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第一章
私にできること
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<sideフィデリオ(爺)>
「お祖父さま。どうかお力をお貸しください」
「こんな時間にどうしたのだ? 今はまだアズールさまのおそばにいる時間だろう?」
「はい。ですが、今はルーディー王子がお越しですので、この間に急いで参上いたしました」
「そんなに急いで一体どうしたのだ?」
「実は、アズールさまがいつになく興奮されていらっしゃいまして……」
アズールさまの護衛をしているマクシミリアンは私の孫。
とはいえ、私がアズールさまの護衛にと推薦した以上、職務中は厳しい対応をするように心がけている。
公私はしっかりと分けなければ何かあったときにアズールさまをしっかりと守れなくなってしまう。
それはマクシミリアンにも口が酸っぱくなるほど行ってきたし、マクシミリアンもそれを心がけてくれていた。
だが、今日に限ってまだ勤務時間だというのに、公爵家から離れたこの城にマクシミリアンが訪れたことに何かとんでもない理由があるのかもしれないと感じていた。
どうやら、とうとうルーディーさまが神殿の儀式に向かうことをアズールさまにお話になったようだ。
いつも聞き分けが良く、素直なアズールさまなら誠心誠意お話をして理由を伝えれば、納得してくださると思っていた。
だが、私の想像とは裏腹にアズールさまはルーディーさまと離れることに耐えきれないと言った様子で、泣きながらルーディーさまの腕にしがみついていたのだという。
なんといじらしいことだろう。
いつもはアズールさまを最優先にお考えなさるルーディーさまも、今回の儀式がどれほど重要かを理解しているだけにアズールさまのお言葉に首を縦には振れないようだ。
いや、ここで首を縦に振られては困る。
ルーディーさまは未来の国王なのだから。
決してアズールさまの言いなりになってはいけないのだ。
「お祖父さま。私にはアズールさまのお気持ちも、そして王子のお気持ちも痛いほどわかります。私もヴェルナーと離れることを思えば、いくら任務とはいえ耐え難いことでございます。私でさえ、そう思ってしまうのですから、まだ成人でもない、ましてや運命の番で唾液の交換までなさったお二人には、この上ない試練でございます。ですから、お祖父さま。何卒お力をお貸しください」
マクシミリアンが頭を下げる姿に、私は心を打たれた。
それほどまでにアズールさまを心配しているのだ。
どれ、ここは年の功。
若い二人に少しばかり試練を乗り越える方法を伝えるとしようか。
私はマクシミリアンと共に公爵家に向かった。
真っ先にお二人の部屋に案内しようとするマクシミリアンを遮り、私は公爵家執事のベンに声をかけた。
「少し相談があるのだがよろしいか?」
「はい。私にできますことなら何なりとお申し付けください」
そうして、私はベンにある提案をした。
「はい。それなら、旦那さまにお伺いせずとも私の判断でお返事いたします。喜んでお手伝いさせていただきます」
「其方の了承が得られれば、問題はない。それでは一緒にお二人の部屋に行ってもらえるか?」
「はい。お供いたします」
「お二人のご様子はどうだ?」
「アズールさまが泣いていらっしゃることしか分かりかねます。ルーディーさまが部屋に近づくなと仰っておいででしたので」
ベンの表情に不安が見て取れる。
きっとお二人の様子が心配でならないのだろう。
「大丈夫。すぐにアズールさまは笑顔を見せてくださるよ」
「はい。そうですね」
少し安堵の表情を見せたベンを連れ、お二人の部屋に向かい声をかけると、私がここにいることに驚きながらも中に入れてくださった。
マクシミリアンから知らせを受け伺ったと告げると、ルーディーさまは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
ルーディーさまのその表情にアズールさまが感じるところがあったのだろう。
お互いに思いの丈をぶつけ合って、最終的にアズールさまは
「ふぇ……っ、ぼく……いって、らっしゃい、ぐすっ……する……」
と泣きながら、ルーディーさまを見送られることをお決めになったようだ。
やはり運命のお二人。
我々が口を出すほどもなかったかと思いながらも、せっかくここに来たのだからとアズールさまだけにある提案を持ちかけた。
ルーディーさまから少し離れた場所でヒソヒソとその話を持ちかけたが、ルーディーさまには全て筒抜けなことはわかっている。
なんせ、『神の御意志』である優れた獣人なのだ。
聴力だって、我々の数百倍は聞こえるのだから内緒話なんて意味をなさない。
だが、アズールさまにはそれが必要なのだ。
ルーディーさまをお待ちになる時間を少しでも楽しく過ごせるようにしてもらわなければ、ルーディーさまも気が気ではないだろう。
それで儀式に身が入らないとなれば意味をなさないのだから。
アズールさまに、ルーディーさまに内緒でルーディーさまのお誕生日の準備をいたしましょうと提案すると、泣き腫らしていた目を輝かせた。
ああ、本当に可愛らしい。
アズールさまは本当にルーディーさまを愛しておられるのだ。
ルーディーさまもアズールさまがパーティーの準備をなさっていると思えば、多少の疲れも吹き飛ばして帰ってきてくださることだろう。
それがわかったからか、ルーディーさまも嬉しそうに笑っていらっしゃる。
それから三日後、ルーディーさまは無事に王都を出発なさった。
次期国王として自信にみなぎって帰還されることだろう。
