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第一章

恐ろしい威嚇

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<sideマクシミリアン>

「マクシミリアン、アズールはどうしたの?」

「王子から頂いたブランケットをお部屋に置きに行くと仰って、一度お部屋に入られてからまだお出になっておりません。物音ひとつございませんので、もしかしたら眠っていらっしゃるのかもしれません」

「そう。少し寝不足のようだったからね。多分、昨日はよく眠れなかったのではないかしら」

「おそらくそうだと思われます。アズールさまにとっては王子と一週間もお離れになるのは、我々が考えているよりもずっと過酷なことでございます」

「ええ、そうね。まだアズールは五歳なのだし。なんとかみんなで落ち込ませないようにしてあげるしかないわね。フィデリオ殿のあの素晴らしい案がなければ今頃大変だったはずよ」

祖父・フィデリオの案とは、王子の誕生日を祝う準備をアズールさまに頼むということ。
しかも王子にはサプライズで準備をして、帰ってきたら驚かせようという如何にもアズールさまが大喜びしそうな提案に、アズールさまは乗り気になってくださった。

離れ離れの間、少しでも王子のことを考えていたいという気持ちの表れなのだろう。
本当にいじらしい。

この誕生日イベントはもちろん王子には内緒ということになっているが、我々の数百倍も鋭い聴覚を持つ王子に内緒事などできるわけがない。

――帰ってきたら、アズールが私のために考えてくれた誕生祝いが待っているのだろう?
それを糧に儀式を頑張ってくるから、マクシミリアンはしっかりとアズールの護衛を頼むぞ。

そう言って、旅立たれた。

アズールさまには決してそのことを知られないようにしなければな。

「祖父もこの一週間はアズールさまと少しでも時間を過ごして、王子のことで寂しがる時間を減らそうと申しておりました。そうしていれば一週間などすぐでございますよ」

「ふふっ。そうね。頼もしいわ。マクシミリアン、あなたも寂しいでしょうけど、アズールと一緒に頑張って耐えてちょうだい」

「――っ、は、はい。精一杯努めさせていただきます」

「ふふっ。無理だけはしないようにね」

そう言って、にこやかに部屋に戻って行かれたアリーシャさまを見送りながら、私は愛しい人・ヴェルナーを思い浮かべていた。

彼もまた王子に同行して神殿に向かっている。

訓練で数日会えないことは多々あるが、流石に一週間はなかった。
私もできることなら、ヴェルナーに行かないでと言いたいくらいだったが、五歳のアズールさまが王子を立派に送り出したというのに、私がわがままを言うわけにもいかない。
言ったところで幻滅されるのがオチだ。

まぁ、昨夜は無理をさせない程度に愛し合って、しっかりとマーキングしておいたから変なのに寄り付かれる心配はないだろう。

今朝、ヴェルナーを見てすぐに怪訝な表情をした王子には、私がつけたマーキングのことはすっかり気付かれているだろうが、アズールさまにあれほどの匂いを染み込ませたブランケットをお渡しになったくらいだから、理解してくださっているはずだ。

それにしてもあのブランケット……どれほど蜜を染み込ませたのか、正直知りたくないほど途轍もない威力を放っていたな。

きっと今回の件が決まってから、ずっと作っておられたのだろう。

私のように直にマーキングできないのだから仕方がないのだろうが、あの公爵さまでさえ、たっぷりと王子の匂いが染み込んだあのブランケットに怯えているようだったから相当のものだ

あれなら一週間は優にアズールさまをお守りくださることだろうな。


それからしばらくして、部屋の中で物音が聞こえたと思ったら、扉の近くに駆け寄ってくる音が聞こえた。
この足音はアズールさま。

お目覚めになったようだ。

ゆっくりと扉を開けると、アズールさまがまだ少し寝ぼけた顔で見上げてくる。

「あれ? ルーは?」

「夢を見ていらっしゃったのですか? 王子は先ほどおでかけになられたでしょう?」

「あっ……そう、だった……」

私の言葉に一気に思い出したのか、表情が一気に曇ってくる。

「お出かけになったら、今度は待つだけでございますよ。無事に儀式を終えられて帰ってこられますから。一緒にお待ちしましょう」

「うん。まっくちゅ……ありあと」

少し涙を潤ませていたからか、それとも寝起きだからか、少し昔のアズールさまに戻ったような発音に、思わず懐かしさを感じる。

本当に少しずつではあるが大きくなっていらっしゃるのだな。

「祖父もそろそろこちらに参りますので、アズールさまが王子のお誕生日に何をなさりたいか、先に少しお話をお伺いしてもよろしいですか?」

「うん。ぼく、ルーのためにいっぱいしたい!!」

嬉しそうに中に入っていくアズールさまに続いて、中に一歩足を踏み入れると

「――っ!!!!!」

部屋中に王子の威嚇の匂いが立ち込めているのがわかる。

運命の番であるアズールさまには感じられないだろうが、これは激しい。
意識を強く持っていないと私でさえ、倒れてしまいそうになる。

凄まじいな、運命の番に対する独占欲というのは……。

私のマーキングなど、王子にとっては軽すぎるくらいだな。
もしかしたらあの怪訝な表情も、こんなに薄くていいのかという意味だったのかもしれない。

私は王子の匂いが充満した部屋で

「ア、アズールさま。祖父も参りますので、下の応接室をお借りしましょう。その方がゆっくりとお話になれますよ」

というと、

「わかったぁ。そうするっ!」

と嬉しそうに部屋を出ていかれる。

私は安堵しながらも、急いでアズールさまを追いかけた。
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