何もできない僕が甘えてもいい? 〜イケメンな彼の優しさに戸惑っています

波木真帆

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それが正解

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「田淵さん、ちょっと休憩しましょう」

山野辺先生が他の先生に呼ばれて話をしている間に、僕は谷垣さんに汗拭き用のタオルと飲み物をもらい、休憩に入った。
谷垣さんはメモをとりながら、チラチラと僕に何か言いたげな表情をしていたから気になって、

「あの、何かありましたか?」

と尋ねると、谷垣さんは慌てたようにメモを閉じた。

「あっ、気にさせてしまってすみません。あの、田淵さん……二十四歳って本当ですか?」

「えっ? あ、はい。そうなんです。でも、僕……三浪して入ってるのでまだ大学生で……」

「ってことは、大学三年?」

「はい。そうです」

「それなら僕と同じだ!! あの、よかったら伊月くんって呼んでもいいかな?」

「えっ?」

思いがけない反応に僕は驚きしかなかった。
だって、同じ学年でも僕が年上だと知った途端、みんなよそよそしくなっていったから。
普通に対応してくれたのは砂川くんだけで、それがどれだけ嬉しかったか……。

谷垣さんも僕が年上だと知ったら、絶対によそよそしくなると思ったのに、同じ学年だってことをこんなにも喜んでくれて、しかも名前呼びまで提案してくれるなんて……。谷垣さんって不思議な人だな。

「あっ、ごめんなさい。患者さんに失礼でしたよね」

「あっ、そんなことないです!!」

せっかく名前で呼んでくれようとしたのに、僕がすぐに反応できなかったから勘違いさせてしまった。

「名前で呼んでくれたら嬉しいです」

「本当に?」

「はい」

「じゃあ、僕も名前で呼んで!」

「えっ? 尚孝、くん……でいいのかな?」

「うん! ああ、やっぱりそっちがいい!!」

尚孝くんの嬉しそうな声に、僕もついつい笑みが溢れる。

「おや、すっかり仲良しだね」

休憩時間とはいえ一応実習生と患者だから怒られるかと思って、一瞬ドキッとしたけれど、尚孝くんは気にするどころか、笑顔で先生に声をかけた。

「あっ、山野辺先生。伊月くん、同じ学年だったんです」

「ああ、そうなのか。カルテに年齢は書いてあったけど、大学生とは書かれてなかったからわからなかったな」

尚孝くんの報告に山野辺先生も笑顔で答えていて、まるで親子のように仲がいい。
こういう実習っていいな。楽しそう!

「ですよね、だから名前で呼ばせてもらうことにしたんです。その方が慣れてるから声掛けしやすくて……山野辺先生、許可してもらえますか?」

「ははっ。患者さんが名前でいいと許可を出しているのなら、私は構わないよ。田淵くんも名前で呼ばれた方が気を遣わなくていいだろう」

「はい。それはもちろん。名前の方が距離が近い感じでホッとしますけど……尚孝くんはいつも患者さんを名前で呼んでるの?」

「伊月くんは僕の初めての患者さんだよ」

「えっ? でもその方が慣れてるって……」

僕の言葉に尚孝くんと山野辺先生は納得したように顔を見合わせて笑っていた。

「どうかした?」

「ううん。僕の通ってる桜守大学は幼稚園からエスカレーターで通ってる子が多くて、みんなが割と幼馴染だから小さい時からの癖で名前で呼ぶのが当たり前になってるんだ。だから、『谷垣さん』なんて呼ばれるとかえってドキドキしちゃって……」

「ああ、そういうことなんだ……」

僕でも知ってる名門桜守学園。尚孝くんが最初の自己紹介で桜守大学といった時、羨ましいなと思ってしまった。
実は、僕も本当は大学は桜守に行きたかった。
桜守でも特待で入ったり、給付型の奨学金を受けられれば学費はほとんどかからないから受験させてほしいって両親に訴えたけど、国立でしかも桜城大学じゃないと絶対に大学には行かせないと言われてしまったんだ。
でも桜城大学で給付型の奨学金を受けるには、僕の学力では足りなくて、必要な学力を身につけるのに人より三年も多くかかってしまった。

それでもなんとか桜城大学に合格できて、両親に喜んでもらえると思ったら合格を報告したその日に、両親は役所に離婚届を提出してしまい、今住んでいる家はすぐに出て行かないといけなくなった。
父親は家を出て行く時に百万円を渡してくれたけど、それは手切れ金ということだったのだろう。
僕はそのお金を握りしめて、急いで一人暮らし用のアパートを探し、引越しを済ませた。
敷金も礼金もいらないアパートだったから、かなり壁も薄くてボロかったけど、それでも暮らせる家があってホッとした。

父親からもらったお金は引越し費用と桜城大学の入学金と、教科書代、入学式に必要なスーツと、それに一人暮らしで必要なものを買ったら十万ほどしか残らなくて、今までもらっていたお小遣いをこっそり貯めていたものと合わせても三十万くらいにしかならなかった。

だから、大学の近くにあった古書店でバイト募集の張り紙を見つけて、採用してもらえた時は嬉しかった。
バイト代は安かったけれど、空いている時間にレポートや課題をしていてもいいと言われていたし、おにぎりと具がたくさん入った味噌汁の賄いももらえたり、僕にとっては最高のバイト先だった。

でも、三年生になってしばらくして古書店が閉店することになり、バイト先がなくなってしまった。そこで急いで次のバイト先に見つけたのがあのコンビニだったんだ。

それから紆余曲折があって、今こうしてリハビリに精を出しているわけだけど、まさかここで桜守大学の人と知り合いになれるなんて思いもしなかった。

「僕、本当は桜守大学に行きたかったんだ」

「えっ? あっ、そうなんだ」

「でも、親に反対されて…」

「じゃあ、今はどこの大学に?」

「桜城大学だよ」

「えっ!! すごい!! 僕も本当は桜城大学に行きたかったんだ!!」

「えっ? 本当に?」

僕の言葉に目をキラキラと輝かせて見つめてくれる尚孝くんにびっくりして、少し大声になってしまった。

「うん。でも、ずっと桜守だったから担任の先生からも心配されて、説得されて桜守に行ったって感じかな。まぁ、今は充実しているから桜守でよかったって思ってるけど。伊月くんもそうでしょう?」

「えっ? あ、うん。そうかな。大変だったけど、いい友だちができたし……あの子と出会ってなかったらっていうのは考えたくないかな」

「その答えが全てだよ。だから伊月くんは桜城大学に行って正解だったんだよ」

尚孝くんに笑顔で言われて、僕は自分の中に燻っていたものがスーッと晴れていった気がした。
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