真っ白ウサギの公爵令息はイケメン狼王子の溺愛する許嫁です

波木真帆

文字の大きさ
上 下
89 / 289
第二章

最高の差し入れ

しおりを挟む
<sideルーディー>

破壊音と一瞬の静寂の後、訓練場に響き渡ったのは、

「ふぇ……っ」

というアズールの怯えた声。

なぜこんなところにアズールが?
いや、それよりも私はアズールを怯え泣かせてしまったのか?

そんな疑問が頭の中を駆け巡るが、そんなことよりもまずはアズールの元に行かなければ!

私は急いでアズールの声のする方に駆け寄った。

「アズールっ!」

「ふぇぇ……っ」

私の姿が見えたのか、アズールはヴェルナーの腕から私に向かって泣きながらぴょんと飛び込んできた。
その飛び込みがどれだけ小さかろうが絶対にアズールを落とすわけがない。
私はアズールをすっぽりと腕の中に抱きしめた。
腕の中でアズールが少し震えているように見える。

「どうしたんだ? なぜアズールがここにいる?」

「うぅ……あ、のね……るーが、くんれん、してる、ところ、みたかったの……だから、ゔぇる、につれてきて、もらったの……でも、すごい、おと、したから……びっくり、した……」

「そうか、そうだったか。悪い。驚かせてしまったのだな」

アズールの長い耳は小さな物音に敏感に反応するせいか、大きな音に弱い。
それがあんなに近くで大きな音を聴かせてしまったのだ。
怯えもするだろう。

「ううん。ぼくが、こえ、かけたから、だよね? るーを、おうえんしたかったの……ぐすっ」

「違うよ、アズールのせいじゃない。気にしないでいいんだ」

そう、アズールのせいじゃない。
アズールの声に心を奪われて制御できなかった私の弱さが出たせいだ。

「ほんとう?」

「ああ。本当だとも。アズールが応援してくれてるんだ。悪いはずないだろう?」

「じゃあ、ルー。嬉しかった?」

「ああ。アズールが私を応援してくれるなんて嬉しいよ」

「ふふっ。よかったぁ」

さっきまでの怯えはようやく治ったようだ。
嬉しそうに私の胸元に顔を擦り寄せる姿が何よりも可愛い。

「あっ、マックスは大丈夫?」

「そういえば……」

すっかり忘れていたが、剣を弾き飛ばしてしまったのだったな。
振り返ると、マクシミリアンは傷ひとつない様子で私の後ろに立っていた。

「悪かったな。つい、制御できなくて……」

「いえ。王子の本気を目の前で拝見できて嬉しゅうございました。このような機会でもないと、拝見できませんからありがたく思っております」

「そう言ってもらえると助かる」

「王子。訓練のお邪魔をいたしまして申し訳ございません」

私たちの様子を見守っていたヴェルナーがそっと近づいてきて頭を下げる。
その姿にアズールもヴェルナーが怒られるのかと心配そうな表情で私を見上げる。

「構わぬ。アズールを連れてきてくれたのだから邪魔ではない」

そう言ってやると、アズールはホッとしたように笑顔を見せた。

「はっ。それなら何よりでございます」

アズールの前だからそうは言ったが、やはり突然の訪問は危険も生じる。
ヴェルナーも今回のことで身にしみてわかっただろうから、あえて何も言わぬがマクシミリアンから言わせておけば良いか。

「それよりやけにいい匂いがするな」

「ふふっ。やっぱりルーにはわかったね。あのね、差し入れ持ってきたの」

汗に塗れた訓練場に似つかわしくない甘辛い良い匂いが漂っている。
私だけでなく、私とマクシミリアンの練習試合を見ていた騎士たちもこの匂いにすでに気づいている者たちもいるようだ。

なんせ、たっぷりと訓練をしたあとだからな。
食料の匂いには鼻が利くに決まっている。

「あのね、ヴェルとフランツもいっぱい作ってくれたから騎士さんたちがいっぱい食べても大丈夫だよ」

「そうか。それは嬉しいな。ちょうど試合も終わり、訓練も一区切りついたところだ。アズールの差し入れをいただくとしようか。お前たちの分も差し入れがあるぞ」

そういうと、騎士たちの

「おおーーーっ!!!!」

という雄叫びにも似た大声にアズールが私の腕の中でピクリと震えた。
ふふっ。
大きな音に敏感なのに、騎士たちの喜ぶことをやってくれるのだな。アズールは。

「はい。こちらが王子の分でございますよ」

ヴェルナーから差し出された箱を受け取りながら、

「私の分だけ別なのか?」

とアズールに尋ねると、

「ふふっ。特別仕様なの」

と可愛らしく笑みを浮かべる。

「そうか、ならじっくりと味わうとしようか」

そう言って、私はアズールを連れて訓練場の二階にあるゆったりとした席に座った。
ここなら一階にいる騎士たちの様子は気にせずに済む。
何より可愛らしいアズールを見せたくはないからな。

アズールを膝に乗せたままテーブルの上の箱を開けると、

「おおっ! 私の大好物のオニギリ! もしかしてアズールが作ってくれたのか?」

大きなオニギリが5個。
それとは別に小さくて丸いものが3個入っているのが見える。

「あのね、これ……僕が手でにぎにぎしたの」

「えっ? アズールが自分の手で? 熱かっただろう? 火傷はしていないか?」

慌ててアズールの手のひらを見ると、まだほんのり赤いのがわかる。
こんなにも繊細な手が赤くなるほど私のために……。

「すっごく熱かったけど、ルーのためにフゥフゥしながら作ったの。形が綺麗じゃないけど、ルー……食べてくれる?」

「ああ、もちろんだとも。というか食べさせてくれ!」

「ふふっ。よかったぁ。じゃあ、ルー、あーんして」

口を開け、長い舌を出すとその上に乗せてくれる。
オニギリと一緒にアズールの手を一緒に舐めてからオニギリを口に運ぶ。

小さいオニギリは私の口の中でほろほろと崩れてしまうが、味は今まで食べたオニギリの中でも群を抜いて一番に美味しく感じられた。

たっぷりと時間をかけて味わってから、

「アズール、最高に美味しいオニギリだ」

というとアズールは嬉しそうに笑った。
しおりを挟む
感想 549

あなたにおすすめの小説

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

勘弁してください、僕はあなたの婚約者ではありません

りまり
BL
 公爵家の5人いる兄弟の末っ子に生まれた私は、優秀で見目麗しい兄弟がいるので自由だった。  自由とは名ばかりの放置子だ。  兄弟たちのように見目が良ければいいがこれまた普通以下で高位貴族とは思えないような容姿だったためさらに放置に繋がったのだが……両親は兎も角兄弟たちは口が悪いだけでなんだかんだとかまってくれる。  色々あったが学園に通うようになるとやった覚えのないことで悪役呼ばわりされ孤立してしまった。  それでも勉強できるからと学園に通っていたが、上級生の卒業パーティーでいきなり断罪され婚約破棄されてしまい挙句に学園を退学させられるが、後から知ったのだけど僕には弟がいたんだってそれも僕そっくりな、その子は両親からも兄弟からもかわいがられ甘やかされて育ったので色々な所でやらかしたので顔がそっくりな僕にすべての罪をきせ追放したって、優しいと思っていた兄たちが笑いながら言っていたっけ、国外追放なので二度と合わない僕に最後の追い打ちをかけて去っていった。  隣国でも噂を聞いたと言っていわれのないことで暴行を受けるが頑張って生き抜く話です

処理中です...