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番外編

繋がりが欲しい  周平side

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「俺、芸能事務所を作ろうと思って……」

「芸能事務所? それはまた、畑違いの業種だな。いきなりどうしたんだ?」

「いや、友達に誘われてさ。3人で共同経営って形でやって行こうと思ってるんだけど、それぞれ役割分担を決めて各々の仕事には口出しをしないっていうふうにしたらうまくいくと思うんだよ」

「まぁ、それはそうだが……それはかなり相手を信頼していないと難しいぞ。お前と一緒にやるその2人はそんなに信用がおける子たちなのか?」

「ああ、それはもちろん。俺の親友でいてくれる奴らだぜ。間違いはないさ。ほら、この2人だよ」

弟・涼平からスマホを渡され画面に写っていた彼を見た瞬間、私はまるで雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。
あの時私は恋に落ちたんだ。


私の名前は蓮見はすみ周平しゅうへい
両親がやっていた事業を引き継ぎ社長となるべく、私は常に自分に厳しく律してきた。

弟・涼平と一緒にこの会社を盛り立てて行けたらと考えたこともあったが、涼平は大学に入ってすぐに自分で起業し私とは違う業種へ飛び込んだ。
涼平の能力を知っていたからこそ惜しい気もしたが、あいつは私の下で留まるより上に立つ方が合っている。
それがわかっていたから、私たちはそれぞれの道を歩み始めたんだ。

そんな涼平が突然大学卒業後に友人たちと芸能事務所を始めると言い出したのだ。
既に一つの業種で成功しているというのに、わざわざ違う業種に飛び込んで失敗するリスクを高めるのは、兄として心配であった。

だが、涼平が乗り気になっているのだから、かなり勝算があるのだろう。
一緒にやるという1人は、今の涼平の会社、石垣牛専門焼肉店の起業に力を貸してくれたという倉橋祐悟くん。
彼は高校時代から資産運用で莫大な利益を得たことで涼平の起業にかかる資金提供に一役買ってくれたようだ。
現在は涼平の会社からは手をひき、新たに西表島で観光ツアー事業を手がけている。

もう1人は浅香敬介くん。
今回の芸能事務所創設の話は彼からの発案だそうだ。
役者は彼がスカウトをしてくるものだけという少数精鋭の事務所を目指しているようだが、涼平がいうにはどうやら彼の目はすごいらしい。
高校時代から舞台を観にいっていて相当目が肥えているようだ。
彼の目に留まった役者がその後軒並み人気役者になっているというのだからその目は本物なのだろう。

彼は涼平たちに持ちかけた話以外にも既に違う業種での起業も始めているらしく、かなり将来有望のある若者に見えた。

そう、私が恋に落ちたのはこの彼・浅香くんだったんだ。

私は彼をいつか手に入れたいと考え、まず一緒にやるという倉橋くんに会って、彼・浅香くんに興味を持っていないのかを確認することにした。
あくまでも自然を装って涼平に紹介してもらい、念入りに彼のことを調べ上げた。
この調査に協力を頼んだのは私の大学時代の後輩で今は弁護士をやっている安慶名あげな伊織いおり
その彼が懇意にしているという探偵を雇い、隅々まで調査させた。

彼・倉橋祐悟はバイで、かなり節操なしに手を出しているようだが自分の友人関係には手を出さない主義のようだ。
浅香くんと知り合って数年経っているが今、手を出していないところを見るとおそらく彼は浅香くんの害にはならない。

まぁ彼なら大丈夫だろう。
ということで彼らの芸能事務所創設は私も協力をすることに決めた。
浅香くんとの繋がりが欲しかったのだ。

協力といってまず思うのは資金援助だろう。
私の持っている潤沢な資産を彼らの事務所に投資してやろうと思っていたのだが、涼平の話では3人で均等に割るから問題ないという。
そうか、もう3人はそれぞれ金を稼いでいるのだな。
ふむ、ならば何を協力してやろうか。

そう思っていると、涼平から事務所の顧問弁護士を探しているが伝手はないかと尋ねられた。

それならば、と例の安慶名伊織を紹介した。
これで事務所の様子は伊織から報告がくる。
涼平に尋ねなくとも詳細がわかるはずだ。

実際、伊織の働きはかなりのものだったようで、倉橋くんは伊織を自分の経営しているもう一つの会社の顧問弁護士も頼んでいた。

私は月に一度の割合で伊織と会い浅香くんの報告を受けていたのだが、そんなある日のこと、事態は大きく変化することとなった。

それはいつものように伊織と銀座の寿司屋で待ち合わせをしていた時のこと。
いつもならカウンター席で2人で並んで食事をとるのだが、今日はなぜか女将に奥の座敷へと案内された。
まぁたまには座敷もいいかと案内された部屋で1人座っていると、それからすぐに伊織がやってきた。

「すみません。周平さん。お待たせしてしまいましたか?」

「いや、私もさっき来たばかりだ。問題ない。ところで彼は?」

今日は2人で酒を呑む日だというのに、伊織が突然同伴者を連れてきたのだ。
約束もなしに、伊織がそんなことをするとは珍しいな……と驚きながらも、伊織の連れてきた彼に目を向けた。

