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第一章

第二の人生

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――なんであの時死ななかったのよ!!!

僕の耳をつんざくようなお母さんの叫び。
この言葉はあれから8年経った今もずっと僕の心に刻まれてる。
誰も僕が生きていることを喜んでなんかくれないんだ。

本当に生まれてこなければよかった。
友達もいない。
愛してくれる親もいない。
僕には何もないのに、どうして僕はこの世に生まれてきたんだろう。
生きているだけで迷惑かけるなら、生まれなければ良かったのに。

なんで僕は……。

誰も答えを教えてくれないまま、季節が冬に近づいた頃、僕の病状は一気に悪くなった。

「蒼央くん、先生呼んでくるからね」

バタバタと師長さんが先生を呼びにいくのを見送りながら、僕は心の中で喜んでいた。

ああ、やっとだ。
やっと楽になれるんだ。

食事も喉を通らなくなり、口から栄養が取れなくなった僕は主治医から胃瘻を提案されたけれど、これ以上治る見込みもないのに延命治療はいらないと断固反対した。

僕なんて生きていたってなんの意味もないんだから。

僕の頑なな態度に先生も心配して、両親にも一応連絡してくれたらしい。
けれど、お父さんとは連絡が取れず、お母さんは本人の望む通りにとだけ返ってきたみたいだ。

ああ、やっぱりお父さんもお母さんも僕がいなくなることを望んでる。
このままなんの治療もいらない。
これでいいんだ。

僕はもう一度先生に告げた。

「先生……もう、僕を自由にしてください……」

その言葉に先生はようやく頷いた。

結局、胃瘻も延命治療もせず、点滴のみで栄養を補給することになったけれど、食事が取れなくなると如実に身体は悪くなり、あっという間に身動き一つ取れなくなった僕はあっけなくこの世を去った。

いや、ようやくと言ったほうがいいのかもしれない。
きっと今頃、お父さんもお母さんも僕がいなくなってほっとしているだろう。

最後の最後に親孝行ができたのかな。
お母さん……やっと僕、死ぬことができたよ。
お母さんの幸せを邪魔してごめんね。
これから幸せになって……。



  *   *   *


真っ暗な場所から明るい光の差す場所に出てきてすぐに暖かいふわふわの布で包まれた。
あったかくてほわほわする。

「おおっ。元気な男の御子でございますぞ。しかも、ご覧ください。真っ白なウサ耳持ち・・・・・でございます」

「まぁまぁ、なんて可愛いのかしら」

この人は一体誰?
でもすごく優しい匂いがする。

「可愛い私の息子。生まれてきてくれてありがとう。愛しているわ」

チュッとほっぺたに優しい感触がする。

「この子に早くお母さまと呼ばれたいわ」

「ふふっ。奥さま。流石に気が早うございますよ」

えっ、この人……僕のお母さん?


――あんたなんか生まれて来なけりゃよかったのに……。

あれもお母さんだったはず。
でもあの人とは全然違う。
優しい目で僕のことを見てくれる。

それに、僕のこと、可愛いって……愛してるって……生まれてきてくれてありがとうって……今、言ってくれたよね?

そんなこと一度も言われたことがなかったからなんだかくすぐったい。
でも、この人に優しく抱きしめられるのが気持ちいい。

そうだ。
僕はこんなふうに抱きしめて欲しかったんだ。

「ふふっ。本当に可愛らしいわ。ほら、見て。私を見ているわ」

「本当に賢い御子でございます。奥さま、御子をそろそろ旦那さま方の元にお連れします」

「ええ。わかったわ。私の可愛い息子、また後でね」

もう一度ほっぺたにチュッと優しい感触がして、僕は優しい腕から引き離された。

ふわふわの布で巻いてくれたさっきのお婆さんに抱き上げられ、どこかに連れて行かれた。

いやだー、いやだー。
さっきのお母さんのところにもっといたい!!
離れたくないよーっ!

そう叫んでも、僕の口からはふえーん、ふえーんと泣き声しか聞こえない。
手足をばたつかせると小さな小さな手足が見える。
僕は大きくはなかったけど、ここまで小さくはなかったはず。
それに死んじゃったはずだし……。

そう思ってようやく自分が赤ちゃんになっていることに気づいた。

もしかして、僕……生まれ変わったの?

確か師長さんに貸してもらった本でそんな話があった気がする。
いじめられて死んじゃった子が生まれ変わったお家で大切に育てられるってお話。

あれはただの物語だと思ってたのに。
あれは本当の話だったんだ。


信じられない気持ちでいっぱいになっていると、

「旦那さま。無事にお生まれになりました。男の御子でございますぞ」

と僕を抱いているお婆さんが隣の部屋の前で声をかけた。

その瞬間、部屋から次々に人が出てきた。
大人も子どももたくさんいる。
何? ここ、一体どこ?
怖い、何、どうしたらいいの?


「わぁーっ! 可愛いっ!!」
「おおっ! この子はウサギだったか」
「ああ、なんと真っ白で美しい毛並みだ。ここまで綺麗な尻尾は見たことがない」
「見て、耳も可愛いよ」
「ああ、本当に。この子は稀代の美人だな」


慣れない場所にドキマギしていると

「ほらほら、お前たち。私にじっくりと見せてくれないか」

そう言って、大きくて優しい手がお婆さんから僕を抱き上げる。

誰?
やだやだ!
怖いよ。

必死で手足をばたつかせるけど上手く動かせない。

「ふふっ。元気な子だ。アズール。わかるかい? お前の父だよ」

優しい瞳が僕を見つめる。
この人……今、父って言った?

