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一番美味しいもの
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冬のパリの寒さはユヅルの住んでいた地域と比べると極寒だろう。
暖かなコートやその他の防寒具で備えているとはいえ、ユヅルは寒さに震えてしまうのではないかと心配したが、本人は寒さなどどこ吹く風と言った様子で楽しそうに辺りを眺めている。
「ユヅル、寒くないか?」
「エヴァンさんが一緒だから大丈夫です」
満面の笑みで私の腕に抱きついたままだ。
ああ、ユヅルとこうして腕を絡めあい、外を歩く日がくるとはな……。
デパートでの買い物も楽しかったが、こういう一般人のデートのようなことをするのもたまらなく楽しい。
「エヴァンさん、なんだかすごくいい匂いがします」
「ああ、ホットワインの香りだな。寒い時に暖かな『Vin Chaud』は格別なんだよ」
『ゔぁん、しょー?』
「ああ、ドイツ語ではグリューワイン、英語ではマルドワインだったか。赤ワインに、スパイスと柑橘系のフルーツ、そして少しはちみつを足したものを温めて飲むんだよ。身体の奥底まで温めてくれるからクリスマスマーケットには欠かせない飲み物だな」
「へぇー、美味しそうですね」
「だが、ユヅルは未成年だからまだ飲めないな。成人したら一緒に飲もう」
そういうとユヅルは嬉しそうに笑った。
「ヴァンショーは飲めないが、ほら、あっちを見てごらん」
私が指差して見せた先には、ユヅルの大好きなアレがあった。
「わぁー、ショコラショーだ!!!」
「飲みに行こうか?」
「いいんですか?」
「ああ、もちろんだよ」
「じゃあ、僕……自分でお店の人に注文してみたいです!!」
「えっ? そ、れは……」
「やっぱり僕のフランス語じゃ、まだ通じないですか……?」
いや、ここは観光客も多い。
拙いフランス語であっても、聞き取れる者はたくさんいるだろう。
そもそも英語ではなく、フランス語で話しかけてくれる観光客には好意的に感じるはずだ。
ユヅルはここ数ヶ月のリュカとの勉強で簡単な日常会話なら聞き取れるようになってきた。
注文の仕方も毎日のようにジュールにしているというのだから、おそらく注文は余裕だろう。
だが……あまりにも可愛すぎるのだ。
ユヅルの可愛らしいフランス語で声をかけられた店員がよからぬことを考えてもおかしくはない。
とはいえ、注文してみたいというユヅルの願いを叶えてやりたい。
仕方がない。
私が隣にいて見張っていれば、大丈夫だろう。
ジョルジュとジュールもそばにいるしな。
「ユヅルに頼んでもいいか?」
「はい。任せてください! あの、パピーとジョルジュさんのも一緒に頼みますか?」
「んっ? そうだな。いるかどうか聞いてみよう」
ジョルジュは職務中だからいらないというと思ったが、ジュールはユヅルが注文するなら飲んでみたいというかもしれない。
そう思って声をかけると、案の上、
『ユヅルさまが私のためにご注文くださるなんて! この爺にとっても素敵な贈り物でございますよ』
と興奮したように喜んでいた。
「ユヅル。ジュールの分だけ頼む。私は隣のヴァンショーを頼むよ」
「はい。わぁー、うまく言えるかな。ふふっ。ドキドキします」
ああ、もうなんて可愛いんだ!
こんな可愛い姿を他の者に見せるなんて!!
複雑な思いを持ちながら、ショコラショーを売っている店に向かう。
ちょうど列が区切れたところだったようで、私はユヅルと共に店主の目の前に立ったが、突然可愛らしい子が目の前に立ったことに驚いたようで、店主の目はもはやユヅルしか見えていないようだ。
『Bonjour!』
ユヅルが笑顔で挨拶の声をかけると、店主はポーッと見とれた様子で
『Bo……bonjour』
と挨拶を返す。
ユヅルはそんな店主の様子に気づいた様子もなく、
「えっと……『Deux chocolat chaud s'il ブプレ』
一生懸命注文するが、店主は可愛いユヅルに見惚れるばかりで何も聞いていないようだ。
「え、エヴァンさん……」
自分の発音が悪いせいで聞き取ってもらえなかったと、うっすらと涙を浮かべながら私を見上げる。
ああ、可愛い!
って、それを言っている場合ではない。
『店主! 注文を聞いているか?』
少し低い声で威圧的に声をかけると、店主は身体をビクッと大きく震わせて私に視線を向けた。
どうやらようやく私の存在に気付いたようだ。
『ヒィーっ! ロレーヌ一族の……っ』
一気に顔を青褪めさせる店主に
『いいから、注文を取ってくれ!』
と告げ、ユヅルにもう一度注文するように促した。
少し涙声でもう一度注文すると、すぐに店主は
『D’accord!』
と言ってショコラショーを作り始めた。
「上手だったぞ、ユヅル」
「よかった」
注文が通じたことにホッとしたのか寒さでほんのり鼻を赤くしながら潤んだ瞳で私に抱きついてくる。
ああ、本当に可愛い。
ここの広場に入った時から、ユヅルへの視線は途轍もないほど注がれていたが、ユヅルの方からこうして抱きついてきてくれて、周りにかなり牽制ができた。
すぐにショコラショーを手に持ってきた店主から受け取り、
『メルシー』
とユヅルが笑顔で返すと、店主はその場に膝から崩れ落ちた。
「わっ!!」
目の前で突然人が崩れ落ちる姿を見るのが今日はもう二人目だ。
それほどまでに皆ユヅルの可愛さに魅了されてしまう。
ユヅルが手を差し出す前にさっとジョルジュが店主を引き上げ、私は急いでユヅルをその場から離した。
「あの、さっきの店員さん……大丈夫でしょうか?」
「気にしないでいい。きっとこの寒さに震えただけだ。ほら、ユヅルも風邪をひかないようにショコラショーを飲んで」
そういうと、ユヅルは嬉しそうにショコラショーに口をつけた。
「わぁー、甘くてとっても美味しい!」
満開の花のような可愛い笑顔を見せながら、
『パピー、美味しい?』
と尋ねると、ジュールは本当に嬉しそうに顔を綻ばせながら、
『今まで飲んだショコラショーの中で一番美味しいです』
と答えた。
ジュールにとってユヅルが自分のために注文してくれたことが嬉しかったのだろうな。
暖かなコートやその他の防寒具で備えているとはいえ、ユヅルは寒さに震えてしまうのではないかと心配したが、本人は寒さなどどこ吹く風と言った様子で楽しそうに辺りを眺めている。
「ユヅル、寒くないか?」
「エヴァンさんが一緒だから大丈夫です」
満面の笑みで私の腕に抱きついたままだ。
ああ、ユヅルとこうして腕を絡めあい、外を歩く日がくるとはな……。
デパートでの買い物も楽しかったが、こういう一般人のデートのようなことをするのもたまらなく楽しい。
「エヴァンさん、なんだかすごくいい匂いがします」
「ああ、ホットワインの香りだな。寒い時に暖かな『Vin Chaud』は格別なんだよ」
『ゔぁん、しょー?』
「ああ、ドイツ語ではグリューワイン、英語ではマルドワインだったか。赤ワインに、スパイスと柑橘系のフルーツ、そして少しはちみつを足したものを温めて飲むんだよ。身体の奥底まで温めてくれるからクリスマスマーケットには欠かせない飲み物だな」
「へぇー、美味しそうですね」
「だが、ユヅルは未成年だからまだ飲めないな。成人したら一緒に飲もう」
そういうとユヅルは嬉しそうに笑った。
「ヴァンショーは飲めないが、ほら、あっちを見てごらん」
私が指差して見せた先には、ユヅルの大好きなアレがあった。
「わぁー、ショコラショーだ!!!」
「飲みに行こうか?」
「いいんですか?」
「ああ、もちろんだよ」
「じゃあ、僕……自分でお店の人に注文してみたいです!!」
「えっ? そ、れは……」
「やっぱり僕のフランス語じゃ、まだ通じないですか……?」
いや、ここは観光客も多い。
拙いフランス語であっても、聞き取れる者はたくさんいるだろう。
そもそも英語ではなく、フランス語で話しかけてくれる観光客には好意的に感じるはずだ。
ユヅルはここ数ヶ月のリュカとの勉強で簡単な日常会話なら聞き取れるようになってきた。
注文の仕方も毎日のようにジュールにしているというのだから、おそらく注文は余裕だろう。
だが……あまりにも可愛すぎるのだ。
ユヅルの可愛らしいフランス語で声をかけられた店員がよからぬことを考えてもおかしくはない。
とはいえ、注文してみたいというユヅルの願いを叶えてやりたい。
仕方がない。
私が隣にいて見張っていれば、大丈夫だろう。
ジョルジュとジュールもそばにいるしな。
「ユヅルに頼んでもいいか?」
「はい。任せてください! あの、パピーとジョルジュさんのも一緒に頼みますか?」
「んっ? そうだな。いるかどうか聞いてみよう」
ジョルジュは職務中だからいらないというと思ったが、ジュールはユヅルが注文するなら飲んでみたいというかもしれない。
そう思って声をかけると、案の上、
『ユヅルさまが私のためにご注文くださるなんて! この爺にとっても素敵な贈り物でございますよ』
と興奮したように喜んでいた。
「ユヅル。ジュールの分だけ頼む。私は隣のヴァンショーを頼むよ」
「はい。わぁー、うまく言えるかな。ふふっ。ドキドキします」
ああ、もうなんて可愛いんだ!
こんな可愛い姿を他の者に見せるなんて!!
複雑な思いを持ちながら、ショコラショーを売っている店に向かう。
ちょうど列が区切れたところだったようで、私はユヅルと共に店主の目の前に立ったが、突然可愛らしい子が目の前に立ったことに驚いたようで、店主の目はもはやユヅルしか見えていないようだ。
『Bonjour!』
ユヅルが笑顔で挨拶の声をかけると、店主はポーッと見とれた様子で
『Bo……bonjour』
と挨拶を返す。
ユヅルはそんな店主の様子に気づいた様子もなく、
「えっと……『Deux chocolat chaud s'il ブプレ』
一生懸命注文するが、店主は可愛いユヅルに見惚れるばかりで何も聞いていないようだ。
「え、エヴァンさん……」
自分の発音が悪いせいで聞き取ってもらえなかったと、うっすらと涙を浮かべながら私を見上げる。
ああ、可愛い!
って、それを言っている場合ではない。
『店主! 注文を聞いているか?』
少し低い声で威圧的に声をかけると、店主は身体をビクッと大きく震わせて私に視線を向けた。
どうやらようやく私の存在に気付いたようだ。
『ヒィーっ! ロレーヌ一族の……っ』
一気に顔を青褪めさせる店主に
『いいから、注文を取ってくれ!』
と告げ、ユヅルにもう一度注文するように促した。
少し涙声でもう一度注文すると、すぐに店主は
『D’accord!』
と言ってショコラショーを作り始めた。
「上手だったぞ、ユヅル」
「よかった」
注文が通じたことにホッとしたのか寒さでほんのり鼻を赤くしながら潤んだ瞳で私に抱きついてくる。
ああ、本当に可愛い。
ここの広場に入った時から、ユヅルへの視線は途轍もないほど注がれていたが、ユヅルの方からこうして抱きついてきてくれて、周りにかなり牽制ができた。
すぐにショコラショーを手に持ってきた店主から受け取り、
『メルシー』
とユヅルが笑顔で返すと、店主はその場に膝から崩れ落ちた。
「わっ!!」
目の前で突然人が崩れ落ちる姿を見るのが今日はもう二人目だ。
それほどまでに皆ユヅルの可愛さに魅了されてしまう。
ユヅルが手を差し出す前にさっとジョルジュが店主を引き上げ、私は急いでユヅルをその場から離した。
「あの、さっきの店員さん……大丈夫でしょうか?」
「気にしないでいい。きっとこの寒さに震えただけだ。ほら、ユヅルも風邪をひかないようにショコラショーを飲んで」
そういうと、ユヅルは嬉しそうにショコラショーに口をつけた。
「わぁー、甘くてとっても美味しい!」
満開の花のような可愛い笑顔を見せながら、
『パピー、美味しい?』
と尋ねると、ジュールは本当に嬉しそうに顔を綻ばせながら、
『今まで飲んだショコラショーの中で一番美味しいです』
と答えた。
ジュールにとってユヅルが自分のために注文してくれたことが嬉しかったのだろうな。
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