真っ白ウサギの公爵令息はイケメン狼王子の溺愛する許嫁です

波木真帆

文字の大きさ
上 下
39 / 289
第一章

大事な教訓

しおりを挟む
<sideクレイ>

おかしな騒ぎでお披露目会の雰囲気がおかしくなりそうになったけれど、アズールの可愛い泣き声に大広間中の緊張が解けていくのがわかった。

王子はいつでもアズール優先。

王子と国王さまの計らいですぐに食事が始まった。

まだ機嫌が悪いらしいアズールは掛けられたブランケットからなかなか出てこないけれど、王子が何か話しかけるとモゾモゾとブランケットから出てくるのが見えた。

僕のいる場所からはアズールの表情は見えないけれど、王子の嬉しそうな表情を見る限り、アズールの機嫌は治ったのかもしれない。

さっきアズールが泣いた時も王子はすぐに泣き止ませていた。
父上はもちろん、母上だってあんなに早く泣き止ませたのを見たことがない。

それほど、王子はアズールのことを理解しているのかもしれない。

そう思ったら、ちょっと面白くない気がした。

だって……僕だってアズールのことをわかっているのに!

楽しそうに料理を選んでいるのを見ていると、なんだかちょっとイタズラしたい気持ちが出てきた。

前にアズールにご飯をあげていた時、アズールが美味しそうに食べていた人参を分けてもらったことがあった。
いつもアズールが幸せそうな顔で食べているから、どんな味なのか食べてみたかったんだ。

優しいアズールは自分の分を千切って僕に分けてくれた。
期待に胸を膨らませて、分けてもらった人参を口に入れたら……

今まで食べたことがないくらい、びっくりするほど美味しくなかった。
舌の上に乗せただけですぐに潰れるくらい柔らかいし、ぐちゃぐちゃと甘ったるい汁が出てきて、思わず吐き出したくなった。

でもキラキラとした目で

「にぃに、おいちっ?」

と聞かれたら、まずいなんて絶対に言えなかった。

僕の身体は飲み込むことすら拒否していたけれど、必死に喉の奥に流し込んだ。

あんな親指くらいの小さな人参が僕の身体に相当なダメージを与えたんだ。

あれからどれだけ肉を食べてもあのぐちゃぐちゃの食感と甘ったるい味が、舌と喉の奥に残ってしばらくの間食事の時間が楽しくなかったのを覚えている。

――クレイ、あれはウサギ族の、しかも赤ちゃん用の食事なの。だから、狼族の口に合わないかもしれないわ。でもね、栄養はたっぷりあるのよ。

母上はそう言っていたけれど、どれだけ栄養があっても僕は多分二度と人参は食べないと思う。

あの時、思ったんだ。

王子にあの人参を食べさせたら、流石に王子でもきっとまずそうな顔をするに決まってる。

僕以上にいつも美味しいご飯ばかり食べている王子のことだ。
僕のように喉の奥に流し込むなんてこともできずに、アズールの目の前で吐き出してしまうかもしれない。
いくらアズールでも、自分の好物を吐き出されたら王子をちょっと嫌いになるかもしれない。

――おにーちゃまぁーーっ、るー、おいちくないおいしくないって。ふぇぇーーん。

ああ、アズール。よしよし、かわいそうに。
僕はおいしかったけれど、王子の口には合わなかったのかな。


すかさず僕はそういって、アズールが王子のそんな姿を見て悲しげな表情をしたところを、慰めてやるんだ!!

アズールと王子が料理をとったところを見計らって、適当に料理をとり急いでアズールたちの席に向かった。

そして、一緒に食事がしたいと声をかけると、王子は嫌そうな顔を全く見せずにすぐに僕の分のテーブルと椅子を用意させた。

アズールはあの時のように王子に抱きかかえられたまま、一番最初にあの人参を食べたいと言い出した。

小さな口をもぐもぐとさせて食べている姿に癒される。
けれど、食べているのがあの人参でなければもっと癒されるのに……と思ってしまうほど、僕にとって人参はトラウマになっている。

王子に『義兄上あにうえ』と呼んでもいいという承諾をとり、その義兄上にあのイタズラを仕掛けてみることにした。

アズールが食べている食事を美味しそうだといえば、絶対にアズールのことを否定しない義兄上のことだ。
食べてみたいと言い出すに決まっている。

そこで僕がアズールに食べさせてあげてと言えば、アズールは義兄上に絶対に分けてあげるはずだ。

義兄上はアズールに差し出されたら絶対に拒否はしない。
そして、あまりのまずさに吐き出して、アズールが悲しんだところに僕が慰めてやるんだ!!

完全に完璧なシナリオだった。

それなのに……。

今、目の前で起こっているのは現実?

なんであんなにまずい人参を義兄上は美味しそうに食べているのだろう?
しかも何度も何度も……。

まるでアズールごと食べているような勢いで美味しそうに人参を食べていく義兄上の姿に、僕は信じられない思いで見続けていた。

「ルーディーさま! 周りをよくご覧ください!」

僕が茫然と二人の様子を見ていると、義兄上の世話役だといっていたフィデリオ殿が急いで近づいてきた。

その声にハッと我に返った義兄上は、急いでアズールを腕の中に隠した。

どうやら招待客たちにアズールのかわいらしい姿が見えてしまったのが嫌だったのだろう。
でもそれよりもずっと義兄上がアズールといちゃいちゃしながら食べている姿の方が印象的で、みんなはその姿に驚いていたと思う。

僕は、義兄上があんなにまずいものをあんなにたくさん、しかも極上のもののように食べ続けたことの方が驚きだけど。

そのあとは、ずっと義兄上はアズールも自分の姿も招待客からは見えないように食べ続けていた。
その時もずっとお互いに食べさせあっていて、僕はずっとその二人の姿を見続けるしかなかった。

義兄上にイタズラしてやろうと思っただけだったのに、間近で二人のイチャイチャとした幸せそうな様子を見る羽目になって、なんだかどっと疲れた。

もうイタズラはやめよう。
二人の邪魔は絶対にしちゃいけないんだと心に誓った。


  *   *   *

前話の最後にも付け加えていますが、クレイがルーディーを義兄上と呼んでいますが、男同士の場合は、たとえ弟の伴侶であっても、年齢で兄弟を決めるのがヴンダーシューン王国では主流となっているため、クレイより年上のルーディーは、義兄と表記しています。
しおりを挟む
感想 549

あなたにおすすめの小説

【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。 ⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

処理中です...