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第一章

まさか、な……。

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<sideヴィルヘルム(ヴォルフ公爵)>

王子とアズールが公衆の面前でお互いに食べさせ合い、しかも王子がアズールの手を大きな舌でベロベロと舐めている姿に、招待客から批判が出ないかと心配になったが、あまりにもアズールが幸せそうに笑っていたこと、それに王子が理性を飛ばしアズールをあの鋭い牙で傷つけるような心配も一切見られなかったことから、皆、好意的に二人を見守ってくれたようだ。

獣人というのは兎角批判されやすい。
流石に王族であるから表立っての批判は少ないが、やはり見た目のインパクトが強いため、本来の意図とは違う意味で広まって誤解を生じることもある。

特に今回はアズールがウサギ族で尚且つ世にも珍しい真っ白なウサギで、かなりの庇護欲をそそる相手である上に、なんと言っても可愛らしい赤子だ。

それとは対照的にルーディー王子はまだ成人前とはいえ、並の大人よりも強い力を持ち、牙も鋭く大きい。
その二人が婚約者として一緒にいるのだから極力、性を感じさせるような接触は避けるべきであったのだが、人前で食べさせ合うという、言うなれば唾液の交換が行われたわけだ。

だからこそ、どうなるものかと思ったが、あまりのアズールの可愛らしさに、皆が魅入ってしまっていたのがよかったのだろう。

だからこそ、王子がアズールとダンスをしにいくと言っても皆が喜んで見守ってくれたのだ。

結果的にあの食べさせ合う行為は良いことであったが、だからと言ってクレイがやったことはそう簡単に許してはいけない。


「クレイ、なぜ呼ばれたかわかってるか?」

「……はい。申し訳ありません」

いつもはピンと張ったクレイの耳は、今はシュンと項垂れて先端が頭についてしまいそうな勢いだ。

「なぜ呼ばれたか、申してみよ」

「私がアズールに、自分の食べている料理を王子に分けるように促したことです」

「そうだ。お前は以前、同じようにアズールのを食べて、本当は不味くて必死に喉に流し込んだと言っていただろう? それをわざと王子に同じ目にあわせようとしたのか?」

「ちょっとしたイタズラのつもりだったのです……」

クレイは賢いと思っていたが、やはりまだ子どもなのだな。

「百歩譲ってイタズラを考えることは悪いことではない。その時にどういった対応をするかで、その者の本性を見破る場合もあるだろう。だが、それをこのヴンダーシューン王国の主要な貴族はもちろん、国王陛下までいらっしゃる、アズールの大事な1歳のお披露目会でやるべきことだったか?」

「――っ、そこまで、考えが及びませんでした。申し訳ありません……」

「本当に考えていないかったのだな。お前が王子にどのような反応を期待していたのか分からんが、もし、アズールの食事を食べて王子が吐き出したとしたら、どうなっていたと思う?」

「どうって……アズールが、悲しむとか……」

「はぁーっ。お前はそれくらいのものだと思っていたか? もし現実にそうなっていたら、アズールはこの上なく傷ついて手もつけられないほど大泣きしただろう」

「えっ……」

「考えてもみろ、アズールは自分の大事なものを分け与えたのだぞ。それをまずいと言って吐き出されてみろ。アズールはもう二度と人参を口にすることはないだろう。それだけならまだしも、おそらく他の食事すら、王子の前では一切食べなくなるだろうな。アズールのような小さな身体で食事をしなくなれば、すぐに衰弱して死んでしまうのだぞ。そして、運命の番を失った王子もそのまま……。そうなれば、ヴンダーシューン王国は跡継ぎも何もかも失うのだぞ。そこまでのことを想像しなかったか?」

私の言葉に、クレイの顔が一気に青褪めていく。

「父上……私は、なんて愚かなことを……」

「アズールの食事をあんなにも美味しそうに食べてくれた王子に感謝するのだな。王子のおかげで我々はアズールもそして、この国の未来も失わずに済んだのだ。クレイ、お前はアズールの兄なのだ。お前のイタズラのために、アズールに余計な涙を流させるな」

「申し訳、ございません……」

クレイの目からぽろっと涙が溢れるのを見て、ようやく心に響いたかと嬉しくなった。

「クレイ、わかれば良いんだ。お前はアズールの兄として、いつでも笑顔で居させられるように考えてくれ」

「はい。父上」

「そろそろ宴も終わる。自分の席に戻りなさい」

私の言葉にクレイはゆっくりと自席に腰を下ろした。

さて、そろそろお開きの時間だ。
いくつかのトラブルはあったが、なんとか無事に終えられそうだ。

「ヴォルフ公爵、少しいいか?」

「はい。王子、何かございましたか?」

「そろそろお開きだろう? アズールが最後に話をしたいと言うのだ」

「アズールが? まことでございますか?」

「ああ。自分のために集まってくれたと知って、お礼が言いたいのだそうだ。アズール、そうだったな?」

「あじゅーる、おれい、ちゅるするーっ」

「――っ、そ、そうか。なら、私も一緒に」

「いや、アズールには私がそばにいる。ヴォルフ公爵は最後の挨拶をするが良い」

「承知しました。お声がけをいたしますので、しばらくお待ちください」

そういうと、二人で嬉しそうに席に戻って行った。
本当に王子はアズールの願いを全て聞き届けてやろうとしてくれる。
しかも、必ずアズールのそばにいてくださるのだからな。

アズールは本当に幸せ者だな。

「宴の最後に、本日の主役である我が息子アズールと、ルーディー王子からのご挨拶がございます。王子、どうぞ」

私の言葉に大広間中がしんと静まり返り、二人の姿を見つめている。

王子はアズールを大事に抱きかかえ、その場に立ち上がった。
だがアズールの姿はまだブランケットに入ったまま、ここからは見えない。

「さぁ、アズール。話をしていいぞ」

王子の言葉にブランケットから長い耳がぴょこんと飛び出てきた。

ピクピクと何度か震わせ、ようやくブランケットから顔を覗かせた。

「わぁっ!」

その可愛さに感嘆の声が漏れる。
その声にアズールは少々びくついていたが、王子を振り返ると安心したように笑い合った。

そして、正面を向くとゆっくりと口を開いた。

いっちゃいいっさい、おいわい、うれちぃ。ちちぇきてくりぇちぇくれてあいあとありがと。あじゅーる、るー、らいちゅきだいすき。あじゅーる、るーと、じゅっちょずっといっちょいっしょ。るー、は、あじゅーるの、らからだからられもだれも、とっちゃ、らめらよだめだよ

辿々しくも、アズールは一生懸命お礼と、王子への愛を語る。
いや、アズールには愛を語っているつもりはないのかもしれないが。明らかに皆に牽制をしているようだ。

アズールから王子を奪おうとする者はいないだろうが、アズール自身の口から、そうはっきりと言われたことで、王子への皆の態度は変わるだろうな。
もしかしたらアズールはそのことをわかっていいだしたのだろうか?

いや、まさか、な……。
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