38 / 289
第一章
私へのご褒美
しおりを挟む
<sideルーディー>
父上がホフマン侯爵を外に連れ出させると、大広間中が騒ついたのは仕方がないだろう。
なんと言っても前代未聞の事態だ。
どう収拾しようかと考えていると、また
「ふぇぇーーん」
とアズールの声が響いた。
せっかく寝ついたばかりなのに、招待客たちの騒めきに目が覚めてしまったようだ。
こういう時は何か美味しいデザートを食べさせてやるのが一番だ。
「父上、せっかくの祝いにアズールを泣かせてばかりでは可哀想です。一旦挨拶は止めて、食事を始めませんか?」
「そうだな。皆も少し休憩させたほうがいいだろう。ヴォルフ公爵、頼む」
「はっ」
この会の主催者である、ヴォルフ公爵が声をかけ、ようやく祝いの会が始まった。
音楽隊の心地よい演奏を聞きながら皆で用意された食事をとり、美味しそうに食事をしている姿にアズールも興味が出てきたようでモゾモゾとブランケットから耳だけを出し、ピクピクと動かしながら様子を窺っているようだ。
「アズール、もう大丈夫だぞ」
「るー、こわいない?」
「ああ。私がついているから大丈夫だ」
「るー、あじゅーる、おにゃかちゅいちゃの」
「そうか、悪かった。何が食べたい?」
「あじゅーる、にんにん、たべりゅー」
アズールはかなりいろんなものを食べられるようになったが、今でも一番の好物は人参らしい。
特に私が食べさせてあげてから余計に好物になったというのだから、たまらなく嬉しい。
舌足らずでどうしても人参がにんにんになるのだが、これはいつまでもそのままでいて欲しいと思いくらい、可愛い。
「そうか、確か美味しそうなにんじん料理があったはずだぞ。アズールの好きな果物やケーキもあったから、取りに行くか?」
「いくーっ!!」
一気に元気を取り戻したアズールを連れて立ち上がると、すぐに爺が近づいてきた。
「お食事を取りに行かれるのですか?」
「ああ。アズールの欲しいものがあるようだ」
「お供いたします」
「爺、ありがとう。アズール、爺が一緒に取りに行ってくれるぞ」
「じぃー、いっちょ、いく?」
「はい。お好きなものをおっしゃっていただければ、私がお取りいたします」
「ふふっ。じぃー、あいあと」
「いいえ。アズールさまのためなら、爺はなんでもいたしますぞ」
爺は私が幼い頃からずっとそばで世話をしてくれていたが、こんなにも甘く優しい表情を向けられた記憶がないのだが……。
いや、優しかったのだが、表情が違うというか……なんだろう。
なんというか、別人を見ているようだ。
まぁ、それほどまでにアズールが可愛いのだろうな。
我々が食事をとりにいくと、さっと騎士たちが料理から招待客を離してくれた。
これでのんびりと料理が取れるが、招待客たちからは何も不満などは一切聞こえてこない。
それもそのはず。
アズールを近くで見られるだけで、みな一様に嬉しそうにしているのだから。
まぁ、私の姿に怯えている者もいるだろうがな。
アズールは周りの様子など一切気にする様子もなく、視線は料理に釘付けのようだ。
「じぃー、にんにん、たべりゅー」
「はい。お取りしますね」
「るー、こりぇ、なにぃ?」
「これは桃だぞ。甘くて美味しい果物だ。きっとアズールは気にいると思うぞ」
「あじゅーる、ももー、たべりゅー」
「はい。お取りしますね」
アズールの食べたいというものを爺が次々に皿に乗せていくが、たくさんになっても問題ない。
決して残しはしないからな、私が。
「アズール、また後で取りにこよう」
「あーい」
可愛らしい返事を聞きながら、席に戻ると、料理をとってきたクレイが私たちの席の前で待っていた。
「王子さま。僕もアズールと一緒にここで食事をしても構いませんか?」
「ああ。構わない。爺、クレイの分のテーブルと椅子を頼む」
爺はすぐに周りの者に声をかけ、すぐに用意させた。
「じゃあ、食べようか。アズール、人参から食べるか?」
「にんにん、たべりゅー」
当然のように口を開けて待っているアズールが可愛い。
小さな口をもぐもぐさせながら、人参を食べ進める姿は見ているだけで癒される。
「王子さま。今日で王子さまは正式にアズールの婚約者となられたのですよね?」
「ああ、そうだな」
「でしたら、今日から義兄上とお呼びしてもよろしいでしょうか? それともそれは不敬に当たりますか?」
「いや、構わない。我々は義兄弟になるのだからな。クレイの好きなように呼んでくれていいぞ」
「ありがとうございます、義兄上。ところで……義兄上。アズールの食べている食事……すごく美味しそうですよね?」
「そうだな。我々の食事では見ないものばかりだが、アズールが美味しそうに食べているのを見ると思わず食べてみたいと思ってしまうな」
そういうとクレイは嬉しそうに笑って、突然アズールに話しかけた。
「アズール、義兄上がアズールの人参を食べたいと仰っているぞ。食べさせてあげるといい」
「るー、にんにん、どうじょ、あーん」
アズールはクレイの言葉に満面の笑みを浮かべ、食べかけの人参を手で千切り、人参の汁に塗れた手であーんと差し出してきた。
その信じられない光景に驚きながら、あーんと口を開けるとアズールの指が私の口に入ってきた。
それを逃さないように舌で包み込み、人参と一緒にアズールの手もたっぷりと味わった。
ああ、なんと美味しいのだろう。
最高だ!!!
