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第一章
可愛いアズール
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<sideヴィルヘルム(ヴォルフ公爵)>
「どうぞ」
そろそろ休憩にして、アズールの顔でも見に行こうと思っていた矢先、執務室の扉が叩かれた。
誰だろうと思いつつ、声をかけると入ってきたのはルーディー王子だった。
「王子、わざわざこちらにお立ち寄りになるとはどうなさったのですか?」
「そろそろ休憩時間だというから話をしにきたのだ」
「お話、ですか? 何かございましたか?」
「アズールの1歳のお披露目会のことについてなのだが……」
「――っ!!」
もしや、あのことに気づかれたか?
極秘で進めようと思っていたのだがな……。
「何やら心当たりがある様子だな」
「あ、いえ……その……」
「わかっている。おおかた、父上に私に内緒にするようにと言われたのだろう?」
ああ、そこまで気づかれているのならもう隠しては置けない。
「申し訳ありません。陛下が王子の御衣装とアズールの衣装を私どもと一緒にお決めになるというお話でございましたので、そのつもりで進めておりました」
「やはりな。爺の言った通りだ。悪いがその話を知った以上は、私にもその話し合いに参加させてもらうぞ。なんと言っても私とアズールは許嫁なのだからな。それも、ただの許嫁ではないのだぞ、運命の番だぞ。私が用意せずどうするのだ?」
王子の言いたいことはよくわかる。
私も王子の立場なら自分の愛しい伴侶の大事な節目の衣装を作るのに、自分の意見が反映されないなど許せることではない。
だが、親としては少々複雑なものがある。
王子まで話し合いに参加するということは、おそらく私たちに意見が反映されることはなくなるだろう。
可愛い息子の1歳の祝いの衣装に何も関与できないとはな……。
寂しいが、これも生まれながらに許嫁のいる息子を持つ親の宿命なのだろう。
王子もまだまだ小さい許嫁のために我慢もしているのだ。
私も少しは我慢も必要なのかもしれないな。
「アズールも……王子がお決めになった方が喜ぶのでしょうね」
なんといっても運命の番。
誰が決めるより、王子が決める衣装の方が喜ぶのは最初からわかっていたのだ。
それを受け入れられなかっただけだ。
これからは父として、そして、王子の義父として、二人の喜ぶ方を最優先するとしようか。
王子の世話役であるフィデリオ殿は、私にそれを気づかせようとしてくれたのかもしれないな。
「ありがとう。父上には私から話しておく。ああ、衣装以外のことについては、公爵の方で考えてもらって構わない」
「はい。アリーシャとしっかりと話をして、進めておきます故、どうぞご心配なく」
「これで心置きなくアズールに会いに行ける。ならば、その方向で頼むぞ」
そう言って王子は執務室を出て行った。
今からアズールとの時間を楽しむのだろう。
私も顔を見に行こうと思っていたが、今は邪魔するのをやめておこうか。
アズールもきっと王子が来るのを心待ちにしているはずだからな。
<sideクレイ>
「あれ? 王子さまは?」
「まだいらっしゃらないわよ」
「えっ、だって……そんなはずは……」
確かにさっき来ていたのに……。
王子が来て嬉しそうに笑うアズールを見るのがいやで僕は部屋に逃げたんだ。
でも、本当はアズールの幸せそうな笑顔を見るのが好きなのに…‥。
王子さまが来るとなんだかモヤモヤして複雑な気持ちになってしまう。
「クレイ……こっちにいらっしゃい」
お母さまに優しい声をかけられて、僕はゆっくりとそばに寄った。
僕に向かって手を伸ばしてくれるお母さまの中にすっぽりと入ると、ギュッと抱きしめながら僕を膝に乗せてくれた。
アズールはそんな僕とお母さまの様子をキョトンとした顔で見つめている。
「お母さま、僕……アズールのお兄ちゃんなのに、赤ちゃんみたいで恥ずかしいよ」
