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ユヅルの思い
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朝食を全て部屋に運び終えたジュールは、
『セルジュさまからのお言伝でございます。アマネさまの埋葬許可が下りたとのことでございます』
と知らせてくれた。
『そうか、ならば近いうちにユヅルを連れてニコラの元に行くとしよう。いつでも行けるように準備を整えておいてくれ』』
『承知いたしました』
頭をさげ部屋を出るジュールを見送り、上質なバターが香る焼きたてのクロワッサンとホットチョコレートを持って、寝室へと入った途端
「わぁっ! いい匂い!」
と嬉しそうなユヅルの声が上がった。
ニコラの好みを受け継いだユヅルなら、きっとシャルルのクロワッサンは気に入るだろうな。
ユヅルにニコラもその組み合わせが好きだったのだと教えてやると、
「お父さんも……」
と嬉しそうに呟いた。
この前までニコラさんと呼んでいたはずだったが……ユヅルの中で何か思いが変わったのだろうか。
尋ねてみれば、ニコラがアマネを愛していたのがわかったからだと少し照れながら話してくれた。
日本にいたときはユヅルにはニコラのことを誰も教えてくれる人がいなかったから、もしかしたら一度くらいは父親を憎むこともあったかもしれない。
アマネは決してニコラの……いや、父親の悪口を言わなかったというから、何も話さない代わりにニコラとの思い出を全て自分の中で守っていたのだろうな。
アマネにとっても最愛の人を亡くした事実は言葉にするのも辛かったのかもしれない。
生まれてから18年もの間、父親を知らずに育ったのだ。
だが、父親がユヅルを捨てたわけではないと知って、考えるところがあったのだろう。
だからこそ、ニコラのいるフランスに着いてから、父親として認めたのかもしれないな。
ああ……もし、ニコラが事故に遭わずにアマネと再会できていたら……きっとユヅルはこのフランスで両親と我々家族に見守られ、幸せに暮らしていたことだろう。
そうしたら、私はもっと早いうちに運命であるユヅルと出会えただろうに……。
それだけが惜しいが、こうしてユヅルと出会うことができた。
そう。遅かれ早かれ私たちは出会う運命にあったということだ。
過ぎてしまった年月を後悔するよりこれからの長い人生をユヅルと共に暮らせることを幸せと思わねばな。
私にユヅルを与えてくれたニコラに早くアマネを連れていってあげたい。
そして、ニコラの息子がこんなにも美しく、素直に育ったのを見せてあげたい。
私はユヅルを見つめながら、その思いでいっぱいになっていた。
美味しそうにシャルルの作った朝食を平らげたユヅルは満足そうにお腹を摩っている。
といっても、通常よりは小さめのクロワッサンを2個。
ホットチョコレートを一杯。
そして、果物を数種類をそれぞれ一つずつ。
それでお腹がいっぱいになったようだ。
やはり、ユヅルは育ち盛りだというのに食が細い。
無理はさせるつもりはないが、少しずつ量を増やしていけるようにした方がいいだろうな。
ユヅルの顔を見れば、すぐにでもニコラのところに行きたい、アマネをニコラのもとに送り届けてやりたいと訴えているが、昨日の今日でそれは無理な話だ。
身体のことも心配だし、それにいま、外に出せば飢えた狼どもがすぐにユヅルに寄ってきてしまう。
今日はゆっくりとここで休ませておいた方が身のためだろう。
明日ニコラのところに行こうというと、ユヅルは声をあげて喜んでいた。
ニコラのいる場所がどんなところかと尋ねるユヅルの頭の中には、おそらく日本のあの墓地が頭に浮かんでいるのだろう。
だが、フランスの墓地は花と緑に囲まれたところが多い。
公園のような気楽な感じで会いに行ける場所だ。
そう教えてやると、ユヅルは日本の公園でアマネとよくピクニックをしていたと教えてくれた。
ならば、我々もするまでだ。
ニコラと楽しい時間を過ごすのだ。
最近、フランスでは日本の漫画やアニメの影響で『ベントー』が流行っているらしい。
それをシャルルに作ってもらってニコラのところで食事でもしようか……そう誘うと、
「じゃあ僕明日お弁当作りたいです!」
思いもかけない言葉が返ってきた。
ユヅルは料理はあまりやらないと言っていたが、それでも作りたいと言ってくれたのは私を思ってくれたからだろうか。
あまりにも都合が良すぎる想像だが、そう考えるだけで私はたまらなく嬉しいのだ。
ベルを鳴らしジュールを呼び、食器を片付けている間に声をかけた。
『ジュール、明日ユヅルが厨房でベントーを作りたいと言っているが、できるか?』
『ユヅルさまがお料理、でございますか?』
『ああ、明日ニコラのところに行こうと話をしたら、ベントーを作って外で食事がしたいという話になったのだ。それでユヅルがベントーを作ってくれるらしい』
『それはそれは……。承知いたしました。シャルルには私から申し伝えます』
『ああ、頼む』
ジュールとのやりとりをユヅルに伝えると、ユヅルは少し赤い顔をしながらお礼を言っていた。
ジュールはユヅルが話す『めるしー、ぱぴー』という辿々しい発音がいたく気に入っているようだ。
まぁ、幼子が話すような発音だからな。
可愛いユヅルが話せば、可愛さも百倍増しだ。
笑顔で
『Avecplaisir!』
と返すジュールは本当にユヅルにメロメロのようだな。
私とユヅルとのやり取りの中で自分の名前が出てきたことに気づいたジュールは、全てにおいてユヅルから『ぱぴー』と呼ばれたいと言ってきた。
まさかこのような要望を私に言ってくる日が来るとは夢にも思わなかったが、ずっと仕えてくれているジュールの願いは叶えてやりたい。
ユヅルに全て『ぱぴー』というようにと告げると、ユヅルは嬉しそうに笑って、『ぱぴー』と声をかけていた。
ジュールが嬉しそうに笑っている。
やはりユヅルがいるだけでこの屋敷の中は随分と変わったようだ。
『セルジュさまからのお言伝でございます。アマネさまの埋葬許可が下りたとのことでございます』
と知らせてくれた。
『そうか、ならば近いうちにユヅルを連れてニコラの元に行くとしよう。いつでも行けるように準備を整えておいてくれ』』
『承知いたしました』
頭をさげ部屋を出るジュールを見送り、上質なバターが香る焼きたてのクロワッサンとホットチョコレートを持って、寝室へと入った途端
「わぁっ! いい匂い!」
と嬉しそうなユヅルの声が上がった。
ニコラの好みを受け継いだユヅルなら、きっとシャルルのクロワッサンは気に入るだろうな。
ユヅルにニコラもその組み合わせが好きだったのだと教えてやると、
「お父さんも……」
と嬉しそうに呟いた。
この前までニコラさんと呼んでいたはずだったが……ユヅルの中で何か思いが変わったのだろうか。
尋ねてみれば、ニコラがアマネを愛していたのがわかったからだと少し照れながら話してくれた。
日本にいたときはユヅルにはニコラのことを誰も教えてくれる人がいなかったから、もしかしたら一度くらいは父親を憎むこともあったかもしれない。
アマネは決してニコラの……いや、父親の悪口を言わなかったというから、何も話さない代わりにニコラとの思い出を全て自分の中で守っていたのだろうな。
アマネにとっても最愛の人を亡くした事実は言葉にするのも辛かったのかもしれない。
生まれてから18年もの間、父親を知らずに育ったのだ。
だが、父親がユヅルを捨てたわけではないと知って、考えるところがあったのだろう。
だからこそ、ニコラのいるフランスに着いてから、父親として認めたのかもしれないな。
ああ……もし、ニコラが事故に遭わずにアマネと再会できていたら……きっとユヅルはこのフランスで両親と我々家族に見守られ、幸せに暮らしていたことだろう。
そうしたら、私はもっと早いうちに運命であるユヅルと出会えただろうに……。
それだけが惜しいが、こうしてユヅルと出会うことができた。
そう。遅かれ早かれ私たちは出会う運命にあったということだ。
過ぎてしまった年月を後悔するよりこれからの長い人生をユヅルと共に暮らせることを幸せと思わねばな。
私にユヅルを与えてくれたニコラに早くアマネを連れていってあげたい。
そして、ニコラの息子がこんなにも美しく、素直に育ったのを見せてあげたい。
私はユヅルを見つめながら、その思いでいっぱいになっていた。
美味しそうにシャルルの作った朝食を平らげたユヅルは満足そうにお腹を摩っている。
といっても、通常よりは小さめのクロワッサンを2個。
ホットチョコレートを一杯。
そして、果物を数種類をそれぞれ一つずつ。
それでお腹がいっぱいになったようだ。
やはり、ユヅルは育ち盛りだというのに食が細い。
無理はさせるつもりはないが、少しずつ量を増やしていけるようにした方がいいだろうな。
ユヅルの顔を見れば、すぐにでもニコラのところに行きたい、アマネをニコラのもとに送り届けてやりたいと訴えているが、昨日の今日でそれは無理な話だ。
身体のことも心配だし、それにいま、外に出せば飢えた狼どもがすぐにユヅルに寄ってきてしまう。
今日はゆっくりとここで休ませておいた方が身のためだろう。
明日ニコラのところに行こうというと、ユヅルは声をあげて喜んでいた。
ニコラのいる場所がどんなところかと尋ねるユヅルの頭の中には、おそらく日本のあの墓地が頭に浮かんでいるのだろう。
だが、フランスの墓地は花と緑に囲まれたところが多い。
公園のような気楽な感じで会いに行ける場所だ。
そう教えてやると、ユヅルは日本の公園でアマネとよくピクニックをしていたと教えてくれた。
ならば、我々もするまでだ。
ニコラと楽しい時間を過ごすのだ。
最近、フランスでは日本の漫画やアニメの影響で『ベントー』が流行っているらしい。
それをシャルルに作ってもらってニコラのところで食事でもしようか……そう誘うと、
「じゃあ僕明日お弁当作りたいです!」
思いもかけない言葉が返ってきた。
ユヅルは料理はあまりやらないと言っていたが、それでも作りたいと言ってくれたのは私を思ってくれたからだろうか。
あまりにも都合が良すぎる想像だが、そう考えるだけで私はたまらなく嬉しいのだ。
ベルを鳴らしジュールを呼び、食器を片付けている間に声をかけた。
『ジュール、明日ユヅルが厨房でベントーを作りたいと言っているが、できるか?』
『ユヅルさまがお料理、でございますか?』
『ああ、明日ニコラのところに行こうと話をしたら、ベントーを作って外で食事がしたいという話になったのだ。それでユヅルがベントーを作ってくれるらしい』
『それはそれは……。承知いたしました。シャルルには私から申し伝えます』
『ああ、頼む』
ジュールとのやりとりをユヅルに伝えると、ユヅルは少し赤い顔をしながらお礼を言っていた。
ジュールはユヅルが話す『めるしー、ぱぴー』という辿々しい発音がいたく気に入っているようだ。
まぁ、幼子が話すような発音だからな。
可愛いユヅルが話せば、可愛さも百倍増しだ。
笑顔で
『Avecplaisir!』
と返すジュールは本当にユヅルにメロメロのようだな。
私とユヅルとのやり取りの中で自分の名前が出てきたことに気づいたジュールは、全てにおいてユヅルから『ぱぴー』と呼ばれたいと言ってきた。
まさかこのような要望を私に言ってくる日が来るとは夢にも思わなかったが、ずっと仕えてくれているジュールの願いは叶えてやりたい。
ユヅルに全て『ぱぴー』というようにと告げると、ユヅルは嬉しそうに笑って、『ぱぴー』と声をかけていた。
ジュールが嬉しそうに笑っている。
やはりユヅルがいるだけでこの屋敷の中は随分と変わったようだ。
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