「アズール、とっても美味しいよ。もっと食べさせて欲しいくらいだ」
そういうと、アズールは嬉しかったのか、何度も何度も繰り返した。
その度に私の口内にはアズールの指が何度も入ってくる。
もうこれは何かのご褒美としか考えられない。
せっかくの機会に私がたっぷりとアズールのくれる人参も、そして指も堪能しまくって、あっという間に皿の上の人参料理は全て無くなってしまっていた。
「るー、おいちかっちゃー?」
「ああ、最高に美味しかったよ! アズール、ありがとう!!」
そう言っていると、クレイは愕然とした表情で私をみていた。
* * *
クレイがルーディーを義兄上と呼んでいますが、男同士の場合は、たとえ弟の伴侶であっても、年齢で兄弟を決めるのがヴンダーシューン王国では主流となっているため、クレイより年上のルーディーは、義兄と表記しています。
父上がホフマン侯爵を外に連れ出させると、大広間中が騒ついたのは仕方がないだろう。
なんと言っても前代未聞の事態だ。
どう収拾しようかと考えていると、また
「ふぇぇーーん」
とアズールの声が響いた。
せっかく寝ついたばかりなのに、招待客たちの騒めきに目が覚めてしまったようだ。
こういう時は何か美味しいデザートを食べさせてやるのが一番だ。
「父上、せっかくの祝いにアズールを泣かせてばかりでは可哀想です。一旦挨拶は止めて、食事を始めませんか?」
「そうだな。皆も少し休憩させたほうがいいだろう。ヴォルフ公爵、頼む」
「はっ」
この会の主催者である、ヴォルフ公爵が声をかけ、ようやく祝いの会が始まった。
音楽隊の心地よい演奏を聞きながら皆で用意された食事をとり、美味しそうに食事をしている姿にアズールも興味が出てきたようでモゾモゾとブランケットから耳だけを出し、ピクピクと動かしながら様子を窺っているようだ。
「アズール、もう大丈夫だぞ」
「るー、こわいない?」
「ああ。私がついているから大丈夫だ」
「るー、あじゅーる、おにゃかちゅいちゃの」
「そうか、悪かった。何が食べたい?」
「あじゅーる、にんにん、たべりゅー」
アズールはかなりいろんなものを食べられるようになったが、今でも一番の好物は人参らしい。
特に私が食べさせてあげてから余計に好物になったというのだから、たまらなく嬉しい。
舌足らずでどうしても人参がにんにんになるのだが、これはいつまでもそのままでいて欲しいと思いくらい、可愛い。
「そうか、確か美味しそうなにんじん料理があったはずだぞ。アズールの好きな果物やケーキもあったから、取りに行くか?」
「いくーっ!!」
一気に元気を取り戻したアズールを連れて立ち上がると、すぐに爺が近づいてきた。
「お食事を取りに行かれるのですか?」
「ああ。アズールの欲しいものがあるようだ」
「お供いたします」
「爺、ありがとう。アズール、爺が一緒に取りに行ってくれるぞ」
「じぃー、いっちょ、いく?」
「はい。お好きなものをおっしゃっていただければ、私がお取りいたします」
「ふふっ。じぃー、あいあと」
「いいえ。アズールさまのためなら、爺はなんでもいたしますぞ」
爺は私が幼い頃からずっとそばで世話をしてくれていたが、こんなにも甘く優しい表情を向けられた記憶がないのだが……。
いや、優しかったのだが、表情が違うというか……なんだろう。
なんというか、別人を見ているようだ。
まぁ、それほどまでにアズールが可愛いのだろうな。
我々が食事をとりにいくと、さっと騎士たちが料理から招待客を離してくれた。
これでのんびりと料理が取れるが、招待客たちからは何も不満などは一切聞こえてこない。
それもそのはず。
アズールを近くで見られるだけで、みな一様に嬉しそうにしているのだから。
まぁ、私の姿に怯えている者もいるだろうがな。
アズールは周りの様子など一切気にする様子もなく、視線は料理に釘付けのようだ。
「じぃー、にんにん、たべりゅー」
「はい。お取りしますね」
「るー、こりぇ、なにぃ?」
「これは桃だぞ。甘くて美味しい果物だ。きっとアズールは気にいると思うぞ」
「あじゅーる、ももー、たべりゅー」
「はい。お取りしますね」
アズールの食べたいというものを爺が次々に皿に乗せていくが、たくさんになっても問題ない。
決して残しはしないからな、私が。
「アズール、また後で取りにこよう」
「あーい」
