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第一章

ヴォルフ公爵の優しさ

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<sideアズール>

こんなにペシペシ当たってるけど、本当に大丈夫なのかな?
ふさふさだけど、流石にこんなに強く当たると痛いよね?

止めてあげたいけど、あんまりにも勢いがすごいから僕が手を出しても止められなさそう。

どうやったら止まるかな?

「うーっ、うーっ」

大丈夫?
そう尋ねるように顔を覗き込んでみると、

「アズールっ!! ああ、何でこんなに可愛いんだ!」

と言いながら頭を優しく撫でてくれる。
その時、垂れ下がった僕の耳に王子さま……ルーの手がちょこっと触れた。

「きゅうっ……」

その瞬間、身体にピクッと変な感覚が走ってなんか変な声が出ちゃった。

「――っ、今の声……っ、くぅ――っ!!」

ルーが突然、苦しそうな声をあげて僕を抱っこしたまま立ちあがろうとして、よろよろとに木に寄りかかったまま動けなくなってしまった。

もしかして、何かの病気?

そういえば、僕も調子がいいなと思ったら、突然ベッドから起き上がれなくなる時があった。
見た目にすっごく元気そうだと思ったけど、ルーはもしかしたら無理して僕のところに来てくれてたんじゃないのかな?

そんな……っ。
僕のせいで、ルーに無理させちゃってた?

僕ったら何で気づかなかったんだろう!!

「ふぇぇーーんっ、ふえーーんっ」

「あ、アズールっ!! 大丈夫だ。何も怖くないっ。だから泣かないでくれっ!! アズールっ!!」

ルーが僕をみながら声をかけてくれたけれど、一度流れ出した涙を止めることができなかった。


<sideルーディー>

嬉しすぎる興奮に必死に遠吠えを我慢しようとしたけれど、尻尾がいうことを聞いてくれない。
ただひたすら腕の中のアズールを抱きしめながら、喜びに浸っていると、突然アズールが私の顔を覗き込んできた。

可愛らしく

「うーっ、うーっ」

と私の名を呼びながら、心配そうに見上げてくる姿に思わず心の声が漏れ出てしまった。

可愛いっ、可愛いっ、可愛いすぎるっ!!

頭だけ、頭だけ撫でて落ち着こう!

そう思ったのに、撫でている最中にアズールの耳が垂れてきて、私の手に触れてしまった。

あっ!
まずいっ!

そう思ったと同時にアズールの口から、

「きゅうっ……」

と甘やかな声が漏れた。

その声を聞いた瞬間、必死に我慢していた下半身に一気に熱が集まり、とんでもない状態になってしまった。

アズールを誰かに預けて、とりあえずトイレに駆け込めばまだなんとかなるかもしれないと思ったが、あまりの威力に力が出なくなってしまった。

足元が覚束なくなり、フラフラと木に寄りかかるが絶対にアズールは落としたりしない。
ギュッと抱きしめながらもなんとか歩けるようになるまで回復を待っていると、突然アズールが大声で泣き始めた。

きっと見たことのない私の様子に今までに感じたことのない不安が込み上げてきたのだろう。

私がアズールを不安にさせてしまったんだ……。

必死に宥めようと声を掛けるが、不安になってしまったアズールに私の声は届いていないようだ。

ああ、もうどうしたらいいんだろう……。
さっきまではアズールに名前を呼ばれて嬉しかったのに。

私も泣きたくなってきた……。


その時、

「王子っ! アズールっ!」

屋敷からヴォルフ公爵がものすごい勢いで駆け寄ってきた。

「何があったのです?」

「説明するから、まずはアズールを……」

「やっ、うーっ!」

心配そうな表情をしている公爵に腕の中でまだ泣き続けているアズールを手渡そうとするが、アズールは嫌がって私から離れようとしない。

泣くほど不安にさせてしまったのに、私のそばから離れないなんて……。

「ふぇっ……うーっ、うーっ」

小さな手で私の服を掴んで話そうとしない姿に、

「王子、アズールは離れたくないようです。とりあえず、座って寝かしつけてみましょう」

と公爵が助言してくれた。

さっきまで限界を迎えていた下半身の熱も、私の気づかない間に落ち着きを取り戻していた。
どうやら、アズールの涙で熱が冷えてしまったようだ。

アズールを怖がらせてしまったな。

その場に座り、アズールを腕に閉じ込めて背中を摩ると泣き疲れたこともあってすぐにアズールの目が閉じ始めた。
しばらく経つと、涙でいつもよりもずっと赤く見える瞳が瞼にしっかりと覆われ、スゥスゥと安定した寝息を立て始めた。

「どうやら眠ったようですね」

「公爵、申し訳ない……。アズールを不安にさせてしまったようだ」

「何があったのか、お尋ねしてもよろしいですか?」

「ああ。実は、アズールが私の名を呼んでくれたのだ」

「えっ? アズールが? まだお父さまとさえ言えないのですよ?」

「ああ。私もずっとルーディーと呼んでくれるように声をかけていたのだが、爺にそれがアズールには難しいのではないかと言われて、『ルー』と呼ぶように声をかけたらすぐに呼んでくれたんだ。ほら、さっきアズールが『うー』と言ってくれたろう? あれが私の名だ」

「なんと……っ、そのような方法が……」

がっかりしている公爵の姿に、きっと一番に名を呼んでもらおうとしていたのだということがありありとわかった。
公爵には悪いが、アズールが私の名を一番に呼んでくれたことはもう一生変わらない事実だ。

「アズールが名を呼んでくれたことが嬉しくて、思わず遠吠えしそうになったのを必死に堪えていたら、アズールが心配して顔を覗き込んでくれたのだ。嬉しくて頭を撫でたら、垂れてきた耳に私の手が触れてしまって……その、アズールの……甘やかな声が漏れ出てしまって、それで……アズールにあの時のような失態を見せないように必死に堪えたのだが、それがアズールの不安を煽ってしまったようだ。泣かせてしまって、申し訳ない……」

「なるほど、そういうことでございますか……」

「耳には触れないように気をつけていたのだが……悪い」

「いえ、それは仕方のないことでございます故、お気になさらず。それにさっきのアズールの様子を見ていると、王子に怯えた様子はございませんでしたので、ただ単純に驚いただけかと存じます」

「そうか……なら、よかった」

公爵に咎められると思っていただけにそう言ってもらえてホッとした。

「アズールがこんなにも安心して眠っているのですから、目が覚めればいつもと変わらないと思いますよ。ですから、王子も今まで通りに接してあげてください」

「ああ、わかった。ありがとう」

可愛い我が子の泣き声にすぐ飛んできた公爵。
それほどまでに可愛いアズールを泣かせてしまったというのに私の話をしっかりと聞いてくれて嬉しかった。

爺に次いでまた一人、相談できる大人ができて私は幸せだな。
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