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第一章
ルーディーの努力
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<sideクローヴィス(ヴンダーシューン王国の国王でルーディーの父)>
――もし、この二人の婚約に異議を唱える者がいるなら、今その場で名乗り出るが良い。
私は挨拶で確かにそう言ったが、あれはいわば定型文のようなもの。
ああ言ったからと言って、国王に対して本当に異議を唱える者などいるはずもない。
そう。
あれはここにいるものたちを証人として認めることを強調するための言葉に過ぎないのだ。
だが、その慣例を破るように私の挨拶の最中に異議を唱えてきたのは、ホフマン侯爵家次男のパウル。
見たところ、まだ10歳にも満たない子どものようだ。
ならば、父親であるホフマン侯爵が近くにいるはずだが、見当たらない。
ああ、今、焦ったようにパウルに駆けつけてきたな。
そして今更ながら怒声を浴びせているが、パウルに怒鳴りつけるよりもまずやらなければいけないことがあるだろうと言いたい。
あの父親の様子を見る限り、パウルがそんなことを言い出したのはあの父親の影響が大きいのではないかと考え、すぐにホフマン侯爵について調べさせた。
その話をすぐにヴォルフ公爵から伝えきいている最中、ホフマン侯爵の怒声にアズールが泣き出してしまった。
きっと大声に驚いたのだろう。
「フィデリオ、アズールが泣き出した。流石にルーディーには無理だろう? 其方、ルーディーに代わってアズールをあやしてくるがよい」
「ご心配には及びませぬ。どうぞご覧ください」
あれほど子どもの世話に長け、泣き止ますのが得意なはずのフィデリオは、なぜか、大声で泣くアズールの元に行こうともせず、笑顔で私にルーディーとアズールの方を見るように言ってきた。
不思議に思いながらも、ルーディーたちの様子を見れば
「――っ、な、んと……っ!」
ルーディーは焦る様子も全く見せず、その場に立ち上がり慣れた様子でアズールをあやし始めた。
先ほどまで大声で泣いていたのが嘘のように、あっという間に泣き止んだアズールはルーディーの腕の中で静かに眠り始めた。
「ルーディーはいつの間にあんなに……」
「ルーディーさまは毎日、毎日アズールさまの元にお通いになって真摯に向き合っておられるのです。最初の頃は赤子のアズールさまがぐずられた時の対処法を私にいつも相談にこられて、お教えした通りに実践なさっているご様子でしたが、赤子の対処法というものは人それぞれに違うものなのです。ルーディーさまはアズールさまとお過ごしになるうちに、それにお気づきになって、アズールさまがどうやったらすぐに落ち着かれるか、アズールさまだけの対処法を編み出されたのですよ。アズールさまもルーディーさまを信頼なさっておいでですから、ああやってすぐに眠りにつかれるのです。本当に素晴らしいとお思いになりませんか?」
「ああ……本当だな。ルーディーがそれほどまでに努力しているとは思わなんだ」
『神の御意志』として生まれ、獣人としての能力は凄まじく、生まれながらに運動も知力も誰よりも遥かに上回っていて、努力などせずとも全てが思い通りに行っていたと言っても過言ではなかったろう。
それが……アズールに対してはあれほどまでに努力をしていたのだな。
あの慣れたあやし方は一朝一夕でできるものではないのは誰の目に見ても明らかだからな。
そこには運命の番という立場に胡座をかいたような姿はどこにもなかった。
招待客たちもルーディーとアズールの様子に釘付けだ。
と言ってもアズールの姿はフィデリオの渡したブランケットに包まれて見えないのだが。
きっとそれは独占欲の強いルーディーの計算なのだろう。
だが、二人の仲睦まじい様子を見せられたことは良い機会だった。
ルーディーとアズールがただ獣人とウサギ族だったから婚約したのではない。
本当に好き合っている者同士なのだということを見せられたのだからな。
「ホフマン侯爵、並びに子息のパウル。このルーディーとアズールの姿を見ても、この二人が婚約することに異議を唱えると申すのか?」
そう尋ねると、ホフマン侯爵は顔を真っ青にしてそんなつもりはないと言ったが、ルーディーとアズールの婚約に対して何か不満があるようだと尋ねれば、答えに詰まった。