可愛らしい返事を聞きながら、席に戻ると、料理をとってきたクレイが私たちの席の前で待っていた。
「王子さま。僕もアズールと一緒にここで食事をしても構いませんか?」
「ああ。構わない。爺、クレイの分のテーブルと椅子を頼む」
爺はすぐに周りの者に声をかけ、すぐに用意させた。
「じゃあ、食べようか。アズール、人参から食べるか?」
「にんにん、たべりゅー」
当然のように口を開けて待っているアズールが可愛い。
小さな口をもぐもぐさせながら、人参を食べ進める姿は見ているだけで癒される。
「王子さま。今日で王子さまは正式にアズールの婚約者となられたのですよね?」
「ああ、そうだな」
「でしたら、今日から義兄上とお呼びしてもよろしいでしょうか? それともそれは不敬に当たりますか?」
「いや、構わない。我々は義兄弟になるのだからな。クレイの好きなように呼んでくれていいぞ」
「ありがとうございます、義兄上。ところで……義兄上。アズールの食べている食事……すごく美味しそうですよね?」
「そうだな。我々の食事では見ないものばかりだが、アズールが美味しそうに食べているのを見ると思わず食べてみたいと思ってしまうな」
そういうとクレイは嬉しそうに笑って、突然アズールに話しかけた。
「アズール、義兄上がアズールの人参を食べたいと仰っているぞ。食べさせてあげるといい」
「るー、にんにん、どうじょ、あーん」
アズールはクレイの言葉に満面の笑みを浮かべ、食べかけの人参を手で千切り、人参の汁に塗れた手であーんと差し出してきた。
その信じられない光景に驚きながら、あーんと口を開けるとアズールの指が私の口に入ってきた。
それを逃さないように舌で包み込み、人参と一緒にアズールの手もたっぷりと味わった。
ああ、なんと美味しいのだろう。
最高だ!!!
「アズール、とっても美味しいよ。もっと食べさせて欲しいくらいだ」
そういうと、アズールは嬉しかったのか、何度も何度も繰り返した。
その度に私の口内にはアズールの指が何度も入ってくる。
もうこれは何かのご褒美としか考えられない。
せっかくの機会に私がたっぷりとアズールのくれる人参も、そして指も堪能しまくって、あっという間に皿の上の人参料理は全て無くなってしまっていた。
「るー、おいちかっちゃー?」
「ああ、最高に美味しかったよ! アズール、ありがとう!!」
そう言っていると、クレイは愕然とした表情で私をみていた。
* * *
クレイがルーディーを義兄上と呼んでいますが、男同士の場合は、たとえ弟の伴侶であっても、年齢で兄弟を決めるのがヴンダーシューン王国では主流となっているため、クレイより年上のルーディーは、義兄と表記しています。
337
お気に入りに追加
5,355
あなたにおすすめの小説
【完結】僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
⭐︎表紙イラストは針山糸様に描いていただきました

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。


勘弁してください、僕はあなたの婚約者ではありません
りまり
BL
公爵家の5人いる兄弟の末っ子に生まれた私は、優秀で見目麗しい兄弟がいるので自由だった。
自由とは名ばかりの放置子だ。
兄弟たちのように見目が良ければいいがこれまた普通以下で高位貴族とは思えないような容姿だったためさらに放置に繋がったのだが……両親は兎も角兄弟たちは口が悪いだけでなんだかんだとかまってくれる。
色々あったが学園に通うようになるとやった覚えのないことで悪役呼ばわりされ孤立してしまった。
それでも勉強できるからと学園に通っていたが、上級生の卒業パーティーでいきなり断罪され婚約破棄されてしまい挙句に学園を退学させられるが、後から知ったのだけど僕には弟がいたんだってそれも僕そっくりな、その子は両親からも兄弟からもかわいがられ甘やかされて育ったので色々な所でやらかしたので顔がそっくりな僕にすべての罪をきせ追放したって、優しいと思っていた兄たちが笑いながら言っていたっけ、国外追放なので二度と合わない僕に最後の追い打ちをかけて去っていった。
隣国でも噂を聞いたと言っていわれのないことで暴行を受けるが頑張って生き抜く話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる