。

「私の推測になるが、誰からも愛されることなく一生を終えた『あお』に愛情を与えてやりたいと思って、神が私たちの元に『あお』の記憶を残したままのアズールを寄越してくれたのだと思っている」

「そんなに辛い思いをした子がアズールの中に……。それを一人でずっと抱えていたのですね。アズールもなんと苦しかったことでしょう」

父上の目から涙が溢れて止まらない。

「私にお任せ下さい! アズールには今まで以上にたっぷりと愛情をかけて――」
「いや、それを頼みにきたわけではないんだ」

「えっ?」

「あ、いや。もちろん、愛情をかけてくれるに越したことはないが、過剰な愛情ではなく今まで通り心からアズールを思ってくれさえすればいい。私が今回『あお』の存在を公爵とクレイにも聞いてもらおうと思ったのは、アズールの天真爛漫が故に間違いを引き起こすことがあることを知ってもらいたかったのだ」

アズールが、間違いを引き起こす?
それは一体どういうことだろう?
しおりを挟む
感想 546

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

処理中です...