上 下
6 / 85

初めて見た時から……※

しおりを挟む
んんっ?
なんだろう?
すっごくあったかくて気持ちいい。
それにすっごくいい匂いがする……。

なんの匂いだっけ?

いい匂いなのにそれがなんの匂いなのか思い出せなくて、俺は鼻を擦り付けてスンスンと匂いを嗅いだ。

「ふふっ」

なんだろう?
誰かが笑ってる?
楽しそうな声が聞こえる。

その声につられるように目を開けると目の前には真っ白な壁。

「あれ?」

こんなところに壁とかあったっけ?
どうもまだ頭が回っていないみたいだ。
そういえばいつ寝たんだっけかな。

何もかもがわからなくなってきて、目の前の大きな壁にペタペタと手を這わせると、

「目が覚めた?」

と頭上から声が聞こえた。

「えっ?――っつ、いったぁーっ」

驚いて顔を上げた瞬間、ガンガンと金槌で殴られたような痛みが襲ってきた。
痛くてこめかみを抑えていると、

「理央、大丈夫か?」

その声にびっくりしてもう一度ゆっくり顔をあげると心配そうな表情をした先生が俺を見つめていた。

「あ、あの……俺、なんで……?」

「説明は後。まずはこれを飲んで」

そう言って先生が手渡してくれたのは小さな錠剤と水。

「これ……なんの薬ですか?」

「頭が痛いだろう? それを和らげてくれるんだ」

そう言って先生は俺を抱きかかえて座らせてくれた。
しかも心配そうにギュッと抱きしめたままで。

先生と話をしている間もズキズキしているこの痛みが治まるってこと?
俺はそれを口に含み、水を流し込んだ。
錠剤は苦手だけど、小さくてよかった。

薬を飲んでいる時だけだと思ったのに、先生は飲み終わった後もずっと俺を抱きかかえたままだ。

「あの……」

「悪かった。私がちゃんと説明していなかったから理央を危ない目に合わせてしまった」

「――っ!」

先生の口から理央と呼び捨てにされて、思わずドキッとしてしまった。

って、危ない目ってどういう意味?
先生が助けてくれたんだし、危ない目になんてあった覚えがないけど。
意味がわからなくて先生の顔を見つめていると、

「理央、冷蔵庫から桃の絵が描かれた瓶を取り出して飲んだだろう?」

と尋ねてきた。
あー、そう言えば、美味しそうなジュース見つけて飲んだんだっけ。

「はい。確か……甘くて美味しかった気が、しますけど……」

「あれは、お酒だったんだ。先日海外に住む友人から送られてきたからいつか飲むだろうと冷やしていたのを忘れてたんだ。私の確認不足だ。申し訳ない」

頭を下げる先生を見ながら、俺は驚いていた。
こんなに偉い先生が謝るだなんて信じられなかったから。

施設長はもちろん、日華園の先生たちだって俺たちに謝ってくれたことなんて一度もなかった。
たとえどんな理不尽な叱られ方をした時も、先生たちが間違っていたとしてもそれが正しいと受け入れるしかなかったのに。

「理央? どこか気分が悪いか? トイレに行くか?」

「あ――ちがっ、だ、大丈夫です。ただ、びっくりしただけで……」

「ああ、そうだろうな。まさか弁護士の家で酒を呑まされるとは思ってなかっただろう? 本当に悪かった」

「いえ、そう、じゃなくて……先生が俺、なんかに謝るのがびっくりして……」

「えっ?」

「俺、大人の言うことは常に正しいってずっと教えられてきたので……」

そういうと、先生は突然俺をギュッと抱きしめた。

「えっ? せん、せい……? どうしたんですか?」

抱きしめられて夢の中で嗅いでいたあのいい匂いに包まれてドキドキしてしまう。
もしかしてずっと抱きしめてくれていたんだろうか?

