上 下
58 / 287
第一章

私にできること

しおりを挟む
<sideフィデリオ(爺)>

「お祖父さま。どうかお力をお貸しください」

「こんな時間にどうしたのだ? 今はまだアズールさまのおそばにいる時間だろう?」

「はい。ですが、今はルーディー王子がお越しですので、この間に急いで参上いたしました」

「そんなに急いで一体どうしたのだ?」

「実は、アズールさまがいつになく興奮されていらっしゃいまして……」

アズールさまの護衛をしているマクシミリアンは私の孫。
とはいえ、私がアズールさまの護衛にと推薦した以上、職務中は厳しい対応をするように心がけている。
公私はしっかりと分けなければ何かあったときにアズールさまをしっかりと守れなくなってしまう。
それはマクシミリアンにも口が酸っぱくなるほど行ってきたし、マクシミリアンもそれを心がけてくれていた。

だが、今日に限ってまだ勤務時間だというのに、公爵家から離れたこの城にマクシミリアンが訪れたことに何かとんでもない理由があるのかもしれないと感じていた。

どうやら、とうとうルーディーさまが神殿の儀式に向かうことをアズールさまにお話になったようだ。
いつも聞き分けが良く、素直なアズールさまなら誠心誠意お話をして理由を伝えれば、納得してくださると思っていた。

だが、私の想像とは裏腹にアズールさまはルーディーさまと離れることに耐えきれないと言った様子で、泣きながらルーディーさまの腕にしがみついていたのだという。

なんといじらしいことだろう。

いつもはアズールさまを最優先にお考えなさるルーディーさまも、今回の儀式がどれほど重要かを理解しているだけにアズールさまのお言葉に首を縦には振れないようだ。

いや、ここで首を縦に振られては困る。
ルーディーさまは未来の国王なのだから。

決してアズールさまの言いなりになってはいけないのだ。

「お祖父さま。私にはアズールさまのお気持ちも、そして王子のお気持ちも痛いほどわかります。私もヴェルナーと離れることを思えば、いくら任務とはいえ耐え難いことでございます。私でさえ、そう思ってしまうのですから、まだ成人でもない、ましてや運命の番で唾液の交換までなさったお二人には、この上ない試練でございます。ですから、お祖父さま。何卒お力をお貸しください」

マクシミリアンが頭を下げる姿に、私は心を打たれた。
それほどまでにアズールさまを心配しているのだ。

どれ、ここは年の功。
若い二人に少しばかり試練を乗り越える方法を伝えるとしようか。

私はマクシミリアンと共に公爵家に向かった。

真っ先にお二人の部屋に案内しようとするマクシミリアンを遮り、私は公爵家執事のベンに声をかけた。

「少し相談があるのだがよろしいか?」

「はい。私にできますことなら何なりとお申し付けください」

そうして、私はベンにある提案をした。

「はい。それなら、旦那さまにお伺いせずとも私の判断でお返事いたします。喜んでお手伝いさせていただきます」

「其方の了承が得られれば、問題はない。それでは一緒にお二人の部屋に行ってもらえるか?」

「はい。お供いたします」

「お二人のご様子はどうだ?」

「アズールさまが泣いていらっしゃることしか分かりかねます。ルーディーさまが部屋に近づくなと仰っておいででしたので」

ベンの表情に不安が見て取れる。
きっとお二人の様子が心配でならないのだろう。

「大丈夫。すぐにアズールさまは笑顔を見せてくださるよ」

「はい。そうですね」

少し安堵の表情を見せたベンを連れ、お二人の部屋に向かい声をかけると、私がここにいることに驚きながらも中に入れてくださった。

マクシミリアンから知らせを受け伺ったと告げると、ルーディーさまは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
ルーディーさまのその表情にアズールさまが感じるところがあったのだろう。

お互いに思いの丈をぶつけ合って、最終的にアズールさまは

「ふぇ……っ、ぼく……いって、らっしゃい、ぐすっ……する……」

と泣きながら、ルーディーさまを見送られることをお決めになったようだ。

やはり運命のお二人。
我々が口を出すほどもなかったかと思いながらも、せっかくここに来たのだからとアズールさまだけにある提案を持ちかけた。

ルーディーさまから少し離れた場所でヒソヒソとその話を持ちかけたが、ルーディーさまには全て筒抜けなことはわかっている。
なんせ、『神の御意志』である優れた獣人なのだ。
聴力だって、我々の数百倍は聞こえるのだから内緒話なんて意味をなさない。

だが、アズールさまにはそれが必要なのだ。

ルーディーさまをお待ちになる時間を少しでも楽しく過ごせるようにしてもらわなければ、ルーディーさまも気が気ではないだろう。

それで儀式に身が入らないとなれば意味をなさないのだから。

アズールさまに、ルーディーさまに内緒でルーディーさまのお誕生日の準備をいたしましょうと提案すると、泣き腫らしていた目を輝かせた。

ああ、本当に可愛らしい。
アズールさまは本当にルーディーさまを愛しておられるのだ。

ルーディーさまもアズールさまがパーティーの準備をなさっていると思えば、多少の疲れも吹き飛ばして帰ってきてくださることだろう。
それがわかったからか、ルーディーさまも嬉しそうに笑っていらっしゃる。


それから三日後、ルーディーさまは無事に王都を出発なさった。
次期国王として自信にみなぎって帰還されることだろう。
私にできることはご無事の帰還を今はただ祈ることだけだ。
しおりを挟む
感想 546

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

処理中です...