「彼は砂川悠真くん。私が顧問弁護士をしている倉橋さんの会社の優秀な社員です」

「ああ、倉橋くんの。確か西表島で観光ツアー事業をしているんだったかな」

「はい。K.Yリゾートの砂川悠真と申します。今日は突然お邪魔して申し訳ありません。蓮見さんのお噂はかねがね伺っております」

彼が綺麗な所作で名刺を差し出す様子を伊織は微笑ましそうに見つめている。

ああ、もしやこの2人は……。
そうか、だから伊織はここに連れてきたのか。
なるほどな。

「いや、伊織からどんな話を聞かされているのか気になるな」

「いえいえ、素晴らしい先輩だとお伺いしていますよ」

柔らかな笑顔が可愛らしい。
伊織がこういうタイプが好みだとは知らなかったな。

「さぁ、座ってくれ。食事も頼もう」

今日は祝いになりそうだから、大将のお任せで握って持ってきてくれと女将に頼むと、悠真くんはパッと顔を赤らめた。
それを優しい顔で見つめる伊織の姿に、羨ましさが募る。
私も浅香くんとこうやって食事にでも行けたら……。
そして伊織に紹介できたらな……。


食事を摂りながら、伊織がとうとう話を切り出した。

「実は今日は周平さんにご報告したいことがふたつありまして……」

「ふたつ?」

ひとつはおそらくあの話だろう。
ならばもうひとつは一体なんだろう?

「はい。もうお気づきだとは思いますが、実は、彼と先日からお付き合いをさせていただくことになりました」

伊織は隣に座る彼を優しい顔で見つめながら、嬉しそうに報告してくれた。

「そうか、やはりな。伊織の彼を見る目ですぐにわかったよ。おめでとう。報告してくれて嬉しいよ」

「はい。ありがとうございます。お世話になっている周平さんにはきちんとお約束をとってご報告しようと思っていたのですが、今回悠真が急遽東京に来ることになりましたので、失礼を承知で連れてきたのです。なぁ、悠真」

「はい。お二人の時間にお邪魔しては申し訳ないと思いましたが、周平さんが伊織さんを社長である倉橋に紹介してくださったとお聞きしておりましたので、私たちを引き合わせてくださった周平さんにぜひ私からも直接お礼を申し上げたくて私が無理を言って連れてきていただいたのです。突然お伺いして申し訳ございません」

「いやいや、めでたい話なのだから詫びなど必要ないよ。悠真くんと言ったね、君を紹介してもらえて嬉しいよ」

私がニコリと笑みを浮かべると、悠真くんもそして伊織も安心したように顔を綻ばせた。

「それから周平さん、もう一つのご報告なのですが……」

「ああ、そうだったな。どうしたんだ?」

「はい。実は私、石垣島の浅香さんのホテルで料理人としてオファーを頂きまして、そちらで働かせていただくことになったのです」

「えっ? 伊織が浅香くんのホテルで? 料理人?」

元々料理が好きだった伊織が弁護士の傍ら、調理師免許を取得したのは知っていたがまさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。

「はい。先日倉橋さんに料理を振る舞う機会があったのですが、倉橋さんが私の料理をいたく気に入ってくれたようで、ちょうど石垣島の新しいホテルの料理人を探しているという浅香さんに紹介してもらうことになりまして、とんとん拍子に決定したんです。それで、これを機会に石垣島に居住しようと思っています」

「石垣島に住むのか?」

「はい。幸い、弁護士の仕事はどこでもできますし、東京にも自宅はありますから行ったり来たりの生活になると思いますが、悠真も西表島と東京を行ったり来たりしていますので、そちらの方が都合がいいかと思いまして」

ああ、なるほど。そういうことか。
伊織は彼との生活を一番に考えたんだな。

「そうか。伊織と悠真くんの距離が近いのはいいことだな」

「はい。ですから、これからは今よりももっと浅香さんの情報をお伝えできると思います」

「ああ、そうだな。頼むよ」

私たちの会話をずっと聞いていた悠真くんが何かに気づいたように口を開いた。

「あ、あの……失礼なことをお伺いするかもしれませんが、もしかして周平さんは浅香さんのことを……?」

「ああ、実はそうなんだ。ただ思い続けているだけで何も行動には移せない小心者なのだが……」

自虐的にそう話すと、悠真くんは少し困ったような顔をしながらも、

「あの、浅香さんにお気持ちを伝えられたらどうでしょう?
今はというより、もう随分と特定の方はいらっしゃらないようですし、それにお気持ちを無下になさるような方ではありませんから、良い方に転がると思いますが……」

と助言してくれた。

「ああ、そうだな。きっと彼は嫌だとは言わないだろうな。それくらい優しい子なんだ。
だからこそ、困らせたくない。彼はきっと私が涼平の兄だとわかれば自分の感情を押し殺してでも『はい』と言ってくれるだろう。だからこそ、彼にそんな思いはさせたくないんだ。今はまだ見ているだけでいい。彼が特定の人を作るまでは見守っていられたらそれでいいんだ」

私の言葉に悠真くんも伊織も少し考え込んでいる様子だったが、2人とも応援してくれると言ってくれたのだ。
私の味方となるべき人が増えたことは私にとって幸せなことだった。

それからも時折、3人で呑むことが増えたがその時にいつも浅香くんの話題で盛り上がっていることを彼は何も知らない。
いつか、この中に浅香くんを交えて呑むことができれば……。
そんな思いを胸に私は今日も伊織と悠真くんと3人で楽しい時間を過ごした。

その日から5年の歳月を経てその願いが叶う日が来るとは、その時の私はまだ夢にも思っていなかった。
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