5 / 287
第一章
ドキドキの初対面
しおりを挟む
<sideルーディー>
「……ルーディー、お前……その格好はなんだ?」
部屋に入ってきた父上が私を見て、開口一番そんなことを聞いてきた。
「あっ、父上っ! どうですか? 格好いいでしょう?」
「格好いい? いや、なぜそんなものを部屋の中で被っているのだ?」
「はい、その……なんとか、許嫁に嫌われない対策を……と思いまして……」
何度かヴォルフ公爵邸に足を運んだものの、ちょうど授乳時間だったり、眠っていたりとタイミングが悪いのと、そして、まだ私の覚悟ができていないということも重なって、父上から話を聞いてから二週間経った今でもまだ許嫁には会えないでいる。
ヴォルフ公爵は眠っていても大丈夫だから一緒に会いに行こうと誘ってはくれるが、やはりそのままの姿では会えそうにない。
なんだかんだと理由をつけて逃げ帰っていた。
けれど、いつまでもこのままではいけない。
そこで考えついたのが騎士団の訓練に参加した時に特別に用意してもらったこの鎧兜を被るというアイディアだ。
これならば、顔中にふさふさと生えている狼毛も許嫁が怖がってしまうような大きな口も鋭い牙も何もかも隠してくれる。
「どうですか? 父上、これならば許嫁の前に出ても怖がられずに済むでしょう?」
我ながらすごくいいアイディアだと、父上に得意げに見せたのだが、父上は
「はぁーーーっ」
とそれはそれは大きなため息を吐いてから、私を見てなぜか笑った。
「父上、どうなさったのですか?」
「いや、お前は賢いと思っていたが、やはりまだまだ子どもなのだと少し安心したのだよ」
「えっ? それはどういう意味ですか?」
「いいか、相手はまだ生まれて二週間の乳飲子だ。目もまだ不完全であるし、お前が素顔で会いに行っても怖がらないと思うが?」
「――っ!」
「それに、もしお前の大切な許嫁がその鎧兜に触れて、柔らかな手に傷でもついたらどうするのだ? 怪我をさせてしまうことを考えれば、そんな鎧兜など身につけずに素顔で会いに行ったほうがいいのではないか?」
「許嫁に……怪我を……」
私は自分の顔を隠すことばかり考えて、許嫁がどうなるかと考えていなかった……。
何よりも第一に考えなければいけないのは許嫁の方なのに……。
私は愕然としながら、自分の顔から鎧兜を取り去った。
「父上……私の考えが至らず、申し訳ありませんでした」
「いや、わかってくれたならいいのだ。お前も大切な許嫁を怖がらせないように必死だったのだろう。お前の気持ちはわかるぞ。だが、もう少し運命の番の力を信じてみてはどうだ? 挽回はいつでも出来る。まずはありのままの姿を見せてみないか?」
「父上……わかりました。素顔で会いに行ってみます」
「ああ、それでこそ私の自慢の息子だ。そうだ、会いに行く前に許嫁の名前を教えておくか? それとも、あちらで直接聞いてみるか?」
「私が初めて許嫁の名を呼ぶときには、彼の目の前で呼んであげたいと思います」
「そうか、そうだな。その方がいい。私からヴォルフ公爵に早馬を出しておく。今日こそ、対面してくるのだぞ」
「はい。父上、ありがとうございます」
部屋から出ていく父上を見送り、私は急いで自分の上着についているメダルや勲章などを全て取り去った。
赤子の許嫁に怪我をさせるわけにはいかないのだ。
父上に聞いておいて本当によかった。
鏡の前で隈なく確認をして、私は万が一のためにと薄手のショールを持って部屋を出た。
私の住む城から、ヴォルフ公爵家までは馬車で5分ほどの距離にある。
私が部屋で確認をしている間に、父上が出してくれた早馬も届いたことだろう。
馬車に乗り込み、ヴォルフ公爵邸に向かう。
ああ、ドキドキする。
公爵邸に到着するとヴォルフ公爵自ら迎えに出てくれた。
「ルーディー王子。お待ちしておりました」
「あ、あの……今日は、その……許嫁に会わせて貰っても?」
「はい。先ごろちょうど眠りから覚めてご機嫌なようです」
「そ、そうか」
「部屋にご案内いたします」
「あ、ああ。ありがとう」
部屋に向かう間に、許嫁の兄であるクレイを見かけたが、私を睨んでいるように見えた。
まぁ、無理もないな。
ずっと生まれるのを楽しみにしていたのに、生まれてすぐに私のような許嫁ができてしまったのだからな。
それでも邪魔をしにこないのだから、きっとヴォルフ公爵から注意されているのかもしれない。
「ルーディー王子。こちらです」
この部屋の中に許嫁がいると思ったら、急に緊張が増してきて私は思わず、持ってきたショールで顔を覆った。
「王子……」
ヴォルフ公爵は驚いているようだったが、何も言わずに私を中へ案内してくれた。
「王子の許嫁をお連れします。こちらでお待ちください」
ヴォルフ公爵はそういうと、奥の部屋に入って行った。
流石に夜着を着たままの公爵夫人がいる寝室には入れないからな。
ああ、どんな子だろう……。
本当に私を怖がらないだろうか……。
カチャリと扉が開き、公爵の腕に抱きかかえられた小さな幼子の姿が目に入った瞬間、血湧き肉踊るような昂りを感じた。
なんだ……っ、この途轍もない高揚感は……。
「ルーディー王子。こちらは我がヴォルフ公爵家の次男・アズールにございます」
公爵が抱きかかえていた子を私に差し出してくる。
真っ白でピンと張った長い耳。
光が当たると真っ白にも見える綺麗な金色の髪。
色白の肌に赤い目。
そのどれもが私の心を掴んで離さない。
こんなに可愛らしい子が私の許嫁?
