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第二章
王子からの大事な話
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執務室の扉を叩き、
「視察のご報告に参りました」
と声をかけると、
「ああ、クレイか。入れ」
と少しがっかりしたようななんともいえない声がかかった。
「失礼します」
「思っていたよりも早い帰宅だったな。それで視察はどうだった?」
「はい。それはつつがなく。これが資料と視察のご報告をまとめたものです」
「おお、もうまとめたのか。さすがだな。今回はお前が行ってくれて助かったよ」
そういうと父上は今渡したばかりの視察の資料を自分の机に置き、私の前にやってきた。
「それで、アリーシャに何か聞いたか?」
父上のその勢いに押されながらも
「い、いえ。王子が来られて話をなさるということだけ伺いましたが何か?」
と告げると、
「そうか……」
父上は大きなため息を吐きながら、ソファーに力なく座った。
「アズールについて話にこられるということはアリーシャから聞いているのだが、どんな話だか分からなくてさっきから嫌な想像ばかりしてしまっているのだ」
「嫌な想像、というと?」
「アズールをこの家から出して、城の王子の部屋に住まわせるとか言い出すのではないかと思ってな」
「――っ、いやいや、そんなことあるはずがないでしょう。アズールはまだ12歳。成人までにはまだ6年もありますよ」
「そうなのだが……実は、お前は知らない話だが、昨夜アズールは王子の部屋に泊まったのだよ」
「えっ――!!!」
私がいない間にそんなことが起こっていたとは……。
ああ、なんということだろう。
「王子の部屋に泊まったって……風呂はどうしたのですか?」
「それは王子がしっかりと対策を施してくれてなんとかことなきを得たのだが……。この後のことはお前に話すべきか悩むところだが……」
「なんですか? アズールに何かあったのですか? 隠さずに教えてください!」
「いや、その王子の部屋に泊まったことでアズールの身体に変化が起こったのか、その……アズールのモノが反応したようでな」
「えっ? あ、アズールの、モノが、反応とは? えっ? まさか、そういうことですか?」
私の言葉に父上は力なく頷いた。
「そんなことが……っ」
「いや、そのことについてはアズールももう12歳だから、いつあってもおかしくはないと覚悟はしている」
確かに私もいつかはと覚悟していたが、ただ、如何せん、あの可愛らしい顔立ちと小さな身体をしているだけにもしかしたらそんな反応など一生しない清らかな身体なのかと思っていた。
それくらい、アズールとそのような生理現象とはかけ離れた存在だと思っていたのだ。
「そうですね……もう12歳ですからね……」
改めて考えてみれば、あと数年でアズールが王子のものになってしまうのだな。
「アズールにそろそろ性教育をしなければと話をしていた時に、アリーシャにウサギ族の生態を聞いて、そのことを王子に話さなければならないと考えていたところだ」
「父上、ウサギ族の生態とはなんですか?」
尋ねると、父上は最初は少し渋っていたものの最後には全てを話してくれた。
「――というわけで、アズールの身体のことについて王子に話す覚悟をしていたのだ」
「アズールが、王子の子を産む……」
運命の番として生まれてきたのだから、それも当然だと言われればそうなのだが、アズールに限ってはそんなことはないと思い込んでいた。
本当に私の中ではアズールはあまりにも清らかでそう言った類のものとはかけ離れた存在だったんだ。
「王子が来られたらその話をしようと思っていたのだが、もしかしたら精通を迎える前にアズールを部屋に連れて行こうと思っているのではないかと心配になってな……」
「いや、流石に王子もそれはないでしょう。たとえ精通を迎えたとしても、成人に満たない間は何もできないのですよ。それなのにアズールと一緒にいてもただの拷問ではありませんか。いくら一緒に生活を共にしたくとも自らそのような罰を課すようなことはなさらないでしょう」
「――っ、そうか、それもそうだな。ではアズールを連れて行くのはないな?」
「はい。それはおそらくないと思います」
私の言葉に父上は安堵の表情を漏らした。
「だが、そうだとしたら大事な話とはなんだろうな?」
そう父上が発したと同時に、
「ルーディー王太子殿下がお越しになりました」
とベンの声が聞こえた。
「クレイ! 行くぞ!」
父上は飛び出すように応接室へ駆けて行った。
「突然のことで慌てさせたな」
「い、いえ。滅相もございません」
父上はもう話の内容が気になって仕方がないようだ。
「クレイも帰宅早々、悪いな。疲れてはいないか?」
「ご心配いただき恐れ入ります。お気遣いありがとうございます」
頭を下げると王子は優しげな笑顔を浮かべた。
この表情からはいい話かどうかまだわからないな。
大事な話とは一体なんだろう。
しばらくの沈黙の後、痺れを切らしたのか父上が口を開いた。
「あの、それで大事なお話があると伺ったのでございますが……」
「ああ、そうだ。この話はアズールを愛する者たちで共有したいと思ってな、話すことにしたのだ。だから、ヴォルフ公爵とクレイにも聞いてもらうことにした」
「それほど重要な話なのですね」
「ああ、しっかりと聞いていてほしい。実はアズールには、前世の『あお』という人物の記憶がある」
「えっ……」
思いもかけない話に驚きつつも、王子の口から紡がれる言葉を真剣に聞いていると、『あお』のあまりの不憫な一生に涙が出そうになる。
「私の推測になるが、誰からも愛されることなく一生を終えた『あお』に愛情を与えてやりたいと思って、神が私たちの元に『あお』の記憶を残したままのアズールを寄越してくれたのだと思っている」
「そんなに辛い思いをした子がアズールの中に……。それを一人でずっと抱えていたのですね。アズールもなんと苦しかったことでしょう」
父上の目から涙が溢れて止まらない。
「私にお任せ下さい! アズールには今まで以上にたっぷりと愛情をかけて――」
「いや、それを頼みにきたわけではないんだ」
「えっ?」
「あ、いや。もちろん、愛情をかけてくれるに越したことはないが、過剰な愛情ではなく今まで通り心からアズールを思ってくれさえすればいい。私が今回『あお』の存在を公爵とクレイにも聞いてもらおうと思ったのは、アズールの天真爛漫が故に間違いを引き起こすことがあることを知ってもらいたかったのだ」
アズールが、間違いを引き起こす?
それは一体どういうことだろう?
「視察のご報告に参りました」
と声をかけると、
「ああ、クレイか。入れ」
と少しがっかりしたようななんともいえない声がかかった。
「失礼します」
「思っていたよりも早い帰宅だったな。それで視察はどうだった?」
「はい。それはつつがなく。これが資料と視察のご報告をまとめたものです」
「おお、もうまとめたのか。さすがだな。今回はお前が行ってくれて助かったよ」
そういうと父上は今渡したばかりの視察の資料を自分の机に置き、私の前にやってきた。
「それで、アリーシャに何か聞いたか?」
父上のその勢いに押されながらも
「い、いえ。王子が来られて話をなさるということだけ伺いましたが何か?」
と告げると、
「そうか……」
父上は大きなため息を吐きながら、ソファーに力なく座った。
「アズールについて話にこられるということはアリーシャから聞いているのだが、どんな話だか分からなくてさっきから嫌な想像ばかりしてしまっているのだ」
「嫌な想像、というと?」
「アズールをこの家から出して、城の王子の部屋に住まわせるとか言い出すのではないかと思ってな」
「――っ、いやいや、そんなことあるはずがないでしょう。アズールはまだ12歳。成人までにはまだ6年もありますよ」
「そうなのだが……実は、お前は知らない話だが、昨夜アズールは王子の部屋に泊まったのだよ」
「えっ――!!!」
私がいない間にそんなことが起こっていたとは……。
ああ、なんということだろう。
「王子の部屋に泊まったって……風呂はどうしたのですか?」
「それは王子がしっかりと対策を施してくれてなんとかことなきを得たのだが……。この後のことはお前に話すべきか悩むところだが……」
「なんですか? アズールに何かあったのですか? 隠さずに教えてください!」
「いや、その王子の部屋に泊まったことでアズールの身体に変化が起こったのか、その……アズールのモノが反応したようでな」
「えっ? あ、アズールの、モノが、反応とは? えっ? まさか、そういうことですか?」
私の言葉に父上は力なく頷いた。
「そんなことが……っ」
