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第一章
国王となるための儀式
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<sideルーディー>
「ふぇーーんっ、ルー、いたいよぉーっ! ひどいよぉー!」
「違うっ!! 其方はアズールではないっ!!」
目にいっぱい涙を溜め、手を伸ばしてくる姿はアズールそのもの。
だが、私の全てが目の前に映るアズールを拒否している。
「ふぇっ……ルー、アズールが、きらいになっちゃったの?」
「アズールのことを私が嫌いになることはこの世界が滅びることがあっても絶対にあり得ない。だが、私の目のまえにいるアズールは私のアズールではない」
「なにいってるの? ぼくは、アズールだよ! ルーは、ぼくが、わからないの?」
「――っ!」
耳を揺らす仕草も、悲しそうに耳を垂らし小首を傾げる姿も、確かにアズールだ。
きっと私以外なら、これはアズールだと言うに違いない。
もしかしたらアズールを産んだ母、アリーシャ殿であっても間違えるかもしれない。
それくらいにアズールにそっくりだ。
だが、私は絶対に違うと断言できる。
「アズールの名を騙るな。私のアズールはこの世でただ一人。私の帰りをずっと待ち侘びてくれているあのアズールだけだ。アズールの名を騙る不届きものは私の前から消えろっ!!!」
尻尾を逆立てビリビリと思いっきり威嚇しながら、そうキッパリと言い切った瞬間、目の前のアズールがふっと消えてしまった。
と同時にまたこの部屋の中がふっと暗闇に包まれた。
「なんだっ! この暗闇は!」
暗闇の中でも動けるはずの視界が全て遮られてしまっている。
今度は一体何が起こるんだ?!
だが、何が起きようとも私は決して間違えたりはしない。
来るなら来い!
なんでも受けてたってやる!!
いつでも放出できるように自らの力を解放していると、ふっと目の前が明るくなり、先ほどとは違った空間が現れた。
「ルーディー王子」
「誰だ?!」
「この神殿の長・ヨナスにございます」
真っ白な装束に身を包み、なんの気配も感じさせない彼が神殿長か……。
「神殿長。ようやく会えたな。此度、成人を迎えるにあたり次期国王として儀式を受けに参った。悪いがすぐに儀式を頼む」
偽物のアズールに会ったからか、早くアズールに会いたいと言う気持ちが止められない。
しかし、私の必死な形相を見て、神殿長ヨナスは微笑みを返した。
「なんだ? 何がおかしい?」
「いえ。もう儀式は終わりました」
「儀式が終わった? それはどういうことだ?」
「先ほど、不思議な出来事がございましたでしょう?」
「不思議な? ああ、私の愛しいアズールの名を騙る別人が現れたことか?」
「はい。ルーディー王子。あの者がどうして偽物だとお気づきになったのですか? 最初は本物だと思われたのでしょう?」
ヨナスは全てを見ていたのか?
全く気づかなかったな。
今でもヨナスの気配は何も感じられないのだから当然といえば当然か。
ここで嘘を申してもすぐにわかるだろうな。
素直に思ったことを告げるしかないな。
「確かに最初はアズールだと思った。だが、全く感じられなかったんだ。アズールの匂いが」
「匂い、でございますか」
「そうだ。そして、私の匂いもな」
「ルーディー王子の匂い?」
「ああ。私はアズールに私の匂いがたっぷりと染み込んだブランケットを渡してきた。アズールはそれにしっかりと巻きついて寝てくれているはずだ。だから、身体中に私の匂いと、そしてアズール本人の匂いがついているはずなのにあの者からはなんの匂いも感じられなかった。だから、あれがアズールではない偽物だとわかったんだ」
「そうでございましたか……。なるほど」
納得したように何度も頷くヨナスに私はもう一度尋ねた。
「それで儀式が終わったとはどういうことなのだ?」
「ふふっ。それは、ルーディー王子が自分の欲に惑わされず、正しき事柄を選ぶことができるかというのが国王となるための試練だったのです」
「――っ!! ならば、あの偽物のアズールは……」
「あの部屋は今、ルーディー王子が一番欲しいと強く望まれているものが現れる部屋だったのでございます。そして、あの時、自らの欲が生み出したあの偽物に唆され、唇を重ねていたらもう二度とあの部屋から出ることはできなかったでしょう」
私が一番欲しいもの……。
私にとって何もよりも欲しいものは今までもこれからも、そして生涯変わることなくアズールだけだ。
だから、あの偽物が現れたのか……。
「アズールへの愛が私をあの部屋から救ったのだな」
「その通りでございます。そして、これでルーディー王子は次期国王として神に認められたのです。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。これからもこの国のために、そしてアズールのために私の生涯を捧げ守ると誓う」
「ルーディー王子。これで儀式は終了です。どうぞお気をつけてお帰りくださいませ。そしてこの儀式のこと、御他言は無用に願います」
「ああ、しかと肝に銘じておく。ヨナス、世話になった」
