47 / 167
名前で呼んでほしい
しおりを挟む
クリスマスにユヅルと式を挙げる。
それに備えて、準備は着々と進んでいる。
フランスで最高峰のドレスデザイナーを招集し、ユヅルにあうドレスをすでに製作中だが、このデザイン決めが一番時間がかかった。
なんせあの可愛らしいユヅルに着せるドレスだ。
悩まないわけがない。
あの絶世の美女といわれたアマネにそっくりなユヅルだから、定番のドレスではドレスの方がユヅルの美しさに負けてしまうだろう。
それにこのロレーヌ家の威信をかけて、アヤシロの友人たちの可愛い恋人が着るドレスよりも素晴らしいものを着せなくてはいけない。
そんなプレッシャーの中、名だたるドレスデザイナーたちの助言を聞きながら、ようやくデザインが決まったのはドレス制作に取り掛からなければいけないギリギリの日だった。
全身にフランスの最高級リバーレースを使ったハイネックのドレス。
ユヅルの肌をあまり晒したくないから肘までの袖付きだ。
それをユヅルの好みそうな腰からスカートにかけてふんわりとボリュームのあるドレスに仕立てた。
もちろん、ロレーヌ家の紋章付き。
そのドレスに、わがロレーヌ家に代々伝わるロングトレーンとクラウンティアラを合わせれば、父も、そしてニコラとアマネも喜んでくれることだろう。
完成したドレスを見て、ユヅルがどんな反応をしてくれるか……それが楽しみでならない。
それだけ時間と手間と労力をかけて作り上げるユヅルのドレスと違って、私の衣装はといえば新しく作るものはない。
なぜなら、すでに出来上がっているからだ。
わがロレーヌ家では成人を迎えた日から毎年、ロレーヌ家の象徴でもあるBleu profondを基調とした衣装を仕立てる。
ロレーヌ家の紋章付きのそれは結婚式であれ、葬儀であれ、全てにおいての正装だ。
ロレーヌ家の人間である以上、これを着ない選択肢はない。
ユヅルも私の伴侶となったら、揃いの衣装を仕立てよう。
ドレスもいいが、同じ衣装に身を包むのもいいものだ。
アヤシロの友人たちの愛しい恋人はユヅルと似たタイプの子達だと聞いているが、彼らはどんな衣装を仕立ててくるだろうか。
まぁ私も、そして彼らも自分の恋人が一番だからどんな衣装でも相手を羨ましく思うことなど何もないが。
ああ、ユヅルがいつにも増して美しくなった姿を見るのが楽しみだ。
『エヴァンさま、結婚式の準備は滞りなく進んでおられますか?』
『ああ、もちろんだ。そっちはどうだ? 城の方の準備は整っているか?』
『はい。そちらはご安心ください。お部屋のご準備も、教会の準備も、すべて整っております』
『そうか、お前が手配してくれたのなら安心だな。そういえば、ミシェルが結婚式でヴァイオリンを弾くとユヅルに話をしていたようだが、本当なのか?』
『はい。毎日練習にも熱がこもっているようです。今度フランスに来られる方とは、すでにメッセージアプリでグループを作って話をしているようで、すっかり打ち解けていますよ。ユヅルさまと出会って、ご友人を紹介していただいて本当に嬉しそうで……それで自ら名乗りをあげたみたいです』
『そうか……ミシェルにも良い出会いになったようでよかったよ。だが、挙式はクリスマスだぞ。お前たちはすでに予定を組んでいたのではなかったか? 毎年クリスマスには二人で旅行に行っていただろう?』
『ええ、今年は暖かい南の島を貸切にしてゆっくりと過ごす予定でしたが、ミシェルがどうしてもというのでキャンセルしましたよ』
『そうか、悪かったな』
『いいえ、私はミシェルが楽しく過ごせればそれで良いのです。南の島にはいつでも行けますが、友人たちの結婚式に出席できるなんてミシェルにとっては初めての経験ですからね。私はそんな普通の経験をミシェルにさせてあげたいのです』
セルジュの気持ちは痛いほどよくわかる。
アヤシロの友人がクリスマスを知らない恋人のためにクリスマスに特別な思い出を作ろうとしてあげたように……
そして、クリスマスも誕生日も贈り物を貰った事のないユヅルに幸せという贈り物をあげたいと誓った私のように……
セルジュも友人がいなかったミシェルに友人と過ごす時間を作ってやりたいのだ。
可愛い恋人のためならなんでもしてやるのが、伴侶として、そして恋人としての務めなのだから。
『むっしゅ エヴァン。おしごと、おつか、れさま、です』
仕事を終え、部屋に戻るとすぐに駆け寄ってお疲れさまと言いながらキスをしてくれるのが日課なのだが、今日はフランス語でのお出迎えだ。
『ああ。ユヅル。今日も、勉強を頑張ったようだな』
まだ辿々しい発音だが、それもたまらなく可愛い。
だが、ひとつだけ不満があるとすれば……『monsieur』という呼びかけだけだな。
愛しい恋人に『monsieur』付きで呼ばれるとは、よそよそしすぎる。
「ユヅル、私には『monsieur』はいらない。エヴァンと名前だけで呼んでくれ」
「えっ、でも……エヴァンさんを呼び捨てだなんて……」
「私たちはもう夫夫になるのだぞ。特別な存在であるはずなのに、『monsieur』だなんて呼ばれたら私は悲しくてたまらないぞ」
「エヴァンさん……」
「日本語の時でもエヴァンと名前で呼んで欲しいくらいなんだ。ユヅル、ダメか?」
「わ、わかりました……あの、じゃあ……今は、フランス語の時だけ……それからゆっくりと、でいいですか?」
「ああ、それでいい。ありがとう、ユヅル。嬉しいよ」
そう言ってユヅルを抱き寄せると、ユヅルは小さな声で
「優しいエヴァンが……だいすき」
と耳元で囁いた。
それに備えて、準備は着々と進んでいる。
フランスで最高峰のドレスデザイナーを招集し、ユヅルにあうドレスをすでに製作中だが、このデザイン決めが一番時間がかかった。
なんせあの可愛らしいユヅルに着せるドレスだ。
悩まないわけがない。
あの絶世の美女といわれたアマネにそっくりなユヅルだから、定番のドレスではドレスの方がユヅルの美しさに負けてしまうだろう。
それにこのロレーヌ家の威信をかけて、アヤシロの友人たちの可愛い恋人が着るドレスよりも素晴らしいものを着せなくてはいけない。
そんなプレッシャーの中、名だたるドレスデザイナーたちの助言を聞きながら、ようやくデザインが決まったのはドレス制作に取り掛からなければいけないギリギリの日だった。
全身にフランスの最高級リバーレースを使ったハイネックのドレス。
ユヅルの肌をあまり晒したくないから肘までの袖付きだ。
それをユヅルの好みそうな腰からスカートにかけてふんわりとボリュームのあるドレスに仕立てた。
もちろん、ロレーヌ家の紋章付き。
そのドレスに、わがロレーヌ家に代々伝わるロングトレーンとクラウンティアラを合わせれば、父も、そしてニコラとアマネも喜んでくれることだろう。
完成したドレスを見て、ユヅルがどんな反応をしてくれるか……それが楽しみでならない。
それだけ時間と手間と労力をかけて作り上げるユヅルのドレスと違って、私の衣装はといえば新しく作るものはない。
なぜなら、すでに出来上がっているからだ。
わがロレーヌ家では成人を迎えた日から毎年、ロレーヌ家の象徴でもあるBleu profondを基調とした衣装を仕立てる。
ロレーヌ家の紋章付きのそれは結婚式であれ、葬儀であれ、全てにおいての正装だ。
ロレーヌ家の人間である以上、これを着ない選択肢はない。
ユヅルも私の伴侶となったら、揃いの衣装を仕立てよう。
ドレスもいいが、同じ衣装に身を包むのもいいものだ。
アヤシロの友人たちの愛しい恋人はユヅルと似たタイプの子達だと聞いているが、彼らはどんな衣装を仕立ててくるだろうか。
まぁ私も、そして彼らも自分の恋人が一番だからどんな衣装でも相手を羨ましく思うことなど何もないが。
ああ、ユヅルがいつにも増して美しくなった姿を見るのが楽しみだ。
『エヴァンさま、結婚式の準備は滞りなく進んでおられますか?』
『ああ、もちろんだ。そっちはどうだ? 城の方の準備は整っているか?』
『はい。そちらはご安心ください。お部屋のご準備も、教会の準備も、すべて整っております』
『そうか、お前が手配してくれたのなら安心だな。そういえば、ミシェルが結婚式でヴァイオリンを弾くとユヅルに話をしていたようだが、本当なのか?』
『はい。毎日練習にも熱がこもっているようです。今度フランスに来られる方とは、すでにメッセージアプリでグループを作って話をしているようで、すっかり打ち解けていますよ。ユヅルさまと出会って、ご友人を紹介していただいて本当に嬉しそうで……それで自ら名乗りをあげたみたいです』
『そうか……ミシェルにも良い出会いになったようでよかったよ。だが、挙式はクリスマスだぞ。お前たちはすでに予定を組んでいたのではなかったか? 毎年クリスマスには二人で旅行に行っていただろう?』
『ええ、今年は暖かい南の島を貸切にしてゆっくりと過ごす予定でしたが、ミシェルがどうしてもというのでキャンセルしましたよ』
『そうか、悪かったな』
『いいえ、私はミシェルが楽しく過ごせればそれで良いのです。南の島にはいつでも行けますが、友人たちの結婚式に出席できるなんてミシェルにとっては初めての経験ですからね。私はそんな普通の経験をミシェルにさせてあげたいのです』
セルジュの気持ちは痛いほどよくわかる。
アヤシロの友人がクリスマスを知らない恋人のためにクリスマスに特別な思い出を作ろうとしてあげたように……
そして、クリスマスも誕生日も贈り物を貰った事のないユヅルに幸せという贈り物をあげたいと誓った私のように……
セルジュも友人がいなかったミシェルに友人と過ごす時間を作ってやりたいのだ。
可愛い恋人のためならなんでもしてやるのが、伴侶として、そして恋人としての務めなのだから。
『むっしゅ エヴァン。おしごと、おつか、れさま、です』
仕事を終え、部屋に戻るとすぐに駆け寄ってお疲れさまと言いながらキスをしてくれるのが日課なのだが、今日はフランス語でのお出迎えだ。
『ああ。ユヅル。今日も、勉強を頑張ったようだな』
まだ辿々しい発音だが、それもたまらなく可愛い。
だが、ひとつだけ不満があるとすれば……『monsieur』という呼びかけだけだな。
愛しい恋人に『monsieur』付きで呼ばれるとは、よそよそしすぎる。
「ユヅル、私には『monsieur』はいらない。エヴァンと名前だけで呼んでくれ」
「えっ、でも……エヴァンさんを呼び捨てだなんて……」
「私たちはもう夫夫になるのだぞ。特別な存在であるはずなのに、『monsieur』だなんて呼ばれたら私は悲しくてたまらないぞ」
「エヴァンさん……」
「日本語の時でもエヴァンと名前で呼んで欲しいくらいなんだ。ユヅル、ダメか?」
「わ、わかりました……あの、じゃあ……今は、フランス語の時だけ……それからゆっくりと、でいいですか?」
「ああ、それでいい。ありがとう、ユヅル。嬉しいよ」
そう言ってユヅルを抱き寄せると、ユヅルは小さな声で
「優しいエヴァンが……だいすき」
と耳元で囁いた。
136
お気に入りに追加
1,721
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる