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第一章

アズールの悪戯と王子の初体験

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<sideヴィルヘルム(ヴォルフ公爵)>

アズールに会うために我が家にやってきたルーディー王子が、アズールたちがいる部屋の前で、自分の顔にさっとショールを巻いたのを見て心が痛んだ。

王子なりにアズールに怖がられたくない一心なのだろう。

同じ狼として唯一の相手に嫌われたくない気持ちは痛いほどわかる。
狼の習性がより強い王子ならなおのこと、運命のつがいに対する思いは相当なものだろう。

生まれてすぐの我が子に許嫁などとんでもない!
そう思っていたが、こんなにもアズールのために一生懸命に考えてくれるのを見ると、同じ立場の男として応援したくなる。

とは言いつつ、アズールを腕に抱くともうよその男に差し出さないといけないのかと寂しさが募る。
全く男親の心情とは厄介なものだ。

とりあえず、アズールを一番愛しているのは父の私だと半ば洗脳のように言い聞かせてから、王子の元に連れていくと王子の待っている部屋に入った途端、アズールの鼻がヒクヒクと動いた。

我々狼同様、ウサギも嗅覚に優れていると聞いているが、もしやつがいの匂いを嗅ぎ分けたのか?

私は少し緊張しながら、王子にアズールの名を告げ、王子の前に差し出した。

王子は少し躊躇いの様子を見せたが、アズールは気にすることもなく可愛らしい笑顔を向けた。

その瞬間、王子が胸を押さえた。

ああ……。

人が恋に落ちる瞬間を目の当たりにしてしまったな。

だが、あの笑顔は反則だ。
あんなにも可愛らしい笑顔を間近で見せられれば、誰だって恋に落ちてしまう。
我が息子ながら、恐ろしい笑顔だ。

王子の表情はショールに隠れて見えないが中で身悶えてるな、きっと。

あっ、まさか……あのショールはそれを隠すためでもあったのか?
いや、まさかな……。
あのショールはそうじゃない、あくまでもアズールを怖がらせないための王子の優しさだ。
変な勘繰りなどしてはならぬ。

王子はようやく落ち着きを取り戻したのか、アズールを抱こうと両手を伸ばした。
その手がいささか震えているような気もしたが、こんなにも軽く小さな身体を落としたりはしないだろう。

王子は私の腕からアズールを受け取ると、それはそれはまるで宝物でも抱きしめるように優しく腕の中に抱いた。

ああ、これなら大丈夫か。

少し離れて様子を見守っていると、アズールは王子の腕の中で楽しそうに足をばたつかせている。
長くて可愛らしい耳をピンと立てている時はご機嫌なのだとアリーシャが教えてくれた。

アズールはかなり喜怒哀楽がはっきりしていて、表情や耳の動きを見ているだけで何を伝えようとしているのかもわかると言っていた。

だが、今のアズールは私でもよくわかる。
これは王子と会ってかなり喜んでいる。

王子もこんなにご機嫌なアズールに少し緊張が解れてきているようだから、今日はこのままショールを外さずに行くつもりかもしれない。
まずは王子の匂いを覚えてもらうだけでも初顔合わせとしては万々歳だろう。

だが、そうはうまくいかなかった。

興奮気味に楽しそうにばたつかせていたアズールの手が、王子の顔を覆っていたショールを剥ぎ取ってしまったのだ。
アズールを抱きしめている王子がそのショールを取れるわけもなく、ショールはそのまま床に落ちてしまい、王子の顔がアズールの前に曝け出された。

顔中をふさふさの毛に覆われている王子でも一瞬にして顔が青褪めたのがわかるほど茫然として、どうしていいかわからないといった様子だった。

すぐにショールで顔を覆ってやろうか……。
そう思った時、アズールの小さな小さな手が王子の顔に触れた。

「あだっ、あだっ!!」

今までの興奮とは比べられないほど嬉しそうに、今度は両手で王子の顔を撫でまわし始めた。

王子はアズールの反応にどうしていいかもわからないままだったが、アズールが触れやすいように顔をグッとアズールに近づけた。

大の大人であっても、王子の大きな口と鋭い牙に近づくのは緊張してしまうものだが、なんといってもアズールはまだ生まれたばかりの赤子。
怖いという気持ちすら持たないのかもしれない。

王子の顔を怖がるかもしれないというのは初めから杞憂だったのかもしれないな。

そう思っていると、王子の顔を撫でまわしているアズールの小さな小さな指がスッと王子の口に入ったのが見えた。

咄嗟のことで反応できずに、もしかしたら王子の牙に触れて痛みを感じたりしないだろうかと心配になったが、そこはさすが王子。
すぐに長い舌でアズールの手を守ってくれたようだ。
まだ会って間もないというのに、私の・・息子の可愛い指に吸い付いたのは許し難いが、王子の鋭い牙なら軽く当たっただけでもアズールの手などひとたまりもないからな。
許してやるとするか。

その後もずっとアズールは嬉しそうに王子の顔や大きな口に触れ、自分から口の中に指を突っ込んでいる。

さすがに王子も何も怖がろうとしないアズールの様子に驚いて、

「あ、アズール……怖くないのか?」

と尋ねると、アズールは何をいっているのかわからないとでもいうように、可愛らしく首を傾げた。

ぐぅ――っ……これじゃ、ひとたまりもない……。

離れた場所にいる私でさえ、ノックダウンを食らったのだ。
王子が我慢できるわけもない。

アズールのとんでもない可愛さに王子は苦しげな声をあげ、アズールを抱いたままソファーから下り、その場に蹲った。

私はさっと王子の腕からアズールを返してもらい、腕の中に取り戻した。

「王子……大丈夫でございますか?」

「あ、ああ。だが、もう少し待ってくれ。今は……その、まだ立てそうにない。申し訳ない」

「いえ、お気持ちはわかります故、ご心配なさらず。あの、そろそろ私はアズールをアリーシャのところに連れて行ってきます」

「えっ! そ、れは……まだ、早いのではないか?」

「ですが……今の王子には、難しいでしょう? また明日、アズールに会いにきてくださって構いません。というより、もう初対面も終えましたので、いつ来てくださっても構いませんよ」

「そ、うか……。なら、今日は帰るとしよう。あっ、でもその前にもう一度だけ、いいか?」

その縋るような王子の表情に私は了承するしかなかった。

まだ蹲ったままの王子の腕にアズールを抱かせると、アズールは何も知らない様子で、にっこりと微笑みかける。
ああ、本当にアズールは王子が好きなのだろうな。

だから怖がりもしないし、あんなにも興奮しているのだ。

なんといっても、王子のような獣人のために番として生まれたのだから当然と言えば当然か。

「アズール、また明日も会いにくるからな。私のことを忘れないでいてくれ」

まだ生まれて二週間ほどの小さな赤子に懇願する王子の姿をみると、嫁に行かせたくないとわがままを言っていた自分が恥ずかしく思えるほどだ。

「あぶーっ、あだっ、だっ」

王子の必死な様子もまだわからないのだろうな。
アズールは嬉しそうに声を上げると、突然手を下に伸ばした。

「――っ!!!」

王子の声にならない叫びに目をやれば、アズールの手が王子の尻尾の先を掴んでいるのが見えた。
興奮していた王子が尻尾をゆさゆさと揺らしていたのが気になってしまったのだろう。

だが、我々にとって尻尾は性感帯。
強く握られたりするだけで途轍もない快感が身体中を駆け巡る。

アズールの手の力ならそこまではないが、なんと言っても相手は運命の相手。
ただでさえ、さっきのアズールの可愛らしい仕草にノックダウンしている王子にとっては、我慢できないほどの快感だっただろう。

運命の相手なのだから触ってはいけないということもできず、何よりまだ赤子のアズールに理解できるわけもなく、どうすることもできずに、そのまま王子からアズールを受け取った。

「王子……大丈夫ですか?」

「悪いが……今は、声をかけないでくれ……」

身悶える王子をその場にのこし、私はアズールをアリーシャの元に連れて行った。

あれは当分動けないだろう。
とはいえ、あそこで出されても困るが……とりあえず、トイレにでも案内しようか……。

王子も10歳。
もしかしたら初めての経験かもしれないな。
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