じゃあ、この人が僕のお父さんってこと?

じっとお父さんを見つめると、とても優しげな笑顔見せてくれる。
お父さんが僕のことをこんな笑顔で見てくれるなんて初めてだ。
笑顔ってこんなに嬉しいものだったんだな。

チュッと優しい感触がほっぺたに触れる。
さっきの、お母さんのそれと同じ心地良い感触に心が温かくなる。
思わず笑みを浮かべると、

「おおっ、笑ったぞ。生まれたてでこんなにも可愛い笑顔を見せてくれるとは……この子は将来有望だな」

と嬉しそうにほっぺたをすり寄せて抱きしめてくれた。


わぁーっ!! 僕、今お父さんに抱っこされてるよ!!
ねぇ、見て!
お父さんに抱っこされてるんだよ!!

世界中の人にそう自慢したいくらい嬉しい。


「どうだ? そろそろアリーシャに会えるか?」

「はい。旦那さま。こちらへどうぞ」

僕を抱っこしたまま、お父さんはさっきお母さんがいた場所に連れて行ってくれる。

「アリーシャ、ご苦労だったね。半日もかかっただろう?」

「ええ。でもこの子の顔を見たら疲れが吹き飛びましたわ」

「そうか、だがこれからしっかりと休養を取るのだぞ。アズールにはアリーシャが必要なのだからな。もちろん、私とクレイにもな」

「ふふっ。ありがとうございます」

「本当にご苦労さま」

お父さんは僕を抱っこしたまま、お母さんの唇にちゅっと重ね合わせた。
僕はほっぺだったのに、お母さんは唇なんだ……。
でも、お母さん……すごく嬉しそうだな。

「アリーシャ、この子はウサギだったな」

「ええ。私も驚いてしまいましたけど、こんなに可愛いのですもの。当然ですわね。じゃあ、この子は王子の?」

「まぁそうなるだろうが……ああっ、嫌だ! この子を渡したくないな」

「ふふっ。あなたったら。まだまだ先の話ですし、それにこの子の幸せのためなのですよ」

「わかっているのだが……こんなにも可愛いと手放したくなくなるな」

えっ……僕どこかにやられちゃうの?
やだ、やだ!
ずーっとお父さんとお母さんのところにいたいよ!

必死に訴えかけるけど僕の口からは

「ふえーん、ふえーん」

と力の無い声しか出てこない。

「ほら、あなたがそんなことを言うからアズールが不安になってますわ」

「おおっ、アズール。悪かった。大丈夫、私がずっと大切に愛するからな」

お父さん、愛してくれるの?
ほんと?

「ふふっ。今、泣いていたのにもう笑顔になっている。本当にアズールはお利口だな。私の言葉がわかっているみたいだ」

お父さんは嬉しそうに何度も何度もほっぺたに顔を擦り寄せて抱きしめてくれる。
ああ、僕本当に幸せだ。

あれ?
なんだろう……。

ふと、お父さんの頭にぴこぴこと動く何かが見えて、手を伸ばすと

「んっ? これが気になるか?」

と頭を近づけてくれる。
僕の小さな手が触れるくらい近づけてくれて、触るともふっと柔らかな感触がする。

「ふふっ。かっこいいだろう。ヴォルフ公爵家の当主としての証だからな」

ゔぉるふ、こうしゃくけ? とうしゅ?

「ふふっ。あなたったら。まだアズールにはわからないでしょう?」

「いやいや、この子は優秀だからな。ほら、私の耳がお気に入りみたいだぞ」

「お父さま、そろそろ僕も中に入っていい?」

「ああ、クレイもこっちにおいで。初めての家族団欒だ」

お父さんのもふもふの耳を触っていると、優しくて少し幼い声が聞こえた。
家族って言ってたけど、この子は一体誰?


「アズール、僕の耳も触って。僕だってお父さまと同じなんだよ」

そう言って、お父さんによく似た、ちっちゃい男の子が僕の目の前にやってくる。
キラキラとした瞳で僕を見つめながら、僕の手を持った。

「わぁ、ちっちゃくて可愛い手だ。ほら、アズール。僕の耳だよ」

触らせてくれたもふもふの耳はお父さんよりもずっと柔らかい。
その感触が気持ちよくて笑顔になると、

「ほら、お父さま。アズールが笑ったよ」

と嬉しそうな声をあげた。

「本当だな。クレイ、この子はお前の大切な弟だ。可愛がるんだぞ」

「はい。お父さま、任せてください!!」

「ははっ。これは頼もしいな」

「アズール、僕の可愛い弟。これからは僕が大切に守ってあげるからね。早く大きくなるんだよ」

ちゅっと柔らかな感触がまた僕のほっぺに触れる。

この人は僕のお兄ちゃん?
ずっと優しいお兄ちゃんが欲しいと思ってたけど、まさか生まれ変わったこの世界で夢が叶うなんて……。

かっこいいお父さんと優しいお母さん、そして優しいお兄ちゃんに囲まれて僕の第二の人生が始まるんだ。
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