「ふふっ。確かにクレイはアズールのお兄ちゃんね。頼り甲斐もあるし、とてもかっこいいわ。でもね、クレイはお兄ちゃんである前に、お母さまの大事な息子よ。息子だからいつだって、お母さまのお膝に来ていいの。このお膝はアズールだけのものじゃないわ」
「お母さま……」
「クレイは、アズールがお母さまのお腹にいる時からずっと生まれてくるのを楽しみにしていたでしょう?」
そう、僕はずっと自分に弟か妹が生まれるのを楽しみにしていた。
「自分は公爵家の跡継ぎだから、弟か妹はこの家を出ないといけない。だからこそ大切にしてあげるんだって……クレイがそう言ってくれた時、お母さまは嬉しかったわ。クレイなら可愛がってくれるって安心したもの。でも、アズールは生まれた時から王子の許嫁となる運命になっていたのよね。クレイがアズールを可愛がろうと思っていた時間のほとんどを王子に譲らないといけなくなって寂しかったのでしょう?」
「……うっ……ぐすっ…っ」
お母さまに自分の気持ちを当てられて、急にアズールへの思いが込み上げてきてしまった。
アズールの前で泣くなんて……恥ずかしい。
「でもね、寂しくなることなんてないわ。だって、アズールはクレイが大好きだもの」
「えっ、ほんと?」
「ええ。アズールと王子は運命の番だからもちろん大好き同士だけれど、だからと言ってクレイに対する愛情がなくなるわけじゃないの。アズールはいつでもクレイと遊びたがってるわよ。ねぇ、そうよね? アズール」
「にぃに」
キラキラと輝く目で言ってくれたのは、もしかして僕のこと?
「い、今の……」
「ふふっ。クレイのことよ。お兄さまが難しいから……でも、ずっと呼びたかったんじゃないかしら? ほら、アズールのところに行ってあげて」
アズールが僕を呼んでくれた。
ああ、何て可愛いんだろう
僕が近くに行くと、アズールの手が僕の耳に伸びてくる。
生まれてすぐもこうやって僕の耳を触ってくれたんだった。
アズールはあの時から何も変わっていない。
ずっと僕を好きでいてくれたんだ……。
もう、王子に張り合うのはやめよう。
たとえアズールの一番になれなくても、僕はアズールのたった一人の兄であることは変わらないんだ。
王子にだってなれない僕だけの場所。
アズール。
僕は一生『にぃに』として、アズールを守るよ。
「どうぞ」
そろそろ休憩にして、アズールの顔でも見に行こうと思っていた矢先、執務室の扉が叩かれた。
誰だろうと思いつつ、声をかけると入ってきたのはルーディー王子だった。
「王子、わざわざこちらにお立ち寄りになるとはどうなさったのですか?」
「そろそろ休憩時間だというから話をしにきたのだ」
「お話、ですか? 何かございましたか?」
「アズールの1歳のお披露目会のことについてなのだが……」
「――っ!!」
もしや、あのことに気づかれたか?
極秘で進めようと思っていたのだがな……。
「何やら心当たりがある様子だな」
「あ、いえ……その……」
「わかっている。おおかた、父上に私に内緒にするようにと言われたのだろう?」
ああ、そこまで気づかれているのならもう隠しては置けない。
「申し訳ありません。陛下が王子の御衣装とアズールの衣装を私どもと一緒にお決めになるというお話でございましたので、そのつもりで進めておりました」
「やはりな。爺の言った通りだ。悪いがその話を知った以上は、私にもその話し合いに参加させてもらうぞ。なんと言っても私とアズールは許嫁なのだからな。それも、ただの許嫁ではないのだぞ、運命の番だぞ。私が用意せずどうするのだ?」
王子の言いたいことはよくわかる。
私も王子の立場なら自分の愛しい伴侶の大事な節目の衣装を作るのに、自分の意見が反映されないなど許せることではない。
だが、親としては少々複雑なものがある。
王子まで話し合いに参加するということは、おそらく私たちに意見が反映されることはなくなるだろう。
可愛い息子の1歳の祝いの衣装に何も関与できないとはな……。
寂しいが、これも生まれながらに許嫁のいる息子を持つ親の宿命なのだろう。
王子もまだまだ小さい許嫁のために我慢もしているのだ。
私も少しは我慢も必要なのかもしれないな。
「アズールも……王子がお決めになった方が喜ぶのでしょうね」
なんといっても運命の番。