にこやかな微笑みを浮かべながらヨナスがスッと手を動かすと、ふわりと身体が宙に浮いたような不思議な感覚がして、気がついた時には私は神殿の入り口に立っていた。
「ふぇーーんっ、ルー、いたいよぉーっ! ひどいよぉー!」
「違うっ!! 其方はアズールではないっ!!」
目にいっぱい涙を溜め、手を伸ばしてくる姿はアズールそのもの。
だが、私の全てが目の前に映るアズールを拒否している。
「ふぇっ……ルー、アズールが、きらいになっちゃったの?」
「アズールのことを私が嫌いになることはこの世界が滅びることがあっても絶対にあり得ない。だが、私の目のまえにいるアズールは私のアズールではない」
「なにいってるの? ぼくは、アズールだよ! ルーは、ぼくが、わからないの?」
「――っ!」
耳を揺らす仕草も、悲しそうに耳を垂らし小首を傾げる姿も、確かにアズールだ。
きっと私以外なら、これはアズールだと言うに違いない。
もしかしたらアズールを産んだ母、アリーシャ殿であっても間違えるかもしれない。
それくらいにアズールにそっくりだ。
だが、私は絶対に違うと断言できる。
「アズールの名を騙るな。私のアズールはこの世でただ一人。私の帰りをずっと待ち侘びてくれているあのアズールだけだ。アズールの名を騙る不届きものは私の前から消えろっ!!!」
尻尾を逆立てビリビリと思いっきり威嚇しながら、そうキッパリと言い切った瞬間、目の前のアズールがふっと消えてしまった。
と同時にまたこの部屋の中がふっと暗闇に包まれた。
「なんだっ! この暗闇は!」
暗闇の中でも動けるはずの視界が全て遮られてしまっている。
今度は一体何が起こるんだ?!
だが、何が起きようとも私は決して間違えたりはしない。
来るなら来い!
なんでも受けてたってやる!!
いつでも放出できるように自らの力を解放していると、ふっと目の前が明るくなり、先ほどとは違った空間が現れた。
「ルーディー王子」
「誰だ?!」
「この神殿の長・ヨナスにございます」
真っ白な装束に身を包み、なんの気配も感じさせない彼が神殿長か……。
「神殿長。ようやく会えたな。此度、成人を迎えるにあたり次期国王として儀式を受けに参った。悪いがすぐに儀式を頼む」
偽物のアズールに会ったからか、早くアズールに会いたいと言う気持ちが止められない。
しかし、私の必死な形相を見て、神殿長ヨナスは微笑みを返した。
「なんだ? 何がおかしい?」
「いえ。もう儀式は終わりました」
「儀式が終わった? それはどういうことだ?」
「先ほど、不思議な出来事がございましたでしょう?」
「不思議な? ああ、私の愛しいアズールの名を騙る別人が現れたことか?」
「はい。ルーディー王子。あの者がどうして偽物だとお気づきになったのですか? 最初は本物だと思われたのでしょう?」
ヨナスは全てを見ていたのか?
全く気づかなかったな。
今でもヨナスの気配は何も感じられないのだから当然といえば当然か。
ここで嘘を申してもすぐにわかるだろうな。
素直に思ったことを告げるしかないな。
「確かに最初はアズールだと思った。だが、全く感じられなかったんだ。アズールの匂いが」
「匂い、でございますか」
「そうだ。そして、私の匂いもな」
「ルーディー王子の匂い?」
「ああ。私はアズールに私の匂いがたっぷりと染み込んだブランケットを渡してきた。アズールはそれにしっかりと巻きついて寝てくれているはずだ。だから、身体中に私の匂いと、そしてアズール本人の匂いがついているはずなのにあの者からはなんの匂いも感じられなかった。だから、あれがアズールではない偽物だとわかったんだ」
「そうでございましたか……。なるほど」
納得したように何度も頷くヨナスに私はもう一度尋ねた。
「それで儀式が終わったとはどういうことなのだ?」
「ふふっ。それは、ルーディー王子が自分の欲に惑わされず、正しき事柄を選ぶことができるかというのが国王となるための試練だったのです」
「――っ!! ならば、あの偽物のアズールは……」
「あの部屋は今、ルーディー王子が一番欲しいと強く望まれているものが現れる部屋だったのでございます。そして、あの時、自らの欲が生み出したあの偽物に唆され、唇を重ねていたらもう二度とあの部屋から出ることはできなかったでしょう」
私が一番欲しいもの……。
私にとって何もよりも欲しいものは今までもこれからも、そして生涯変わることなくアズールだけだ。
だから、あの偽物が現れたのか……。
「アズールへの愛が私をあの部屋から救ったのだな」
「その通りでございます。そして、これでルーディー王子は次期国王として神に認められたのです。おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。これからもこの国のために、そしてアズールのために私の生涯を捧げ守ると誓う」
「ルーディー王子。これで儀式は終了です。どうぞお気をつけてお帰りくださいませ。そしてこの儀式のこと、御他言は無用に願います」
「ああ、しかと肝に銘じておく。ヨナス、世話になった」
にこやかな微笑みを浮かべながらヨナスがスッと手を動かすと、ふわりと身体が宙に浮いたような不思議な感覚がして、気がついた時には私は神殿の入り口に立っていた。
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