「理央、そんな教えをもう守る必要はないよ。先生だろうがなんだろうが悪いことをしてしまった時は謝るのが当然だ。理央も本当はそう思うだろう?」

優しくそう言われて俺は頷いた。
だって、俺だってずっとそう思ってたんだから……。

「理央、私は理央をあの施設に帰すつもりはないし、帰らせたくない。理央さえ良かったら、ここで一緒に暮らさないか?」

「えっ? 先生のところで? そ、そんな……迷惑じゃ?」

「ふふっ。『先生』なんてよそよそしい言葉遣いなんかより、さっきみたいに『りょーや』と呼んでくれた方が嬉しいよ」

「りょ、りょーや? そんな、俺……。そんな呼び方してない――」
「『りょーや。かっこいー。だいすきー』」

先生が持っていたスマホから突然俺の声が聞こえてきた。

「えっ? なに……これ? 俺の声? えっ? なんで?」

「ふふっ。さっきお酒呑んで酔っ払ってた時、理央がそう呼んでくれたんだよ」

「――うそっ!!」

「録音なんかして悪い。仕事柄なんでも録音して証拠に取っておく癖がついてしまって……。
でも、これは理央を恥ずかしがらせようとか困らせようとか思って録音したんじゃないんだ」

「じゃあ、どうして……」

「ふふっ。それは可愛いからに決まってるだろう? 理央からあんな可愛い告白してもらって残しておかないなんて勿体無い」

「そんな……恥ずかしいです……」

「あれは理央の本心だと思ったんだけどな。もしかして、理央は私のことが嫌いなのか?」

「ちが――っ、嫌いだなんてっ! そんなっ!」

寂しげな表情でそう言われて俺は慌ててそれを否定した。
だって、あの時助け出してくれた時から先生のことが頭から離れなかったんだ。
嫌いだなんてあるわけない。

篁さんには肩を抱かれるだけでも全身がゾワゾワして気持ちが悪かったのに、先生にはこうやって抱きしめられても全然嫌だと思わない。
それどころかいい匂いでものすごく落ち着くし。

もしかしたらこれが好きってことなのかな……。
俺は心の中でそう思ってたから、ああやって口から出ちゃったのかな?
実際に俺が自分でそう言ってるわけだし……。

「ふふっ。冗談だよ。理央が私を好きなことはちゃんとわかってるから」

「えっ? どうして……? 俺もまだ、自分でわかってないのに……」

「だって、『大好きな人にはキスをする』そう言ってただろう?」

「なんで、それを……?」

「だから、理央が言ってたんだよ。そう言いながら、私にキスしてくれたんだ」

「――っ!!!」

俺は一気に自分の顔が火照るのがわかった。
酔っ払って、先生のこと呼び捨てにして告白しちゃったばかりか、そんなことまでしちゃってただなんてっ!!

「あれは酔っ払った戯言じゃないよな? そうじゃなきゃ困る」

「先生……俺……」

「私は本気だよ。理央のことが好きなんだ。理央の気持ちを聞かせてくれないか?
酔っ払った状態じゃなく、今の理央の言葉が聞きたい」

優しい笑顔はそのままなのに、目はすっごく真剣だ。
そんな目をされたら、俺も恥ずかしがってる場合じゃないよね。

「あの、俺……先生が、好きです……。多分、初めて見た時から……」

きっと耳まで赤くなってる気がする。
でもそう必死に伝えた瞬間、ギュッと強く抱きしめられた。

「理央っ!! ああ、思いが通じるってこんなに嬉しいことなんだな。私も理央が好きだよ」

「先生……」

「理央、キスしたい。いい?」

「そ、そんなこと……面と向かって言われたら、恥ずかしい……」

「そうか、ならそのまましよう」

「えっ……――んんっ!」

気づいた時には先生の顔が目の前にあって、そのまま俺の唇に重なった。
何度も何度も唇を柔らかく噛まれて身体がゾクゾクして、口を少し開いた瞬間何かが口の中に入ってきた。
それが先生の舌だと気づいてびっくりしたけれど、俺の舌に吸い付いてきたり絡みついてきたりしてなんかすごく気持ち良くなってきた。
なんだか口の中が溶け合って行くようなそんな感覚になって俺は先生に与えられるがままにキスを続けた。
唇が離れる時にはなんとなく寂しいような気分になっているのが不思議だった。
しおりを挟む
感想 59

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【続編】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

処理中です...