ヴォルフ公爵が言うには、現在隣国に留学中のパウルの兄のいる学校にクレイを行かせようと思い、その話が聞きたくてホフマン侯爵を屋敷に招待したことがあるようだ。
その際に夫人が第二子を身籠もっていることを知って、ホフマン侯爵が、ぜひ生まれたその子をパウルの許嫁にして欲しいと頼んできたそうだ。
だが、王家に『神の御意志』であるルーディーが生まれている以上、この第二子がウサギ族である可能性も否めないため、許嫁を決めるのは生まれてからにしたいと返答したが、パウルに公爵家との縁談話があると言って喜ばせたいのだと何度も何度もお願いされ、口約束でよければと言うことで了承したのだという。
正式に婚約、許嫁として認めたわけでもなく、書面に残したわけでもなく法的効力もない。
本当にただの口約束だ。
しかも、生まれた子はウサギ族で、こちらは生まれながらに許嫁が決まっている。
これは数千年の歴史をもつ由緒正しきヴンダーシューン王国の絶対に遵守しなければならない決まりだ。
あの口約束とは訳がちがう。
ヴォルフ公爵はアズールが生まれた時点であんな口約束のことなどすっかり忘れていたようだが、ホフマン侯爵としては諦められないことだったのだろう。
それでもそれば表沙汰になり私が追及した時に、ホフマン侯爵がせめて自分の責任だと言って、誠心誠意謝罪の意を見せてくれたなら、せっかくのアズールとルーディーの祝いの席だ。
不問にしてやろうと思ったが、あろうことかホフマン侯爵は全ての罪を成人にもなっていない子どもに負わせ、しかも子どもだから許せと言い出した。
最後の機会をみすみす失ったホフマン侯爵にはもう手を差し伸べる必要はない。
パウルの兄であるフランクを留学先から帰国させ、侯爵としての地位を譲らせる。
そして、ホフマン元侯爵には田舎で隠居生活を送らせるとしよう。
フランクにも、そしてパウルにも父親は邪魔でしかないだろうからな。
そして、パウルには国王である私に異議を唱えたとして罰は受けてもらわねばならない。
城でフィデリオについて数年勉強させるとしよう。
うまくいけば、フィデリオの良い後継者となれるかもしれない。
まぁ、ルーディーがパウルを信用できるようになるまではアズールには一切会わせてもらえないだろうがな。
――もし、この二人の婚約に異議を唱える者がいるなら、今その場で名乗り出るが良い。
私は挨拶で確かにそう言ったが、あれはいわば定型文のようなもの。
ああ言ったからと言って、国王に対して本当に異議を唱える者などいるはずもない。
そう。
あれはここにいるものたちを証人として認めることを強調するための言葉に過ぎないのだ。
だが、その慣例を破るように私の挨拶の最中に異議を唱えてきたのは、ホフマン侯爵家次男のパウル。
見たところ、まだ10歳にも満たない子どものようだ。
ならば、父親であるホフマン侯爵が近くにいるはずだが、見当たらない。
ああ、今、焦ったようにパウルに駆けつけてきたな。
そして今更ながら怒声を浴びせているが、パウルに怒鳴りつけるよりもまずやらなければいけないことがあるだろうと言いたい。
あの父親の様子を見る限り、パウルがそんなことを言い出したのはあの父親の影響が大きいのではないかと考え、すぐにホフマン侯爵について調べさせた。
その話をすぐにヴォルフ公爵から伝えきいている最中、ホフマン侯爵の怒声にアズールが泣き出してしまった。
きっと大声に驚いたのだろう。
「フィデリオ、アズールが泣き出した。流石にルーディーには無理だろう? 其方、ルーディーに代わってアズールをあやしてくるがよい」
「ご心配には及びませぬ。どうぞご覧ください」
あれほど子どもの世話に長け、泣き止ますのが得意なはずのフィデリオは、なぜか、大声で泣くアズールの元に行こうともせず、笑顔で私にルーディーとアズールの方を見るように言ってきた。
不思議に思いながらも、ルーディーたちの様子を見れば
「――っ、な、んと……っ!」
ルーディーは焦る様子も全く見せず、その場に立ち上がり慣れた様子でアズールをあやし始めた。
先ほどまで大声で泣いていたのが嘘のように、あっという間に泣き止んだアズールはルーディーの腕の中で静かに眠り始めた。
「ルーディーはいつの間にあんなに……」
