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第一章

王子への忠告

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<sideヴィルヘルム(ヴォルフ公爵)>

ダイニングルームにやってきたアズールはいつもの様子だったが、王子からは何やら重苦しい空気が漂っていた。
ベンに少し緊張感が現れているのはそのせいか。

ここ数ヶ月はかなり感情を抑えられていた王子だったが、やはりアズールの誕生日ともなると、少し緊張もあるのかもしれない。

「ルーディー王子。今朝は早くからお越しいただきありがとうございます。アズールへの挨拶はもうお済みになりましたか?」

「ああ。もちろん、アズールに会ってすぐに挨拶した。なぁ、アズール」

王子がアズールを宝物のように後ろから抱きかかえて、腰を下ろしながら尋ねると、アズールは嬉しそうに飛び跳ねていた。
1歳になり飛び跳ねる力も強くなったが、それを10歳の王子が物ともせず軽々と抱きしめているのだから、さすが獣人の能力と言わざるを得ない。

「それはよろしゅうございました。アズール、私からも誕生祝いの言葉を言わせてくれ。誕生日おめでとう。無事に1歳の誕生日を迎えられて何よりだ」

「おとーちゃま……あいあとありがと

「アズール、お誕生日おめでとう。こんなにも元気にスクスクと大きくなってくれてお母さまは嬉しいわ」

「おかーちゃま……あじゅーる、うれちぃ」

「アズールっ!! お誕生日おめでとうっ! 僕からの誕生日プレゼントだよ!!」

そう言ってクレイは背中に何やら隠しながらアズールの元に駆けていく。

そして、アズールの前に小さくて綺麗な花束を差し出した。

「わぁーっ!!」

アズールは初めて見る可愛らしい花束に大きな目をさらにキラキラと輝かせながら、嬉しそうにそれを受け取った。

きりぇいきれい! おにーちゃま、あいあとありがと

「アズールから、ほっぺにキスが欲しいな」

クレイがそう強請ると、一瞬ピシッとその場が凍りついた。
我々でも怯んでしまいそうになるその威圧に、ベンや他の使用人たちが耐えられるはずもなく、皆その場にへたり込んでしまっていた。

いくら子どもでも、この威圧にクレイも気付いたようだったが、

「るー、おにーちゃま、ちゅー、いい?」

と、アズール自ら、ルーディー王子を見上げて頼むと、

「くっ――! も、もちろんだ。家族だからな」

と笑顔を見せる。
と同時にあれだけ放っていた威圧が和らいでいくのがわかる。

「わぁーっ、るー、だいちゅきっ!!」

「アズールっ! 私もアズールが大好きだっ!!」

久しぶりに大きな尻尾をゆさゆさと激しく振りながら、アズールを抱きしめる。
そして、その状態のまま

「ほら、アズール。クレイにお礼のキスをするのだろう?」

と王子自ら、クレイにアズールを近づけた。
そして、可愛いアズールの唇がクレイの頬についたかどうかくらいで、さっとアズールをクレイから引き離したのを私は見逃さなかった。

「おにーちゃま。きりぇい、おはな、あいあと」

「あ、ああ。喜んでもらえて嬉しいよ」

クレイはアズールとのキスに少し不服なようだったが、満面の笑みでアズールからお礼を言われて機嫌が戻ったようだ。

「さぁ、今日はたくさんの招待客も来るから、たっぷり食べて栄養をつけておかなければな。アズールもしっかり食べておくのだぞ」

「あーいっ!」

元気のいいアズールの声に、ようやくダイニングルームに穏やかな時間が流れた。


食事を終え、アリーシャが着替えのためにアズールと部屋に戻って行った。
ルーディー王子も一緒について行きたそうだったが、支度が終わるまでは見てはならないという決まりがあるのだから仕方がない。

「アズールは今日の衣装を喜んでおりましたか?」

「ああ、それはもう! マティアスと議論を重ねた甲斐があったというものだ」

「それは楽しみでございますね。それはそうと、ルーディー王子……今日はあまり感情をお出しにならないようにお気をつけください。特に、威圧感たっぷりの威嚇はお控えくださいますように。同じ狼族ならまだしも、他の種族に王子の威圧はかなり恐怖となります。現に我が家の使用人たちが怯え切っておりますぞ」

「それは……申し訳ない。ここ数ヶ月、かなり制御できるようになったのだが、今日は待ち望んでいたアズールのお披露目ということもあって、自分でも抑えられないのだ」

「お気持ちはわかりますが、今日は他の貴族たちもたくさんアズールの祝いに来てくれるのです。さらに今日は誕生日祝いだけでなく、可愛らしいアズールが正式にルーディー王子の許嫁となったことを発表する場でもあるのです。いいですか? アズールは誰が見ても可愛らしいのです。その可愛らしい子が、ルーディ王子が数ヶ月にも渡りアズールに似合うように仕立てられた服を着て、初めて人前に出るのですから、それはもう皆が釘付けになってしまうのは無理のないことなのです。その度に威圧を放たれると、皆震え上がってお祝いになりませぬ。どこの誰も、アズールを嫁にするどころか触れることも叶わないのですから、可愛いと思うことはお許しください」

「確かにそうだな。クレイのくれた花を綺麗と思うように、アズールを見て可愛いと思うのは仕方のないことだな。それをいちいち威圧するのはおかしいな」

「おわかりいただけたようで何よりでございます。ですが、もしアズールに不躾に近づいてきたり、勝手に触れたり、それ以上のことをしようと企んだ輩がいた場合には、ルーディー王子の一存でどうしてくださっても構いません。私たちの大切なアズールをお守りいただいただけですから、陛下も何も仰らないはずです」

「それは任せておいてくれ! そういうことには公爵たちより鼻が利く・・・・のでな」

ニヤリと笑うルーディー王子にゾクリと背筋に冷たいものが走った。
ああ、やはり王子は敵よりも味方でいると心強い。
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