大富豪ロレーヌ総帥の初恋

波木真帆

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私の天使

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ユヅルの手を取り玄関扉の前に立つと、ジュールとジョルジュが扉を開ける。
中の様子に久しぶりだなと思う私の隣で、ユヅルは目を輝かせ、感嘆の声を上げながらあちらこちらへ顔を動かしている。

日本の空間的な間というか、余白を楽しむというシンプルな美しさとは違って、キャンバスいっぱいに色鮮やかに描かれた絵画や装飾で、壁の目線の位置から天井に至るまで全て隙間を埋め尽くすのが西洋の美と言える。

我が家の壁も天井も至る所に絵画と装飾で埋め尽くされているが、この城はそれ以上だろう。

美しさを感じるのはそれぞれ異なるものだから、どちらがより美しいとは言えない。
だが、一つだけ言えるのはこの豪華絢爛でどこを見渡しても煌びやかな空間でも、ユヅルの美しさは劣ることがないということだ。

日本のシンプルな空間にいればユヅルの美しさは際立つし、こちらの煌びやかな空間はユヅルの引き立て役となる。
いずれにしてもユヅルは何にも変え難い唯一の美なのだ。

そんなユヅルにこの城を守る可愛らしいものを紹介しようと声をかける。

天井に描かれた絵画の隅に何かが見えないか?
そう尋ねると、ユヅルは真剣にその絵を見つめた。
ユヅルと一緒にリオやソラ、ケイトたちも一斉に天井を見上げる。

その姿に思わず笑みが溢れてしまったのは、私だけではないようだ。
ミヅキもユウキもアヤシロもこっそりその姿を写真におさめている。
ユヅルの写真はこっそりとリュカがおさめているから問題ない。
後でゆっくり堪能するとするか。

そんなことを思っていると、

「わかったっ!! あそこの端に可愛い天使がいるっ!!」

とユヅルが興奮したように声を上げた。

「えっ、どこどこ?」

まだ見つけられないケイトが焦ったような声を出すのを、先に見つけられたソラが優しく教えてあげている。
そんな仔猫の戯れのような姿もまた可愛らしい。

「ちょっと思ったんだけど、あの天使……ちょっとユヅルに似てない?」

ミシェルのその一言で私は茫然となった。

この天使は我がロレーヌ家に幸福を与えてくれるとされている天使だと伝えられている。

だからというわけではないが、幼い頃からここに来るたびに壁や天井に描かれていた天使を探しまわっていた私。
今では自然とそこに視線が向くようになっていた。

それくらいその天使の存在に魅了されていたのだろう。

だが、ミシェルの言葉にもう一度じっくりとその天使に目をやれば、確かに似ている……。

髪の色はもちろん、穏やかに微笑む表情も、こちらを癒してくれるような優しい眼差しも全て似ている。
というより、この天使のモデルがユヅルだったのではないかと思うほどだ。

そんなことは決してあり得ないのに、そう納得してしまうほど似ている。

私が幼い頃からその天使に注目していたのは、ユヅルと出会った時に私の運命の相手だと見逃さないためだったのかもしれない。

「ユヅルに初めて出会った時、身体の奥から何か騒めき立つような感情を沸き上がったのは、もしかしたらずっとここで出会っていた天使にようやく出会えたからかもしれないな」

私の言葉にユヅルは恥ずかしそうにしていたが、いや絶対そうなのだ。

「私たちは疾うの昔から出会い、愛し合う運命にあったんだよ。まさか結婚式を挙げるその日にその事実を知ることになるとはな……。ああ、これも運命だな」

それしか考えられない。
その言葉に賛同してほしくて、セルジュに意見を求めたのだが、

「ええ、確かにそうかもしれませんね。そんな運命のお相手との結婚式の時間が迫っておりますよ。お話はまた今度にして、皆さまをお支度部屋にご案内なさった方がよろしいかと存じます」

と冷静に返されてしまった。

もっと同調してくれてもと思ったが、セルジュのいうことが正しい。
天使のことは後でまたユヅルと話すとして、今日のメインイイベントを成功させることを考えた方がいいか。

ジュールにアヤシロたちを案内させ、私はミヅキとリオ、そしてユウキとソラを支度部屋に案内することにした。

アヤシロたちに用意した支度部屋は同じフロアにあるが、別エリアにあるため近くはない。
それはケイトたちがユヅルたちのブライズメイドの役割を担ってくれると聞いていたからだ。

お揃いもしくは同じ色の衣装に身を包むブライズメイドの存在を知らないであろうユヅルたちにとっては、きっといいサプライズになるに違いない。
そして、アヤシロやマサオミたちにとっても愛しい伴侶のドレス姿を見られるのは幸運なことだろう。

そう。ケイトたちのサプライズは皆を幸せにしてくれるのだ。


支度部屋のある階に着くと、

「わぁーっ、雑巾掛けしたら大変そう……」

とリオがボソリと呟いた。
そのことについて、すぐに賛同したユヅルだったが私には意味が全くわからない。

ゾウキンガケとはなんだ?
何が大変なんだ?
この城に何か大変なことでもあったのか?

いろんな考えが頭をよぎるが全くわからず、ユヅルに助けを求めるとユヅルは笑いながら

「掃除の時に濡れたタオルで床を拭くんですよ。学校の廊下とか端から端まで手を乗せて思いっきり走ったりしてましたよ。でも流石にここだと途中で息が切れちゃいそうですね」

と教えてくれた。

床を濡タオルで走って拭き上げる?
全くもって想像がつかないが、学校の廊下と言ったか?
子どもがそんな苦行のようなことを学校で強いられるのか?

ミヅキたちも誰も不思議そうに思っていないところを見ると、日本では普通のことなのだろう。
私には全く経験もないし、おそらくこれからもやる機会はないだろうが、そんな苦行のようなことは決してユヅルに二度とさせないということだけは誓った。
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