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第二章
一番いい方法
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<sideルーディー>
アズールとの仲を見せつけるようにケーキを食べて、公爵家に戻った。
目的はこれからだ。
アズールをアリーシャ殿に任せて、その間にヴェルナーから話を聞くために応接室に向かった。
あの手紙にはアズールに偽の情報を与えた者がいると書かれていたが、私の想像通りであれば、これからどうするかが問題になってくる。
とりあえずは私の推察と正しいかを照合してみなければな。
偽の情報の意味を問いかけると、ヴェルナーは神妙な顔で、アズールが発した言葉を教えてくれた。
アズールは昼寝から目覚めて下着に蜜がついているのをみて、それをもうすぐ死ぬサインだと勘違いしていたのだという。
あの泣き腫らした目の痕はそれだったか。
私と離れたくないと言って泣いていたとは……それだけ聞けば嬉しいことだが、自分が死ぬと思っていたとなれば話は別だ。
ヴェルナーはあの蜜が死ぬサインだとアズールに吹き込んだものがいると思っているようだが、一概にそうとは言えない。
アズールと話ができる者は限られているし、ヴェルナーの目を掻い潜ってアズールにそんな話ができ、しかも信じ込ませることができる者はこの屋敷にはいないだろう。
外でアズールに近づいた者がいるという報告は一度もなかったし、そもそも私以外と出かけることはほとんどない。
私がいない場合は必ずヴェルナーがアズールを抱きかかえているはずだし、そのような話を店や街角で耳にするとも思えない。
たとえ聞いたとしてもアズールがそれだけでそこまで信じるとは到底思えない。
泣くほど信じていると言うことはそれなりの事情があるはずだ。
ヴェルナーに他にアズールが話してたことがなかったかと問いかけると、しばし悩んで思い出したように教えてくれた。
――もうわかってるんだよ。まえと、おなじなんだもの……。
その言葉で私の推察は当たっていたのだと確信した。
5歳のアズールが私に教えてくれた、アズールの中にいる、もう一人の存在。
それはアズールがアズールとして生まれる前の、『あお』と言う人物の記憶。
生まれた時から病弱で、ベッドからほとんど動くこともできず、両親からも見捨てられ、愛されることも知らずに18年と言う短い生涯を終えた『あお』は、息を引き取ったあと、アズールとしてこの世界に生を受けたのだ。
あまりにも哀れな人生を送った『あお』が皆に愛され幸せになるように、神が私の運命の番としてこの世界に送ったのだと私は思っている。
アズールに『あお』の時の悲しい記憶を残したのは、以前の世界よりもこの世界が幸せなのだとよりわかりやすくするためだろうか。
たくさんの人に愛され幸せになるために生まれてきたアズールが、蜜を見て死ぬ、前と同じだと言ったのだとしたらきっとそれは『あお』の記憶ではないか?
「王子、何かご存じなのですか?」
「ああ、アズールにそのような情報を与えたとするならば、ただ一人しかいない」
「そ、それは誰でございますか? ご存じならすぐにその者をひっ捕えて……」
「いや、その必要はない」
「なぜでございますか? あれほど、アズールさまが憔悴して泣いていらっしゃったというのに……」
「お前がアズールを思ってくれる気持ちはよくわかるが、無理なのだ。なぜなら、それはアズール自身だからだ」
「はっ? そ、それは一体……どういうことなのでございますか?」
意味がわからないのも無理はない。
これで理解できるものなどこの世のどこにもいないだろう。
「まだ私の推測に過ぎないがおそらくそれに間違いはないだろう。アズールには、アズールとして生まれる前のもう一人の人間だった頃の記憶があるのだ」
「アズールさまとして生まれる前の? まさか……」
「信じられないのも仕方がないが、これは真実なのだ。ヴェルナーも感じたことはないか? アズールが皆が知らないことを知っていると」
「えっ……あっ、そういえば……オニギリ……」
「ああ、そうだ。あれは神からの知識だと話したが、アズールが以前の世界で食べたいと望んでいたものだったのだよ。私はその話をアズールから聞いて、食べさせてやりたくて探したのだ」
「それなら、本当に……」
「ああ、だからおそらく今回の件も以前の世界での知識が発端となったのだろう。もしかしたら、以前の世界では本当にあれが死ぬサインだったのかもしれぬな」
「以前の世界では……。なるほど……それなら、納得できます……」
いつもアズールのそばで見守ってくれているヴェルナーだからこそ、理解してくれたのだろう。
だが、今回のことで思ったことがある。
『あお』のことをアズールから聞いて、ずっと私の心の中だけに留めていたが、またいつなん時このようなことが起こるかわからない。
アズールの中にある『あお』の記憶を、アズールを心から愛する者たちで共有するべきではないかと。
皆で『あお』の悲しい記憶を消すことができるくらい、幸せだと感じさせてやれば良いのだ。
アズールのためにも、『あお』のためにもそれが一番いい方法ではないだろうか……。
アズールとの仲を見せつけるようにケーキを食べて、公爵家に戻った。
目的はこれからだ。
アズールをアリーシャ殿に任せて、その間にヴェルナーから話を聞くために応接室に向かった。
あの手紙にはアズールに偽の情報を与えた者がいると書かれていたが、私の想像通りであれば、これからどうするかが問題になってくる。
とりあえずは私の推察と正しいかを照合してみなければな。
偽の情報の意味を問いかけると、ヴェルナーは神妙な顔で、アズールが発した言葉を教えてくれた。
アズールは昼寝から目覚めて下着に蜜がついているのをみて、それをもうすぐ死ぬサインだと勘違いしていたのだという。
あの泣き腫らした目の痕はそれだったか。
私と離れたくないと言って泣いていたとは……それだけ聞けば嬉しいことだが、自分が死ぬと思っていたとなれば話は別だ。
ヴェルナーはあの蜜が死ぬサインだとアズールに吹き込んだものがいると思っているようだが、一概にそうとは言えない。
アズールと話ができる者は限られているし、ヴェルナーの目を掻い潜ってアズールにそんな話ができ、しかも信じ込ませることができる者はこの屋敷にはいないだろう。
外でアズールに近づいた者がいるという報告は一度もなかったし、そもそも私以外と出かけることはほとんどない。
私がいない場合は必ずヴェルナーがアズールを抱きかかえているはずだし、そのような話を店や街角で耳にするとも思えない。
たとえ聞いたとしてもアズールがそれだけでそこまで信じるとは到底思えない。
泣くほど信じていると言うことはそれなりの事情があるはずだ。
ヴェルナーに他にアズールが話してたことがなかったかと問いかけると、しばし悩んで思い出したように教えてくれた。
――もうわかってるんだよ。まえと、おなじなんだもの……。
その言葉で私の推察は当たっていたのだと確信した。
5歳のアズールが私に教えてくれた、アズールの中にいる、もう一人の存在。
それはアズールがアズールとして生まれる前の、『あお』と言う人物の記憶。
生まれた時から病弱で、ベッドからほとんど動くこともできず、両親からも見捨てられ、愛されることも知らずに18年と言う短い生涯を終えた『あお』は、息を引き取ったあと、アズールとしてこの世界に生を受けたのだ。
あまりにも哀れな人生を送った『あお』が皆に愛され幸せになるように、神が私の運命の番としてこの世界に送ったのだと私は思っている。
アズールに『あお』の時の悲しい記憶を残したのは、以前の世界よりもこの世界が幸せなのだとよりわかりやすくするためだろうか。
たくさんの人に愛され幸せになるために生まれてきたアズールが、蜜を見て死ぬ、前と同じだと言ったのだとしたらきっとそれは『あお』の記憶ではないか?
「王子、何かご存じなのですか?」
「ああ、アズールにそのような情報を与えたとするならば、ただ一人しかいない」
「そ、それは誰でございますか? ご存じならすぐにその者をひっ捕えて……」
「いや、その必要はない」
「なぜでございますか? あれほど、アズールさまが憔悴して泣いていらっしゃったというのに……」
「お前がアズールを思ってくれる気持ちはよくわかるが、無理なのだ。なぜなら、それはアズール自身だからだ」
「はっ? そ、それは一体……どういうことなのでございますか?」
意味がわからないのも無理はない。
これで理解できるものなどこの世のどこにもいないだろう。
「まだ私の推測に過ぎないがおそらくそれに間違いはないだろう。アズールには、アズールとして生まれる前のもう一人の人間だった頃の記憶があるのだ」
「アズールさまとして生まれる前の? まさか……」
「信じられないのも仕方がないが、これは真実なのだ。ヴェルナーも感じたことはないか? アズールが皆が知らないことを知っていると」
「えっ……あっ、そういえば……オニギリ……」
「ああ、そうだ。あれは神からの知識だと話したが、アズールが以前の世界で食べたいと望んでいたものだったのだよ。私はその話をアズールから聞いて、食べさせてやりたくて探したのだ」
「それなら、本当に……」
「ああ、だからおそらく今回の件も以前の世界での知識が発端となったのだろう。もしかしたら、以前の世界では本当にあれが死ぬサインだったのかもしれぬな」
「以前の世界では……。なるほど……それなら、納得できます……」
いつもアズールのそばで見守ってくれているヴェルナーだからこそ、理解してくれたのだろう。
だが、今回のことで思ったことがある。
『あお』のことをアズールから聞いて、ずっと私の心の中だけに留めていたが、またいつなん時このようなことが起こるかわからない。
アズールの中にある『あお』の記憶を、アズールを心から愛する者たちで共有するべきではないかと。
皆で『あお』の悲しい記憶を消すことができるくらい、幸せだと感じさせてやれば良いのだ。
アズールのためにも、『あお』のためにもそれが一番いい方法ではないだろうか……。
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