「いや、そのことについてはアズールももう12歳だから、いつあってもおかしくはないと覚悟はしている」
確かに私もいつかはと覚悟していたが、ただ、如何せん、あの可愛らしい顔立ちと小さな身体をしているだけにもしかしたらそんな反応など一生しない清らかな身体なのかと思っていた。
それくらい、アズールとそのような生理現象とはかけ離れた存在だと思っていたのだ。
「そうですね……もう12歳ですからね……」
改めて考えてみれば、あと数年でアズールが王子のものになってしまうのだな。
「アズールにそろそろ性教育をしなければと話をしていた時に、アリーシャにウサギ族の生態を聞いて、そのことを王子に話さなければならないと考えていたところだ」
「父上、ウサギ族の生態とはなんですか?」
尋ねると、父上は最初は少し渋っていたものの最後には全てを話してくれた。
「――というわけで、アズールの身体のことについて王子に話す覚悟をしていたのだ」
「アズールが、王子の子を産む……」
運命の番として生まれてきたのだから、それも当然だと言われればそうなのだが、アズールに限ってはそんなことはないと思い込んでいた。
本当に私の中ではアズールはあまりにも清らかでそう言った類のものとはかけ離れた存在だったんだ。
「王子が来られたらその話をしようと思っていたのだが、もしかしたら精通を迎える前にアズールを部屋に連れて行こうと思っているのではないかと心配になってな……」
「いや、流石に王子もそれはないでしょう。たとえ精通を迎えたとしても、成人に満たない間は何もできないのですよ。それなのにアズールと一緒にいてもただの拷問ではありませんか。いくら一緒に生活を共にしたくとも自らそのような罰を課すようなことはなさらないでしょう」
「――っ、そうか、それもそうだな。ではアズールを連れて行くのはないな?」
「はい。それはおそらくないと思います」
私の言葉に父上は安堵の表情を漏らした。
「だが、そうだとしたら大事な話とはなんだろうな?」
そう父上が発したと同時に、
「ルーディー王太子殿下がお越しになりました」
とベンの声が聞こえた。
「クレイ! 行くぞ!」
父上は飛び出すように応接室へ駆けて行った。
「突然のことで慌てさせたな」
「い、いえ。滅相もございません」
父上はもう話の内容が気になって仕方がないようだ。
「クレイも帰宅早々、悪いな。疲れてはいないか?」
「ご心配いただき恐れ入ります。お気遣いありがとうございます」
頭を下げると王子は優しげな笑顔を浮かべた。
この表情からはいい話かどうかまだわからないな。
大事な話とは一体なんだろう。
しばらくの沈黙の後、痺れを切らしたのか父上が口を開いた。
「あの、それで大事なお話があると伺ったのでございますが……」
「ああ、そうだ。この話はアズールを愛する者たちで共有したいと思ってな、話すことにしたのだ。だから、ヴォルフ公爵とクレイにも聞いてもらうことにした」
「それほど重要な話なのですね」
「ああ、しっかりと聞いていてほしい。実はアズールには、前世の『あお』という人物の記憶がある」
「えっ……」
思いもかけない話に驚きつつも、王子の口から紡がれる言葉を真剣に聞いていると、『あお』のあまりの不憫な一生に涙が出そうになる。
「私の推測になるが、誰からも愛されることなく一生を終えた『あお』に愛情を与えてやりたいと思って、神が私たちの元に『あお』の記憶を残したままのアズールを寄越してくれたのだと思っている」
「そんなに辛い思いをした子がアズールの中に……。それを一人でずっと抱えていたのですね。アズールもなんと苦しかったことでしょう」
父上の目から涙が溢れて止まらない。
「私にお任せ下さい! アズールには今まで以上にたっぷりと愛情をかけて――」
「いや、それを頼みにきたわけではないんだ」
「えっ?」
「あ、いや。もちろん、愛情をかけてくれるに越したことはないが、過剰な愛情ではなく今まで通り心からアズールを思ってくれさえすればいい。私が今回『あお』の存在を公爵とクレイにも聞いてもらおうと思ったのは、アズールの天真爛漫が故に間違いを引き起こすことがあることを知ってもらいたかったのだ」
アズールが、間違いを引き起こす?
それは一体どういうことだろう?
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