誰が決めるより、王子が決める衣装の方が喜ぶのは最初からわかっていたのだ。
それを受け入れられなかっただけだ。
これからは父として、そして、王子の義父として、二人の喜ぶ方を最優先するとしようか。
王子の世話役であるフィデリオ殿は、私にそれを気づかせようとしてくれたのかもしれないな。
「ありがとう。父上には私から話しておく。ああ、衣装以外のことについては、公爵の方で考えてもらって構わない」
「はい。アリーシャとしっかりと話をして、進めておきます故、どうぞご心配なく」
「これで心置きなくアズールに会いに行ける。ならば、その方向で頼むぞ」
そう言って王子は執務室を出て行った。
今からアズールとの時間を楽しむのだろう。
私も顔を見に行こうと思っていたが、今は邪魔するのをやめておこうか。
アズールもきっと王子が来るのを心待ちにしているはずだからな。
<sideクレイ>
「あれ? 王子さまは?」
「まだいらっしゃらないわよ」
「えっ、だって……そんなはずは……」
確かにさっき来ていたのに……。
王子が来て嬉しそうに笑うアズールを見るのがいやで僕は部屋に逃げたんだ。
でも、本当はアズールの幸せそうな笑顔を見るのが好きなのに…‥。
王子さまが来るとなんだかモヤモヤして複雑な気持ちになってしまう。
「クレイ……こっちにいらっしゃい」
お母さまに優しい声をかけられて、僕はゆっくりとそばに寄った。
僕に向かって手を伸ばしてくれるお母さまの中にすっぽりと入ると、ギュッと抱きしめながら僕を膝に乗せてくれた。
アズールはそんな僕とお母さまの様子をキョトンとした顔で見つめている。
「お母さま、僕……アズールのお兄ちゃんなのに、赤ちゃんみたいで恥ずかしいよ」
「ふふっ。確かにクレイはアズールのお兄ちゃんね。頼り甲斐もあるし、とてもかっこいいわ。でもね、クレイはお兄ちゃんである前に、お母さまの大事な息子よ。息子だからいつだって、お母さまのお膝に来ていいの。このお膝はアズールだけのものじゃないわ」
「お母さま……」
「クレイは、アズールがお母さまのお腹にいる時からずっと生まれてくるのを楽しみにしていたでしょう?」
そう、僕はずっと自分に弟か妹が生まれるのを楽しみにしていた。
「自分は公爵家の跡継ぎだから、弟か妹はこの家を出ないといけない。だからこそ大切にしてあげるんだって……クレイがそう言ってくれた時、お母さまは嬉しかったわ。クレイなら可愛がってくれるって安心したもの。でも、アズールは生まれた時から王子の許嫁となる運命になっていたのよね。クレイがアズールを可愛がろうと思っていた時間のほとんどを王子に譲らないといけなくなって寂しかったのでしょう?」
「……うっ……ぐすっ…っ」
お母さまに自分の気持ちを当てられて、急にアズールへの思いが込み上げてきてしまった。
アズールの前で泣くなんて……恥ずかしい。
「でもね、寂しくなることなんてないわ。だって、アズールはクレイが大好きだもの」
「えっ、ほんと?」
「ええ。アズールと王子は運命の番だからもちろん大好き同士だけれど、だからと言ってクレイに対する愛情がなくなるわけじゃないの。アズールはいつでもクレイと遊びたがってるわよ。ねぇ、そうよね? アズール」
「にぃに」
キラキラと輝く目で言ってくれたのは、もしかして僕のこと?
「い、今の……」
「ふふっ。クレイのことよ。お兄さまが難しいから……でも、ずっと呼びたかったんじゃないかしら? ほら、アズールのところに行ってあげて」
アズールが僕を呼んでくれた。
ああ、何て可愛いんだろう
僕が近くに行くと、アズールの手が僕の耳に伸びてくる。
生まれてすぐもこうやって僕の耳を触ってくれたんだった。
アズールはあの時から何も変わっていない。
ずっと僕を好きでいてくれたんだ……。
もう、王子に張り合うのはやめよう。
たとえアズールの一番になれなくても、僕はアズールのたった一人の兄であることは変わらないんだ。
王子にだってなれない僕だけの場所。
アズール。
僕は一生『にぃに』として、アズールを守るよ。
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