怖がらせてしまうかもしれない容貌の私がそばにいてもいいのだろうかと抱きかかえるのを躊躇っていると、その子は不思議そうな表情で私をみたと思ったら、ふわっと可愛らしい笑みを浮かべた。
「くっ――!」
その笑顔に一瞬で落ちた。
ああ、この子は私の運命に間違いない。
手を伸ばし、公爵の腕から大事に大事に受け取る。
思った以上に軽いことに驚きながらも、決して落とさないように腕の中に抱きしめた。
私の腕の中でキャッキャッと声を上げて喜ぶ姿に嬉しくなりながら、私はゴクリと息を呑んだ。
「アズール、私はルーディー。君の許嫁だよ」
許嫁と言われてもまだわからないだろうがな……。
そう思ったが、アズールは
「あぶっ、あぶぅ」
と手足をばたつかせながら可愛らしい笑顔を見せてくれる。
このまま顔を見せずにいたらずっとこの笑顔が見られるかもしれないな。
今はそれでいい。
そう思っていたのに……。
アズールのばたついた手が私の顔を覆っていたショールをさっと外してしまった。
「……ルーディー、お前……その格好はなんだ?」
部屋に入ってきた父上が私を見て、開口一番そんなことを聞いてきた。
「あっ、父上っ! どうですか? 格好いいでしょう?」
「格好いい? いや、なぜそんなものを部屋の中で被っているのだ?」
「はい、その……なんとか、許嫁に嫌われない対策を……と思いまして……」
何度かヴォルフ公爵邸に足を運んだものの、ちょうど授乳時間だったり、眠っていたりとタイミングが悪いのと、そして、まだ私の覚悟ができていないということも重なって、父上から話を聞いてから二週間経った今でもまだ許嫁には会えないでいる。
ヴォルフ公爵は眠っていても大丈夫だから一緒に会いに行こうと誘ってはくれるが、やはりそのままの姿では会えそうにない。
なんだかんだと理由をつけて逃げ帰っていた。
けれど、いつまでもこのままではいけない。
そこで考えついたのが騎士団の訓練に参加した時に特別に用意してもらったこの鎧兜を被るというアイディアだ。
これならば、顔中にふさふさと生えている狼毛も許嫁が怖がってしまうような大きな口も鋭い牙も何もかも隠してくれる。
「どうですか? 父上、これならば許嫁の前に出ても怖がられずに済むでしょう?」
我ながらすごくいいアイディアだと、父上に得意げに見せたのだが、父上は
「はぁーーーっ」
とそれはそれは大きなため息を吐いてから、私を見てなぜか笑った。
「父上、どうなさったのですか?」
「いや、お前は賢いと思っていたが、やはりまだまだ子どもなのだと少し安心したのだよ」
「えっ? それはどういう意味ですか?」
「いいか、相手はまだ生まれて二週間の乳飲子だ。目もまだ不完全であるし、お前が素顔で会いに行っても怖がらないと思うが?」
「――っ!」
「それに、もしお前の大切な許嫁がその鎧兜に触れて、柔らかな手に傷でもついたらどうするのだ? 怪我をさせてしまうことを考えれば、そんな鎧兜など身につけずに素顔で会いに行ったほうがいいのではないか?」
「許嫁に……怪我を……」
私は自分の顔を隠すことばかり考えて、許嫁がどうなるかと考えていなかった……。
何よりも第一に考えなければいけないのは許嫁の方なのに……。
私は愕然としながら、自分の顔から鎧兜を取り去った。
「父上……私の考えが至らず、申し訳ありませんでした」
「いや、わかってくれたならいいのだ。お前も大切な許嫁を怖がらせないように必死だったのだろう。お前の気持ちはわかるぞ。だが、もう少し運命の番の力を信じてみてはどうだ? 挽回はいつでも出来る。まずはありのままの姿を見せてみないか?」
「父上……わかりました。素顔で会いに行ってみます」
「ああ、それでこそ私の自慢の息子だ。そうだ、会いに行く前に許嫁の名前を教えておくか? それとも、あちらで直接聞いてみるか?」
「私が初めて許嫁の名を呼ぶときには、彼の目の前で呼んであげたいと思います」
「そうか、そうだな。その方がいい。私からヴォルフ公爵に早馬を出しておく。今日こそ、対面してくるのだぞ」