「ルーディーさまは毎日、毎日アズールさまの元にお通いになって真摯に向き合っておられるのです。最初の頃は赤子のアズールさまがぐずられた時の対処法を私にいつも相談にこられて、お教えした通りに実践なさっているご様子でしたが、赤子の対処法というものは人それぞれに違うものなのです。ルーディーさまはアズールさまとお過ごしになるうちに、それにお気づきになって、アズールさまがどうやったらすぐに落ち着かれるか、アズールさまだけの対処法を編み出されたのですよ。アズールさまもルーディーさまを信頼なさっておいでですから、ああやってすぐに眠りにつかれるのです。本当に素晴らしいとお思いになりませんか?」
「ああ……本当だな。ルーディーがそれほどまでに努力しているとは思わなんだ」
『神の御意志』として生まれ、獣人としての能力は凄まじく、生まれながらに運動も知力も誰よりも遥かに上回っていて、努力などせずとも全てが思い通りに行っていたと言っても過言ではなかったろう。
それが……アズールに対してはあれほどまでに努力をしていたのだな。
あの慣れたあやし方は一朝一夕でできるものではないのは誰の目に見ても明らかだからな。
そこには運命の番という立場に胡座をかいたような姿はどこにもなかった。
招待客たちもルーディーとアズールの様子に釘付けだ。
と言ってもアズールの姿はフィデリオの渡したブランケットに包まれて見えないのだが。
きっとそれは独占欲の強いルーディーの計算なのだろう。
だが、二人の仲睦まじい様子を見せられたことは良い機会だった。
ルーディーとアズールがただ獣人とウサギ族だったから婚約したのではない。
本当に好き合っている者同士なのだということを見せられたのだからな。
「ホフマン侯爵、並びに子息のパウル。このルーディーとアズールの姿を見ても、この二人が婚約することに異議を唱えると申すのか?」
そう尋ねると、ホフマン侯爵は顔を真っ青にしてそんなつもりはないと言ったが、ルーディーとアズールの婚約に対して何か不満があるようだと尋ねれば、答えに詰まった。
ヴォルフ公爵が言うには、現在隣国に留学中のパウルの兄のいる学校にクレイを行かせようと思い、その話が聞きたくてホフマン侯爵を屋敷に招待したことがあるようだ。
その際に夫人が第二子を身籠もっていることを知って、ホフマン侯爵が、ぜひ生まれたその子をパウルの許嫁にして欲しいと頼んできたそうだ。
だが、王家に『神の御意志』であるルーディーが生まれている以上、この第二子がウサギ族である可能性も否めないため、許嫁を決めるのは生まれてからにしたいと返答したが、パウルに公爵家との縁談話があると言って喜ばせたいのだと何度も何度もお願いされ、口約束でよければと言うことで了承したのだという。
正式に婚約、許嫁として認めたわけでもなく、書面に残したわけでもなく法的効力もない。
本当にただの口約束だ。
しかも、生まれた子はウサギ族で、こちらは生まれながらに許嫁が決まっている。
これは数千年の歴史をもつ由緒正しきヴンダーシューン王国の絶対に遵守しなければならない決まりだ。
あの口約束とは訳がちがう。
ヴォルフ公爵はアズールが生まれた時点であんな口約束のことなどすっかり忘れていたようだが、ホフマン侯爵としては諦められないことだったのだろう。
それでもそれば表沙汰になり私が追及した時に、ホフマン侯爵がせめて自分の責任だと言って、誠心誠意謝罪の意を見せてくれたなら、せっかくのアズールとルーディーの祝いの席だ。
不問にしてやろうと思ったが、あろうことかホフマン侯爵は全ての罪を成人にもなっていない子どもに負わせ、しかも子どもだから許せと言い出した。
最後の機会をみすみす失ったホフマン侯爵にはもう手を差し伸べる必要はない。
パウルの兄であるフランクを留学先から帰国させ、侯爵としての地位を譲らせる。
そして、ホフマン元侯爵には田舎で隠居生活を送らせるとしよう。
フランクにも、そしてパウルにも父親は邪魔でしかないだろうからな。
そして、パウルには国王である私に異議を唱えたとして罰は受けてもらわねばならない。
城でフィデリオについて数年勉強させるとしよう。
うまくいけば、フィデリオの良い後継者となれるかもしれない。
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