ロイヤルウェディング 〜忘れられない恋をもう一度

波木真帆

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これからは二人のために※微

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 話が終わったとみて、シヒスムンドは立ち上がった。帰りを察して、メルセデスは秘密の通路の扉まで先回りし、彼の着てきた外套を準備している。

「閣下には、どのような貢献をすればよろしいですか?」

 外套を差し出しながら、メルセデスが質問してきた。意味を計り兼ねたシヒスムンドに説明が重ねられる。

「閣下が謁見の間で私を選んでくださったことに対してのです。事件の調査は、陛下からのご命令ですから、これを引き受けたことは、閣下へのお礼になりません」
「なるほどな……」

 すでに彼女の国における最上級の謝意を受け取ったが、それとは別に明確な貢献が必要と考えているらしい。メルセデスの律義さに感心しつつ、嗜虐心が首をもたげてきたので、あれでよいとは言わないことにした。

 外套を渡そうとする手を引いて、油断しきった体を胸に引き寄せる。

「あっ」

 彼女の手から外套が床へ落ちた。

「愛妾たちは身ごもりようもないと言ったが……、そういえばこの後宮において唯一、男と二人になる環境があったな」

 耳元に、あえて抑えた声でそう吹き込んだ。
 先ほどの初心な様子に、少し触れれば慌てふためき動揺するだろう想像していた。それを笑ってやるつもりだった。

 だが、腕の中へすっぽりと収まった体は、微動だにせず、むしろ固くなっている。
 シヒスムンドは、予想した反応とは違ったが、以前放火犯の面通しの最中に脅したときのように、怯えているのだろうとたかをくくっていた。

 だが、脅かし過ぎたと思い開放する前に、うつむく彼女の耳が赤く染まっていることに気づく。

 驚きに体を固くしているが、恐怖による硬直ではない。これまで抱いてきた女たちの様子と全く異なる。
 表情を見たくなり、メルセデスのうなじを手の甲で撫で上げるようにして、顔を仰がせていた。

「閣下……」

 色の白い頬もうなじも、先ほどとは比べ物にならないほど赤く色づいていた。見つめる青灰色の瞳も、心なしか潤んで見える。

 最初は、いたずら心からだった。からかってやろうと。
 だが、腕の中でぎこちなく立ちすくんだままのメルセデスの肢体の、柔らかな感触と香油の甘い香りに、情欲の火がつけられたのは誤算だった。恐怖も嫌悪もない瞳への歓喜が、それを後押しする。

「んっ……」

 シヒスムンド自身も気づかないうちに、メルセデスの薄い唇へ口づけていた。
 その思わずした行動が、逆にシヒスムンドを冷静にした。
 ここまでするつもりはなかった。自らがここまでするとは思ってもみなかった。

 感触を確かめる間もない一瞬の軽い口づけだけで、さっと体を離した。
 急いで床に落ちた外套を拾って羽織る。

「礼はこれでいい」

 まるで言い訳だと感じながら、シヒスムンドは硬直したままのメルセデスを置いて後宮を後にした。




「ダビド!」

 秘密の通路から駆け込むように皇帝の居室へ戻れば、机に向かっていたダビドが驚いた様子で顔を上げている。

「どうした、シグ。隠し通路は常に冷静に歩け。道を間違っては――」

 立ち上がったダビドのいつもの小言が始まるが、無視して掴みかかるようにその両肩に手を置いた。

「ダビド、誓いを覚えているか。俺が、あの男のようになったら、お前の手で……。お前が俺の遺志を継ぐと」

 ダビドの口が引き結ばれる。安易に持ち出してはならない話だ。しかし、確認せずにはいられない。

「ああ、誓ったさ。だが同時に、お前も誓ったはずだ。必ず正しい道を行き、俺にそんなことはさせないとな」

 最初の誓いの直後に、ダビドに要求されて誓った。

「わかっている。お前にこれ以上の負担は……。だが、俺は自分が恐ろしい」

 先ほど、メルセデスの唇を思わず奪ってしまった。それほどまでにシヒスムンドは渇望していたのだ。自分の欲求を理性が止める間もなかったことに、シヒスムンドは心底恐怖した。
 いずれこの欲望に呑まれて、大陸統一の野望を忘れ去ってしまうのではないか、と。

 今まで全てを諦めて来れたのに、たった一人がここまで自分をかき乱す。

「落ち着け。大丈夫だよ。お前は。そう心配できているなら、大丈夫だ」

 肩を叩くダビドの手と励ましに、少し気が落ち着いてくる。

(そうだ。大丈夫だ。これは一時的なもので、俺はメルセデスを利用して、欲望を満たそうとしているだけだ。心を奪われてなどいない。俺に主導権がある。いつでも捨てられる。野望を忘れることなど、ありえない……)

 シヒスムンドが自分へ言い聞かせる内容は、人道から外れていた。だが今のシヒスムンドにとっては、それよりも自分が果たすべき野望の道から逸れていないことの方が重要だった。
 すべてをかけてでも、何を利用しても、大陸統一を果たさなければならない。
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