私にできることはご無事の帰還を今はただ祈ることだけだ。
「お祖父さま。どうかお力をお貸しください」
「こんな時間にどうしたのだ? 今はまだアズールさまのおそばにいる時間だろう?」
「はい。ですが、今はルーディー王子がお越しですので、この間に急いで参上いたしました」
「そんなに急いで一体どうしたのだ?」
「実は、アズールさまがいつになく興奮されていらっしゃいまして……」
アズールさまの護衛をしているマクシミリアンは私の孫。
とはいえ、私がアズールさまの護衛にと推薦した以上、職務中は厳しい対応をするように心がけている。
公私はしっかりと分けなければ何かあったときにアズールさまをしっかりと守れなくなってしまう。
それはマクシミリアンにも口が酸っぱくなるほど行ってきたし、マクシミリアンもそれを心がけてくれていた。
だが、今日に限ってまだ勤務時間だというのに、公爵家から離れたこの城にマクシミリアンが訪れたことに何かとんでもない理由があるのかもしれないと感じていた。
どうやら、とうとうルーディーさまが神殿の儀式に向かうことをアズールさまにお話になったようだ。
いつも聞き分けが良く、素直なアズールさまなら誠心誠意お話をして理由を伝えれば、納得してくださると思っていた。
だが、私の想像とは裏腹にアズールさまはルーディーさまと離れることに耐えきれないと言った様子で、泣きながらルーディーさまの腕にしがみついていたのだという。
なんといじらしいことだろう。
いつもはアズールさまを最優先にお考えなさるルーディーさまも、今回の儀式がどれほど重要かを理解しているだけにアズールさまのお言葉に首を縦には振れないようだ。
いや、ここで首を縦に振られては困る。
ルーディーさまは未来の国王なのだから。
決してアズールさまの言いなりになってはいけないのだ。
「お祖父さま。私にはアズールさまのお気持ちも、そして王子のお気持ちも痛いほどわかります。私もヴェルナーと離れることを思えば、いくら任務とはいえ耐え難いことでございます。私でさえ、そう思ってしまうのですから、まだ成人でもない、ましてや運命の番で唾液の交換までなさったお二人には、この上ない試練でございます。ですから、お祖父さま。何卒お力をお貸しください」
マクシミリアンが頭を下げる姿に、私は心を打たれた。
それほどまでにアズールさまを心配しているのだ。
どれ、ここは年の功。
若い二人に少しばかり試練を乗り越える方法を伝えるとしようか。
私はマクシミリアンと共に公爵家に向かった。
真っ先にお二人の部屋に案内しようとするマクシミリアンを遮り、私は公爵家執事のベンに声をかけた。
「少し相談があるのだがよろしいか?」
「はい。私にできますことなら何なりとお申し付けください」
そうして、私はベンにある提案をした。
「はい。それなら、旦那さまにお伺いせずとも私の判断でお返事いたします。喜んでお手伝いさせていただきます」
「其方の了承が得られれば、問題はない。それでは一緒にお二人の部屋に行ってもらえるか?」
「はい。お供いたします」
「お二人のご様子はどうだ?」
「アズールさまが泣いていらっしゃることしか分かりかねます。ルーディーさまが部屋に近づくなと仰っておいででしたので」
ベンの表情に不安が見て取れる。
きっとお二人の様子が心配でならないのだろう。
「大丈夫。すぐにアズールさまは笑顔を見せてくださるよ」
「はい。そうですね」
少し安堵の表情を見せたベンを連れ、お二人の部屋に向かい声をかけると、私がここにいることに驚きながらも中に入れてくださった。
マクシミリアンから知らせを受け伺ったと告げると、ルーディーさまは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
ルーディーさまのその表情にアズールさまが感じるところがあったのだろう。
お互いに思いの丈をぶつけ合って、最終的にアズールさまは
「ふぇ……っ、ぼく……いって、らっしゃい、ぐすっ……する……」
と泣きながら、ルーディーさまを見送られることをお決めになったようだ。
やはり運命のお二人。
我々が口を出すほどもなかったかと思いながらも、せっかくここに来たのだからとアズールさまだけにある提案を持ちかけた。
ルーディーさまから少し離れた場所でヒソヒソとその話を持ちかけたが、ルーディーさまには全て筒抜けなことはわかっている。
なんせ、『神の御意志』である優れた獣人なのだ。
聴力だって、我々の数百倍は聞こえるのだから内緒話なんて意味をなさない。
だが、アズールさまにはそれが必要なのだ。
ルーディーさまをお待ちになる時間を少しでも楽しく過ごせるようにしてもらわなければ、ルーディーさまも気が気ではないだろう。
それで儀式に身が入らないとなれば意味をなさないのだから。
アズールさまに、ルーディーさまに内緒でルーディーさまのお誕生日の準備をいたしましょうと提案すると、泣き腫らしていた目を輝かせた。
ああ、本当に可愛らしい。
アズールさまは本当にルーディーさまを愛しておられるのだ。
ルーディーさまもアズールさまがパーティーの準備をなさっていると思えば、多少の疲れも吹き飛ばして帰ってきてくださることだろう。
それがわかったからか、ルーディーさまも嬉しそうに笑っていらっしゃる。
それから三日後、ルーディーさまは無事に王都を出発なさった。
次期国王として自信にみなぎって帰還されることだろう。
私にできることはご無事の帰還を今はただ祈ることだけだ。
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