「はい。父上、ありがとうございます」
部屋から出ていく父上を見送り、私は急いで自分の上着についているメダルや勲章などを全て取り去った。
赤子の許嫁に怪我をさせるわけにはいかないのだ。
父上に聞いておいて本当によかった。
鏡の前で隈なく確認をして、私は万が一のためにと薄手のショールを持って部屋を出た。
私の住む城から、ヴォルフ公爵家までは馬車で5分ほどの距離にある。
私が部屋で確認をしている間に、父上が出してくれた早馬も届いたことだろう。
馬車に乗り込み、ヴォルフ公爵邸に向かう。
ああ、ドキドキする。
公爵邸に到着するとヴォルフ公爵自ら迎えに出てくれた。
「ルーディー王子。お待ちしておりました」
「あ、あの……今日は、その……許嫁に会わせて貰っても?」
「はい。先ごろちょうど眠りから覚めてご機嫌なようです」
「そ、そうか」
「部屋にご案内いたします」
「あ、ああ。ありがとう」
部屋に向かう間に、許嫁の兄であるクレイを見かけたが、私を睨んでいるように見えた。
まぁ、無理もないな。
ずっと生まれるのを楽しみにしていたのに、生まれてすぐに私のような許嫁ができてしまったのだからな。
それでも邪魔をしにこないのだから、きっとヴォルフ公爵から注意されているのかもしれない。
「ルーディー王子。こちらです」
この部屋の中に許嫁がいると思ったら、急に緊張が増してきて私は思わず、持ってきたショールで顔を覆った。
「王子……」
ヴォルフ公爵は驚いているようだったが、何も言わずに私を中へ案内してくれた。
「王子の許嫁をお連れします。こちらでお待ちください」
ヴォルフ公爵はそういうと、奥の部屋に入って行った。
流石に夜着を着たままの公爵夫人がいる寝室には入れないからな。
ああ、どんな子だろう……。
本当に私を怖がらないだろうか……。
カチャリと扉が開き、公爵の腕に抱きかかえられた小さな幼子の姿が目に入った瞬間、血湧き肉踊るような昂りを感じた。
なんだ……っ、この途轍もない高揚感は……。
「ルーディー王子。こちらは我がヴォルフ公爵家の次男・アズールにございます」
公爵が抱きかかえていた子を私に差し出してくる。
真っ白でピンと張った長い耳。
光が当たると真っ白にも見える綺麗な金色の髪。
色白の肌に赤い目。
そのどれもが私の心を掴んで離さない。
こんなに可愛らしい子が私の許嫁?
怖がらせてしまうかもしれない容貌の私がそばにいてもいいのだろうかと抱きかかえるのを躊躇っていると、その子は不思議そうな表情で私をみたと思ったら、ふわっと可愛らしい笑みを浮かべた。
「くっ――!」
その笑顔に一瞬で落ちた。
ああ、この子は私の運命に間違いない。
手を伸ばし、公爵の腕から大事に大事に受け取る。
思った以上に軽いことに驚きながらも、決して落とさないように腕の中に抱きしめた。
私の腕の中でキャッキャッと声を上げて喜ぶ姿に嬉しくなりながら、私はゴクリと息を呑んだ。
「アズール、私はルーディー。君の許嫁だよ」
許嫁と言われてもまだわからないだろうがな……。
そう思ったが、アズールは
「あぶっ、あぶぅ」
と手足をばたつかせながら可愛らしい笑顔を見せてくれる。
このまま顔を見せずにいたらずっとこの笑顔が見られるかもしれないな。
今はそれでいい。
そう思っていたのに……。
アズールのばたついた手が私の顔を覆っていたショールをさっと外してしまった。
498
お気に入りに追加
5,306
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!
音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに!
え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!!
調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる