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私が守る
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気づけばもうとっくに夕食の時間を過ぎている。
食事をしたかと尋ねると何も食べていないという。
食欲がないと言っていたが、それはそうだろう。
なんせ二人っきりで暮らしていた母親が亡くなったのだ。
悠長に食事などする気にはならないだろう。
おそらくアマネの一報を聞いてから食べ物どころか飲み物もとっていないに違いない。
しかし、ユヅルは生きているのだ。
落ち込んでいるところに飲まず食わずでいれば、瞬く間に体調を崩してしまうことだろう。
何か身体に優しいものでも作ってやろうと思い、冷蔵庫の中のものを使っていいかと尋ねれば、キッチンを案内しようとしたユヅルがフラフラと私の膝から落ちそうになった。
間一髪のところでユヅルを抱きとめ、私から離れないようにと言い聞かせると、ユヅルは大人しく頷いた。
これで堂々とユヅルを抱きしめられるとほくそ笑みながら、ユヅルを抱いたままキッチンへと向かった。
キッチンを見ればそこでどんなものが作られていたかを想像できるが、ここのキッチンは古いキッチンながら手入れが行き届いていて、アマネが毎日綺麗に食事を作っているのが容易にわかった。
きっとアマネは料理上手だったのだろう。
そう尋ねると、少ないお金の中でも工夫を凝らした料理を作ってくれて美味しかったとアマネの料理の思い出を教えてくれた。
「そうか……素晴らしいな。ニコラはアマネのそういうところも愛していたのだろうな」
ニコラにとってアマネは何もかも全て最上級の女性だったのだろうが、そういうちょっとした所もニコラの心を掴んでいたのだろう。
私がポツリと呟いた言葉に、突然ユヅルが涙を流し始めた。
ああ、泣かせるつもりなどなかったのに。
ユヅルを悲しませてしまったかと慌てて声をかけるとユヅルは嬉しいのだと言い出した。
アマネのことを褒められたことも、そしてニコラのことを聞かせてもらえたのも全て嬉しいのだと話すユヅルの気持ちが痛いほどわかって、私は夜にゆっくりとアマネとニコラの思い出を語り明かそうと約束した。
それがきっとユヅルの心も軽くなると思ったのだ。
嬉しそうに頷くユヅルを見て私はホッとしたのだった。
冷蔵庫を開けたユヅルは
「あ――っ!」
と大きな声をあげたまま微動だにしなくなった。
かと思えば、目にいっぱい涙を溜めて冷蔵庫の中を見つめている。
見れば、スープ用の鍋が中に置かれていた。
そうか……。
アマネの作ったものを見て悲しくなったのだろう。
尋ねれば、今日が誕生日だという。
このスープはアマネがユヅルの誕生日パーティーのために用意してくれていたもののようだ。
それは泣くに決まっている。
というか、それよりもユヅルの誕生日が今日であったことを私が知らなかったことが許せなかった。
自分の誕生日が母親の命日になってしまったユヅル。
このままでは毎年を悲しく過ごすことになってしまうだろう。
アマネの死も受け入れつつ、ユヅルが誕生日を祝えるようにしてあげなければな。
それにしても何か気の利いたものでも持ってきてやればよかった。
せめてケーキだけでも用意してやれればよかったのに。
私は駆けつけることしか考えていなかった。
ユヅルに素直に詫びたが、ユヅルは涙を流しながらも私がきただけで十分だと言ってくれた。
ああ、悲しくて辛いだろうに……私を気遣ってそんな優しい言葉をかけてくれるユヅルが愛おしくてたまらなかった。
ユヅルを抱きしめ、一緒にアマネの残したスープを飲もうと声をかけ食事の支度のためにユヅルをソファーで休ませることにした。
ジャケットを脱ぎ、ユヅルにかけてからキッチンへと向かった。
冷蔵庫からスープ鍋を取り出し火にかけていくと優しいトマトスープの匂いが漂ってきた。
ユヅルのことを思いスープを作っていたアマネの嬉しそうな顔が目に浮かぶ。
ニコラとの思い出を胸にユヅルの誕生日を祝おうとしていたのだな。
アマネ……ニコラ……。
これからは私が全身全霊を持ってユヅルを守り続けるよ。
だから、安心して私にユヅルを託してくれ。
心の中でそう願いながら、アマネのスープを見つめていた。
キッチン横の棚にバナナが置いてあるのを見つけて、誕生日ケーキ代わりのパンケーキを作ることにした。
デコレーションも何もないシンプルなパンケーキだが、誕生日ケーキがないよりは少しはマシだろう。
フライパンを取り出し、弱火で焼いているとユヅルのいるソファーから泣いている声が聞こえた気がした。
慌てて火を消してソファーに駆け寄り、声を押し殺して泣くユヅルを抱きしめると、驚いたユヅルが頭まで被っていたジャケットを下ろした。
綺麗な瞳は涙に濡れ、少し赤くなっている。
こんなにも悲しい思いをしているユヅルをなんとかして笑顔にしてやりたい。
私はユヅルを強く抱きしめながら、
「一人で悲しんではいけない。悲しみも喜びも共有しよう……悲しいことは分け合い、喜びは2倍になる。ユヅル、君の辛い気持ちを私に分けてくれ」
と頼むと、ユヅルは意を決した表情で私にお願いがあると言い出した。
アマネの代わりに私にしてほしいことがあるという。
それはそこに立ってほしいという不思議な願いだったが、私は何も聞かずにその通りにした。
すると、ユヅルは大きく両腕を開いて私の胸元に抱きついてきた。
「母さん、産んでくれてありがとう。こんなに大きくなったよ」
そういいながら、ギュッと強く抱きしめてくるユヅルに愛おしさが募る。
きっとユヅルにとって誕生日は自分が生まれたお祝いではなく、アマネが自分を産んでくれたことに感謝する日だったのだろうな。
ユヅルが幼ない頃からの二人の姿が目に浮かぶ。
きっともうアマネの身長はユヅルとほぼ同じか、抜かれてしまっていただろう。
そんなユヅルに年に一度こうして抱きしめられることでユヅルの成長を感じていたのだろうな。
ニコラにこんなに大きくなったよと心の中で報告しながら……。
ああ、アマネは本当に素晴らしい子を産んでくれた。
私は己の全てを懸けてユヅルを愛し、守り抜くと誓うよ。
「ユヅル、愛しているよ……」
心の中で抑えきれないユヅルへの家族の情を超えた愛しい気持ちが漏れ出たが、ユヅルは嫌がる素振りも見せることはなかった。
しばらく経ってユヅルの腕が離れそうになったのに気づいて、離される前に抱きかかえた。
「ニコラとアマネの代わりに私がこれからずっとユヅルの成長を見届けるよ」
そういうと、ユヅルは嬉しそうに笑っていた。
ああ、私はどうやらユヅルのそばに一生いられる権利を手に入れたようだ。
食事をしたかと尋ねると何も食べていないという。
食欲がないと言っていたが、それはそうだろう。
なんせ二人っきりで暮らしていた母親が亡くなったのだ。
悠長に食事などする気にはならないだろう。
おそらくアマネの一報を聞いてから食べ物どころか飲み物もとっていないに違いない。
しかし、ユヅルは生きているのだ。
落ち込んでいるところに飲まず食わずでいれば、瞬く間に体調を崩してしまうことだろう。
何か身体に優しいものでも作ってやろうと思い、冷蔵庫の中のものを使っていいかと尋ねれば、キッチンを案内しようとしたユヅルがフラフラと私の膝から落ちそうになった。
間一髪のところでユヅルを抱きとめ、私から離れないようにと言い聞かせると、ユヅルは大人しく頷いた。
これで堂々とユヅルを抱きしめられるとほくそ笑みながら、ユヅルを抱いたままキッチンへと向かった。
キッチンを見ればそこでどんなものが作られていたかを想像できるが、ここのキッチンは古いキッチンながら手入れが行き届いていて、アマネが毎日綺麗に食事を作っているのが容易にわかった。
きっとアマネは料理上手だったのだろう。
そう尋ねると、少ないお金の中でも工夫を凝らした料理を作ってくれて美味しかったとアマネの料理の思い出を教えてくれた。
「そうか……素晴らしいな。ニコラはアマネのそういうところも愛していたのだろうな」
ニコラにとってアマネは何もかも全て最上級の女性だったのだろうが、そういうちょっとした所もニコラの心を掴んでいたのだろう。
私がポツリと呟いた言葉に、突然ユヅルが涙を流し始めた。
ああ、泣かせるつもりなどなかったのに。
ユヅルを悲しませてしまったかと慌てて声をかけるとユヅルは嬉しいのだと言い出した。
アマネのことを褒められたことも、そしてニコラのことを聞かせてもらえたのも全て嬉しいのだと話すユヅルの気持ちが痛いほどわかって、私は夜にゆっくりとアマネとニコラの思い出を語り明かそうと約束した。
それがきっとユヅルの心も軽くなると思ったのだ。
嬉しそうに頷くユヅルを見て私はホッとしたのだった。
冷蔵庫を開けたユヅルは
「あ――っ!」
と大きな声をあげたまま微動だにしなくなった。
かと思えば、目にいっぱい涙を溜めて冷蔵庫の中を見つめている。
見れば、スープ用の鍋が中に置かれていた。
そうか……。
アマネの作ったものを見て悲しくなったのだろう。
尋ねれば、今日が誕生日だという。
このスープはアマネがユヅルの誕生日パーティーのために用意してくれていたもののようだ。
それは泣くに決まっている。
というか、それよりもユヅルの誕生日が今日であったことを私が知らなかったことが許せなかった。
自分の誕生日が母親の命日になってしまったユヅル。
このままでは毎年を悲しく過ごすことになってしまうだろう。
アマネの死も受け入れつつ、ユヅルが誕生日を祝えるようにしてあげなければな。
それにしても何か気の利いたものでも持ってきてやればよかった。
せめてケーキだけでも用意してやれればよかったのに。
私は駆けつけることしか考えていなかった。
ユヅルに素直に詫びたが、ユヅルは涙を流しながらも私がきただけで十分だと言ってくれた。
ああ、悲しくて辛いだろうに……私を気遣ってそんな優しい言葉をかけてくれるユヅルが愛おしくてたまらなかった。
ユヅルを抱きしめ、一緒にアマネの残したスープを飲もうと声をかけ食事の支度のためにユヅルをソファーで休ませることにした。
ジャケットを脱ぎ、ユヅルにかけてからキッチンへと向かった。
冷蔵庫からスープ鍋を取り出し火にかけていくと優しいトマトスープの匂いが漂ってきた。
ユヅルのことを思いスープを作っていたアマネの嬉しそうな顔が目に浮かぶ。
ニコラとの思い出を胸にユヅルの誕生日を祝おうとしていたのだな。
アマネ……ニコラ……。
これからは私が全身全霊を持ってユヅルを守り続けるよ。
だから、安心して私にユヅルを託してくれ。
心の中でそう願いながら、アマネのスープを見つめていた。
キッチン横の棚にバナナが置いてあるのを見つけて、誕生日ケーキ代わりのパンケーキを作ることにした。
デコレーションも何もないシンプルなパンケーキだが、誕生日ケーキがないよりは少しはマシだろう。
フライパンを取り出し、弱火で焼いているとユヅルのいるソファーから泣いている声が聞こえた気がした。
慌てて火を消してソファーに駆け寄り、声を押し殺して泣くユヅルを抱きしめると、驚いたユヅルが頭まで被っていたジャケットを下ろした。
綺麗な瞳は涙に濡れ、少し赤くなっている。
こんなにも悲しい思いをしているユヅルをなんとかして笑顔にしてやりたい。
私はユヅルを強く抱きしめながら、
「一人で悲しんではいけない。悲しみも喜びも共有しよう……悲しいことは分け合い、喜びは2倍になる。ユヅル、君の辛い気持ちを私に分けてくれ」
と頼むと、ユヅルは意を決した表情で私にお願いがあると言い出した。
アマネの代わりに私にしてほしいことがあるという。
それはそこに立ってほしいという不思議な願いだったが、私は何も聞かずにその通りにした。
すると、ユヅルは大きく両腕を開いて私の胸元に抱きついてきた。
「母さん、産んでくれてありがとう。こんなに大きくなったよ」
そういいながら、ギュッと強く抱きしめてくるユヅルに愛おしさが募る。
きっとユヅルにとって誕生日は自分が生まれたお祝いではなく、アマネが自分を産んでくれたことに感謝する日だったのだろうな。
ユヅルが幼ない頃からの二人の姿が目に浮かぶ。
きっともうアマネの身長はユヅルとほぼ同じか、抜かれてしまっていただろう。
そんなユヅルに年に一度こうして抱きしめられることでユヅルの成長を感じていたのだろうな。
ニコラにこんなに大きくなったよと心の中で報告しながら……。
ああ、アマネは本当に素晴らしい子を産んでくれた。
私は己の全てを懸けてユヅルを愛し、守り抜くと誓うよ。
「ユヅル、愛しているよ……」
心の中で抑えきれないユヅルへの家族の情を超えた愛しい気持ちが漏れ出たが、ユヅルは嫌がる素振りも見せることはなかった。
しばらく経ってユヅルの腕が離れそうになったのに気づいて、離される前に抱きかかえた。
「ニコラとアマネの代わりに私がこれからずっとユヅルの成長を見届けるよ」
そういうと、ユヅルは嬉しそうに笑っていた。
ああ、私はどうやらユヅルのそばに一生いられる権利を手に入れたようだ。
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